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    kimikoSunohara

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    kimikoSunohara

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    気づいたら、千空ちゃんと朝チュンしてたんだけど、ジーマーで?!①


    復興後、一度別れた千ゲンが酒の勢いで朝チュンして寄りを戻す話。

    カーテンから差し込む眩い朝日に照らされて、俺はうっすらと目を覚ました。

    なんだかとても幸せな夢を見ていた気がする。

    いつまでも微睡んでいたくなるような心地よい多幸感に全身が包まれている気分だった。

    「……んん~……よく寝た……」

    俺はのっそりと気だるげに上半身を起こし、はたと固まった。

    ベッドは雲のようにふかふかで手触りがよく、てとても広い。大人二人が寝そべっても余裕のある広さ。これはキングサイズだ。

    見知らぬ天井には高そうなシャンデリアがぶら下がっている。

    何もかもが慣れ親しんだ自室とは違った。

    そして俺は服を着ていなかった。

    うん、生まれたての姿でシーツに身を委ねてたよ、ジーマーで。

    そんで隣に誰かがいるね。

    え? あ、うん。なにこの状況。ゴイスーやばくない?

    その男がごろりと寝返りを打った。

    「ななななんで?!?! 千空ちゃん?!?!」

    そこには、俺と同じ生まれたままの姿で布団にくるまり、憎たらしいほどにすよすよと穏やかな寝息を立てている千空ちゃんの姿があった。



    ……俺は、かつての恋人、石神千空と一夜を共にしてた。いわゆる朝チュンってやつなの、これ?!

    ジーマーで?!



    「嘘でしょ?!! なんで?!!?」



    飛び起きると、頭がズキズキと傷む。

    激しい二日酔いに頭を抑えながら、さーっと全身の血の気が引いていくのを感じた。



    ーー何も覚えてない。思い出せない。



    アルコールの力でどうにかなってしまったのは間違いないよねぇ。

    自分で言うのもなんだけど、俺、お酒超絶弱いんだもん。だからいつも飲まないようにしてたのに、どうしてこんなことになっちゃったんだろ。



    ……千空ちゃん、まだ寝てる。



    千空ちゃんはまだすぴすぴと穏やかな寝息を立てていた。

    咄嗟に逃げようと思った。

    千空ちゃんが目を覚ましたら、今更、どんな顔で接したらいいのかわからない。

    それにひょっとしたら未遂かもしれない。

    千空ちゃんは、露悪的だけど本質は優しい人だ。

    別れた恋人を酒の勢いでどうにかするような男じゃない…はず…だよ、多分。きっと。おそらくだけど。

    だから、さっさと逃げちゃおう。

    俺は衣服を探して重たい腰をあげたその時……、派手にすっ転んでベッドから落ちた。

    「いてて…」

    腰が痛い。身体全体が重い。窓にうっすらと映った俺の全身は、赤い痣があちこちに散りばめられている。

    さらには内股から白濁色の体液が太ももを伝って流れ落ちてきて、俺は頭が真っ白になった。

    昨夜の俺たちどんだけ激しかったの?!

    「……なにやってんだ? ゲン」

    「……!」

    しまったぁ…。すっ転んだ時に立てた激しい物音で、千空ちゃんが目を覚ましてしまった。

    「せせせせんくちゃ……」

    しどろもどろで青ざめてる俺を尻目に、千空ちゃんは泰然自若としてあくびを噛み殺し、小指で耳の穴をほじった。

    「ー、腹減ったな。ルームサービスでも頼むか」

    千空ちゃん、落ち着きすぎじゃない?!

