Recent Search
    Create an account to bookmark works.
    Sign Up, Sign In

    hiromu_mix

    ちょっと使ってみようと思います。
    短めの文章はこっちに投げます。

    ☆quiet follow Send AirSkeb request Yell with Emoji 💖 👍 🎉 😍
    POIPOI 65

    hiromu_mix

    ☆quiet follow

    ファ切で18.奪われた心
    「ディープキス 夜空 ルームキー」
    ※ヴィランパロです

    見えるのは夜の色最上階に向かう高速エレベーターの、目まぐるしくカウントしていく数字を切島は、睨みつけながら軽い浮遊感を味わう。手の中にはルームキーが一つ。突然、切島のヒーロー事務所に送りつけられたそれは、封筒には少し癖の字で宛名と。中にはこのルームキーと、ホテルの住所、誰にも言わないで来るようにと書かれたメモ。いたずらだろうと捨て置くにはこのルームキーはこの辺りでは一番の高級ホテルの最上階のものだったし、メモに『ファットガム』と走り書きされたサインを、切島は知っていた。
    だから来た。誰にも、言っていない。これが罠だとは思いつつも、誰かに告げたことで他の誰かを巻き込むのは避けたかった。
    柔らかなメロディーと共にドアが開く。切島は一歩、外側に踏み出した。夜の海みたいな濃紺の絨毯は、まだだれも踏んだことがないみたいになめらかで。そこを恐る恐る歩きながら、この階にたったひとつの部屋を目指した。本来であれば控えているはずのコンシェルジュたちには、切島が来るのと入れ替わりで階下に降りてもらっている。彼らは、この部屋を取った人間がどんな人かなんて知らない。たとえそれが、彼らにとってはとても紳士的な男だたとしても。
    ドアの前に立ち、カードキーを機械に当てる。ピッと電子音の後、カチャ、と僅かな鍵の開く音。切島は突然の攻撃に備えるために身体を微妙に硬化させたまま、ドアを開けた。部屋の中は暗い。床すれすれのところにある間接照明が、ぼんやりとオレンジ色の光を振りまいて足元だけを照らしていた。開けたと同時に何かがあるかと構えていた分、若干拍子抜けした気分で後ろ手にドアを閉じた。オートロックで施錠する音が鈍く響く。
    奥の部屋も暗い。続く通路の横には扉が二つ。バスルームとトイレだろうかと想像しながら、奥へ向かえば大きな窓に囲まれた広い室内が目に飛び込んできた。30畳ほどありそうな広い部屋。壁には大きなテレビと、その正面にはL字型に置かれたカウチ付きソファセット。その手前のスペースには6人くらい座れそうなダイニングテーブルがどんと置かれている。ベッドルームはさらに奥にあるのか、ここからは死角になって見えないが部屋はその先も続いていそうだ。ハ、と大きく息を吐く。こんな部屋、写真で見たことはあっても入ったことなんか一度だってない。
    大きな窓の向こうには、色とりどりの星を撒き散らしたような下界と、本物はいっそ控えめにすら見える、細かな星が輝く夜空。すべてに圧倒されて、少し気を逸らしていた。気付けば背後に人の気配があって、切島はひゅっと息を飲む。距離と取ろうと踏み出すよりも先に、太い腕が肩のあたりに巻き付いた。ぎゅっと後ろから抱きしめられ、そのまま猫でも捕まえたように抱えられた。足が床から離れ、ブランと垂れる。
    「偉い子やなあ、切島くん。言いつけ通り、ほんまに一人で来たん?」
    「ファットガム、っ!」
    「そうやで、君の愛しいファットさんや」
    首をひねって、ぎり、と頭の上にある顔を睨みつける。金色のふわふわした髪の下に、整った、一見人懐っこそうな顔立ち。けれど切島は知っているのだ、この蜂蜜色の綺麗な瞳がどれだけ、冷酷な色に変わるのかを。
    「愛しい、わけねえ、だろ、っ、くそヴィラン!」
    「あらら、やっぱ偉い子やなかったわ、悪い子かなァ」
    舐めたような口ぶりに、ぐ、と奥歯を噛み締め。切島は個性を発動させる。ぎざぎざに尖った皮膚は簡単にファットガムの皮膚を裂いた。いった、と呟いてファットガムは切島を抱えていた手を離す。すとんと落とされたが、どうにか着地すると切島は飛び退って距離を取った。
