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    minatonosakana

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    minatonosakana

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    のいすさんが呟いてた、煽り准将のやつ。

    氷の天使 キラがザフトの所属になって、暫く経ったある日のこと。イザークは廊下の一角で、天井の隅を見つめたままで何をするでもないキラを見つけて近付く。
    「キラ・ヤマト。ぽえっと締まりの無い顔をして、何を考えている」
    「イザーク」
     すっかり聞き慣れた声に振り向いてから、キラは苦笑する。
    「何も考えてなかったかな」
    「おい」
    「……眠くてさ」
     キラが肩を落とすと、イザークの眉間には深い皺が刻まれる。
    「は? そんなに仕事を回しているつもりは無いが」
    「イザークはね。僕の容量をもう分かってくれてるみたいで、本当にありがたいよ」
     キラがにこりと笑えば、褒められて礼を言われたイザークは僅かに赤面して、キラから顔を逸らした。
    「そ、そうか……」
     アスランからキラの性格を聞いていた事もあり、キラが穏やかな顔をしていながら頑固な事や、得意不得意の分野については、他の白服よりは把握しているつもりなので、本人から言われるのは若干気恥ずかしい。
     キラはそんなイザークの心情を気に掛けることなく、またも何も無い遠くへと視線を向けた。
    「……この前さぁ、ちょっと時間があるなぁって思って、ザフトのセキュリティを一分で突破したら」
    「何をしてるんだ、貴様」
    「作り直してくれって言われちゃって」
    「それはお前が悪いだろう」
    「どうして?」
    「どうしてって……」
     テンポ良く、ボケとツッコミのような会話をしていたが、キラの問いかけに対してイザークは言葉に詰まってしまう。再びキラの視線がイザークへと向くと、そのキラの瞳は本気でイザークの言葉を理解していないらしかった。
    「脆弱なセキュリティだと困るのはザフトでしょ? だから、僕なんかに短時間で突破されちゃうシステムはどうかと思いますよって、そう言っただけだったんだけど……」
     不思議そうに呟くキラを見返して、イザークは若干引いていた。
     ……だけ。で済まない事をしている自覚が全く無いな、コイツ……。
     イザークは腕を組むと、言葉を選んでキラに問う。
    「お前、俺の見ていないところで、無意識に敵を増やしていないか?」
    「僕は背中から刺されても仕方ないって、前にイザークが言って……」
    「それは貴様がフリーダムのパイロットだからだ。俺が今言っているのは、貴様がザフトの白服としても敵を作りそうだと……!」
     イザークの語尾が強くなる。キラは本人にそのつもりは無くても、プライドの高い相手を刺激してしまう程にキラは色んな分野で優秀だ。そしてその優秀さが仇になって戦争に巻き込まれた過去があり、この場にいると言うのに、その優秀さを隠すことはしない。
     キラは心底不思議と言うように首を傾げて、イザークを見返している。あまりにも無垢な紫色の双眸に、イザークの怒鳴りたい衝動は、じわじわと消されていった。
     イザークは自身の髪に手を差し込んで、くしゃりと握り締める。
    「……お前から見たら未熟な事やら者やらが多いと思うが、言動には気をつけろ。特に血気盛んそうな奴らには絡むなよ」
     怒鳴ることなく警戒するようにと釘を刺すが、キラにはやはり響いていない様子で。
    「あ、うん。分かった」
     ……本当に分かっているのか疑問が残る顔をしてるな、こいつ……。
     イザークは深い溜め息を吐いていた。


