永遠に失恋する話 桜葉は逃げ延びた研究員を捜し出し、皆が寝静まった夜、眠る研究員を静かに殺した。自分が真に人間で無いことがもし言い振らされると平和な生活が終わってしまうのではないかと恐れたからだった。
机の上に見つけた研究員詳細名簿を何の気なしに読んでいると、そこに紅雪の詳細を見つけた。
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施設研究員 紅雪
XXXX年XX月XX日加入
加入時母親の死体を持参。母親の遺伝子を使用した実験を条件に母親の死体を寄付。
【研究成果】
キメラ技術の開発、汎用化。生産難度が低く、丈夫な験体の入手が容易になった。
こいつだ!!こいつが研究所を焼いた!龍の少女を連れて逃げた!!今は一人だから無理だがいつか俺の他に生き残りを見つけたらこいつは殺人鬼だと世間に広めてやる!!!
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読み進める打ちに真っ青になった桜葉と真っ青になった死体のある部屋にゆっくり紅雪が入ってきた。
「あぁ、読んでしまったんだね」
「紅雪・・・・・・・?」
研究員名簿から顔を上げた桜葉は震えながら紅雪を見る。
「これは・・・・・本当なの?」
「・・・・・ふふ、そうだよ」
真っ青な桜葉の頬に愛しげに指を沿わせて紅雪は囁いた。
静かな問答が始まった。
「紅雪は・・・研究所に入る為に紅雪のお母さんを殺したの?」
「そうだよ。僕の母さんは、父さんに捨てられたんだ。父さんによく似た顔の僕は、そりゃあ母さんにとっちゃ嫌なものだっただろうね」
「何でわざわざお母さんを殺したの!?紅雪ほど頭がいいならそんなことしなくてもいいでしょ?」
「そうだね、僕は賢いからそんなことしなくても入れただろうね。・・・でもね、僕は本当の母さんが欲しかったんだよ、桜葉。」
「紅雪の本当のお母さんは紅雪のお母さんでしょ?何を言っているの?」
「僕を愛してくれないなら、それは僕の本当の母さんじゃないんだよ。僕は研究所で母さんにそっくりで僕と同じ『混ざりもの』を、僕を愛してくれる本当の母さんを作りたかったんだ」
「『混ざりもの』・・・・それは、私や睡蓮や焼けて死んだみんなの、『キメラ』のこと?」
「ふふ、そうだよ、よく分かってるね・・・。やっぱり純粋な人間であるよりも他の生き物が混ざってるって共通点があった方が家族っぽいからね」
「じゃあ私たちが生まれて・・・痛い目に遭ったのは。紅雪が始めたことなの・・・・・・?」
「そうとも言えるね。僕が作ったヘンテコな形の生き物達は研究所にとっても使いやすい験体だったからね、いい技術を産み出してくれたって僕は褒められたよ。すぐに普及した。だから僕には母さんの顔が作れなかったけどね桜葉、君みたいな完成体を誰かが巧いこと作ってくれたんだよ・・・・!誰かは知らないけど感謝しているよ」
月明かりに照らされて微笑む紅雪は美しい妖精の顔をしていた。
月明かりを背にして立つ桜葉の青ざめていた顔がさっと紅潮した。
「じゃあ!!!!!!!紅雪は、私たちを無駄に生んで!!!!!痛い目に遭わせて!!!!!!沢山殺して!!!!!!私の!!!!!私のお母さんも殺していたの!?!?!?」
怒りに叫び、眉をしかめて頬をなぞる紅雪の手を振り払う桜葉に紅雪は肩を竦めて言う。
「そうだね、桜葉の遺伝子上の母さんを殺したってことにもなるかもね。そう、母さんの顔が生まれるまで生み続けた。母さんの顔じゃないなら知らない、痛い目に遭うなら遭えばいい、死ぬなら死ねばいい。僕の理想の母さんが生まれるなら全部それでいいんだよ。」
「お陰で僕は、僕を愛してくれる母さんに出会えたじゃないか。・・・・・ねぇ母さん?」
