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    リイル

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    リイル

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    シクスカ後、上司との対話。

    相棒として 冷たい執務室、さらに冷たい視線の前。ジェラード・ベリーはそこに立っていた。
    「ベリー、今から聞く質問に、素直に答えるように」
     と、椅子に腰かけ、机に肘をついているのは――我らがボス、“シルバーウィッチ”だ。
    「かしこまりました。サー!」
     蒼い相貌に晒され、ジェラードは背筋を伸ばす。

    「そう畏まらずとも良い。……先の、『ブランク』制圧作戦についてだ」
     “シルバーウィッチ”の促しに従い、ジェラードは椅子に座る。
     先の作戦……自分の行いに。何か、不手際でもあったか? それとも自分の私怨を勘づかれた? 瞬時に思考が駆け巡り、背中に汗が伝う。
     しかし、彼女から問われたのは。そのどちらでもなく。

    「――ハナゾノのことを、お前はどう見る? ジェラード・ベリー」
    「……えっ? サクラのことですか?」
     虚をつかれたような声がジェラードの口から漏れる。
    「ああ、ハナゾノの『凶行』のことだ」
    「凶行、って――。……あ〜……アレ、ですか」
     なんのことですか、と言いかけ。すぐに思い至る。あの、広場でのサブマシンガンの乱射のことだ。

    「アレだ。お前に心当たりはないか」
    「心当たり、って言っても…………」
     端的に言えば……あれは恐らく、ジェラードの恐怖と怒りがサクラに伝播した結果、なのだろう。
     ジェラードを大事に思う心が、その感情を増幅させ――あの地獄を作ったのだ。そのことはジェラード自身にも痛いほど良くわかっていた。

     しかし、それを素直にこの上司に言っていいものか? 恐らく、サクラに直接聞かないのは、聞いても「わからない」と埒が明かない……どころか、刺激したらまた暴れかねないから。と言った所だろう。
     彼女は明らかに『サクラが暴れて周囲に危害を加える』ことを危惧している。当たり前だ、彼女はこのアルテミシア・セキュリティ社の長であるのだから。……社員を意味もなく危険な目に合わせたくはないだろう。
     故に、問うているのだ。「アレに至った原因は何か」「サクラ・ハナゾノを兵士として使い続けるのは問題ないのか」と。他でもない、メディックとして――否、『相方』のジェラードに。

     とんとん、頭を指で軽く小突く。思考を回す。サクラにとって、どう答えるのが一番か。
    「――俺は……すみません、俺からは言えません」
    「言えない、というと?」
     じろり、また冷たい視線がジェラードを突く。氷のような目に負けぬようにと、ジェラードもその青色を見据えて言葉を続けた。

    「言葉の通りです。俺からは何も言えません」
    「心当たりがないと?」
    「いえ、心当たりはあります。ただ、それはもう問題ありません」
     ジェラードの返答に、“シルバーウィッチ”は片眉を上げた。
    「問題ない? 何故そう言える、根拠は?」
    「明確な根拠は……提示できませんが……メディックとして、アイツの『相棒』として断定はできます」

    「アイツは、もう大丈夫だ。もし仮に、アイツがまた何がするようなら――」
     膝に乗せた拳を少し強く握り、ひと呼吸を置く。首に下げたロザリオが、普段よりも頼もしく感じる。
    「――何をしてでも、どうなっても。俺が止めます。だから、俺を信じてくれよ、ボス」
     と、力強く。確かさをもって、返答した。

    「止める? 基礎訓練も完遂できなかったのにか?」
    「ゔ……」
     即座に手痛いカウンター。ジェラードは思わず目線を落としてしまう。
     が、その後に聞こえてきたのは、冷たいながらも、微かに喜んでいるような、どこか優しい声で。
    「冗談だ。……この社内で誰よりもハナゾノを見ているお前がそう言うなら、一度だけ信じてやろう」

    「……! 本当ですか」
     ジェラードは顔を上げて目の前の上司を見る。当の上司は、変わらず冷えた目線を向けている。口を開けど、元の凛とした、冷たい声色に戻っていた。
    「ああ。……ただし、一度だけだ。二度目はないぞ」
    「ありがとうございます。充分です、サー!」
     大きく頷いた後、立ち上がり、敬礼をする。
    「大袈裟な……話は以上だ。もう戻れ」
     呆れたように言われ、再びの敬礼。ジェラードはその場を後にした。

     フー、と。執務室を出たジェラードは息をつく。
    「疲れた…………」
     下手な警護任務よりも疲れる。と、独りごちながら廊下を歩く。

     ふいに、どんっ、と。体に何かがぶつかったような衝撃。そして
    「ジェリー!」
     もうすっかり耳に馴染んだ。人懐こい、甘えた声。見下ろせば、胸あたりに姿勢を低くした黒い髪の少年がしがみついている。花園サクラだ。

    「ボスんとこ行ったんやろ? 何話しとったん? お説教?」
     周りに人が居ないことをいいことに、桜はグリグリとジェラードの胸に頭をおしつける。少し痛いが、その痛みが嬉しくもあった。癒されるように、つい笑が漏れる。

    「ちげえよ。ボスと話してたのは――」
     言いかけて、踏みとどまる。ここで馬鹿正直に『お前の精神状態を心配された』と言えば、「俺のせいでジェリーが怒られた」とか、「俺、やっぱり何処か変かな?」と不安にさせるかもしれない。ジェラードにとって、それは嫌なことで。

    「話してたのは?」不思議そうにサクラが見上げる。光を反射して光る、小さな黒檀色の瞳。
    「――話してた、のは……。…………オムレツの、作り方、とか」
    「オムレツの作りかたァ? ボスオムレツ作れへんのォ?」
     サクラは素っ頓狂な声を上げる。疑っている様子はないみたいだ。

    「そうみたいだ、あの……作ったことないみたいでさ……」
    「マジで!? え、めちゃオモロいやん!」
    「本当だって、恥ずかしいから大々的に聞けないらしくてさ。ボスも苦手な事あるんだなって思ったんだよ」
    「確かに恥ずかしくて聞けんな……オムレツ作れへんのは……いやマジでおもろすぎるな。ボス料理せんのやろか」
    「かもしれねえな、あんな軍人然としてるし」
    「ウワ〜今度聞いてみよ〜」
    「おい、俺から聞いたって言うなよ」
    「わかっとるって! ところでこの後なんやけど――」

     サクラはジェラードの腕をとって、歩きながらにこやかに話し続ける。ジェラードも、笑みを漏らしながらそれに追従するだろう。

    ――ごめん、ボス。オムレツが作れない人にしてしまって――
     ……サクラと談笑しながら、内心でジェラードは冷や汗をかきつつ上司に謝罪をしたのだった。



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