     あまりにも警戒心が無い為、キラの傍にいてやりたいと思ったイザークではあるが、イザークはイザークで処理しなければならない案件が山積みであり、そこまで暇ではない。
     イザークから「何かあったら必ず俺を呼ぶんだぞ!」と念を押されつつ別れたキラは、そう言えば格納庫の技術部にも呼ばれてたっけ。と、開発途中の新型MSの格納庫へと向かった。
     格納庫に入ると、何やら人々が集まって盛り上がっている一角があった。
    「流石だな、◯◯! このシミュレーターで、またハイスコアを取るなんて!」
    「はっ、俺様に掛かればこんなもんよ!」
     格納庫の一角には新型MS想定のシミュレーターが置いてあり、そこには技術士も緑服も赤服も複数人が集まっていた。現在シミュレーターの椅子に座っている赤服の青年は、自信満々で登録されている上位ハイスコア者の名前一覧を映し出していたが、嬉々とした表情を不機嫌極まりないしかめっ面に一変させていく。周囲の者たちも、青年の視線を追ってシミュレーターの画面を見れば、次々と彼らの表情は驚愕に染まっていった。
    「……おい、このスコアって……」
    「信じられねぇ……。被弾ゼロで全敵機の殲滅……。しかも、タイムは……二分十六秒……!?」
     周りの野次馬たちが口にしているのは、ハイスコアランキングで圧倒的で不動のトップを飾っている者の記録だった。その者のイニシャルはY・Kとなっている。
     シミュレーター席の赤服の青年は、わなわなと手を震わせて立ち上がった。
    「こんな記録が出せる訳が無い! これは新型だぞ! 一昨日は俺の記録がトップだった筈だ!」
     つまり、今は彼の記録は2位に落ちている。しかしながら、1位と2位のスコアの差があまりにもあり過ぎた。簡単に見積って、倍以上である。
    「あ、ごめんね。それ、昨日僕が出したスコアだよ」
     その無邪気とも聞こえる声に、シミュレーター周囲の皆が振り向いた。両手で可愛らしくタブレット端末を抱き締めるように抱えている白服の、少年と青年の間と言えるような者に、彼らはざわざわと戸惑いを見せる。
    「え……白服……?」
    「誰だ、この子……」
    「本当に、こんなハイスコアを……?」
    「どこかのオペレーターじゃないのか……?」
    「いや、この人どこかで……」
     キラはこそこそと話されて、「嫌な視線だなぁ」と、少し声を掛けた事を後悔しつつ目を閉じる。奇異の目で見られる事は今までにも何度もあったが、慣れる事は無いし、不快に思わない訳では無い。
    「おい、お前」
     シミュレーターに座っていた赤服の青年が、つかつかとキラの前までやって来た。青年はキラの胸倉を掴むと、乱暴にぐいっと引く。
    「嘘をつくな。あんなスコア、AIでの想定でしか出せないだろ」
    「嘘じゃないよ。ちゃんとやって、あのスコアだったんだもの」
    「あんなスコアが、人間に出せる訳が無い!」
     青年はキラを怒鳴りつけるが、キラは信じてもらえない事だけを困っており、視線を天井に向けて「うーん」と考える。人間に出せる訳が無いと言う、自分にだけ当てはまりそうな暴言には、敢えて触れなかった。
     数秒後、ぽんっと妙案だと言うように目を大きく見開いてから、憤怒している青年に向かってにっこりと笑いかける。
    「目の前で見せれば信じるかな? そのシミュレーターの新型の癖とか、直さないといけない部分は把握したから、もっとタイムを縮められると思うよ」
     キラの言葉に、数人の野次馬がぞっと肌を粟立てる。
    「あれ以上……!?」
    「化け物かよ……!」
    「え……ってことは、まさか……」
     またもざわざわとする野次馬を背に、赤服の青年は更に憤りを見せた。
    「お前……俺を馬鹿にしてんのか……」
    「してないよ。僕はただ事実を言っ」
    「こんなスコアは有り得ねぇって言ってんだよ! どこの所属か知らないが、白服のくせにヘラヘラしやがって、ムカつく奴!」
     青年はキラの身体を押して、胸倉から手を離す。
    「痛っ……」
     キラは尻もちをつき、持っていたタブレットを落とした。
    「勝負しろ!」
    「え?」
    「新型仕様じゃない向こうのシミュレーターなら、対戦が可能だからな!」
    「あぁ、向こうは確か……」
     新型仕様ではないけど、Nジャマーキャンセラー搭載を想定した設定にしてあるんだよね。シミュレーターの時点で操縦が怪しそうだったら、MS部隊から外す事も視野に入れるってくらい、厳しめのやつだった筈だけど……。
     キラは打ちすえた臀部を擦りながら青年を見上げる。
    「君がそれでいいなら、僕は構わないよ」
    「舐めやがって……!」
     青年はドスドスと音を立てながらシミュレーターへと向かって行った。キラが立ち上がろうとすると、すっと技術部の少年が手を差し伸べてくる。
    「ありがとう」
     その手を取って立ち上がると、少年はキラに小声で問うた。
    「あの、貴方はフリーダムの……」
    「あぁ、うん。そうだよ」
     全員が自分の事を知らない事はないだろうなとも思っていた。やはり、知る人には知られているのが、特異な服役になった自分である。
    「やっぱり……。それなら、あのスコアも納得です。この勝負だって、受けなくても良いのでは?」
    「でも、受けないと彼は自覚しなそうだし」
    「自覚?」
     少年の問い掛けに、穏やかに微笑んでいたキラの瞳に僅かな冷たさが宿る。少年は思わずぞくりと肩を震わせた。
    「あの人、自分の技量を全く分かっていないみたいだから」
    「え……」
     微笑んでいるのに、キラの目はいつの間にか笑っていない。キラはタブレットを拾うと、野次馬を引き連れて対戦可能のシミュレーター機へ向かった赤服の青年をゆっくりと追った。


