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    IFにIFを重ねる話。の、番外編。
    鬼殺隊IFの狛治さん&完全に鬼の始祖の手駒になる前に呪いを自力で解除した猗窩座殿のおはなし。鬼殺隊IFにする為に時系列が変わっているところがありますが、『ほーん、こんな妄想もあるんだなー』程度に受け取ってください。
     また、創作キャラクターも混ざってます。許して(謝罪の意)

    【番外: 上弦の参】 下弦の壱、魘夢との激しい戦闘が終わるも、無限列車は横転。乗客たちはその激しい衝撃に振り回され、外にいた炭治郎と伊之助は遠心力で吹き飛ばされていた。しかし、流石は鬼殺隊士。常中をうまく使って止血を試みている。炎柱、煉獄杏寿郎の指示もあってどうにか腹部の止血に成功した。後は乗客たちを避難させ、朝を迎えるのみ。



     ────しかし、それは突如として現れた。
     急降下してきただとか、悠長に歩いてきたとかではない。音を出さずに、まるで最初からそこに居たかのように“それ”は大地から顔を出し、姿を現した。その存在が表に出た途端、この場にいる鬼殺隊士たちは悪寒を感じ取る。

     五つに割れた長髪は毛先にかけて、それぞれ黒・白・紅・土色・黄銅色と色分けされていた。月光に照らされているせいなのか鉄の様な光沢を放ち、比較的異形さが見られない目元には閉じた瞼を複数持つ。剣術道場の師範を思わせる袴姿、襷をかけており腕が見えるが、その両腕には炎の刺青がされてあった。そして銀色の双眼には文字が刻まれている。その文字は、

    (上弦の……参!?)

     先程の戦闘により負傷した炭治郎は焦る。今ここにいる中で戦えるのは、比較的軽症の伊之助と炎柱である煉獄杏寿郎のみ。その上相手が上弦の参となると、実力不足の自分達では足手まといにしかならない。実質一対一である。
     あまりにも、絶望的だ。

     上弦の参はまず杏寿郎と炭治郎を見た。次に横転した列車を見る。いや、正しくは『横転した列車に乗っていた乗客たち』だ。上弦の参は何かを思案する様に目を泳がせ、首を捻る。

    「敵を前に考え事とは悠長だな」

     杏寿郎が声を掛ける。その言葉に上弦の参は「いや、何」と言葉を紡ぐ。

    「どうやったらそこら辺で死に損なっている人間たちをいっぺんに喰えるか、考えていた」
    「俺がいる限り、誰一人として手出しはさせない」
    「人間じゃあ俺には勝てないぜ。頸を賭けてもいい」
    「結構。お前の頸は今ここで斬り落とす」
    「言い方を変えてやる。『人間の“技”じゃあ俺の武器には勝てないぜ』」

     右手に持っていた刀を突き出して見せる。鞘は美しい装飾が施されており、月光を反射しているさまは宝石を思わせる。その刀をくるくるとぶっきらぼうに回し、肩に担いだ。空いている左手で二人を指差す。

    「……じゃあこうしよう。
     お前らの中でひとり。ひとりでいいから俺と戦え。一回でも戦ってくれるのならば、そこら辺にいる連中には手を出さない。約束するとも。なんて言ったって、俺の刀はどんな刀よりも強いからな。それを証明するためなら、禁じ手に手を出すつもりはないさ。もちろん棄権は受け付けるぜ。誰だって自分が一等大事だからなァ。俺も生きている以上、命の大切さは身に染みて理解しているつもりだ。
     だが、勝負の決着がつかないなら話は別だ。決着がつかなくてはこの勝負に意味はない。決着がつかなかった場合、俺は向こうでみっともなくもがいている人間どもを喰い散らかしにいく。その代わりとしてお前らは見逃す。勝てない相手に自分を犠牲にするか、見ず知らずのその他大勢を差し出すか……」

     指を刺していた左手が列車の方に向く。「な、悪い話じゃないだろう?」と卑しく笑うその顔には悪意しかない。鬼の醜悪さを体現するかのような言動に、炭治郎は怒りを覚える。
     この鬼は、自分が圧倒的上位にいると酔いしれ、己の力を過信し、他者を見下している。尊い命を、遊び感覚で汚らしく喰い散らかそうとしている。このような非人道的な鬼が今までにいただろうか?怒りで呼吸が乱れるも、杏寿郎が「集中」と指摘する事でハッとする。

