おまつりまでに ――マンうさのおまつりがあるんだ!!
葉っぱに書かれた招待状を手に満面の笑みを浮かべるマングースのコジロウとうさぎのカオルの頬は、興奮にふくふくと赤らんでいた。
森ではなく人里で暮らすふたりは、まちに用意されたふたりのためのスペースをたくさん飾ってお祭りに参加するのだという。
その浮き足立った様子に虎次郎は笑顔になり、二人だけで事に挑むと聞いた薫は心配しすぎて挙動不審になった。
さくせんをねりたいから、しばらくいっしょにいる!!
高らかに同居宣言をした二人は常に自宅の階下で働く虎次郎宅で預かる事になったが、家主が帰宅すると大抵すでに薫が居る。
「お前さぁ、ほんとなんなの……毎日毎日……」
がりがりと後頭部を掻きながらため息混じりに言う虎次郎に、薫はきりりと目尻を吊り上げた。
「いくら一階にお前が居るからといって、二人きりで居る時に何かあったら大変だろうが‼︎」
とんだ過保護に育ってしまった。ふんすふんすと語気も荒い薫だが、実際のところカオルが居ることに慣れてしまい一人で家に居ると妙にもの寂しくなってしまってついつい足が向いてしまっているのだが、それを素直に口にするタマでもなく。
薫をあらゆる形で甘やかし汲み取って支えるゴリラにはバレバレなので、彼としてはそれならお前もここに泊まればと言いたくなるが、今はぐっと堪えている。ちび達に託けるなと言われているので。
そろそろ本腰を入れて同棲に向けて口説き落とそうかというタイミングだったので、これはしばらく休戦かと肩を落としてもいるのだが。
それは、それとして。
毎日床に座り込んで子供向けのお得用スケッチブックにクレヨンでがしがしと、おそらく設計図のつもりで描かれている何某かの歪な形を眺めながら、二人だけで額を突き合わせて相談している様は微笑ましい。
心配し過ぎなんだよ薫は。
そんな虎次郎の余裕もある日を境にぐらぐらに揺らぐ事になった。
「……なんだって?」
「だから、せってぃんぐのために会場にいって、そこで寝とまりすることにした!」
「まてまてまて、二人だけでか⁉︎」
「マンうさのおまつりなんだからあたりまえだろー?」
ニコニコと楽しそうに話す二人に反して、虎次郎は内心冷や汗まみれだった。心配だ。心配すぎる。
二人は虎次郎と薫と暮らす前の事は覚えていない。なので二人きりで暮らすのは正真正銘これが初めてなのだ。
それに、なにより、薫が。
確実に薫が黙っていない。二人だけで祭りに参加すると聞いただけであの過保護ぶりなのだ。心配すぎて暴れだすかもしれない。
「こ、ここか薫の家から通うんじゃダメなのか?」
「んー……かよえないこともないけど」
「準備はばんたんにしなくちゃいけない。一分一秒だっておしいんだ」
「ちま、お前どこでそんな言葉覚えてくんの……」
妙に大人ぶった言い回しをするカオルに、おおよそ共に暮らしている薫の言葉を聞いて覚えているのだろうと察しはつくが。
今、仕事で薫が居ないタイミングでよかったと思うしかない。
「で……いつから行くつもりなんだ?」
「あした!」
「あ、明日⁉︎ 急すぎないか⁉︎」
「おまつりは刻一刻とせまっているんだ、遊んでいる余裕はない」
なんか、顔だけじゃなく言動まで似てきた気がする、と心の中だけでそっと呟いて虎次郎は息を吐く。なんとか丸く納める事はできるだろうか。心に不安を抱いたまま夜を迎えた。
「いいんじゃないか。早くから準備するに越した事はない」
「へ?」
「どうした間抜け面ゴリラ」
「いや、お前の事だからもっと心配しまくるもんかと……」
「お前は俺をなんだと思ってるんだ、全く……明日は仕事に空きがある。俺が二人を送って行こう」
「おう、頼んだ」
拍子抜けである。立派に成長した過保護はどこへ放流してしまったのか。けれど、ややこしい事態にならずに済んだのは僥倖だった。
