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    Yomomonika.

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    Yomomonika.

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    蓮と仄花の出会いのSS
    めちゃんこながい。5000文字近くある。

    ベニ色の花弁蓮と仄花の出会い


    その日、僕は不思議な力を使えるようになった。今まで溜まりに溜まった不安と疑念が親への嫌悪をきっかけに轟々と燃えたのだと、勝手に納得した。
    その日、僕は家を燃やした。
    数々の賞状が、立派な正装が、自慢のために着飾る為に買い与えられたものが燃えるのは心地が良かった。両親がどうなったのかは分からない。知ろうともしなかった。
    全身にまとわりつく炎はとても熱いのに、僕の心は変わらず凍てついていた。僕自身の感情ですらこの心は溶かせないのだと知った。それですら何とも思わなかった。

    行く場所とか行きたい場所とか、そういうものは特に無くて。頼れる人もいなかった。友人たちからは何となく距離を感じていたから尚更頼れなんかしなかった。何よりも、僕はこの手で家に火を放った犯罪者だ。堂々とした顔で表を歩く訳には行かない。暫く身を潜めることが出来そうな場所を探して3日ほど歩いたのを覚えている。
    人気のなく背の高い雑草に囲まれた大きな木、その傍にある錆び付いた小屋。落ち着ける場所を求めて歩いた結果、そこが一番だと感じ辿り着いた。心のありどころがしっくり来て落ち着くような、僕が僕で居て良いんだと言われているような気のする場所。そこから僕は今まで散々縛られてきた時間や規則、身なりに生活の一切を無視して自由を体感しながら日々を過ごした。
    14にもなって初めて、今までの僕の生き方が間違いだと身に染みて実感したんだ。

    自由になってから凡そ2週間経った頃だったと思う。誰も来ないようなこの居場所に、明らかに僕を目当てにして足を運んできた人間が現れた。その子はここら辺の学校の制服らしきものに身を包んで、スカートやベストのあちらこちらにオナモミをくっつけながら雑草を掻き分けてノックも無しに小屋なかに入ってきた。そして如何にも分かっていましたなんて、隠しきれていないのに「あれっ、人がいたんだ!ごめんなさい!」と、妙に強ばったとぼけた声でこちらを向くんだ。
    「分かってたクセに。ノックくらいはしたらどうです?」
    人と言葉を交わす行為自体が久しぶりで何故だか苛立ちを覚えて、初対面の彼女にも容赦なく言葉をぶつけた。何かを我慢するのはもう嫌だったから。
    彼女はと言うと僕の態度が気に障ったか、ムッと頬を膨らませ「わ、わざとじゃないんです!」と一歩踏み出したと思ったら「......次からは気をつけます...」とその足を引っ込めて視線を地面へ下げる。しかしその次には「あ!...っと、私は水鏡 仄花といいます。貴方は?」と遠慮も無しに距離を詰めてくる。その様子を見ているだけで目が回りそうだった。
    ───萎翠 蓮。それが僕の名前だ。だけども僕はこの名前を名乗らなかった。万が一にも親がアイツらだとバレるのが嫌だったから。だから僕は...蓮【リアン】と名乗った。他国言語で言い換えただけで安直ではあるが偽名とするには最適だ。事実彼女───仄花はこの名前を疑うことなく信じ、蓮【リアン】と名前を復唱した。
    「よろしくお願いします、蓮」
    そう、屈託もない笑みで彼女は手を伸ばしてきた。僕がすぐにその手に視線を落としたのは、握手という久しい行為を求められた事に驚いたから、或いはその笑顔が眩しくて僕には程遠く感じたからだと思っている。最終的に僕はその手を握らずに見つめることしかしなかった。自然と彼女の手が引っ込められるまで。
    これが、僕と仄花のファーストコンタクト。お互い強烈かつマイナスなイメージを抱いたであろう最初だ。


