過去に手向けられた花を君へ世界は、いつだって噛み合わない
うちのクラスには、いつもニコニコとしていて真面目に授業を受ける女子生徒がいた。その笑顔はどこか懐かしさを覚えながら、彼女に無茶ぶりな質問投げたのを、今でも覚えている。
真面目な彼女は、とても頑張り屋で課外授業では苦手な高いところでは手を繋いでくれたり、海では俺の青春に彼女含め生徒が付き合ってくれた。あぁ、この理想な青春から現実に戻りたくない。
実家のこと、学校でのただただ過ぎ去る時間。こうして共に青春したコイツらも、隣にいるこの子も数年したら俺を置いて前に行ってしまうんだ。
日本での高校生活での青春を求めて、教師という立場利用して楽しく過ごしたい。ただそれだけだった。その筈なのに、いつか来る別れが怖かった。
俺の高校時代は異質だった。留年して文化も年齢も何もかも噛み合わず、ずっと孤独で……、将来の実家の為に頑張るしか道がなかったんだ。真面目にただひたすらに。飛び級なんかもしたが周りとは話も合わず、虚しさしかなかった。
あぁ、日本にいるアイツらは元気だろうか?ネットのSNSを紹介されて開けば、そこには青春があった。そこは以前まで俺も映っていたのに、今は俺だけいなくて。当たり前なの分かってる筈なのに羨ましかった。そして同時に寂しさと妬ましさが込み上げ、ドロドロと汚い感情が生まれてきそうで、いつしか開く事もしなくなった。
日本に戻って久しぶりの友に会った時、彼らはしっかり大人になっていて、俺だけが知らない話題や思い出話、仕事の話をしていた。彼らと同じ時を今は過ごしてるのに、俺だけが異質に感じて、そこから逃げるように実家を飛び出し、青春を得ればこの孤独を感じずに済むのか、虚しさとドロドロした感情から逃れる事が出来るのか。縋る思いで教師になった。
最初は楽しかった。やっと得られた青春、誰かと一緒になって騒ぎ怒られ、笑いも切なさも楽しさも全て掛け替えなくて心地よかった。けれど、そんな仲間は長く続かない。当たり前だ彼らは生徒で、俺は“ 先生”なんだから。
思い思いに悩み、進学や就職、それぞれ歩んで前に進む。俺は、進まなきゃいけない道から目を背いて立ち止まり続けている。理想の“ 青春”というものを追い求めるだけ。生徒を送り出すのが俺が就いた仕事なのに、置いていかれて卒業も出来ず時間だけが過ぎていく。
途中から彼女は、陸上部が忙しくなって滅多に課外授業に出なくなってしまった。寂しさを覚えつつ、頑張る彼女に時折声掛けたり、ハーブティーご馳走したりしていたらバレンタインにはチョコもくれるようになった。まぁ、一口のやつだし、他の子からも貰っているからなんて事ない。ただ、メッセージカードに「いつもありがとうございます」という手書きの文字とクローバーのマークが可愛らしい。
四つ葉のクローバーか……、昔誰かが俺にくれたっけ。高校以前の記憶なんて曖昧だから覚えていないが、なんだか嬉しかった。
久しぶりに、彼女が課外授業に手を挙げてくれた。真面目ちゃんだから、沢山学べるように色々考えて準備をした。ただ、寂しいかなドタキャンが続いて彼女しか来なかった。いっそ楽しみきってやろうとボウリングに誘ってやった。
「やった、レポート提出しなくていいんですね!」
「おいおい、そこかよ」
笑い合いながら、初めて行く場所に心ときめかせる。高校時代の時に友人から送られたボウリングの写真が羨ましくて、でも行けなかったから、念願の場所だった。
「先生はよく来るんです?」
彼女の言葉にズキっと心が軋む。それを隠すように、ニヤッと笑って
「内緒だぞ?実は初めてなんだ」
「え!?」
「誰にも言うなよ?」
こくこく頷く彼女を確認して、思う存分ボウリングを楽しんだ。結果は彼女の圧勝。投げ方やコツを教えて貰いつつ、ジュースとか奢ってやったり、奇跡のストライクなんか出した時はハイタッチとかした。
(あぁ、これだ。これが俺のやりたかった奴なんだ!!)