そう、思ったのだが。
当日仕事を終えて帰宅した虎次郎を待っていたのは、床につくのではと言うほどに身を折ってソファに腰掛けた薫の姿。
「お、おい、薫……? どうした……?」
「――……虎次郎……ちび達……別れ際、笑顔で送ってくれてありがとうって、あっさり、手を振って……っ‼︎」
「いやいやいや、いい事じゃねえかそれは」
「なにがいい事だ! しばらく会えなくなるというのに‼︎ もう少し、こう、寂しそうに涙を浮かべながらとか、そういう……っ!」
「…………」
「だが、見張りのカーラドローンをこっそり置いてきたし、二人のバンダナには小型GPSを取り付けておいたから、何かある前に必ず察知できるし、俺たちの番号だけを登録したキッズ携帯も持たせてあるからな! 寂しくなったらすぐに連絡してくるだろう!」
前言撤回。過保護は放流されてなどいなかったのだ。絶賛拗らせ中な親バカ過保護の頭を「よかったな」となでなでして、虎次郎は尻に重い音を伴った蹴りをくらった。
片や薫を見送った後のカオルとコジロウは、分け与えられた区画を眺めて感動にふるふると耳を揺らしていた。
これからここを二人でたくさん飾り付けて、他のマンうさ達をおもてなして、そして自分たちも沢山のマンうさが用意してくれているお祭りを楽しむのだ。
ちゃんと二人が寝泊まりできる小屋が用意されていたのも嬉しかった。
「このへやも、なんかにつかえそうだな!」
「そうだな、家でねってきた作戦だけじゃぜんぜんたりなそうだ……がんばろうな、コジロウ!」
「うん!」
二人は手を取り合ってにこにこ笑うと早速準備に取り掛かった。飾り付けの道具を借りられると聞いて訪れた物置き場で、何か良さそうなものはないかと探していると、突然コジロウがわぁと声をあげてカオルを呼ぶ。
「カオル、カオル! なあこれ、となかいだよな!」
コジロウが掲げているのは道具の中にあったらしいぬいぐるみ。
「おっきいかおるがみせてくれた、くりすますのほんにのってた!」
「本当だ、トナカイだ……なあコジロウ、これをつかったら、クリスマスみたいな飾りつけにならないかな」
「それいいな! それにしよう!」
ナイスアイデアだと喜んだコジロウは一旦トナカイのぬいぐるみを置くと、カオルをぎゅうと抱きしめる。それからふくふくとやわらかい頬を擦り寄せると、はにかんだ表情を浮かべたカオルも少しだけ頬を寄せて。
「そうと決まれば、早速準備だ!」
「おー!」
二人はぱっと離れると色々な道具を物色し、選んだものを何往復もして自分たちの区画に運び込んだ。
やる事はたくさんで、けれどやればやった分だけ飾られていく空間に二人の満足感とやる気はうなぎ登りになった。
小屋の中には二人掛けのソファがふたつもあったので、夜はそれを寄せて一つの大きなベッドみたいにし、二人で手をつないでくっついて眠った。
お腹がすいたと思う頃にいつも小屋の前に食べ物が届いていて、最初はお祭り参加者への振る舞いごはんかと思ったものの、食べてみるとそれは虎次郎の味で、二人は嬉しくて一気に食べ終えてしまった。
誰かが虎次郎の店で買ったものを届けてくれているのかもと、毎回お礼を言おうと頑張っているのだが、誰も来ていないのにいつのまにかごはんは置かれていて、もしかしたら空から飛んできたのかもと、二人は笑顔で話した。
二人を送り出して数日、虎次郎は頭を抱えていた。危惧していた通りだ。日に日に薫の落ち着きが無くなっていく。
カーラドローンで状況を把握しているくせに明らかに元気がなくしょぼくれてもいて、着物に着替えることもせず部屋着のままの身体を優しく抱き寄せて頭や背を撫でてやりながら、やわらかーくそれとなーくどうしたのだと問うた虎次郎に、薫は
「ちび達から連絡がない……電話が鳴らない」