    仄花と僕が出会ってから、僕の生活には望みもしなかった彩りが加えられるようになった。彼女は鬱陶しげな僕なんてお構いなしに毎日毎日僕の元へ通った。薄い金属の扉が叩かれる度、「性懲りも無くまた来たのか」とため息を吐いた。その度に彼女は「はい!」と元気よく笑った。
    彼女はここに来て何でもない話をしていく。学校の友人の話。先輩からからかわれた話。授業で分からなかった箇所の話を持ち込まれた事もある。数々の話は僕の生活には無かったもので純粋に羨ましく思った。それと同時に僕からは遠いものだと再認識した。
    彼女と出会ってからおそらく1週間程の時、僕が懸念し嫌悪していた話題を振られる。
    「そういえばこの間、家が一件丸々燃えた家事があってー......」
    彼女曰く、僕が放った火は僕の家だけを燃やし尽くしたそうで出火原因は不明、一人息子である僕は行方不明。焼け跡から遺体は出てこず、燃えカスと灰だけが残っていたという。その話を聞いていた時の僕はどんな顔をしていたのだろう。ただ変わらず、ひんやりとした思いが僕の胸中で脈打っていたのは確かだ。何故ならその話をしている仄花の顔は注意深く、緊張したものに見えていたから。
    「どうして僕にその話をするのです?」
    真意を隠して此処へ来ていることは最初から明確だったんだ。これ以上付き合ってやるのも馬鹿馬鹿しく思えて言葉を遮ってまで言ってやった。そうしたら彼女は......意外にもあっさりと真意を話し始めた。
    この世にはオーヴァードと呼ばれる存在がいること。例の火事がオーヴァードによる事件だと判明して犯人を探していること。その目星が、行方不明となっていた僕に付けられていたこと。そして彼女はUGNと呼ばれる組織に属し、調査として僕に接触していたこと。僕が既にオーヴァードであること。
    ───最悪の場合、僕を殺せと言われていたこと。
    そうはならなくて良かった、と仄花はぎこちなく笑った。僕は殆どを上手く呑み込めなかったが問題なく受け入れることはできた。ただ説明された物事が今まで生きてきた世界とは異質な物であることだけを今は飲み込んだ。
    正直、少し残念だった。彼女のことが友達のように思えてしまっていたんだ。仕方ないかもしれないが、それでも僕とのやり取りの裏ではそんな事情や考えがあったんだと考えると、裏切られたようにも感じた。彼女は一切そのような行為をしていないのに。
    「...今日はもう帰ってくれ。物事を整理する時間が欲しいんだ」
    僕は背を向ける。今、彼女の顔は見たくない。よく分からない気持ちに潰れてしまいそうだったから。それ以上口を開かなかった僕に彼女は、彼女が属するUGN支部の連絡先が書かれた紙だけを置いて小屋から出ていった。...冷たい。頭も心も冷たくて刺されるような痛みに包まれる。...熱い。それでいて皮膚を焦がしていく炎に晒されたような痛みもある。
    ふと見つめた僕の手は、光なんて吸い込んでしまう黒色に焦げ、割れ目から微かな炎と橙の灯りを吹き出していた。

    前日にこのような別れ方をしたというのに、それでも仄花は毎日毎日僕の元をしつこく訪れた。雨の降る日も傘と髪を濡らして、風の強い日も上着を着込んで、雷雨轟く日も水色のレインコートに身を包んで......戸を叩いては「蓮くん、お邪魔しまーす」と変わず眩しいと思える笑みを浮かべて小屋へ上がり込んできた。僕が眉を顰め怪訝に睨んでも臆ともせず同じく眉を顰めることもせず。明らかに疲労の色が滲んでいても彼女は笑う。
    何が彼女をそこまでさせたのか、当時の僕には皆目検討も付かなかったし今後理解出来るとも思っていなかった。それでも彼女と顔を合わせるこの日常を楽しみにもしていたように思える。
    そんな日々にも慣れたもので時間の通りもより早く、3週間が経とうとしていた。
    ───その日、初めて彼女が来なかった。
    胸騒ぎを感じつつも「大丈夫だ」と、「きっと遅れて来るだけだ」と自身の心を抑えつけていた。そうして待ち続けた結果、夕日も落ちきる時間になっていた。そこで漸く僕は気づいた。彼女と会う毎日を当たり前だと思っていたことに。こんな事、すぐに気づけたはずなのに。当たり前がある日突然崩れ去るなんて解っていたことなのに。普段彼女がどんな事をしているのかをつい先日教えて貰ったばかりだというのに!高まる嫌悪に立ち上がって、逸る気持ちで小屋を飛び出して。僕は彼女が所属しているUGNという組織の支部へ只管に走った。仄花に会って謝らなければいけない。毎日どんな思いで僕の元へ訪れていたのか、今なら想像が溢れてくる。僕は、僕は......僕が1番嫌悪する両親と同じ「無関心」を彼女に向けていたと気づいた。それが悔しくて心底苛立って、唇を噛み締めながら力強く走り続けていたのを覚えている。