誰かとこうして、笑って遊んで、同じ時を楽しんだり本当は授業なのに目を盗んで遊びに行って……共有し合う事はこんなにも楽しいものなんだ!俺は内心感動した。
「あ〜あ、完敗だぁ」
「ふふ、先生、本当に初めてだったんですね」
「言っただろ?」
「だって、信じられなかったですもん」
にこやかに笑う彼女。
「ボウリングだけじゃない。先生な、高校生のお前らみたいに当たり前にやってることすら、うまく出来ないんだよ」
気付いたら話していた。海外で高校生活してた事や飛び級した事も。自分でもなんで言ったか分からなかった。言ったところで、困らせたり気を使ってしまうだけなのに。でも、彼女には、話せた。今まで言えなかった話を。
「先生……?」
「はは、らしくないよな。んじゃ、また誰も来なかったら遊ぼうぜ?」
彼女を駅前まで送ってから別れた。楽しくて充実した。久しぶりに息を吸えたような気さえする。何となく、彼女とだったら俺の理想な青春を送れるのではないか、そんな気さえした。
(アホか俺は。忘れるな、彼女は俺のクラスの女子生徒だ。俺のわがままになんか、付き合わせちゃダメなんだ)
その日から、自然と彼女の事を目で追うようになった。気付かれないように、さり気なく。幽霊顧問だった陸上部にも少し顔を出した。そして、彼女と颯砂が仲がいい事に気付いてしまった。そうか、陸上部あんなに一生懸命やってたし、無理もないよな。そう思いながらも、ツキン、と胸が勝手に傷んだ。
戻ろう、そう思って踵を返すと
「先生!」
と声を掛けてくれる彼女。
「来てくれたんですね!ありがとうございます!!」
「おお、頑張ってる真面目ちゃんの顔見る為にな。頑張ってるそうだな」
「はい、頑張ってる友だちを応援したくて」
「友だち、って颯砂か?アイツすげーもんな」
「ええ、がむしゃら過ぎて目が離せないんですけどね」
「へぇ〜、良いマネージャーしてるんだな。ただな、真面目ちゃん」
「はい?」
「気を詰めすぎんなよ、また疲れた顔してるから」
「!!そんなやつれてましたか……?」
「んな事ねぇよ。べっぴんさんだ。お前が倒れたら、お前の言う“ 友だち”が悲しむだろ?」
「……そうですね、気を付けます。ありがとうございます、先生」
「いいってことよ。たまには理科準備室にも顔出して来い。またいいハーブティーご馳走してやるから」
「わーい!今度行きますね!」
「おうよ、待ってるぜ。……真面目ちゃん」
笑って戻る彼女の背中を見送る。彼女と少し長く話してたからなのか、どこからか視線を感じ目をやると走ってる颯砂がこちらを見ていた。彼にも手を振り、何か言われる前に俺は退散をする。
(そんな目で見なくても、分かってるさ)
生徒同士仲が良く、恐らく想いあってるであろう二人の仲を裂こうなんざ思わねぇよ。そんな資格もない。あぁ、胸が痛い。
ある、夢を見た。髪の毛が今より短く若々しい頃の自分。あれは中学生ぐらいの時だろうか。海外の学校に入学が決まり、友だちと離れたり先が不安で夏休みの頃家出して、電車乗って有名な、はばたき市という所で時間を潰した。幸い、引っ越してこちらにいる友だちがいたから少しの間お邪魔していたが、9月には海外に行かなきゃ行けなくて、何もかも怖かった。
「泣いてるの?」
とある公園でボーッとしていると、ピンクの髪の小さな女の子に声を掛けられた。
「……泣いてないよ」
「嘘だよ、だって涙出てるもん」
小さな子は、よじよじとベンチに登って俺の隣に勝手に座る。
