夏インテ新刊先読み夏インテ終了後しばらくしたら全文公開(無期限)の予定です。(2023年6月のファベオンリー後くらいかな?と思ってます。)
その他の既刊もほぼ全てポイピクからご覧いただけます(R18、R18g、ファべ以外カプ作品も含みます)。
紙の本は、手元に欲しい方向けに少部数ご用意しております。通販の予定はございません。
― ◇
広い旅館にはオレたち二人きりで、目の前にどかどかと並べられた夕食たちは自慢の海の幸ではなく、さっき拝借したキッチンでこしらえたオレの手作りメシと、途中見かけたコンビニで調達した酒と飲料、あとは雑多な食べ合わせの悪いツマミ類で、せっかくの旅行らしい揃いの浴衣姿に少しもったいない気すらした。駆け込みでやって来ているため、マトモな夕食の提供に期待していた訳ではなかったが、これでは折角の遠出に色気がなさすぎる。それでも、ファーさんは黙って箸をつけている。こんなとき美味しいかい?と聞くのは野暮。ベリアルは代わりの話題を探した。
「しかし、オレの車で良かったの?今回のデートに関してなら、ファーさんのあの赤い方のが相応しい気がしてたけど。」
彼は時々、オレにも予想がつかないような派手な買い物をする。少しだけオレたちの話を聞いてほしい。今の彼の仕事について、オレはあまり多くのことを知らない。今度も、と期待してそれなりの準備を進めていたのに、助手はいらないと言われた時は、結果三か月ほど口を利かなかった。その間に彼は彼なりにオレについて考えてくれたらしく、腹いせに半年ほど借りてあったスイートの一室にホテリエが止めるのも聞かず乗り込み、文字通り首根っこ引っ掴んで、強引にオレを自分のもとに連れ戻した。居場所がバレた理由?彼名義のクレジットカードで支払いをしたのがまずかったのかも。しかし、今のオレの仕事や生活があるのも、やっぱりファーさんのおかげなのだ。分かりやすいだろう、このエピソード。要はこの「資金」たちは、もちろん彼自身が稼いだもので、生活の彩りにとんと無頓着なせいもあり、減るより貯まる一方のそれは、(前もって相談してくれればいいものを!)突然、桁をひとつ減らすような買い物に使われる。その中にオープンカーがあった。真っ赤な、二人乗りのものを。男ふたりが乗り込むにはコンパクトすぎる造形の車種は、オレがせびって買わせたんだと周りじゅうから揶揄われたが、鍵すら触らせてもらえない。許されたのは助手席に座ることだけ。そして助手席に許されたのもオレだけだって知っていたから、それ以上は要らないだろう?停車中、目の合った通行人の前でキスをしてやる遊びが大好きなのに、ふいに思い出した時に乗せてもらったくらいで、度々の点検以外はきっちりカバーを掛けて仕舞い込まれていた。
「お前のが一番扱い慣れている。」
だから今回こそアレの出番に違いないと思っていたけど、少々期待外れだ。
「えっそんな理由?意外だなあ・・・」
「それに、途中で降られたら不快だ。いちいち停車してルーフを閉めるのは性に合わん。」
「まあ、それもそうかも。」
わかったようなわからないような顔をして、ベリアルは視線をルシファーから外す。助手席に座るお前には。ルシファーも意識をベリアルから外しかけた。
「あっねえファーさん、まだ飲むかい?明日の運転オレが替わろうか。」
舌打ちを一つ。外しかけたのに。大きく一口含んで、残りはベリアルに飲ませる。機嫌の良いこいつを相手にするのは、やはり少しめんどくさい。
― ◇
「ああ、降ってきた。」
午前中から走らせていた車が海のそばに出る頃には、小さいひとつぶがまとまって降り始め、音を立てフロントガラスを叩く。次第に視界の先を曇らせるほどになった。車窓から見える海も表面が荒立って、どんよりと薄暗い。
「宿で言ってた通りになったね。これじゃ青空が台無しだ、」
ザンネン、という割にこいつは嬉しそうにサンルーフを少し開けて空を見上げる。
「ね、キューケイ。おさまるまで、どこかで停車して休もうよ。」
そういって手元のスマホで近辺を調べ始めた。しばらく後、ああ!と声を上げて画面の文字を読み上げる。
「十分ほど走らせたところに水族館がある!ね、ちゃんとナビするから、連れて行ってくれない?」
「目的地への到着が遅れても知らんぞ。」