    「君は傷を治すことに集中しろ。この場は俺が取り持つ」
    「煉獄さん……!」
    「話は決まったか?こっちはいつでも準備万端だ」

     するりと、鞘から刀を引き抜く。煌びやかな装飾が施された鞘から出てきた刀身もまた、宝石のように美しく、そして歪に混ぜ合わされたかのような黒鉄の刀であった。黒い金剛石を思わせる真っ黒な刀身には、銅の鈍い色が散りばめられている。
     
    「この刀は俺の血鬼術で作った刀。敢えて名前を付けるならば、『幻想刀げんそう とう』。世界中で語り継がれる伝説上の金属の名を冠した特製の合金。血鬼術という異能と実在する金属物質を掛け合わせることで、俺の刀は世界中の武器を超越したのさ。
     武とは何も、心と技と体だけじゃない。扱う武器もまた重要な要素だ。お前ら人間が技を極めるのならば、俺は武器を極める」

     幻想刀、『金剛合金・磁場こんごうごうきん じば』の刀身を指でなぞり、自慢する。まるで、「お前たちの振るう日輪刀よりも凄いのだ」と言わんばかりだ。嫌らしく笑みを浮かべる上弦の参にはつくづく腹が立つ。意図的に腹の立つ行動をしているのだろうか。

    「ま、お前らじゃあ世界中で語られる伝説上の鋼の話など分からないよなァ。いやァ失敬失敬。
     俺の名前は卑鉄ひてつ。卑しい鋼。馬鹿真面目な人間どもを嘲笑い弄ぶ鋼鉄の鬼。人間が編み出す絶技を否定する究極の鋼だ」

     そして、戦いの火蓋は切られた。



    ❇︎ ❇︎ ❇︎

    「炎の呼吸、壱ノ型 不知火!!」
    「業火を抉れ、金剛合金・磁場!!」

     接近すると共に迫る斬撃を、卑鉄は刀で受け流す。受け流された刀を持ち替え、弐ノ型・昇り炎天を繰り出して相手の刀を弾き、腕を上に持ち上げさせた。のけぞる卑鉄を逃すまいと頸に狙いを定めて振るうも、鬼の体故に無理な動きができる卑鉄は目にも止まらぬ速さと無茶な腕の曲げ方で刀を受け止め、鍔迫り合いに持ち込んだ。真反対に曲げた腕はものの数秒で繋がり、元に戻る。
     上弦の参である卑鉄との戦いは順調に見える。あれだけ大口を叩いた割には、彼は杏寿郎に傷ひとつ付けられていない。対する杏寿郎の攻撃は卑鉄の腕を斬り、再生してはまた斬り落とすを繰り返し、切っ先が頸をとらえた事も何度かあった。その度に彼の持つ幻想刀によって弾かれるのだが、このまま行けばいずれ頸を取れるだろうと炭治郎は信じる。
     ………なのに、何故だろうか。『あまりにも展開が良すぎる』。相手は上弦の参だ。先程相手にした下弦の壱よりも遥かに強い筈。炎柱の称号を持つ杏寿郎も強い事は明らかだが、それにしても上手くいきすぎている。不利な状況なのに卑鉄はわざとらしい笑みを浮かべるばかりで、その違和感が気になった。

    「炎の呼吸、参ノ型 気炎万象ッ!!」
    「堅牢を示せ、金剛合金・磁場!!」

     鋼同士がぶつかり合う音が響く。金属と金属のぶつかり合い、力と力のぶつけ合いによって生まれた摩擦が火花を散らせる。
     しかし、それすら奇妙に感じる。たしかに、斬撃を受け止めるのならば刀で受け流した方が良いだろう。場合によっては反撃の兆しも見えてくる。だが、明らかにかわした方が良い攻撃でさえ、杏寿郎は刀で受け流していくのだ。そして彼自身が、その不合理性と違和感にいち早く気づいていた。

    (刀が引っ張られる……どんなに軌道を修正しても、まるで引き付けられるかの様に切っ先が奴の刀にぶつかる!何度も刀で受け流しているせいで、こちらの日輪刀も長くは持たない……!
     この鬼、俺の日輪刀を折るのが目的か!!)