    教えて貰った支部へ到着する。切れた息を整える事無く中へ飛び入る。真っ先に目に入った人物に僕の名前と仄花が何処にいるのかのふたつだけを尋ねると、仄灰が僕の事を話してくれていたのだろう、その人は「そうか、キミが...」と何度か頷いた後にいそいそとひとつの部屋に案内してくれた。学校や職場よろしく部屋の前にはめられたプレートには「医務室」と無機質なゴシック体が印字されていて、何があったか何て説明されなくとも想像するにたやすく、僕の鼓動がなだらかになっていくのが感じ取れた。
    扉がレールを滑る滑らかな音を皮切りに、僕の世界は再び色を失った。白を基調とした医務室は程々に大きく、ベッドが6つも等間隔で並んでいた。───そしてそのうちの一つに、彼女が横たわっていた。素人目に見ても軽くは無いと判る傷だらけの体は僅かな呼吸に力なく上下していた。処置を終えたばかりらしく、命に別状は無いがすぐには目を覚まさないと教えられる。
    「そんな事...僕でも判りますよ。こんな状態を見れば......!」
    拳が握り締められ、皮膚に爪が食い込む。目の前の彼女はもっと痛く苦しい意識の中だというのに、僕には何も出来ることが無い。僕は酷く浅はかで幼稚だったのだ。力もないのにあれもこれもと欲ばかり口にして駄々をこねる子供と何ら変わり無かったのだ。僕はただ......知ろうとしなかった。チャンスも理由も充分にあったにもかかわらず、口を閉ざし手を払い除けてきた。だからこそ招いた結果だったのだろう。そう思うのは、思い詰めすぎだと言われるだろうか?僕が彼女に少しでも理解を示していれば、なにか力になれたのではないか?「もしも」を空想しようとする自問自答は絶えず降りかかる。その問いに苛立ってきた所で隣にいた職員が僕の顔を覗き込んでいたことに気がついた。

    「君にとって、仄花はどんな存在なんだ?」
    相手の意図は分からなかった。その質問の答えにも、相応しい言葉を選び出すことが出来なかった。
    「...分かりません。...けど、僕にとってはいつの間にかそこに居て当たり前の存在になっていたようです」
    僕の言葉を聞いた職員はそうかそうか、とどことなく嬉しそうに何度も頷いていた。話を聞くに、彼女はがんばり屋だが真面目ゆえにUGNの仕事ばかりに力を入れていて、普通の学生ならばいるはずの友達がおらず、全くその歳らしい事をしないのだという。だからこそ、UGNの仕事とはいえ毎日同い歳である僕へ会いに行って、帰ってきてからどんな話をしたのかを声弾ませて話していたのが職員の皆が嬉しかったという。その話を聞いた僕には、思考に割く時間はこれ以上必要なくなった。だから言った。
    「僕がここに所属すれば、彼女がこのように傷つく事は無くなりますか?」
    職員の返答は案外まともで「キミと状況次第」だった。あぁ、ここの大人なら。ここだったら僕も、僕らしく居られるだろうか。
    「でしたら、今日からここへ所属します。僕を調べていたのだから遅かれ早かれどんな意図であれ、ここへ連れてこられたでしょうし」
    「だから僕に、この力の扱い方を教えてください」

    この時の判断を後悔はしていない。だからこそ今の僕が在るのだから。
    だけど。この時守ると誓った彼女のことを守れなかった無力さだけは、今も憎く思う。仄花ならきっと笑って許してくれるのだろうが、彼女も知るとおり僕はずっと許せずにいる人間だ。いくら身を焦がして炎の熱に身を委ねても得られるものなんて何も無い。何かを失うことだって無かった。虚しいと思った。

    だから、初めて彼女と出逢って時間を共にした時───長い事眠っていた目が覚めた感覚だった。偶然には思えなかったんだ。
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