「ここまで来たら後もう少しさ。高速は相変わらず逆方向は特に混んでるみたい。あちこちで通行止めが起こって・・・、このままずっと下の道だと信号以外で止まることがないくらい空いてる。それに――」
急にべたついた甘い声を出して俺を責めはじめる。前を向いて運転していても、助手席のこいつがどんな顔をしているかすぐに分かった。
「前に寝坊して6時間もオレを一人にしたのはファーさんだろう?その時も水族館へ行きたいって言った!」
「いつまでその話を持ち出す気だ。あれは部屋まで起こしに来ないお前が悪い。」
「持ち帰りの業務にあたっている時は部屋に入るなっていっつも怒るのに、それはないだろう?お疲れのようだったし、寝かせておきたかったってのもウソじゃないけど・・・」
ハンドルが急に切られる。より海に近い道へ車は進んでいく。さっきまで煩かったベリアルはどうせ腑抜けたツラで俺を見ている。
「・・・なんだ、あの日も前日までに下調べもなしにいたとでも思っていたのか。」
滞りなく車は進む。こんな時こそ何か言えばいいものの、黙って大人しく座っている。時々、口元を覆った手のひらからこぼれるように笑い、そこに乗っかった感情がとにかく喧しい。
最後まで経路の確認を同乗者にすることはないまま、車は施設の駐車場内で停止した。
「フフフ、オツカレサマ」
頬へチュッ、と軽くキスをし、そのまま運転者の方へ体を向き直す。本来なら助手席側は似合わない発達の良い体を、片膝を抱き込むかたちにして見せるものだから、急に目の前のこの男が同衾をせがんでいた頃を思い出した。まだ、成体認定が下りて間もない俺の被造物であった頃の。
「ファーさんなぁに。」
小首をかしげて話す癖もあの頃から変わらない。振り返ってそのままドアを開け車を降りる。少し遅れて後ろからベリアルが追ってくるのを置いてそのまま入り口へ向かう。途中、左腕が捕まったが、構わずに進んでいった。
広い館内は、暗い照明と水を通した涼しげな光で静かに満ちていた。休日は子連れやカップルで賑わっているはずが、今日この時は非常に静かで、昼間から男がふたり、なんともこの場に似つかわしくない。車内では妙に意味がある様子でココへ来たいとごねたので、なにか、あるのか、と連れてきたものの、さっきから当の本人はシンプルに鑑賞を楽しんでいる。呆れた。本当にこの場に俺と来たかっただけらしい。
「ファーさん、こっち。」
慣れた様子で先を行くベリアルが、ちょいちょいと手招いて俺を呼ぶ。先の、広いスペースに面した水槽は、天井の方から外の光が差し込んで、中で回遊する生き物の影が見える。縦に大きいつくりで、この施設の目玉の展示だろう。
「――ね、前に一緒に観た映画の、モデルになった場所なんだ。あの時、このシーンだけは集中して観ていたみたいだから、キミを連れてきたかった。」
ファーさんは覚えていないかもしれないけど、と。
「映画と比べてどう?」
「こういう時、実物の方が味気ない、という感想は不適切か?」
「いいや、キミらしくて。」
初めから答えなどわかっていたように笑う。ならこれは無駄足だ。だが、水槽からの青い光を浴びて笑う横顔は。俺が所有する往日の記憶に少し重なった。さっきから珍しく感傷的な自分に驚いている。
ファーさんは、何か一人で考え込んでしまった。こうやって急に独りにされるのは別に珍しくない。誰にも聞こえないくらいの小さな声でこぼす。
「――こいつらはここで一生を終えるのか。それってアンハッピーなのかい?」
ガラスを小突く。
「ああでも、」
奥の魚たちに向かって舌を出した。
「籠の鳥が幸せだったことは無かったね。」
分厚いガラスのケースが壊れれば、守られて育ったこの魚たちは死ぬ。でも、ケースを壊さないと、ここで死ぬ。
ああ、ヤダヤダ。いやなもの思い出しそうだ。
「・・・・・・出よう。」
「もういいのか。」
「ああ、連れてきてくれて、アリガトウ。」
ふたりに翼を与えていた世界が終わる中、おまえは、青い光を一身に浴び、俺の腕のなかで焼けながら、絶命のその瞬間までこうして笑っていた。その同じ炎で、俺も、空も焼いてやったと言うのに。再び起きた折に、滅したはずの未来が全く別の形で生きながらえていた事に憤り、身体もその世界に収まるに相応しい格好として、炎を、羽を奪われた事を憎んだ。
