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    hiromu_mix

    ちょっと使ってみようと思います。
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    ファ切で、10.雨よ、やまないで
    「唇に触れた ワイシャツ 濡れた髪」

    両片思いっぽい二人。

    傘の下には太陽が夕暮れの空が突如増えてきた雲で覆われ、暗くなったと思ったら激しく降り出した雨に、ファットガムは空を見上げて一つ舌打ちをする。
    やっと着なれてきたワイシャツが途端に鬱陶しくなって、ネクタイに指をひっかけ緩めながら、ファットガムは近くのカフェに逃げ込んだ。どこにでもあるチェーンのカフェは、ファットガムと同じように雨から逃れようと入って来た客も多くほとんどの席を埋めてしまっていたが、低脂肪の姿なのでどうにか取れた端っこの、窓際のカウンター席を確保して、ファットガムは一つ息を吐く。雨に当たった時間は僅かだ問うのに、濡れた髪からぽたぽたと雨のしずくが落ちた。
    「ついてへんわぁ」
    水と一緒に差し出された暖かなおしぼりで、雨でぬれた顔を拭けばすっきりする。こんなのオッサン臭いと思うが、まあもうオッサンに片足突っ込んでるので今更か。明日もこの姿で居なければいけないので、アイスコーヒーだけ頼んでファットガムは、激しく雨が打ち付ける窓をぼうっと見つめた。スマートフォンを見れば、着信が一件。その名前に唇が緩む。
    『おつかれ!いま、喫茶店入ってもうたから、またあとでかけるな』
    そうメッセージを打てば、わかりました!と拳を上げる赤いドラゴンのイラストの、元気のいいスタンプが帰ってきた。その奥に、同じように明るい笑顔の彼――切島が見えるような気がする。
    やってきたアイスコーヒーを啜りながら、スマートフォンの中の写真やデータをいくつか選び、知り合いの警察に送る。現在のファットガムは潜入捜査の真っ最中だ。大手の製薬会社だっていうのに、内部から向精神薬が横流しされているという噂。ファットガムは、その会社が子会社に対して行っている一か月の研修に、子会社の社員として紛れていた。低脂肪の姿は顔が割れていないし、薬物の知識は下手な会社員より豊富だ。すっかりなじんで、少しづつ情報を集めたり、社内の写真を撮ったりしているが、今のところ決定的な情報はない。小さく溜め息を吐けば、からりとコーヒーに浮かぶ氷が揺れた。
    また、先ほどの切島からのメッセージを見て。ファットガムはフフと小さく微笑む。一ヵ月の潜入捜査はすでに二週間が経過しているが、この期間、ファットガムであることがばれたらまずいので、事務所の人間とは直接顔を合わせていない。切島と天喰ならば問題はないと思うが、それよりも。
    ――会いたいなあ
    目下、ファットガムは切島に片想い中なので。
    高校生の頃はさすがに、どこか押し込めていたものが、昨年卒業してファットガム事務所に切島が来てからは、自分でも驚くほど加速度を上げて彼に転げ落ちた。彼のことをこうして考えるだけで、とく、とく、と心臓が高鳴る。



    グラスが空になっても、まだ、雨が降っていた。
    メッセージを知らせる通知がぽこんと表示されたので開けば、いまどこにいますか?と切島から。
    「ええ……?」
    何やろ、と思いつつ。
    『駅前の、三丁目当たりの楓屋珈琲店にいるで』
    と返せば、ならそこまで行きます、と言うので驚いた。店内で、切島の席はない。移動するかと席を立ち、外に出れば、先ほどよりは雨脚が弱まっていた。店の前で、カラフルな傘の流れがゆらゆらと通り過ぎていくのを見下ろしていた。ファットガムの目線から見れば、傘しか見えない。そのうちの一つが、こちらに向かってきたのでファットガムは膝を屈めた。目の前にやって来た彼は、そっと、周りから隠れるようにファットガムの上に自分が差していた大きな黒い傘を傾ける。
    「お疲れ様です」
    潜むような声。見ても、一瞬、誰か分からなかった。
    「――おお、むっちゃ化けたなあ」
    思わずそう言えば、切島は楽しげにヒヒと笑う。その左胸にはファットガムが所属していることになっている会社の、ファットガムが付けているものと同じ社章がきらりと光ってた。半袖のワイシャツから伸びる日焼けした腕。グレーのスラックスは雨のせいで膝から下がすっかりチャコールグレーに変わってしまっていた。トレードマークの赤い髪を黒く染め、今は下ろして少し後ろに流している。目元の傷を眼鏡で隠し、真面目な新入社員の出来上がり、と言う感じだ。
    「ファットへの急ぎの届け物が、事務所のほうに来ちゃったんで、持ってきました。これ、ワイシャツは先輩から借りたっス」
    「似合うとるで」
    「着なれないからちょっと恥ずかしいっスけど」
    互いに顔を寄せ、外の世界から隠れるように傘の中でぼそぼそと話す。切島の手から、これ、と雨に濡れないようにかきっちり梱包されたものを受け取り、ファットガムは自分の鞄に仕舞い込んだ。
    「おおきに……そっちは、変わりない?」
    「ハイ、大丈夫っス!――ファ、じゃねえや、あ、えと、豊満、さんのほうは」
    オロオロと言い直され、思わす吹き出す。周りをちらりと見ても、皆、雨が気になってこんな傘の中のことなんて誰も気に留めていないのに。
    「まだ、これっていう成果はないけどな。まあ、あともうひと踏ん張りやな」
    「っス!がんばってください!」
    そこだけは変えようのない、真っ赤なキラキラした瞳がファットガムを見上げた。手を伸ばし、くしゃりとその頭を撫でる。
    「ん」
    へへ、と切島が顔をくしゃりと崩して微笑んだ。ああ、かわいい。無意識のうちに、もっと近くでその顔が見たくて、顔を寄せていた。
    「あ、あと」
    ぱっと、切島が顔を上げる。揺れた前髪が鼻先に触れて、思いのほか顔が近くなり過ぎたことにそこでようやく気付く。って、いうか、え?いま、自分の唇の上を掠めたのは。
    「へ」
    切島の、元から大きな目がさらに真ん丸に見開かれる。
    「うわ」
    唇を押さえ、ファットガムは身体を引いた。自分の上にあった傘にぶつかり、がくんと傘が傾く。
    うわわわわわ。いま、キスした。ぜったい、あの唇に触れた。
    切島はぼうっとしたまま、ファットガムを見つめ。それから、自分の唇を指でなぞる。途端、まるで音でも出そうな勢いで、ぶわ、とその顔が赤くなった。わなわなと、唇を押さえる手も、頬も、震えている。
    その反応に、ドキドキと心臓が鳴った。これは、この、反応は。
    「あ、あ、えっと、もう、あの、用事、終わったんで」
    帰りますね!と切島は踵を返して帰ろうとした、ので。ファットガムは慌てて腕を掴み、その手から傘を奪った。ぐいとそのまま逃がすもんかと片手で腰を抱き、引き寄せる。傘の下、隠れるように。
    「な、嫌やないんやったら……もっかい、ちゃんとしよ」
    こんな雨の中なのに、触れた唇は、ほのかにお日様の匂いがした。
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