子供の領分「あれがアルタイル、ベガ、そしてあちらが、デネブ……」
椅子に凭れて半球を見上げる。古いクッションは黴くさい匂いがする。
どこか安心する匂いだ、とヴィクターは思った。黴や埃と疎ましく呼んでも、それらは時間の匂いをしている。不変の匂いだ。それでいて、瓦解の匂い。自然に任せて朽ちていく退廃の美しさが、鼻腔から脳へと伝わってくる。
しなやかな指先がレバーにかかって、軋んだ音を立てながら下ろされる。ガコン、と音がして、半球が動くと同時に、客席がほの明るくなった。
「おや、季節を切り替えるレバーではなかったのか」
「いえ、空も動いています」
「接触不良か。まあ仕方ない、いつから動かされていないのやら、分からないからな」
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