「そうだな、でもドローンで様子は見てるし俺に作らせた飯もドローンで運んでやってるだろ? まだ何か心配なのか?」
「だって、電話が……絶対寂しがってすぐに掛けてくると思ったのにっ!」
過保護と寂しがりを爆発させている薫は、ぐりぐりと虎次郎の肩口に額を擦り付けた。
これは、今日の休み全てを使って薫を甘やかし気分転換させてやらないとまずいかもしれないと、虎次郎が決意を固めたその瞬間。
『マスター、うさぎのカオルから着信です』
カーラの告げた言葉にバッと顔を上げた薫が通話を受けるよう告げると、すぐにざわざわとした音が聞こえてきた。
「どうした⁉︎」
『……かおるぅ……こじろー……たすけて』
心底困りきった声を出すコジロウの言葉に薫と虎次郎はさっと目を合わせ頷きあう。
「待ってろ、すぐ行く!」
二人を乗せてすぐにでも帰れるようにバイクではなく車に乗り込み、薫のナビゲーションで二人を送り届けた会場まで法定速度の限界まで飛ばしてたどり着いたそこは、色とりどりの飾り付けが施されとても華やかに仕上がろうとしていた。
しかしコジロウは助けを求めていた。何か緊急事態に違いないと区画に車を横付けし、そのまま駆け込み
「ちび! ちま!」
「かおる、こじろー」
「あ! かおるとこじろーだ!」
至っていつも通りの様子の二人がぽてぽて嬉しそうに駆けてきて、ぎゅうと脚に抱きついてくる。何がどうなっているのか分からないまま抱き上げてやると、ニコニコと笑顔を浮かべながら、ここはこう、あれはどう、と頑張った飾り付けを説明してくれる。
トナカイのぬいぐるみと子供用のソリ、色んな色のプレゼントボックス、垣根に飾られた装飾を見て、なるほどコンセプトはクリスマスかと微笑ましくなった。見れば、ちび達からすれば大木と呼べそうな大きな木も一本立っている。ツリーにしたら見栄えも良さそうだ。
「頑張ってるなぁ、お前ら」
「うん!」
褒められて嬉しそうにコジロウが頷き、カオルもはにかんで頷いた。
「……で、お前たち。さっきかけてきた助けてという電話は何だったんだ?」
ソワソワを隠しきれない薫の言葉に二人はしょんと眉を下げ、視線を交わしてからカオルがおずおずと指を差した。その先には、今し方虎次郎が見ていた大きな木。
「あの木をクリスマスツリーにしたかったんだ……でも、ちっとも手が、とどかなくて……」
話すうちにもどんどんと耳の角度が下がっていく。よく見れば、木の一番下の辺りにはいくつも装飾がぶら下がっていて、なるほどクリスマスツリーに仕立てようとしているのは見てとれた。
「なるほどなぁ、俺たちに高いところの飾り付けを手伝って欲しかったのか。ちゃんと連絡してきて偉いぞ」
腕の中のコジロウを撫でてやると、ぱあっと表情が輝く。薫も危惧していたような事態ではないと分かって安堵の息を吐いた。
そうと決まれば話は早い。早速始めるかと声を掛けるとちび達二人は元気に「おー!」と腕を突き上げた。
薫と虎次郎の力を借りて、ツリーはどんどんと煌びやかになっていった。色々な色彩の飾りやベルを下げ、きらきらとした電飾はてっぺんから裾に広がるように方々に広げていく。
わあっと歓喜の声を上げる二人に目を細め、薫が両腕にその小さな抱き上げた。
「カオル?」
「どーした?」
きょとんとする二人をそのままに、薫はちらりと虎次郎を見た。
「落としたらぶん殴る」
「はいはい、そんなヘマしねーよ」
言うが早いか虎次郎はしゃがみ込み、デニムを履いた脚の間に顔を突っ込み腿を掴むとそのままぐっと立ち上がる。背の高い虎次郎に肩車された背の高い薫に抱かれている二人は、一気にぐんと高くなった視界にきゃっきゃとはしゃいだ声をあげた。
「すごい! たかいなぁカオル」
「そうだな、見晴らしがいいな」
「ほら、二人とも。最後の飾り付けだ」