「悲しいの?」
「……構わないでくれ」
「泣いてる子には、優しくしなさいってお母さんに言われてるの」
「俺は、お前より子供じゃない」
「一緒だよ。よしよし」
ベンチの上で立って、持ってたハンカチで顔を拭かれる。その優しさが温かくて涙が込み上げた。
「俺、外国行かなきゃ行けなくて……、みんなと、離れるの嫌で」
「うん」
「でも、頑張らなきゃいけなくて、自信、なくて」
「うん」
「独りに、なるのが怖いんだ」
「……うん」
小さな女の子に頭撫でられて、ギューってされながら気持ちも感情も言葉も吐いた。会ったばかりの女の子は、それでも優しく俺を受け止めてくれた。
「お兄ちゃん、ちょっと待ってて」
「ん?うん」
彼女はそう言って、俺から離れて駆け出していく。黄色い花が咲き乱れた所へ行き、じりじりと暑い中彼女は30分くらいずっとうずくまって何かをしていた。流石に心配になって、彼女に近付こうとすると駆け寄って一輪の花と何かを持ってきた。
「え?」
「お兄ちゃんに、プレゼント!」
「花……と、あ、これ四つ葉のクローバー!?」
「うん!この間ここで沢山見掛けたから、お兄ちゃんにお裾分け!」
「……いいのか?」
「うん!」
「……この花は?」
「んー、名前忘れちゃったけど、お母さんがね“ 逆境を乗り越えて生きる”っていう花言葉っていうのあるんだよって教えてくれたの!どんな事があっても前にすすめるよって意味なんだって!」
「……これを、俺に」
「うん!お兄ちゃんに元気になって欲しくて」
えへへ、とはにかんで笑うその顔が、とても優しく彼女の後ろにある黄色の花畑もあって、可憐で愛らしかった。
「ありがとう」
ガキの頃の俺は、中学だったのにいつの間にか小さくなって、彼女にまた抱きしめられて泣いていた。
ピピピ、と目覚ましが鳴って、ハッと目が覚める。気付いたら現実で、朝だった。
ひどく温かくて懐かしい夢。そういえば、彼女に元気を貰えて、彼女がきっかけで植物に興味が出たんだったっけ。押し花にして、本の栞にして使っていた。いつの間にか無くしてしまったから忘れてしまっていたらしい。
「いけね、今日から修学旅行だったんだ」
携帯から、天国と地獄を流して、昨日のうちに済ませた荷物を再度チェックと朝飯を済ませて家を飛び出す。
「今日からしばらく長崎か……」
何度目かのはば学での修学旅行に少し期待を膨らませて、学校へと向かった。
2日目の自由行動。彼女を課外授業長崎編に誘いたかったが、残念。例の彼がもう声を掛けていた。仕方なしにブラブラと行こうと思い、そういや綺麗な黄色い花がある場所あるんだったなと思いそこに行こうと決める。
「おわー、綺麗だなぁ」
風車があって黄色い花が咲き誇る。何となく見た夢を思い出して耽っていると
「御影先生!」
「え?ーーーーーーッ」
声がした方に振り返る。ピンクの髪の毛を揺らして、彼女が俺に向かって走ってきた。夢と重なって、おれは目を擦る。
「先生?」
「あ、いやすまねぇ。目にゴミが」
「大丈夫ですか?」
「だいじょ、うぶ……」
「わー、涙出ちゃってるじゃないですか。ほら屈んで下さい」
彼女はハンカチを取り出して俺の目を拭いた。やめてくれ、お願いだから。
「お、まえ、颯砂はどうした?」
「トイレに行ってて。たまたま先生見掛けたから思わす声掛けちゃったです」
えへっと、はにかむ彼女に、目を奪われる。あぁ。
「それにしても、ここ素敵ですね。私の好きなお花がいっぱい」
