紙メンタル茨2「か、閣下、申し訳ありません!」
雑誌を読んでいる閣下の隣で、俺は謝り倒した。
「お、おれが、……」
あの時、俺が。
「……綺麗に撮れてるね」
人気のない街灯の下で泣いている肩を抱いて慰める乱凪砂。
熱愛発覚か!? とデカデカと見出しが出ている。
相手について事細かに憶測が書かれているが――その相手は、俺だった。記者も泣いているのが七種茨なんて思わないだろう、だってあの七種茨なんだから。
「私、甘やかしすぎかな?」
閣下は困った顔をして、俺を見つめた。
「そ、れは……」
閣下はお優しいから、俺の無様を受け入れてくれているけれど、ほんとうは……。
閣下を困らせている。
「ねえ、茨――」
「閣下! こ、今後このようなことがないよう努めますので、どうかご寛恕願います! この件は自分が無かったことにいたしますのでお忘れください! で、では失礼致します!」
思わず部屋を飛び出してしまった。頭がガンガンする。困らせている。迷惑。
やっぱり、泣くなんて、ダメなんだ。
***
閣下の胸で泣かなくたって、大丈夫にならなきゃ。
紙メンタルを隠して、図太さを演じる。
いままでずっとそうしてきたんだから、元に戻れるはずだった。
「……茨、一緒に寝なくて大丈夫? 最近忙しそうだけれど……」
「ええ、平気であります! それではお休みなさいませ、閣下」
「……うん」
抱きしめてもらいたくなる衝動を殺して、閣下を見送った。
うまく眠れなくなった。
体がこわばったままだった。
一人で、どうやって泣いてたっけ。
それが思い出せない。
忘れろ、平気だって思え、仕事に没頭して気づかないふりをしろ。
七種茨を演じろ。
七種茨は、泣いたりしない。
***
茨と一緒に過ごせなくなった。
茨に、避けられている気がする。
あの写真の件から、ずっと。
やさしく茨を抱きしめる私。
甘やかしすぎている。
あんなに、幸せそうな顔、私、してたなんて知らなかった。
茨のために抱きしめて、茨のために涙を拭いていたつもりだったけれど、それは私にとっても必要なことだったのかもしれない。こんなに愛おしいと云う感情が表に出ている。だから、もっと愛したかった。
そうだけれど、茨はなぜかそれをいらないと云うように、私との時間を無くしていった。それが心配。
茨にとって泣くことはきっとストレス解消にもなっていたはずだから、体に溜まった膿を今、どうしているか気がかりだった。
今日、抱きしめよう。抱きしめて、どうしたのって、聞いて――。
「凪砂くん」
「……日和くん?」
トレーニングルームに日和くんが走ってきて、真剣な顔で告げた。
「茨がまた倒れちゃったね」
「……茨が?」
「凪砂くんには絶対にいわないでっていわれたけれど、いうね。あの子には凪砂くんが必要だからね」
「……ありがとう、日和くん」
もっと早く助けてあげたかった。一人のくるしみを、二人で分け合えれば、きっと回復も早くなるはずだから。
***
「かっか、おれ、へいき、……ですから……っ」
医務室から茨を連行して、二人の部屋に連れてきた。
「平気じゃない。平気な人は、そんな顔しないよ」
ベッドに寝かせて、涙を溜めた茨の頰を優しく撫でる。
「……どうして最近、私を避けていたの?」
「それ、は……」
怯えている、怖がっている。
初めて泣いてくれた時の、躊躇いがそこにあった。
「おれ、が、泣く、と、……めいわく……」
「……そんなこと、少しも思わないよ」
「でも……っ」
心を閉ざしかけていて、それが如実にわかる。
少し荒療治が必要。
「私、もう茨には必要ないかな?」
「え」
私は茨の潤む海色を飲み干すように、同じように目を潤ませた。ミラーリングして、ぱたり、と、涙を流す。
「茨は私が嫌い……?」
「かっ、か、……そんな、こ、と……っ、ごめ、う、あ……っ」
茨の目から、堰を切ったように涙が溢れる。ひとりがだめなら、ふたりで。
「あーっ、あ、かっか、あ、……っ、ひぐ、ごめ、ごめんな、さ……っ」
「ふたりで泣こう」
抱きしめあって、涙を流す。
茨はやっぱり、泣くのが下手だった。
***
「私って、困るくらい、茨のこと愛しているみたい。甘やかしすぎたら、茨がだめになるかもって、思うくらい」
「ひぇ……」
嗚咽が落ち着いて、ゆっくりと茨の背を撫でながら、耳元で囁いた。
「茨、勘違いしたんだね。私が茨に困ってるなんて……。そんなことないよ。確かに私は茨でいっぱいだけれど」
「うう……」
茨は恥ずかしそうに私の胸に顔を埋めた。
「写真撮られて、そうしたら茨は、私以外のところでも泣けるようになるかなって、期待したんだ。それはいいことだから。七種茨も、泣いていいんだよ」
「……そんなの、むり、です……」
「……そうかな」
「閣下に、しか、……むり、です……今は」
今は。きっと、未来がある。
「抱きしめていてあげるから、ゆっくり眠って。今はそれでいい。一緒に眠ろう。ずっとそばにいるからね」
「……はい」
呼吸が一定になる。密着する温度が温かい。少しずつ変わっていく茨に、もっと寄り添いたかった。
私だけが知っている、涙する茨。
いつかそれを隠さないでいられたら、と、小さく願った。
marshmallow
・もしも紙メンタル茨くんが凪砂の前で泣かなくなってしまったらどうなるんだろうなぁと思います。
泣くことでストレス発散出来ていたのも少しはあると思うので、ストレス溜めすぎて眠れなくなったり、ぶっ倒れたりするのかなとか、目から溢れそうなくらいに涙を貯めて泣くのめっちゃ我慢してる顔してる茨を見た凪砂に「私はもう、茨には不要?」なんて言わせて凪砂を泣かせてしまって(凪砂の涙は演技でも可)茨が「ちが……っうぅ」って号泣しちゃったりとか……
離れて行きそうな凪砂を引き止めて嗚咽混じりに泣きながら身体を重ねる茨とか……
(220429)