    俺は、千空ちゃんに食ってかかった。

    「待って。なんで?! どうして?! 俺と千空ちゃんがホテルにいるの?!」

    「なんでって、お前……」

    千空ちゃんの鋭い眼光に射抜かれて、俺はしどろもどろでたじろぐ。

    「昨日のこと覚えてねぇのか?」

    ぎくり。でも、なんも覚えてないんだもん、嘘ついたって直ぐにばれる。俺は正直に認めて頷いた。

    「なんにも覚えてない。記憶にございません」

    「1ミリも?」

    「全く覚えてない……」

    千空ちゃんの眉間に皺が寄る。

    千空ちゃん絶対怒ってる。

    俺は慌てて勢いよく土下座をした。

    「ノーカン!! ノーカンにして! 後生だから! お願い、千空ちゃん!!」

    「はぁ……なんだそれ。可愛くねぇ」

    千空ちゃんは不機嫌そうにぼやいて、頭をぼりぼりと掻く。

    「昨日はあんなに可愛かったのによ」

    「うう……」

    そこを突っ込まれると痛い。

    覚えていないのだから何も反論できないし……。

    「まぁ、いい。今日はオフなんだろ、メンタリスト」

    千空ちゃんは気を取り直すように、ベッドの傍においてあったメニューを眺めはじめた。

    ジーマーでルームサービスを頼むつもりみたい。

    「いや、千空ちゃん、実はさぁ。俺、今日はどうしても外せない仕事があってねぇ」

    「テメェ、昨日、酔っ払ってマネージャーに泣きながら休みにしてくださいって懇願して、休みもぎとってたじゃねーか」

    昨日の俺、何してんの?!?!

    唖然として固まる俺を無視して、千空ちゃんはホテルのフロントに内線をかけると、手際よく二人分の朝食を頼んでいた。

    受話器を置き、千空ちゃんは俺の顔を見て悪巧みする時と同じ顔でにやりと笑った。

    「今日一日くらい付き合えよ、メンタリスト。罪滅ぼしにそんくらいしてくれたってバチは当たんねーぞ」

     俺はただ流されるままにうなずくしかなかった。



    しばらくしてルームサービスの朝食が届けられた。

    「はぇ~……、すごい豪華な朝ごはんだねぇ」

    テーブルに並べられたきらびやかなご馳走に、俺は目を奪われる。

    フランソワのようにかっちりとしたホテルマンがワゴンで運んできた朝食は、オムレツに分厚いベーコン、クロワッサンやスコーンなどのバケットと、何だかシャレオツな野菜がふんだんに盛り込まれたサラダ。

    昨日、計らずもたくさん身体を酷使したせいか、途端に腹の虫が鳴った。

    千空ちゃんもよっぽどお腹が空いていたとみえて、早くももぐもぐとリスのようにオムレツを頬張っている。

     俺はおずおずとスコーンに手を伸ばして、小さくかじった。途端に、俺の頬が緩む。

    「このスコーン、美味しい! アプリコットのジャムも甘すぎなくていくらでも食べられそ~」

    「そいつはよかったな。たーんと味わって食えよ。なんと言ってもスイートルームだからなぁ」

    千空ちゃんはバケットをおかわりしながら淡々と告げた。俺は耳を疑って噎せかえる。

    「ここ、スイートルームなの?!」

    「ぁ、一泊50万」 

    「50万?!」

    俺は目を白黒させた。ワンナイトラブに50万?

    千空ちゃんは正気なの?!