     そして、赤服の青年が望むまま、キラはシミュレーターに腰を下ろす。野次馬の中には、先刻手を差し伸べてくれた少年以外にもキラの正体に気付いたらしく、青年に「やめた方が……」と声を掛ける者もいた。
     しかし青年がそんな忠告を聞く訳も無く、彼が希望した通りに宇宙空間での一対一での戦闘設定でシミュレーションは開始される。


    「な、ん……」
    「…………信じられない……」
     戦闘開始から、およそ三十秒。赤服の青年が武器の一つを構えるよりも早く、キラは彼の機体を戦闘不能に追い込んでいた。
     キラは彼の機体の頭部と四肢を破壊した後で、「実機じゃないしね」と呟くと、コクピット部を撃ち抜いていた。最初から狙う事は可能だった為、三十秒では時間が掛かった方だと自負している。
     赤服の青年はシミュレーターに座ったままで呆然としていた。信じられないと言うように、レバーから手を離す事も出来ていない。
    「嘘だ……嘘だ……。……こんな……嘘だ……」
     壊れた機械のように呟き続ける青年に、キラは静かな足取りで近付いて行く。キラが隣へとやって来ると、青年はびくりと肩を上げた。
     先刻までの威勢はどこへやら、今の青年はキラに対して完全に怯えを見せていた。
    「遅いね」
     キラが口を開く。その声は、穏やかではあるが冷たさを孕んでいた。
    「君の反応速度ではどのMSに乗っても、敵の的になるだけだよ。僕から人事に異動を申し出ておこうか?」
     その言葉は、彼の矜持を踏みにじるのに充分過ぎる攻撃力を携えていたが、キラ本人には全くその自覚は無く、事実を述べているだけに過ぎなかった。目を見開いている彼に対する、キラの容赦の無い言葉は続く。
    「同じ赤服でも、随分と差があるんだね。僕の補佐を主に担当してくれているシンって子は、感情的にならなければとても上手に機体を動かせるよ。僕を墜とした事もある子だし、まだまだ伸び代もあるし、将来有望でさ」
     キラがそこまで言った時、赤服の青年は握った拳を振り上げて、キラに飛び掛かろうとしていた。キラが気付いた時にはその拳が眼前に迫っていたが、キラはそれをひょいっと避けると、青年は周りの青冷めていた野次馬たちに押さえつけられて床へと拘束される。
    「ちくしょう! ちくしょう!! 何なんだよ、お前ぇぇ!」
     複数人に抑えつけられている青年が、喉が切れる程に叫ぶ。キラはそんな青年を見下ろして、きょとんと目を丸くしたままで首を傾げていた。野次馬の一人が声を上げる。
    「そ、その人はあのフリーダムのパイロットだよ! 〇〇が敵うハズなんて、最初からなかったんだよ!」
    「フリーダム、だと……」
     青年はキラを見上げると、その視線に含んだ殺意を更に強めた。
    「裏切り者のコーディネイター! そうか! お前が!!」
    「うーん……。久しぶりに言われたなぁ、それ」
     以前は色んな場所で、どちらの陣営からも言われたものであるが、最近では言われなくなっていた侮蔑の言葉に、キラは少しだけ瞳を曇らせる。