「好き……?」
「ええ、マリーゴールド。逆境を乗り越えて生きるっていう、花言葉があるんです。昔お母さんに教えてもらってて」
「………、…お前は」
「おーい」
「あ、颯砂くんだ」
「…………」
「先生、私行ってくるね!また」
「っ!」
颯砂の所に向かおうとする彼女の袖を掴む。彼女はびっくりして俺に振り向き、俺を見た。
「せん、せえ?」
「…………っ、あぁ、すまん。1人が寂しくて、ついな!」
「……先生、また今度ボウリング誘って下さい」
「え?」
「楽しみにしてますから」
そう言って今度こそ彼女は走り去ってしまった。
(あぁ……)
無理だ、俺はもう後に戻れない。気付いてしまった、気付かなければ良かったのに、こんな想い。無くした筈の想いが、感情が込み上げる。
彼女は、もう誰かに想いを寄せていて、その相手も彼女を想っている。甘酸っぱくて羨ましすぎる。ドロドロした嫉妬心と、悲しみ、そしてこの世界では彼女と噛み合うことは無いんだ、と絶望した。
幼き日の、彼女との想い出を今思い出すなんて……遅すぎたんだ。何もかも。
でも、俺には彼女を止める権利も、一緒にいる資格もない。
「ははっ、もう、やってらんねーや」
乾いた笑いが秋の風に消える。
翌日、イチャつく彼らの写真を撮って手向けてやった。彼女が映らないようにと地味な嫌がらせを残して。
忘れた頃に、やってくる。誰が上手いこと言ったんだろうな。本当に。
彼女とボウリングで青春を体験させてくれて、過去には乗り越えられるようにと花をプレゼントしてくれた事を思い出した。
隣に彼女がいなくても、彼女は俺の生徒で変わりはなくて、時々あれからも遊園地や牧場に付き合ってくれて嬉しかった。
だからこそ、もう俺も卒業しなきゃ、そう思って手続き済まして荷造りしてる時に机の奥底に埃被った、四つ葉のクローバーとマリーゴールドを押し花にした栞を見つけた。
一瞬、捨てようかとも思えた。だって彼女は例の彼と教会にいってしまったから。
でも、どうしても出来なかった。これは彼女が俺にくれた想いなんだから。でも、これがある限り、俺は彼女を思い続けてしまうだろう。
だから、手紙にした。
真面目ちゃんへ
むかーしにくれた無くしたものを見付けたんだ。中学の頃の俺にちいちゃな女の子がくれたもの。宝物だったんだが戻ってきた。
その子は俺にとって、かけがえなくて大切で、好きだった。
俺はな、真面目ちゃん。お前の幸せを誰よりも願ってる。だからこそ、返させて欲しい。ごめんな、せっかくお前から貰った物だってのに。
本当は、忘れたくないんだ。でも忘れるしかない。そうやって忘れていって、きっと、またいつか違う何かを俺は見つけるよ。
だから、その時がきたら祝福してくれ。
幸せにな。
御影小次郎より
滲む視界、歪む世界。それでも、彼女は背中を押してくれたんだ。こんな俺を。乗り越える勇気をくれた彼女は間違いなく、俺にとって勇者だ。
かっこいい彼女に、宝物とピンクのチューリップであしらった俺のオリジナルの押し花を添えて、ポストに投函した。
おわり
マリーゴールドの花言葉
可憐な愛情、勇者、逆境を乗り越える
嫉妬、悲しみ、絶望
ピンクのチューリップ
誠実な愛
先生√終わってから颯砂くん√してた時のプレイしてた時、本当に少ししか関わってなかったのに、先生がマリィの事を好きになってしまって度肝抜かれました。その中でも先生には前に進んで欲しくて。
クローバーの約束での先生√バージョンもいつか書きたいなぁ。