だからこれは、蛇の甘言なのだ。それでも、俺が起きたのなら。そして隣に、オレがいるなら、と。終末の再試行はそれで、なんら問題でないのだ。無邪気に、無自覚に、ヒトの身に余る欲を口にするひとは、数千年前から相も変わらぬ調子で、俺に仕えたがる。
それなのにこいつは、こんな小さなわがままこそを、俺に言うのが下手らしい。だが今日はどうしても俺にその小さなわがままを言いたいらしい。その理由に、心当たりが無い訳ではない。
◇
初めにオレは、ファーさんの今回の仕事についてよく知らないと言ったが、厳密には少しだけ嘘だ。この度のデートのきっかけで、そしてそのデートに地球上で生きる全員が巻き込まれる羽目になった原因の、その発端は間違いなく彼のシゴトだ。ちょっとした手違いからではあるが、この度も終末へのトリガーは引かれた。机を乱暴に小突き、椅子を蹴り飛ばしながら詳細を語る彼は心底不愉快そうであったが、オレはほんとうに嬉しかった。こんな時まで、キミはオレの救世主なのだ、と思うと、笑いが止められなかった。椅子を蹴り飛ばした脚でオレも尻を蹴り飛ばされながら、数百年ぶりに涙の出るほど笑った。
さして大きな功績もないが、先代との癒着のみで多額の資金が回ってくる宇宙開発研究所に、此度の彼は勤めていた。表面上は宇宙の神秘を科学で解き明かす、とのことだったが、実際ファーさんはその「宇宙の神秘」を地上で披露してやろうという魂胆があった。ブラックホールと聞いて世間が思い浮かべるほど立派なものではないにせよ、指先に乗るような小さな黒点が、島を飲み込み、海を削って見せれば、どんな愚か者でもそれの本質を悟る。そしてその愚か者はまた、ルシファーに嫉妬する者でもあった。その直後に彼の研究は、試験段階のまま盗まれる。ゴミ処理問題に切羽詰まっていた人類は、それを新しい処理システムとして転用、一般に流通するまでさほど時間はかからなかった。救世主とも呼べる革新的な新技術が動くたびに産む莫大な金が誰の懐へ入ったか興味がなかった訳ではないが、未完成品を取り上げられたことに最も腹を立てていたのは本当に彼らしい。
しかし数年後、その誰かの頭上に、黒点へ捨てたはずの写真が帰ってくる。彼が最も忌まわしく文字通り消し去ってしまいたいと願って一番に投棄した、当時ルシファーに自席を明け渡し、己は降格となった原因の、不倫を裏付ける証拠写真が持ち主の元に帰ってきた知らせは、そのまま世界を発狂させた。だから言ったのだ、未完成であると。黒点の真の本質を誰も疑わないで、つい先日、活動限界を迎えた原発施設の核廃棄物を大量に投下してしまった後だったからだ。
ついに廃棄物たちは、大きな一塊となって天から落ちてくる。引き金は自分で用意したシステムであるものの、他人の手に渡り、「非常に不恰好な終末」が訪れることに不満が止まらないルシファーに、ベリアルがある提案をする。
「その不恰好な終末計画とやら、見て笑ってやろうよ。最前席でさ?」
二人は最低限の荷物だけ持って、車に乗り込み、廃棄物の塊の落下予測地点目指して走り出した。
でも、もうこれも、あと数時間で終わる。同時に今までのお気楽で楽しい生活も終わりを迎えることになるだろう。
この世界がオレたちに相応しくないのなら、また次を用意すればいい。幸い、人間の転生は星の民より圧倒的に短く、そして軽い。
出発は金曜日の夜。そこから二日かけてゆっくり向かって来た。世界が終わるのは日曜日、その日は神様も寝ている。オレたちも週末に映画を見ながら眠ってしまう心地で、この世界にサヨウナラを言う。次のデートの約束まで少々時間が空いてしまうけれど、千年くらいならオレは待てるよ。
「今回は最後の日をちょっと特別な思い出にできそうだ。前回までもなんだか消化不良だったし、次は、もっと盛り上がる事にもチャレンジしたいな。例えば――、ミュージシャン、とか。パティシエとか?」
これから死を迎えると言う状況に似合わないあまりにも軽い口調で、ルシファーは笑ってしまう。
「まさか次も、俺を見つけ出せると確信しているのか。」
「もちろんさ。人間の短い転生くらいでキミは、オレを手放すのかい?」
ベリアルは右頬を持ち上げたが、左目は引き攣らせて俺を見る。こんな癖もあの時のままなんて、俺の手から生まれたと取り違うほど。
「相変わらず俺に嘘を吐けんな。」
「またまたあ、何の話?そうだとしても、ファーさんがオレをそう造ったんでしょ?」
「今のお前はヒトの子だろうが。」
