密林の絆密林の深部に差し込む陽光は、幾重にも重なる葉の層によって遮られ、薄暗い緑の影を地に投げかけていた。湿気を帯びた空気は重く、装甲服の下で汗が滲むのを感じながら、ミッターマイヤーは慎重に足を進めた。隣を歩くロイエンタールの姿は、静謐でありながらも鋭い気配を放ち、彼の存在がこの過酷な戦地において一つの安心感を与えていることに、ミッターマイヤーは内心で気付いていた。
二人はまだ出会って間もない。共に二十代前半、帝国軍の若き士官として戦場を駆け抜ける中で、自然と互いの力量を認め合うようになっていた。上官からも「二人揃えば戦績が上がる」と評され、今回、選抜偵察隊として敵地であるこの密林に派遣されたのだ。武器を手にし、装甲服に身を包んでいるものの、敵の装備や戦力は未知数であり、地理に通じた相手に対して不利は明らかであった。それでも、二人は白兵戦に長け、罠や仕掛けを見抜く眼力を持ち合わせていた。
「なあロイエンタール、この密林は静かすぎだと思わないか?」ミッターマイヤーが声を潜めて言うと、ロイエンタールはわずかに首を傾け、返答した。
「おそらく敵が潜んでいるのだろう。油断はできん。」その声は落ち着いており、右の黒い瞳と左の青い瞳が、木々の隙間を鋭く見据えている。金銀妖瞳と称されるその異色の眼差しは、長い睫毛に縁取られ、妖艶な美しさを湛えていた。艶やかなダークブラウンの髪が汗で額に張り付き、長身で均整の取れた姿は、この過酷な環境にあってもなお気品を失わない。
しかし、その静寂は突如として破られた。物陰から飛び出した敵兵の奇襲。銃声が密林に響き渡り、弾丸が木々の幹を削りながら二人を襲う。
「下がれ!」ミッターマイヤーが叫び、ロイエンタールも即座に身を翻した。二人は互いの動きを補うように連携し、飛び交う銃弾を避けながら応戦する。だが、敵の数は予想以上に多く、じりじりと追い詰められる形となった。
「このままではまずい!」ロイエンタールが声を上げ、ミッターマイヤーが頷く。二人は一瞬の隙を見計らい、密林の奥へと駆けた。
やがて、一見すれば見逃してしまうような小さな洞窟に辿り着き、身を滑り込ませた。洞窟の内部は湿り気を帯び、薄暗さに包まれていたが、ひとまず追っ手を振り切ったことに安堵が広がる。
「危ないところだったな。」ミッターマイヤーが息を整えながら言うと、ロイエンタールは洞窟の壁に凭れ、静かに頷いた。
だが、その姿に異変を感じ、ミッターマイヤーは彼の方へ目を向けた。ロイエンタールは右腕を押さえ、壁に身を預けている。その指の間から、鮮やかな赤が滴り落ちていた。
「怪我してるのか…!」慌てて駆け寄るミッターマイヤーに、ロイエンタールは淡々と答えた。「なんでもない。かすっただけだ。」しかし、その言葉とは裏腹に、右上腕からは血が流れ続け、装甲服の隙間を濡らしている。
ミッターマイヤーは即座に自身の装甲服を脱ぎ、ロイエンタールのそれも脱がせると、内側のシャツを力強く引き裂いた。ちぎった布をロイエンタールの腕に巻き付け、血を止める応急処置を施す。指先が震えそうになるのを抑えながら、必死に布を結んだ。
「大丈夫か?」応急処置を終え、緊急救助信号を発信した後、ミッターマイヤーはロイエンタールの傍に戻った。
ロイエンタールは緩く目を開け、こちらを見つめる。貧血と低体温の影響か、その表情はぼんやりと霞み、長い睫毛が扇のように揺れている。その切れ長の瞳は、黒と青のコントラストを際立たせ、息を呑むほどの美しさを放っていた。こんな状況でなければ、ミッターマイヤーはその視線に心を奪われていたかもしれない。いや、奪われていたのだ。
だが、彼はそれを振り払うように努めて明るく声をかけ、ロイエンタールの左肩を自分の肩に預けさせた。「少し休め。おれがいるからな。」
ロイエンタールが無言で凭れかかってくる感触に、ミッターマイヤーの胸は不思議な温かさに包まれた。これまで二人で酒を酌み交わす時も、どこか距離を感じていたロイエンタールが、今、こんなにも無防備に自分に身を預けている。その事実に、彼は密かな喜びを感じていた。互いに内心では、今後唯一無二の存在となり得るかもしれないと予感しながらも、まだその距離を測りかねていた二人にとって、この瞬間は特別なものだった。
しかし、その静かな時間が長く続くことはなかった。ロイエンタールが、ミッターマイヤーからは顔が見えない角度で、ぽつりと呟いた。「明日の朝になっても救助が来なければ、おれを置いて帰れ。」
「何?」ミッターマイヤーは耳を疑った。「そんなことができるわけがないだろう!」
「ここは飲み屋でも私室でもない。戦場だ。」ロイエンタールの声は冷静で、どこか諦めを含んでいるようだった。
「一人でも帰って報告しなければ、二人分の努力が無駄になる。それに、足手まといになるくらいなら、いっそ今…」
「何を言い出すんだ!」ミッターマイヤーは怒りを隠さず声を荒げた。「おれ達は二人で任務を受けたんだ。二人で帰れなければ、おれも帰らん。それに、ここで卿を見捨てて行くような奴が、今後戦場で出世できるとも思えん。おれは大事なものを何一つ手放さんからな!」
その言葉に、ロイエンタールの肩が小さく揺れた。笑っているのだろうか。ミッターマイヤーがムッとすると、ロイエンタールが静かに口を開いた。「大切なもの…か。おれにそれほどの価値があるとは思えんが、好きな相手にそう言われるのは悪くないな。」
「……今のはどういう意味だ?」ミッターマイヤーの心臓が跳ねた。「おれのことを好きって…?」両片想いだった可能性が頭をよぎり、彼はそわそわしながらロイエンタールの顔を覗き込んだ。
だが、ロイエンタールは既に眠りに落ちていた。凭れかかったまま、静かな寝息を立てている。その横顔は、長い睫毛が影を落とし、異色の瞳を閉じた姿でさえ息を呑むほど美しい。
「お前…絶対に二人で帰って、その言葉の真意を聞き出してやるからな。」
ミッターマイヤーは決意を胸に刻み、朝までの仮眠を取るべく目を閉じた。
密林の闇に包まれた洞窟の中で、二人の絆は確かに芽生え始めていた。
やがて彼らは帝国の双璧と呼ばれる存在となる。その第一歩が、この夜に刻まれたのである。