    「なんでこんなお高いとこにしたの、千空ちゃん!」

    別に千空ちゃんの財布は俺のものでもなんでもないのに、つい非難じみた声をあげてしまう。

    いや、子供の無駄遣いを叱る母親の心境だよね、これ。浪費癖の激しい夫を非難する妻のほうかもしれないけどさ。

    だけど、千空ちゃんは痛くも痒くもないみたい。千空ちゃんはしれっと答えた。

    「昨夜、ゲンがこのまま帰りたくねーって泣きわめいて、近くで入れるホテルがここしかなかったからだな」

    「ジーマーで?」

    あぁ、もう、穴があったら入りたい……。

    「まぁ金のことは気にすんな、メンタリスト。金ならある」

    千空ちゃんは悪い顔して笑った。

    指に挟まってるのはブラックカードだ。

    千空ちゃんの多大なる功績を称えて国から支給された湯水の如く研究費を賄える石神博士専用魔法のカード。

    いや、そんなもの使わなくても、千空ちゃんなら50万を端金と呼ぶくらいの貯金はあるはずだ。

    復興後、千空ちゃんは石世界の研究でたくさんの功績を残し、特許を山ほど持ってること、俺は知ってるし。

    でも、こんなことに使っていいのかなぁ……。

    なんだかちょっぴり後ろめたい。

    千空ちゃんはそそくさと食事を終えると機嫌良さそうに食後のコーヒーを啜りながら、新聞を読み始めた。

    千空ちゃんはいくつになってもゴーイングマイウェイな人なのである。

    俺はちらっと千空ちゃんの横顔を覗き見つつ、テーブルの下に隠したスマホに高速で文字を打ち込んだ。

    送り先は羽京ちゃん。

    昨日、俺が泥酔してやらかした飲み会に羽京ちゃんもいたからだ。

    『助けて! 気付いたら千空ちゃんと朝チュンしてたんだけど、何も覚えてないの!!』

    いったい全体何がどうなってこんなことになったのか、俺は羽京ちゃんに順序立てて教えて欲しかった。

    まだ朝の早い時間帯だったけれど、某自衛官との個別のトークルームはすぐ既読マークがついた。 

    ありがたいことに返信は即レスだった。

    『あはは。昨日のゲン凄かったよ~』

    『笑ってる場合じゃなくて! 何があったのか教えて、羽京ちゃん!』

    『それは千空に聞くのが一番手っ取り早いと思うよ。まだ一緒にいるんでしょ? じゃあ俺、今日は仕事だから』

    ばっさりと会話を切られた。

    それ以降、羽京ちゃんから既読がつくことはなくなった。えぇ、終わった……。

    「おい」

    顔をあげると、千空ちゃんが不満そうに俺を見てた。

    俺がスマホをいじって、百面相していたのが気に入らないらしい。

    「誰と話してんだ」

    「羽京ちゃん。もう仕事行っちゃったけど……」

    「テメェは羽京になら、なんでも話せんのな」

    千空ちゃんはぶっきらぼうに呟いて、そっぽを向いた。

     あ、なんかちょっとご機嫌ななめ。

     怒らせちゃったっぽい。

     俺は、千空ちゃんと別れてから、千空ちゃんとは一切連絡はとらないようにしてた。

     それは俺の未練がとめどなく溢れてしまうのを抑えるためだったのだけれど、羽京ちゃんにはよく愚痴を聞いてもらってた。

     千空ちゃんと会えなくてさみしいとか恋しいとか。弱音をたくさん吐いた。

     本人の前じゃなければ、泣き言はいくらでも言えた。

     でも、千空ちゃんからしてみれば、自分だけ仲間外れにされているようでいい気分しなかったかもしれない。

     ごめんね、千空ちゃん。

     俺は、心の中で深く反省した。でも、仕方がなかったんだよ。だって、そうでもしないと俺は千空ちゃんを忘れられなくて。今でも胸が焦げ付くくらい千空ちゃんが好きなんだから……。

    「食い終わったんならさっさと支度しろよ。出かけるぞ」

    「でかけるって千空ちゃん……。これからどこに……」

    千空ちゃんはニヤリと笑った。

    「せっかく三年ぶりに会ったんだ。デートすんぞ」





    デート。

    俺と千空ちゃんがデート……?

    それは俺にとっては青天の霹靂で。

    俺はまだ夢を見ているのだろうかと頬を思い切りつねってみる。うん、めちゃくちゃ痛いね……。

    移動中の車内の中で、俺はまだ現実が受け入れられずにいる。

    思い返してみれば、千空ちゃんとデートらしいデートは今までしたことがなかったかも。

    ストーンワールドにはデートスポットなんてなかったし、文明が復興したあとは、お互いに忙しくて余暇を二人で楽しむ時間なんて微塵もなかった。

    「ついたぞ」

    「ここって……」

    「プラネタリウムだ」

    「前に行きてぇって言ってただろ」

    「うん、そうだったね……」

    千空ちゃんと付き合っていた頃、俺は何度かプラネタリウムに千空ちゃんを誘ったことがある。

    実現したことはなかったけど……。

    本音を言えば、別に俺自身がプラネタリウムに行きたいわけじゃなかったんだよね。

    その当時は、プラネタリウムなら千空ちゃんでも楽しめるデートになるかなって思ってただけ。

    チケットを買う時も入場する時も、千空ちゃんは、ずっと俺の手首を掴んでいた。

    ひょっとして目を離した隙に逃げるかもしれないって思われてる?

    ゴイスー信用ないね、俺……。

    まぁ、でも当然といえば当然かもしれない。

    三年前、俺が千空ちゃんと別れた時もそうだったから。

    俺は千空ちゃんに何も告げずに、ふらっとでかけたまま、千空ちゃんのところには帰らなかった。

    まるでコンビニに出かけるくらいの気軽さで、俺は千空ちゃんとの関係を断った。

    「どこの席にしたの」

    「月のシートにした」

    「なにこれ、めちゃくちゃふかふかだ! やばい、座り心地良すぎて寝ちゃうかも」

    このプラネタリウムは、カップルシートなるものがあって、雲や月の形をしたふわふわの大きいソファに寝そべって星を鑑賞したりできるのだ。

    「寝てもいい。起こしてやる」

    千空ちゃんは穏やかに微笑んで、俺の頬をそっと撫でた。俺は真っ赤になって思わず目を逸らす。

    ここが薄暗いプラネタリウムでよかった……。

    あんまり顔を見られなくてすむ。
    千空ちゃんと過ごすプラネタリウムはとても穏やかな時間だった。俺と千空ちゃんはふかふかのソファに寝そべって、天井に映る宇宙や小惑星を眺めた。
    千空ちゃんはそっと俺の掌に指を絡めてきて、俺は千空ちゃんの指の腹をそっと撫でながら、心地良さにちょっとだけうとうとした。