「いいや?オレがここにいるのは、間違いなくキミのおかげだよ。」
「――救世主、か。俺が。」
「そうだよ、今でも、――」
言いかけた獣に目をやる。次の言葉が来る前に悟った獣は、小さくため息をついてひとの表情に戻る。
「いいや、ダメだ。こんなのオレたちの終末に相応しくない。」
あの時はこう言って、ふたりで眠るように息をやめた。
「世界が終わるこの日に、キミの隣に居ることを、どれだけ望んだか。」
あの時はこう言って、ひとりでビルから身を投げた。
「キミがいなくちゃ、始まらないんだ。」
今この時も、目的のための単なる通過点でしかない。それが少しでも良いものであれ、と願っているだけで。
「ねえ、今度こそ連れて行ってよ。」
指さす先は、ほの明るく、天上からのひかりでそこだけ覆われている。光は柔らかい亜麻色、淵はきれいな赤い色。終末の色。
「飽きずに、俺の手で死にたいらしいな。」
―― ◇
「ファーさん、腕時計見せて・・・・・・ああ、まだ予定までたっぷり時間があるじゃないか。途中もっと足止めを食うかと思ったけど、みんなとっくに逃げ出した後だったのか。死体はいくつか見かけたけど、大方自殺者で間違いないだろう。とにかく、空いててラッキーだったね。」
恐らくここで間違いない。写真と同じように落としたものが落とし主に帰って来るなら、数週間前に自殺した彼の遺骨があるこの家の前で待っていればいい。ここから世界の終末は始まる。海風が吹き込む高級住宅街のど真ん中、その中でも一際大きく目立つ様相の建物。石が投げ込まれて、窓はほとんど破られてる。何やら品のないラクガキが整えられた塀に不釣り合いで、こんな荒れた状態では確かめるまでもなく中は無人だろう。車は前の広い通りに停車させた。
とは言え、ただ座して終わりを待つのは、どうにもふたりらしくない。無作為にべらべらと話し出すともせず、ただ少し呼吸をおいて、ねえ、時間までなにしよっか、と切り出した男の目は、かつてのように奥がほの赤く光って、よく知った獣の瞳をしていた。そのまま態とらしい物言いで、ベリアルは話し始める。
「うーん・・・トランプでもするかい?おおっと、それは宿に置いてきたんだった!」
まるで普段、興味のない他人をあしらう時の声。
「・・・・・・この間買ってやった読みかけの本は。」
このあからさまな誘いに乗ってきたルシファーは、前を向いたまま返事をする。たわいない遊びだ。言いたいことを言わせた方が勝ちで、そして言わせたいセリフは、いつも同じに決まっているのだ。
「・・・うん、出発前の部屋に置いてきた。ファーさんとおしゃべりする方が楽しいだろう?」
「ベルゼバブに麻雀牌を借りたままだったな?」
「ああ、あれはとっくに別のヤツにあげちまった。後で謝っておかないと。」
「バッグには何が残っている。」
「えぇと、水はまだある。あとは普段通りだよ。外泊用の一式に、さっき外したマトモな時間を指さないデシタルの腕時計。こういう時に最後まで役立つのは、案外アナログのものだね。」
「出発前にお前が用意していた食い物の類は。」
「あまいやつはキミが昨日ぜぇんぶ食べちゃった!あとは・・・・・・んー?ツマミが少し残ってるけど、酒はないよ。水でやるのもちょっとねえ?」
「スマホの充電は。」
「あと、6%ってところだ、使い物にならない。ファーさんのは?」
「とっくに充電切れだ」
「じゃあ・・・・・・何するの?」
「ねえ、ファーさん、何するの?」
「・・・・・・それじゃあ、セックス、するしかないな?」
「――ああ、ファーさん!」
ディスプレイに指が当たれば、オーディオの音は消える。そうしたらオレたちはキスをするんだ。身を乗り出したオレに、ファーさんはいつもみたいに応えてくれる。
「ん、フフ、ウフフ、最後の勝負はオレの勝ちだ。初めてキミの口から、オレとセックスしたいって言わせた!」
「言わずとも同じことだ。たわいない勝ち負けを拘るのはおまえだけだと何度言わせる。」
「そんな悪い顔して!キミに、呆れた奴め、と言わせたいんだよ。構ってほしくってさあ、カワイイだろう?」
言いながらベリアルは、派手な花柄の半袖シャツのボタンに手をかけた。濃色の布が緩んで、豊かな起伏をたたえた白い肌が臍まで露わになる。腹を撫でるようにボトムスに手をかけ、一気に足首から抜いてしまう。どうせ要らなくなるから脱いだものは後部へ投げ捨てた。下着はなんとも華奢で心もとないデザインの女性もの。腰のひもを解いたら、容易くそれは剝けてしまうだろう。