     嫌な音をたてる焔色の日輪刀とは打って変わって、卑鉄が振るう幻想刀は刃こぼれ一つとて見受けられない。
     世界の言葉で言うのならば、この刀の鉄は『アダマンタイト』。『銅と黒金剛石』を掛け合わせた、最高峰の硬度を持つ刀。
     アダマンタイトは決して欠けない金属。金剛石ダイヤモンドと同等、又はそれ以上の頑丈さを誇ると言われる伝説上の金属であり、卑鉄は金剛石の中でも一番に堅牢で割れにくい黒金剛石ブラックダイヤモンドと銅を混ぜ合わせて錬成したのだ。そんな頑丈な鋼で作られた刀が通常の刀と打ち合いになれば、脆い方から刃こぼれするに決まっている。そして、『金剛合金・磁場』には別の能力も備わっていた。
     『アダマント』は『磁石』を意味する語として用いられた事もある。その逸話の通り、この刀には微弱ながら磁力が発生しており、金属に触れるとその金属に限定してそれを引き寄せる。一度切っ先をかわせば最後、どちらかが折れるまで打ち合いは続くのだ。

    (ならば、折れる前に決着をつけるッ!!)

     雰囲気が変わったのを察知すると、卑鉄の顔も些かまじめになる。杏寿郎が相手の懐にまで潜り込み、その至近距離から伍ノ型・炎虎を繰り出した。対する卑鉄は炎を纏う虎の牙をも受け止める。燃え盛る虎の炎に身を包まれたかのような熱気が卑鉄の皮膚を焼くも、金剛合金・磁場が遂に炎虎を切り伏せた。

    「ほらほら、受け流せ受け流せ!技を止めるなよ、お前が死んだらここにいる奴らも全員死んじまうぜ!」
    「!?は、話とちが───」

     その卑劣な言葉に炭治郎は思わず叫ぶも、痛みによって咽せる。
     この鬼は、最初から全員喰い殺そうと画策していたのだ。鬼殺隊を無視して乗客に襲いかかったところで、邪魔をされるのは目に見えている。ならば、それらしい事を言って一対一を申し込み、強い奴を確実に弱らせ、殺したのちに乗客を喰ってしまえばいい。なんと言う卑劣な策略であろうか。しかしこれこそがこの鬼の真骨頂。
     卑鉄は卑しい鋼。欺き、油断させ、卑劣に勝利する鬼!“あの出来損ない”とは違うのだ、俺は武を重んじる“あの出来損ない”とは違う!

    「動くな!!傷が開いたら致命傷になるぞ!!待機命令!!」
    「さぁ動け動け!お前が止まれば俺の斬撃がどこに飛ぶか分からねェぜ!!」

     余りにも一方的すぎる鍔迫り合いに、遂に杏寿郎の日輪刀が折れた。刀身は半分を残し、宙を舞う炎刀は勢いよく地面に突き刺さる。
     そこから卑鉄による禁じ手の猛攻が始まった。今までの鍔迫り合いは前座だと言わんばかりに、鋼鉄の刀身を振るって叩きつけていく。打ち合うたびに炎刀は砕け、刃こぼれは酷くなっていく。
     この戦闘に気づいて様子を見にきた伊之助には分かる。この戦い、自分たちでは助太刀が出来ない。彼らの戦いが、素人目には目で追いかけられない速度で展開されているのだ。これが上弦との戦闘。あまりにも隙がなさすぎる。あの二人の間合いに入れば死ぬ、まともに戦うことすらできない。ビリビリと肌で感じる威圧感と周囲に渦巻く殺気を前に、「無理だ。入れない」と察すると伊之助でさえ足がすくむ。

    「どんなに技を磨いたところで人間は脆い!!人間が生み出す技も、生み出す武器も、生み出される意志だって!!結局全てが鬼に及ばない!!人間は直ぐには体を治せない!どんなに強かろうが限界が来るぞ、すぐ来るぞ、絶対来るぞ!今か今かと待ち侘びる死神の足音が聞こえてくるだろう!?」

     なんて傲慢な考えだろう。杏寿郎の危機を前に炭治郎は今すぐにでも支援に入りたいのに、その体が思うように動かない。慣れないヒノカミ神楽を使った事で体が既に限界を迎えていたのだ。
     相手をしている杏寿郎は満身創痍であった。折れた日輪刀だけではない。彼の得物が折れたのをいい事に、鬼の剛力で繰り出された素手による反則の当て身技によって左目を失明し、刀だけで戦うと思われていた卑鉄が繰り出した蹴りが肋を捉え、その衝撃が内臓を襲う。
     それでも立ち上がる相手に、卑鉄は“あの出来損ない”を思い出す。忌々しい、出来損ないの捨て犬を思い出してしまう。

    「だとしてもッ!!人は、人間は、他者のために己を鼓舞できる!!他者のために己を奮い立たせる事ができる!!人は想いを紡ぎ、心を繋げ、意志を託し、その絆がやがて大きな力になる!!
     俺は鬼殺隊炎柱、煉獄杏寿郎!代々受け継がれてきた炎の呼吸の使い手にして、弱きものを護る者!!俺は俺の責務を全うする!!ここにいる者は誰も死なせない!!」
    「……お前がそうやって向かってくるたびに腹が立ってくる。何でだろうな、お前を見ているとあの“出来損ない”を思い出す。
     だから早急に死ね。俺に殺され、俺の強さの証明となれ」

