甘い誘惑6(後日談)かちゃり、とオールマイトが俺の足に義足をはめる。すっかり慣れた手つきで金具をチェックし、これで大丈夫かな、と顔を上げて笑った。
大きな戦いがあった。
勝利はしたが、がらりと世界は変わった。一命をとりとめたオールマイトは、半年ほどはリハビリやら治療やらで病院から出られなかったが、治療が済んで、すっかり元気とは言わないまでも動けるようになった途端、あちこちを飛び回っていた。俺は片目と片足を失ったが、教師を続けさせてもらっている。オールマイトも、いまのところはまだ雄英に籍を置いているが、今後どうなるかは俺にはわからない。
昨日は、久しぶりにこっちに戻ってきたのでオールマイトのマンションで夜を共にして、そして、朝。俺もオールマイトも、これから出勤だ。昨日のオールマイトはヘロヘロで帰ってきたので、夜はたっぷりと甘やかした。おかげで今、オールマイトは頬をつやつやさせているし、俺も満たされている。義足の調子を確かめながら立ち上がり、かかとをトントンと鳴らした。
「ありがとうございます、いい感じです」
「もっと軽いタイプもあるのに、君は相変わらずこれなんだね」
「硬度と耐久性の高いものにしてもらったんで」
これでいいんですよ、と返事をして、肩をすくめる。寝室のドアを開けると同時に卵の焼けるようないい匂いがした。夜遅かったのに朝早くから起きだして、がたがた音を立てていたと思ったら。オールマイトは、夜以外は俺を甘やかすことに余念がない。
「ごはん、食べるだろう?パンでよかった?」
「あなたが作るものなら、なんでも」
そう返せば、へらりとオールマイトは笑った。少しはこっちだって甘やかしたい。
一緒にダイニングテーブルにつき、俺は用意された豪華な朝ごはんに手を合わせた。オールマイトを見れば、彼も手を合わせて、それから左手の人差し指にはまる銀色を見て、かすかに笑う。俺はなんだか照れ臭くて見ていられなくて目を逸らした。
オールマイトが退院したときに、俺は彼にCollar(カラー)を送った。互いに、互いのDomでありSubである証だ。それにカラーを付けることで欲求が落ち着くという利点もあるのだ。昔は首輪だったらしいが、今はいろいろなタイプがある。オールマイトが付けているのは、細い銀色の指輪のタイプのものだ。時計やネックレスなどいろんなタイプがある。その中でも、何でも持ってるこの人に贈るならやはり、と思って指輪にした。オールマイトは最初、ものすごく驚きながら笑顔で薬指につけようとしたので、違います、と言ったら少しだけ残念そうにしていたけれど。俺も同じものを付けますけどと見せたら、ご機嫌がすぐに直った。それくらいの反応は、予想していた。
なので、おそろいの指輪は今、同じように俺の人差し指にはまっている。雄英に着いたら俺は外すけれど。
オールマイトが付けているのは、多分みんな気付いているが、少なくとも俺の知ってる範囲でそれに言及したやつはいない。暗黙の了解ってやつだろう。俺たちの関係についても、だ。
「オールマイトさん、このオムレツ美味いです」
「でしょ!実は以前、ランチラッシュにコツを教えてもらったんだ」
他愛のない会話。窓から差し込む光は明るく、春を飛び越えて初夏の日差しだ。今日は、暑くなりそうだ。
「いい朝だね、天気いいし」
オールマイトの、柔らかな声が弾んでいた。俺はふくよかな香りのするコーヒーを一口すする。
まだ、俺たちの周りは騒がしく、忙しいけれど。
いつか、もう少し互いに落ち着いて、ずっとそばに、いられるようになったら。
あなたのお望み通り、薬指に贈るのも悪くないと、こんな良い朝にはそんな甘ったるいことを考える。