「ね、こっちにきて、ファーさん。」
この車は座席のリクライニングが効きにくい。狭い車内でふたりが重なるには、助手席あたりの空間を使うしかないのだが、ことベリアルに限ってわざわざ彼を呼びつけるような真似はしない。これまでの車内で及ぶ際も、ベリアルが来い、と言うようなことは決して起こらなかった。慣れないセリフを吐いて、期待に、うすい不安が差す瞳がなんともいじらしいではないか?ルシファーは片眉をくいと上げる。度し難いことに対峙した時の癖。でも、細められた青い目の奥にはいつもの冷え入る鋭さはない。
「後ろのデザインもカワイイんだぜ、この体勢じゃ見せてあげられないけ、ど!って、」
ゆっくりと覆いかぶさってきたルシファーに、話半分で下着は乱暴に引き抜かれる。露わになった陰茎はすでに勃ち上がりはじめていた。期待して上向くこの身体は、どうなってしまうのかを既に知っている。だからこんなにはしたないんだ。相手のものも同じように脱がせようと伸ばした手を除けて、ルシファーの手はベリアルのものに添えられ、優しく揉み上げる。
「 ウッソ、キミ・・・? が、っ」
返事はない。顔と手元を交互に見て、オレがどうするか、ただ少し興味があっただけなのかもしれない。形を確かめながら動く細長いゆびが施す柔らかすぎる愛撫はいっそ苦しいだけで、なんとか快感を得ようと腰を揺らしてもまだ、まだ、足りない。
「も、いい、はやく、はやく・・・!」
頬を食んでせがんでも、先を撫でて擽って、欲しいものが貰えない。
「――まて、この犬め」
いぬ、なんて、本当に機嫌がいい時にしか呼ばれたことない名前だった。思わず息が止まる。いぬが大人しくしている内にさっさと上着を脱いでしまう。相手と似たデザインの、薄色のシャツを肩から抜いて後方へ捨てる。同じように時計もベルトも投げ捨てられると、ゆっくりとボトムスの前をくつろがせる。
「それ、オレが買ってあった下着・・・」
腰のゴムへ手をかけた。何か言いたそうだったくちびるは、ア、の形で止まる。
「ふぁー さん、がっ、ぼっきしてる・・・っ」
思わずルシファーのものに触れようとした手を強く掴まれる。今度の眼差しは鋭い。
「ふぁーさん、ああ、オレ、まてなんてひどい!」
尚もベリアルは食い下がれない様子で、
「さいごに、ていしゃ、した時っ、ローション、しこんだ、から、あ、すぐはいる・・・!」
「急くな。」
「だって、キミのも、こんな、になって・・・フフフ、ね、ふぁーさん・・・・・・」
頬がかっと火照り、欲情の色に染まる。
「・・・ホントウは口で、してあげたいところだが、この狭さじゃあね。コレで我慢してくれるかい?」
外出用とさっき紹介されたバッグから出てきたそれは、本来はその道の商売人が、事の前に準備しておく為のもので、小さい注射器のような仕組みで中からローションが出てくる。
「もちろん、今回に合わせて手に入れたものだよ。」
「――貸せ。」
言いながら取り上げた容器の、中身を自分の手に出した。未使用のいくつかを投げて返す。
「お前も準備をしろ。」
言いながら、自分の陰茎へ指をかけた。このさまを初めて見るわけじゃない。でも、こんなに近く、自身を刺激するこの姿は、今から抱かれる男にとってあまりにも強烈なセックスアピールだった。
「ッ! ああ、ファーさんそんな冗談だろう?・・・こんなのッ!見せられたら――っ、! ん・・・、はあぁっ、あっ、く、ンン・・・・・・!」
吐き出した息を吸い込めそうなこの距離で、視線に、漏れる声に熱が帯びていくのを見せられる。ベリアルも落ち着かない指先をナカへ迎えた。
「あ、っクソ、う・・・あっこれぇ、じゃ、ッ!もっと、ッん、あ・・・・・・っ!」
指を差し抜きするたびに腰の奥が疼いて、いいところへ指を当てると確かに気持ちいい。普段なら、こんな体勢で見せ合うようなプレイも存分に楽しむこころを持てたに違いないが、
「おねがい、もう、まてって、いわないで・・・・・・」
火のついたこの身体が欲しいものはコレじゃない。再度、ねだる台詞が男の口をついて出る。
【後略】
途中でファーさんがベリアルをいぬ、と呼んでおりますが、いつもはベリアルは猫派です🐈⬛