     刃が折れてしまった以上、次の攻撃に全てを乗せるしかない。一瞬で、多くの面積を根こそぎ抉り斬る技。どんな鋼鉄を前にしてでも、その鋼を溶かすほどの莫大な熱量を胸に。

     心を、燃やせ。


     相手の燃ゆる闘志に卑鉄は目を見開く。この男、満身創痍だと言うのにまだ立ち上がってくるのか。まだ刀を持つのか。全くもって恐ろしく愚かしい。どうしてこう、武を極める者たちは総じて諦めが悪いのか。卑鉄はタスキを外し、それで髪を結う。

    「来いよ、愚直に。テメェのその誠実な心ごとぶっ殺してやる」

     その顔には怒りが込められていた。卑鉄は誠実な人間を見ていると胸がムカムカしてならない。名前の通り卑劣な手段を好んで使う彼にとって、杏寿郎のような誠実な者ほど腹の立つ存在はいない。


    「炎の呼吸・奥義、玖ノ型 煉獄ッ!!!」

     其れは、焔の一閃。
     其れは、灼熱の一撃。
     全てを溶かし、全てを燃やし、全てを爆炎の中に取り込む。その炎は卑鉄の持つ幻想刀を溶かす勢いであり、その技の精練さが窺い知れる。炎を纏った剣撃が幻想刀とぶつかり、その衝撃で土煙が舞う。


    (……止まった?土煙で見えない……)

     少年たちが願えども。
     人間たちが彼の勝利を望んでも。
     現実は非情であった。


     卑鉄の幻想刀、金剛合金・磁場は予想外な事に折れたのではなく溶けていた。半分以上がドロドロに溶かされ、原型が無くなっている。
     しかし、杏寿郎の鳩尾に全く別の鋼が突き刺さっていた。それは成人男性の腕ほどの太さであり、その鋼は卑鉄の胴体から突き出ていた。

     『再現合金・伝承さいげんごうきん でんしょう』。それは失われた技術で作られていたとされ、確かに実在していた『ダマスカス鋼』を模した鋼。凄まじい切れ味を誇るこの鋼が人間の肉体を骨ごと断つことなど造作もないことで、それを今証明してしまった。

    「あーあー、金剛合金がお釈迦だ。また作り直さなくちゃなァ……」

     目の前にいる杏寿郎の事など眼中になく、卑鉄は右手に持っていた幻想刀を見てそう言い放った。勝敗が決したと分かった途端に態度を変えてくる。目線は先ほどまで相手であった杏寿郎に向けられていたのに、いつの間にか列車の方を向いている。

    「結局、人間はこうなるんだ。鬼に挑んで無事なわけがないだろう。どんなに恵まれて生まれようとも、どんなに選ばれた存在であろうとも。結局は“人間止まり”なのだから」

     ……『選ばれた存在』。『才に恵まれ生まれた者』。


    ❇︎ ❇︎ ❇︎

     そうであった。自分は、生まれついて人より多くの才を持ち、力を持ち合わせていた。その強さは世のため人のためにある。その力は弱いものたちを守るためにある。……これは亡き母に教わったもの。強くも儚い、母の意志。
     外見こそは父親によく似たが、気高き精神は母親譲りのものであったと思っている。だからこそ自分は折れずにここまで来た。ここまで戦い抜いてきたのだ。
     「強く優しい子の母になれて幸せでした」と貴女は仰った。俺も、貴女のような人に生んでもらえて光栄だった。貴女の教えのおかげで、最期まで俺は人のためにこの力を振るえるのだから────


    ❇︎ ❇︎ ❇︎

     己の責務をもう一度思い出せば、右手を力強く握りしめて折れた炎刀を相手の頸に深く喰い込ませた。これには卑鉄も驚きの表情を見せる。

    (この男、死の間際だと言うのにまだこんな力が残っていたのか!?何なんだコイツは、どうしてそこまで出来る!?)
    「オオオオオオオッ!!!」

     炎刀が卑鉄の頸を抉り取ろうとする。早く殺すべきだと考えた卑鉄は右手に持っていた溶けている幻想刀を逆さまに握りしめ、杏寿郎の頭部目がけて振り下ろす。しかしそれは彼の左手によって防がれ、腕を掴まれてしまう。

    (何だ、何なんだ!!何故だ!?急所を再現合金で貫かれているのに、どうしてそこまで力を出せる!?)