    千空ちゃんとのデートは思いのほか楽しかった。
    プラネタリウムの後も、千空ちゃんは俺を色んな所に連れ回した。
    水族館やショッピングモールにおしゃれなカフェ。
    どれも千空ちゃんといつか行きたいねって語り合って、なかなか実現しなかった場所。
    キッチンカーでチョコバナナクレープを買って半分こして食べたり、千空ちゃんが次の学会に着ていく用のネクタイがないって言うから、ネクタイを選んであげたりした。
    千空ちゃんに色々連れ回されてるうちに、なんだか昔に戻ったみたいな気がして楽しくて、いつの間にか昔みたいに肩を並べて歩いてた。
    千空ちゃんもテンションが上がってるのか、ずっと饒舌だった。昔話に花が咲く。
    千空ちゃんは、俺と離れてる間に、聞いて欲しい話が蓄積して大きな地層みたいになっていたみたい。
    それは俺も同じで、喉がからからになるまでたくさん話して、腹がよじれるくらいたくさん笑った。

    日も傾きはじめると、俺は千空ちゃんの傍から離れがたくてたまらなくなってた。

    あぁ……、好きだなぁ、千空ちゃんが。

    ずっと昔に蓋をしたはずの瘡蓋が疼きだす。

    長い時間が経てば、千空ちゃんを忘れられるかもしれないって思ってた。

    でも、日にち薬なんて嘘っぱちで、少しも利きはしなかった。

    こうなるのがわかっていたから、ずっと千空ちゃんを避けていたのに。

    俺も千空ちゃんも忙しい身だ。きっと簡単には会えないだろう。

    会いたくて、恋しくて、寂しくて、苦しくて。

    またそんな日々をぶり返すのかと思うと、俺はやるせなくなった。

    「おい、メンタリスト。最後にあれに付き合え」

    千空ちゃんが指さしたのは、ショッピングモールの敷地内に併設してある大きな観覧車だった。



    観覧車は少し混んでいたけど、列に並んで
    千空ちゃんと二人きりで観覧車に乗った。
    すっかり日は沈んで星が輝いている。
    三日月がどこまでも静かに俺たちのあとを着いてきていた。
    見下ろせば、復興後に乱立した高層ビルの明かりがキラキラと宝石のように散りばめられている。

    「今日はありがとう、千空ちゃん!!最初はびっくりしたけど、ゴイスー楽しかった!こんなに遊び回ったのなんて久しぶりだよ~」
    暗い雰囲気になりたくなくて、俺はわざとおどけた調子で笑った。
    だが、千空ちゃんは窓の外を遠く眺めて黙りこくっている。

    「なぁ、ゲン」

    千空ちゃんは、ふいに俺のほうを向いて、強い眼差しでじっと俺を見つめた。

    「俺は、今も別れたつもりはねぇぞ」

    「え」

    「そもそも別れ話すらしてねぇじゃねえか」

    心臓を鷲掴みにされ、呼吸が止まる。

    「で、でも!俺が千空ちゃんとこ出てってからもう三年だよ?世間一般ではこういうの自然消滅って言うんじゃないの」
    俺は、慌てて取り繕うようにまくしたてた。
    千空ちゃんに別れ話すらしなかったのは、自分が冷静でいられる自信がなかったから。
    顔を見たら、別れたいなんて言えなくなってしまう。やっぱり嫌だって泣いてしまうから……。だから俺は、一人で遠くに逃げたんだ。

    千空ちゃんは俺の手をとり、強い力で引き寄せた。俺は千空ちゃんに抱きすぼめられる。
    ああ……。千空ちゃんの匂いがする……。
    それだけで俺は泣きそうになる。

