あの日、大人になりたかったから部屋に備え付けの戸棚の引き出しを開けると、救急セットや常備薬に混ざって、奥の方。それだけぽつんと異物みたいに、封を切った煙草の箱がコロンと置いてあって、俺は、こんなとこにあったんだなと苦笑した。以前は鞄の奥底に仕舞い込んでいたが、うっかり見つかったらヤバいかも、とさすがに持ち歩かなくなった。それを持っていてもいい年になった今、懐かしい気持ちで俺はそれを見つめ、手に取った。中身はすっかり湿気って、きっともう吸えないだろうけど。
買ったのは18歳の終わり。勇気を出して封を切ったのは19歳の時。煙草を吸うという行為は、それまでいわゆる悪いことをしようと思ったことのなかった俺に、後ろめたい、という感情を思い知らせた。誰にも見つからないように。部屋のベランダで隠れるように身を潜めて深夜、そっと火をつけた。ファットガムが吸うのを見てると、簡単に付く火がなかなかつかなくて――吸わないと付かないということを知ったのはそれからだいぶ後だった――何度も100円ライターを擦って、やっと煙が緩く経ち上ったときにはホッとした。けど、一気に吸い込んで咽て、俺の煙草デビューは三口吸って終わり。口の中に広がる味が苦くて、胸のあたりがむかむかして、最悪な気分。それに、吸ったらもしかして自分も少しは大人になれんじゃねえかなって期待もむなしく、吸ったところで俺は何も変わらなかった。いくら背伸びしたところでファットガムみたいに、なれるわけもなかった。同じ銘柄の煙草の香りのおかげで、ほんの少し、纏う匂いが彼と同じになっただけで。
そんな己の浅はかさを、淡い思い出としてここに仕舞い込んでいたんだなと。思わず、ふふ、と小さく笑いが漏れた。手の中の煙草の箱を、じっと見下ろす。
「あれ?そんなとこに俺の煙草あったんか?」
突然背後から声が聞こえてぎょっとした。隠そうにも、もう見つかってるわけで。俺は気まずい思いで、違います、とだけ答える。ファットガムが不思議そうに首を傾げた。
「そっち、終わったんすか」
「終わった終わった、全部段ボールに詰めたで。切島くん、結構荷物多くない?」
7畳ワンルームに入る量の荷物ちゃうで、とファットガムが笑った。俺が、収納上手なんですよ、と返せばさらに高い声で笑う。
「まあええわ、ちょっと休憩しよ。明日の朝まで、まだ時間あるし、ほとんど終わったしな」
がらんとした部屋の中を見渡し、俺は頷いた。
あの時、どうしても追いつきたかった相手は、いま、俺の隣に居て。
明日からは一緒に暮らすことになった。