     そして時の運が彼らに味方をする。夜の帳が朝を迎え入れ始めた。山が白く染まり始め、日の出を直感すれば卑鉄はいよいよ焦りを見せる。喰い込む炎刀を左手で引っ掴み引き剥がそうとするも、それでもびくともしない。

    (作戦変更だ。胸部の再現合金を抜き、腕に突出させて相手の右腕をぶっ飛ばす!頸にある日輪刀さえ取り払って仕舞えば、あとはどうともでき─────!?
     再現合金が、抜けない!?)

     杏寿郎の瞳が上弦の参の頸を捉える。それは逃さないと言わんばかりの熱意、覚悟、執念、強い意志。絶対に逃してやるものかという気高き意志。

    「放せエエェェ!!!」
    「うおおおおおッ!!!」

     炎刀が進む。もう半分まで行った。あと少し、あと少しで倒せる───!!

    「伊之助動けーーーッ!!煉獄さんのために動けぇーーーッ!!!」

     炭治郎の声にハッとした伊之助は瞬時に刀を構え、技を繰り出す。獣の呼吸・壱ノ牙───

     しかし、それよりも前に卑鉄は自身の右腕を強引に引きちぎり、炎刀を防いでいた左手で刀を手折り、胸部から生えた再現合金を左手で砕いた。それは一瞬の出来事で、あと少し早ければ伊之助の攻撃が頸に届いていただろう。
     卑鉄は日陰になる森へと駆け足で入っていく。その後ろ姿を捉えた炭治郎は刀を握りしめて投擲した。投擲された黒い日輪刀は卑鉄の胴体を容赦なく貫く。

    「逃げるな卑怯者!!逃げるなァ!!!」

     ───卑怯、だと?
     俺を、“卑怯者”と言ったか?

    「卑怯者で結構!!むしろ褒め言葉だ、せいぜい悔しがっているがいい!そして強くなるが良い!!強い人間を殺すたびに、俺の武器が強いという証明になる!!
     ッハハハハハハハ!!!」

     憎らしいほどの高笑いが森の中で木霊した。




    ❇︎ ❇︎ ❇︎

    「……牡丹?」

     昼間を迎えた任務先で聞き込みを終えた狛治の元に、鎹鴉の牡丹が肩にとまる。そして落ち着いた声色で彼の訃報を伝えた。

     ……狛治の拳が強く握られる。

    『…………』
    「……上弦の、参……」

     上弦の鬼は強いと聞くが、あの炎柱でさえ勝てない程なのか。強く噛み締めた唇から血が滲み出る。

    『上弦の参、卑鉄……。何故だ、何故こんなにも……憎い。奴の名前を聞くたびに湧き上がるこの不快感は、なんだ』
    「……それがきっと、お前の“許せない”って気持ちなんだ。俺もその鬼を許せない。けれど、お前が感じている怒りはお前のものだ」
    『“怒り”……』

     ……ただの鬼だと思っていた。狛治がなるはずだった鬼の残骸だからこそ、何も残っていないと思っていた。確かに残っているものは少なかったけれど、狛治と共にいると新しいものを大切にする事ができる。新しいものが手に入っていく。この怒りもまた、穴だらけの心を埋める要素ならば……。

    『卑鉄……その名、確かに覚えたぞ』

     猗窩座は、そう噛み締めるように呟いた。伽藍堂の鬼の肉体が、ようやく意味を見出せた。何も、杏寿郎の仇を討つだとかそう言う話ではない。そういった役割は炭治郎がしてくれるだろう。
     卑鉄という鬼の名前を聞いた時、胸の内がざわついた。その鬼とは何かしらの因縁があるのだろう。上弦の参、卑鉄は……俺と狛治の手で決着をつけたい。

    「……行くぞ。俺たちも、もっと強くなるべきだ」
    『ああ……そうしよう』

     自分達の強さを、猗窩座の有用性を承認してくれた彼が逝ってしまったのは悲しい事だが、立ち止まるわけにもいかない。怒りの感情の中に、ツンとくるような痛みを感じた猗窩座はそれが「悲しい」という気持ちだと気付けず、鬼の体故に涙が出るだとか目頭が熱くなるだとかは無かったが、それを狛治が代行していた。街の往来で涙が出てくるのは少し恥ずかしいが、それでも悲しんでしまう。
     ……いや、悲しんで良いのだろう。その後にまた立ち上がって前に進めば良い。狛治は涙を拭い、往来を進んでいった。
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