いびつさに溺れて4「うんうん、おいしいね!」
日和くんは限定のケーキを食べながら、にっこりとわらった。うららかな午後、紅茶を飲みながらの時間はゆったりと流れる。
カロリーの関係で私はチーズケーキをくちにはこぶ。ワークアウトを増やしますよ、という、茨の顔が目に浮かんだ。
「愛してる、ということばが嫌いになる時って、どんな時だろう」
茨を思い出す。張り詰めた表情が目に浮かんだ。日和くんは何も聞かずに、ひとくち紅茶を飲んだ。
「きっと、愛された記憶を汚された時だね。裏切られたり、捨てられたりしちゃったら、愛されるのが怖くなっちゃうね。幸福だったのがどん底になるのだからつらいよね。そうしたら――もう愛されたくないって、思うのも不思議じゃないね。絶望するくらいなら、最初から持たないほうがいい。それは、臆病な選択だと思うけどね」
「愛の記憶……」
茨の愛。それを知らない。教えてもらえるほど、心ゆるされていない。私は考えこんでしまった。
「人間は未知を怖がるものだね。だからちゃんと愛を教えればこわくない――愛はとてもあたたかでよいものだって。世の中にはあらゆる形の愛があって、どれが正しいとか間違っているとかはないけれど、その人に合う合わないはあると思うんだよね。だからそれを見極めて、包んであげる。そうしたら、愛してるを受け取れるようになると思うね」
「……うん、私……」
茨の過去と対面したい。しらなくても、それを超えるように包んであげたい。これは私のエゴだった。茨のためではない、私の、自己満足。それでよかった、綺麗事ではない、どろどろとした、みにくい感情。愛して愛して愛して、骨無しにする。私なしでは生きていけなくしたかった。
そうしたら、茨を満たしてあげられるかな。
***
二人の部屋に引き入れて、茨を壁に追いやってその海色を見つめる。
「茨、私、やっぱり、きみを――愛してる。この感情は愛してるが一番ぴったり合うんだ。だからもう歪ませない。きみが望む愛の形を変えてあげる。痛みも、苦しみも、全て包んで超えるような、絶対的な実感を。私はきみを愛してる。私はきみを、愛するよ」
潤む海色が揺蕩って、逃げようとするから離さなかった。
「好きだよ、茨、離さない、ずっとそばにいる」
「やめ、」
「私は、きみが、すき」
「やめろ、やめ、……っ、」
「茨」
「やめろよぉっ……! そんなうそ、いらないっ……!」
茨は暴れて逃げようとした。私はそれを許さなかった。そうしてこえをはって、茨はそのつぶらな瞳を潤ませた。
「お、おれは、いい、からだ、つかってくれて、いい、……おれは、ゴミだから、……どうなったって、いい、から」
ぽろぽろと流れる涙が美しくて、こんな茨は見たことがなかった。人前で決して見せない涙。弱み。
「やさしく、しないで、……期待、させないで、……どうせ、あんたも……」
嗚咽が混じって、こえがみだれる。
「どうせ、あんたも、……っ、おれ、を、すて、るんだ、……い、いらなくなったら、飽きたら、捨てるんだ、……お、おれは、おれなんか」
海色が濃くなって、抵抗する腕に力が込められた。
「おれなんか、だれかに、あいされるなんて、こと、ないんだぁ……っ! あああ、あ……っ!」
それが茨の答えだった。
ほんとうは欲しているのに、こわくて泣いている。
その弱みを、私に見せてくれている。
たすけて、と、叫んでいる。
だったら。
私が。
「私は茨に嘘をつかない。私がきみのだれかになる。きみの愛してるを私の愛してるで塗りつぶさせて。きみの愛だった記憶を全部陵辱して破壊してあげる。信じなくてもいい、抗ってもいい。けれど私はきみを征服して満たす。私でいっぱいにして、飽和させてあげる。わからせてあげる――痛みより苦しさより、心の底から実感する衝動を」
「うう、う……」
ずるずる、と壁を伝って、茨は崩れ落ちた。
ぱたぱたと涙を落とすちいさくなった薔薇色を抱きしめて、とくとくと脈打つ命を捕らえた。
ぐちゃぐちゃになった愛の形に手を加える。
いつかこのいびつさを愛せますように。
marshmallow
・これ以上ないような王道なのですがD.Vやめちゃって溺愛でわからせるの、好きです…!
(220223)