薫が手に持っていた大きな金色の星を指で挟んで二人の前に差し出してやる。二人は小さな手でそれを左右から支えるように受け取って、頬をはふくふくと赤らみ、瞳はキラキラと輝く。
「カオル」
「うん」
薫の腕の中で精一杯に腕を伸ばし、二人の手で支えた大きな星をツリーの天辺に刺すとより一層キラキラが増して見えて、二人は嬉しくてぎゅうと抱きしめあった。
肩車から下されすっかり準備の整った区画に、四人して満足げに息を吐く。
「せっかくこんだけクリスマス仕様になってるし、ご馳走もあれば尚よかったかもなぁ」
「よかったかも、じゃない。用意しろ」
平然と言ってのける薫にコジロウとカオルも思わず期待の目を向ける。虎次郎の作るご飯はとてもとても美味しいのだ。
「はぁっ⁉︎」
「なんだ、ちび達が一生懸命頑張ったのに、お前は花を添えてやる事も出来んほど器の小さいゴリラなのか?」
「誰の器が小さいって⁉︎ ……はぁ、分かった。用意してやる。その代わり、お前たちのおもてなしなんだから、ちゃんと手伝うんだぞ?」
「わかった!」
「……やる」
しっかり頷く小さな二人に虎次郎は目を細め、その頭をよしよしと撫でてやる。
「チキンの丸焼きは定番かな」
「ケーキも!」
「ピザ!!」
「カルボナーラ!」
「しれっと混ざるな食いしん坊メガネ!」
次々に出てくるリクエストに呆れて眉尻を下げながら、虎次郎はそれでも楽しげに笑った。
パーティーの前日、虎次郎の家は大忙しだった。
料理を作り、それを運搬する準備をし。主に走り回っているのは虎次郎で、カオルとコジロウは出来上がった料理を丁寧にパックに詰めたりお皿に新聞紙を巻いたりしていた。
「戻ったぞ!」
何やら大きなものをドサリと置く音ともに玄関先から薫の声がして、三人は顔を見合わせてから声の元へと駆けつけた。
「なんだそのデカい箱」
「ふふん、見て驚け」
得意げに笑った薫がダンボール箱を開封していくと。中からはゆうに薫の腰に届くほどの大きさの松ぼっくりが現れた。
「まつぼっくりだーー! でっけーーーっ!」
「す、すごい、こんな大きな……この大きさなら、おれたち億万長者だ……!」
「だからお前はどこでそういう言葉覚えてくんの……」
大金持ちだとテンションが上がりまくる二人に虎次郎は困ったように笑い、当の薫は思っていたのと違う反応だったのかうろうろと視線が動いている。
「あー……その、すまん」
「へ?」
「これは本物の松ぼっくりではない」
「ええっ、そうなのか?」
「たしかにこんな大きな松ぼっくりがあったら、森のなかが大変なことになるな……」
途端にテンションが下がってしまったちび達に、ダンボールを開封していた時の勢いが掻き消されてしまった薫は、慌てて大きな松ぼっくりをぽふぽふと叩いた。
「こ、これは、クッションだ」
「マジで? すげーな、見た目だけなら本物っくりじゃねーか。でけぇけど」
虎次郎が言うと、薫もんっと頷く。
「ちび達が飾り付けた場所を見て、来た人が触れるようなクッションがあったらどうかと、思ってな」
たしかにこの大きさなら、ちび達くらいのサイズなら数人一緒に座れそうだ。料理を振る舞う虎次郎のように自分も何かしてやりたいと思ったんだろうと気付いて、虎次郎の目が優しい色に染まる。
「これが、クッションなのか? すごいな!」
「ほんものかと思った……すごくそっくりだ。きっと他のみんなも喜んでくれる!」
ありがとうかおる!と笑う二人に薫はようやく肩の力を抜いてふわふわした二人の頭を撫でてやった。
そして、当日。
「よーし、忘れもんないな?」
「おりょうりよし!」
「クッションよし!」
「問題無さそうだ」
「んじゃ行くか」
結局二人だけでなく四人揃って車に乗り込む。
たのしいパーティーの幕開けが迫っていた。