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    hiromu_mix

    ちょっと使ってみようと思います。
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    ファ切で、5.overdose
    「君に溺れて 息もできないキス ネクタイ」

    君の顔が見れない多分、俺は君に溺れてる。

    いつ、どちらから仕掛けて始まった関係だったか。今やもうその初めての記憶も、輪郭がおぼろげになるほどに繰り返し、ファットガムは切島とベッドを共にしてる。
    『今日、夕飯、一緒にどうですか?』
    その一言が合図で、仕事終わりに事務所から二人、並んで帰る。一緒にすることは、夕飯だけではないことをお互いに予感していながら、居酒屋で食べる飯の最後の一口まではどこか駆け引きするみたいに、視線はどこか誘うような色で揺れるのに言葉にしたりはしなくて。一歩、居酒屋を出たときにどことなく、そんな雰囲気に絡めとられ、ふらふらと誘蛾灯に寄っていく愚かな虫のようにホテルや互いの自宅へと誘い込まれ、行為に及ぶ。
    恋人というには決定打が無く、かといって肉欲だけの関係と言うには距離が近すぎた。いびつな関係だということは分かってる、それでも、やめられないのは。
    ファットガムは、切島のことが好きだ。だから、彼の身体に触れられる行為を自分から積極的には止めたくないという、それだけ。
    ヒーロー失格やなと、ファットガムは切島の家を出て自宅に帰る途中、まだ薄暗い早朝の歩道橋の上で思った。足を止めて、下の方をまばらに流れていくテールランプを眺める。きちんと告白する勇気もなく、かといってピリオドを打つ勇気もない。情けなさにいっそ自分で自分が腹立たしいのに、誘われたら嫌だと言えないのだ。タバコが吸いたい、と思ったけれど、この辺りは路上喫煙禁止だと思い出して取り出しかけた煙草の箱をファットガムはポケットに戻した。

    どうにかしなきゃと毎回思っている。このままで良いわけはない。

    始発のバスが通り過ぎて行く。その巻き上げた風が思いのほか冷たくて、長すぎた夏がやっと終わるのだと思った。あの身体に触れたときはまだ夏の始まる前だったのに。もう、夏は終わっていくのだ。


    ロッカールームにて。しゅるりと器用にネクタイを結ぶ手付きをぼんやりと見つめる。なるほど、学生時代に毎日ネクタイを締めていただけあって上手だと思った。
    「スーツ、似合うやん」
    「着なれなくて……変な感じっス」
    真っ白なシャツの上にダークグレーのジャケットを羽織れば、まるで新人社員のような切島の姿。実際、まだファットガム事務所では新人なので間違ってはいないが。けれど入社式もないような小さな事務所でスーツを着る機会などそうあるわけもなく、今日、ファットガムは初めて切島のスーツ姿を見た。
    「ファットはやっぱ着慣れてますね」
    そう言われて、そうでもないで、と肩を竦める。切島のそれよりは少し明るめの、グレーにストライプの模様が入ったスーツはオーダーで作ったもので、低脂肪状態のファットガムの体格にぴったりだった。
    今日は、切島と一緒にホテルで開催されるパーティに潜入し要人警護にあたることになっている。そこまで厳戒態勢と言うわけではないが、パーティ会場の警護を担当するヒーローには、パーティの雰囲気を壊さないようにめかしこんでこい、と通達があったのだ。それなので、髪も微妙に後ろに撫でつけ、耳の後ろあたりに、支給された小型のインカムを貼り付けた。
    このロッカールームは本来であればパーティが行われるホテルの従業員やバイトが使う場所らしいが、今日だけはヒーロー用の控室として割り当てられた。切島もファットガムも準備を終え、呼ばれるまで待っていて欲しいとのことだったので端っこの小さなベンチに座っていれば、どやどやと何人かのヒーローの姿があった。名前までは知らないが、現場で何度か見かけた顔もある。
    「おお、レッドやん」
    切島と同じ年くらいの男が、服を脱ぎながらちらりとこちらを見て、お、と表情に喜色を浮かべる。切島も、あ、と目を丸くした。
    「わ、ご無沙汰してます!お疲れさぁっす!」
    「相変わらず元気やなァ、レッドもこの警護に入るんやね」
    喋りながら、男は着替えを済ませていく。切島より頭一つ分くらい高い背に、整った顔立ち。洒落たスーツを纏った男はとてもヒーローには見えなかった。ヒーロースーツを見れば誰か思い出すかと思ったが、余計に結びつかない。男は着替え終わったのかベンチに座る切島の前に立つと、ファットガムのことは一ミリも気に留めずににこにこと話しかけてきた。明らかに切島にしか興味ありませんと言う様子に、ぴき、と眉間のあたりに皺が寄りそうになったが、ぐっと堪えてファットガムは朗らかな表情を作る。
    「どうも、いつも烈怒頼雄斗がお世話になっとります」
    相手は、ちらりとファットガムのほうを見ると、はあどうも、と頭を少し下げた。しかしすぐに切島のほうに顔を向けると話を再開する。さすがに失礼すぎんかと、もう一言くらい何か声をかけたろうと口を開いたところで、控室のドアが開き声かかかったので、ファットガムはその口を閉じた。



    何してるんやろ、とやっぱり思う。
    仕事は無事に終わって、時計が天辺を回るころに解散となった。あちこち、これから打ち上げにでも行くかなんて話が出ているのを尻目に、ファットガムは切島を連れ出し。仕事終わりに慌てて確保した、仕事現場でもあったホテルの、その上階にある一室に彼を押し込み。
    そして今、息もできないキスを交わす。
    「ふぁ、ファッ、ト」
    とろりと蕩けた赤い目を、見下ろした。警護中、ずっと、じりじりと焼けつくように胸が痛かった。
    切島を、誰かに取られたくない。そんな単純なことに、今更ながら気付くなんて。
    「切島、くん」
    あんな、と口を開く。心臓が信じられないくらい早い。拒絶の言葉が出たらどうしようと、想像するだけで指先まで震える。
    「あんな、俺、いまさらかもしれへんけど、でも、俺、君の、ことが」
    大事な言葉を、彼の耳に唇を寄せて囁いた。切島は、黙り込んだ。とく、とく、と早い鼓動だけが、互いの身体の間を跳ねまわる。

    ああ、まだ怖くて、俺は君の顔が見れない。
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