    「おい、裏切り者!」
    「僕の名前は、キラ・ヤマトだよ」
    「ヤマト! 次は演習場で勝負をしろ!」
    「はい?」
    「シミュレーターはあくまでシミュレーションでしかない! 俺の愛機でお前を墜としてやる!」
    「君に愛機があるの? そのMS、可哀想だね」
    「なんだと!」
     キラが無自覚にまたも青年を煽るので、周りの者たちが慌てざるを得ない。
    「や、ヤマト准将も言葉に気をつけてください!」
    「僕、変な事言ってる? ごめんね、気付かなくて」
    「てめぇぇ!」
    「○○、落ち着け!」
    「離せ!」
     青年は自身を押さえ付けている者たちを殴り飛ばすようにして、床から無理矢理立ち上がった。そして、キラを思い切り人差し指で差す。
    「演習場に今すぐ来い! お前のMSはどこにある!」
     キラは青年からの宣戦布告に対しても、まるで他人事のように淡々と言葉を返していた。その異様さに、周囲の者たちはずっと心臓が痛いと言う状況である。
     勝負を受ける必要は無いのだが、彼はそこまでしないとまだ納得しないのだろうなと、キラは考えてしまう。
    「演習用の機体を貸してもらえれば大丈夫だよ。装備も君が決めていいし」
    「てめぇ……」
     周りから見れば火に油を注ぎ続けるキラであるが、キラにはその自覚が無い。キラは本気の親切心で言っているのだ。
    「ぶっ殺してやる!」
     不穏な捨て台詞を吐いて駆けて行く青年の背を見送ってから、キラは肩を落とした。それから、周りの野次馬をくるりと振り向いて、少し申し訳なさそうに眉尻を下げる。
    「彼が言っていた演習場の場所、誰か案内してくれますか? 僕、まだあんまりこの建物の構造、把握出来ていなくて」
     キラの願いには、先刻キラに手を差し伸べてくれた少年が控え目に挙手をしてくれた。
    「俺が、案内します」
    「本当? 助かるよ」
    「いえ。さっき、シンの事を褒めてくれたの、嬉しかったんで」
     少年はキラを手で誘導しながら、口元に笑みを浮かべた。
    「シンの友達なの?」
    「俺、ヴィーノって言います。シンから貴方の話も、たまに聞いてますよ」
    「そうだったんだね。親切にしてくれてありがとう」
     ヴィーノに対しては人懐っこそうな柔らかな笑みを見せるキラに、他の野次馬たちは分かりやすく困惑の表情を浮かべて顔を見合わせ、それから頷くと、演習場を見渡せるフロアへと駆け出していた。



     そして、数刻後。
     その日、予定なく行われたMSでの実戦演習は約十秒で終わり、勝利したMSのコクピットから演習場に降り立ったのは、氷のように冷たい瞳を持つ、天使のように美しい青年だったと、ザフトでは暫く話題になった。
     赤服の青年のその後は、誰も口にしなかったと言う。



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