    「俺の何がダメだった。どうすればお前は戻ってくる、ゲン」

    千空ちゃんは俺の耳元で懇願するように囁いた。

    「千空ちゃんのダメなとこなんて……一個もないよ……」

    俺は千空ちゃんの首筋に顔を埋めて、ぽそりと呟いた。

    「俺はずっと待ってる。お前じゃなきゃダメだ。だから戻って来い」

    「も~! 千空ちゃんってば!」

    俺はぐっと千空ちゃんの胸を押して、千空ちゃんの腕の中から逃れる。

    「いつまでも俺離れできないと、一生、可愛い女の子と結婚できないよ。それでいいの?」

    「??」

    「あのさ……、俺が千空ちゃんから消える少し前、千空ちゃんと秘書の女の子が週刊誌にすっぱ抜かれたことあったでしょ」

    「あの記事は捏造だ。秘書の女とは仕事以外何の関係もねぇ。だいたい事実無根のゴシップなんて今までいくらでも……」

    千空ちゃんは、ハッとして眉間に皺を寄せた。

    「俺が浮気したと思って離れたのか?」

    「ううん、違うよ。千空ちゃんは浮気なんてするような人じゃない。そんなこと100億パーセントありえないことくらい、俺は充分わかってた」

    「じゃあどうして……」

    「あのね、千空ちゃん……」

    俺は、声を震わせた。ダメだ……。最後はちゃんと笑って別れようって千空ちゃんの背中を押してあげたいのに、千空ちゃんを前にしただけで、自分の感情すら上手くコントロールできなくなってしまう。
    こんなのメンタリスト失格だ。

    「ごめんね、千空ちゃん……。俺、どうしても怖くなって、心が潰れそうで……自分勝手に逃げたんだ……」

    「ゲン……」

    「千空ちゃんと女の子が隣合わせに並んでる写真見て、なんてお似合いなんだろうって思って……、思っちゃったんだ……、俺がずっと傍にいることで千空ちゃんの未来潰してるんじゃないかって……」

    抑えていたはずなのに、俺の目からぼろぼろと大粒の涙が零れ落ちた。

    「だって俺は男で、どんなに千空ちゃんのことが好きでも千空ちゃんの赤ちゃんを産んであげられない……、千空ちゃんは世界を救った英雄で偉大な研究者なのに……、俺は千空ちゃんの赤ちゃんが見たいよ……。だって誰よりも千空ちゃんのことが好きだもん……。千空ちゃんの遺伝子、世界に残したいよ……。だから千空ちゃんの伴侶に俺はふさわしくない…、俺なんかいつまでも隣にいたらみんな納得しないよ……」

    「てめぇは世界一のバカだ」

    千空ちゃんは俺をぎゅうっと抱きしめた。

    男二人が重なるように抱き合って。

    観覧車は二人の重みで微かに傾いたような気がした。

    「俺が心の底から惚れてんのはてめぇだ、ゲン。
    離れてた三年間、一度もてめぇのことを忘れたことはなかった。どうしたらお前が戻ってくんのかってそればっかり考えてた……」

    俺は千空ちゃんの胸の中で泣きじゃくった。

    千空ちゃんは涙で顔をぐしゃぐしゃにしてる俺の鼻先に噛み付くようなキスをした。

    「それなのに人の気も知らねーで、てめぇは一人でうじうじ悩んでやがったのか?」

    千空ちゃんは優しい。でも、ちょっと、いやかなり怒った。

    「だいたい、んなクソくだらねー理由でてめぇは俺から離れたのか? 許せねぇ、ふざけんな。養子をとるでも代理出産でもいくらでも方法はあんだろーが!! 科学舐めてんのか!」

    「えぇ……、でもそれってすごく非効率的じゃないの……? お金もかかるし……」

    俺はしどろもどろに答えた。

    「愛してる奴と子供つくんのに効率もクソもあるか、バカ!  金なら腐るほどあんだろーが!」

    千空ちゃんは俺に額をこてんと合わせてぐりぐり押しつけてくる。

    「だいたい俺と白夜だって血は繋がってねーんだ。血の繋がりにそこまでこだわりなんかねぇよ」

    「そっかぁ」
    俺は何だか肩の力が抜けてふにゃりと笑った。
    この三年間は、俺の勇み足だったのかな……?