    とはいえ、こんなホテルの一室で戦うわけにもいかない。簡単にボロボロにしてしまうだろうことを考えると、切島は頭の中でどう立ち回ればいいかと考えながら、ジリジリ距離を保つ。ファットガムの個性は未登録で分からず、彼のことは、薬物販売シンジケートの幹部だ、という情報しか今のところはなかった。
    そのくせ、やたらに切島と遭遇し、そのたびに本気とは思えない口説き文句を並べ立ててくる。まだファットガムがそういう人だと知る前。切島のファンだと、ちょくちょく現場に現れる民間人のような顔をしたファットガムを信じてしまった。何度か彼に会い、何度か誘われて飯を食いに行き、そして一度だけ夜を共にした。それは鈍い胸の疼きと共に、思考の奥底に追いやって、封印した思い出だ。
    「――な、鋭児郎」
    柔らかな声。どきんと心臓が跳ねる。でも、違う、そうじゃない。ここに居るのは、ヴィランで、捉えなければいけない相手だ。
    「俺に、会いたかったんやろ?俺もや」
    ずっと君と、ふたりきりで会いたい思うてた。
    ひどく甘ったるい囁きに、ぶるぶると切島は横に首を振る。違う、違う、駄目だ流されるな。でも俺は、俺は。誰かに俺らが過去関係があったと、バレたくないからなどと自分で自分に言い訳をして、言われるがままに、一人で来たのは。
    一歩、ファットガムが近付いてくる。ぎゅっと握ったこぶしを肩より前に出し、身構えた。ファットガムは切島の顔をじっと見つめたまま、薄く唇に笑みを乗せ。ゆっくりと、近付いてくる。切島は構えたまま後退る。けれど足に、ソファのひじ掛けがぶつかって足を止めた。それと同時にぐいとファットガムが距離を詰める。
    「ぅ、あ」
    「捕まえた」
    ソファのひじ掛けに、切島を囲うように両手をついて。覆いかぶさる大きな身体を切島はじっと見上げた。その瞳はもう、揶揄うような色は帯びてなくて。いつかのの夜を思い出すような、真摯さを帯びていたのでくらりとする。それを、信じてはいけないと思うのに。どこかで、たとえ彼がヴィランだとしても、その気持ちだけは本物なんじゃないかって信じたくなる自分がいる。
    「ファットガム……」
    「ちゃうやろ」
    フ、とその唇が悲し気に歪んだ。
    「太志郎、って、呼んで」
    切なげな、甘さを含んだ声。ドキドキと鼓動が早まる。駄目だって、分かってるのに。でも、その名を呼びたくて心が叫び出す。そう何度も呼びながら、この大きな身体にしがみついた幸せな夜を。どれだけ記憶の奥底に押しやろうとしても、困ったことに肌は、身体は、心は忘れていないのだ。
    「呼んで、な、鋭児郎」
    掠めるように唇が触れる。途端、全身がドロドロに溶けていきそうな感覚。足元がふわふわとして、さっきエレベーターで味わった浮遊感に似た何かをもう一度感じる。
    「や、っ」
    「鋭児郎、っ」
    ファットガムの顔を手で押しのけようとするがびくともしなくて。逆にその手を捉えられて、ソファに押し倒された。大きなソファは、切島と、そしてファットガムを受けとめて弾む。
    「ふ、はぁ」
    「鋭児郎」
    切羽詰まった声。視線を上げれば、夜空と金色の髪と、とろりと溶けたような蜂蜜色の瞳と。そして頬が紅潮したファットガムの顔。
    「鋭児郎、好きや」
    がぶ、と噛みつくように唇が食われる。大きな唇で覆われ、厚みのある舌が切島の唇を割り開いて、奥で縮こまっていった切島の舌に、いつかの快感を思い出させるように絡めた。くちゅくちゅと唾液を混ぜ、粘膜を擦り合わせていいれば頭の中まで蕩けていく。久しぶりのディープキスは身体中を痺れさせて、どこか頭の奥で響く警告音はだんだん聞こえなくなって、見えるのは夜の色と蜂蜜色だけだ。
    「たいしろ、さ、ん」
    しがみついた身体の、その温度がひどく懐かしくて愛おしくて。
    切島はすべてを振り切るように、目を閉じた。

    Tap to full screen .Repost is prohibited
    ☺💕💗🙏🙏❤❤❤
    Let's send reactions!
    Replies from the creator

    recommended works