    「ねぇ、千空ちゃん。俺、この先もずっと千空ちゃんのそばにいていいの?」

    俺はおずおずと千空ちゃんに訊いた。

    「俺、おっさんになるよ?中年になったら太るかもしれないし、禿げるかもしんないし、病気になるかもしんないし。千空ちゃんと違って、人気商売だから、そのうち世間に飽きられて仕事なくなったりする日も来るかもしれないし。色々迷惑、かける……かも。それでも俺でいいの……?」

    「やっぱりてめぇはバカだ。何もわかってねぇ」
    「えぇ?」

    千空ちゃんは俺の手をとると薬指に指輪をはめた。

    「結婚すんぞ」

    「千空ちゃん、この指輪……」
    「白夜のプラチナだ。文句あっか」
    「千空ちゃん!!そんな大事なもの……」
    「あー……、三年越しになっちまったろうが。本当はゲンが帰ってきたら渡すつもりだったんだよ。てめぇがふらっといなくなんのが悪ぃんだ」

    俺は嬉しくて、目じりに涙が溢れて、また視界が歪んだ。

    「千空ちゃん、これ……。すごいね……、サイズもぴったり……」
    「記憶わや元に暗算したからな」
    それでも俺は千空ちゃんが嵌めてくれた指輪が死ぬほど嬉しくて、何度も何度も確かめるように指輪の輪郭を指でなぞった。

    「『はい』または『イエス』以外の返事は認めねぇ。返事は?」

    「なにそれ、ドイヒー~……」

    俺はぷっと噴き出して笑った。泣いたり笑ったり、俺の情緒、今千空ちゃんのせいでめちゃくちゃだ。

    千空ちゃんは指先で俺の涙を拭う。俺は千空ちゃんを見た。まだ少し心配そうな顔をした千空ちゃんがいて、俺は何だか笑ってしまった。
    強い言葉を浴びせてくるわりに、千空ちゃんは俺に拒絶されるのが怖くて心配でたまらないのだ。
    そんな千空ちゃんが俺は愛しくて大好きだった。

    「俺と千空ちゃんの子供、名前はなんにしようか」

    俺は返事の代わりにそう言って、千空ちゃんに微笑みかけた。

    「千空ちゃんにそっくりな女の子と男の子、二人欲しいな。俺にはあんまり似なくていいから」

    「バカか、てめぇは。女の子はてめぇに似た方が絶対可愛いだろうが」

    「え~、そうかな。でもさ、できたら子供を作るのは新婚生活を充分に楽しんでからにしない? 俺、本音をいえば千空ちゃんの愛情は全部一人で独り占めしたいんだよねぇ」

    そう言って、千空ちゃんの腕に自分の腕を絡めた。
    千空ちゃんは悪そうな笑みを浮かべて、俺にキスの雨を降らせた。

    「ふは、気が合うじゃねーか。そいつは俺も同感だ。てめぇの心も体も頭からつま先まで全部俺のもんだ。我が子だろうと指一本足りともわたせねぇなぁ」

    そうして、俺たちは観覧車を降り損なって二周していたことに気づき、顔を付き合わせてまた笑った。
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    kimikoSunohara

    SPOILER【千ゲン】z=1.9.7 その後の劣情、七年越しの愛欲について

    ※注意 がっつり本誌のネタバレというか本誌(z=1.9.7)のその後のお話です!!
     七年ぶりのマジックショーを終えて、宴もたけなわになり夜もふけると、みんな酔いつぶれて寝てしまった。
     全員が寝泊まりできる民家なんてあるはずもなく、みんなで焚き火を囲んでの雑魚寝だ。
     サマーキャンプみたいで悪くはないけど、贅沢を言えばふかふかのベッドと柔らかい布団が恋しい。
     俺はその夜、なんだか寝付きが悪かった。
     七年ぶりに目覚めた興奮が覚めきらないのか、起きたり眠ったり浅い眠りを幾度も繰り返していたところ、誰かに足をつんつんとつつかれる。
     そっと目を開けると、千空ちゃんが俺の顔を覗き込んでいた。

    「せんく……ちゃん? ……どうしたの?」
    「ゲン、ちょっとこい」

     千空ちゃんに腕を掴まれて、俺は眠たげに目を擦りながら起きあがる。

    「司ちゃんとの話はもういいの?」
    「ぁ、終わった。次はテメーに話がある。ちょっと来い」

     千空ちゃんに改まってそう言われて、強引に手を引かれる。
     こんな夜中に話ってなんだろ。
     俺はなんだか少し不安になって千空ちゃんに手を繋がれたままあとをついていく。
     夜の森は暗かったけれど月光がどこまでもついてきて足元を照らしていた。
     ジャングル 2885