桜葉に話しかける紅雪の目は、桜葉を捉えていながらも違うものを見ているようだった。
「・・・・・私は、私は桜葉だ・・・・・。紅雪のお母さんじゃない。」
紅雪の目を睨み付けながら桜葉が呟く。
「紅雪・・・・・・・。私は。私はもう君を好きだとは・・・・・思えなくなってしまったよ・・・・・・・・。」
ひらり、と手を振って紅雪は言う。
「あぁ、僕は君にそんなことは頼んでいないよ。」
桜葉に歩み寄り、呆然と立つ桜葉の背に手を回して固く抱き締める。
「僕を愛して・・・・。恋なんかしなくていい。母親は子供に恋なんかしない。ただ僕を大切にして、愛してくれたらよかったんだよ。母さん、ねぇ母さん、僕を愛してくれる?」
紅雪の腕の中で立ち尽くし、桜葉は言葉を絞り出す。
「・・・・・・・・・・・無理だ。私は桜葉だ。紅雪のお母さんにはなれない。もう恋だって愛だって・・・・紅雪には出来ない。」
消えそうな声が落ちる。
「紅雪のことが嫌いだ。憎い。」
「・・・・そうか・・・・・」
紅雪の手が動いた。桜葉の背中に短剣が突き刺さる。桜葉とは違う誰かを見て、紅雪が言う。
「母さん。僕が前殺した時も憎いって言ってたね・・・。そうだ。ねぇ。ゆっくり殺したら、心変わりして僕を抱き締めてくれるようになる?」
「・・・・・・・っっ」
危険を感じた桜葉が紅雪の腕から逃げようとするも、紅雪は固く固く抱き締めて離さない。
「ねぇ母さん。ゆっくり、ゆっくり待ってあげる。僕を愛してくれるまで待ってあげる。ねぇ、死んでしまう前に僕を愛して。僕を抱き締めて。」
短剣をゆっくり抜き、また力一杯背中に刺す。
「うが・・・・・・・・。・・・・やめろ、やめ、て・・・・・・・・離せ」
桜葉の右腕が動き、片手斧を腰から取る。
「母さん!!!!また僕を殴るの???やめて!!!!!もう僕、母さんに殴られたくないよ!!!!!やめてよ!!!!!」
怯えた幼い子供のように叫んだ紅雪は短剣を力一杯抜いて桜葉の右腕を突き刺す。
「う゛・・・・・・・・・・・・・・」
痛みに桜葉が片手斧を取り落とした。力なく垂れた桜葉の右腕を紅雪の左腕が絡め取る。
「ほら、手を繋ごうよ、手を繋いで大好きって言ってよ母さん」
言ってよ早く、という無邪気な言葉と共にまた桜葉の背中に短剣が突き刺される。桜葉は小さな呻き声を上げた。
失血のせいで力の入らなくなった桜葉の体が紅雪に凭れかかる。
「あ、母さん!僕を抱き締めたくなった?好きになった?今度こそ愛してくれる?」
「・・・・・・・・・・・憎い。みんなを、おかあさんを・・・・殺したお前が・・・・・・にくい・・・・・・。ずっと・・・・・・・私を騙して・・・・・・・・・・」
少しずつ呂律の回らなくなってくる口から桜葉が呟く言葉を聞いて美しい紅雪の顔が醜く歪んだ。
「・・・・・・・・・・やっぱり母さんは!!!!!いつも!!!!僕を愛してくれないんだ!!!!!!!!!!」
叫ぶような悲痛な掠れ声を上げて紅雪は無心に桜葉の体を刺し始めた。暫く経って部屋に響く呼吸音が一人分になった頃には、返り血に染まった紅雪と彼に凭れたままの桜葉の亡骸があった。
「あぁ・・・・・・・・・母さん。僕に笑いかけてくれる母さんは次いつ出来るんだろうね」
そう言って血溜まりに座り込み、桜葉の亡骸を仰向けて膝枕し、綺麗なままの顔を覗き込む紅雪の表情がふと険しくなる。
「母さん、ねぇ母さん。僕、何で今苦しいんだろう?」
自分の母にそっくりな桜葉の顔を血まみれの手でなぞりながら呟く。
「前、母さんを殺した時は、こんな気持ちじゃなかったのにねぇ。」
「ねぇ母さん、どうしてこんなに、心に穴が開いてるんだろう。」
「・・・どうして寂しいんだろう。」
「・・・・・ねぇ桜葉。心が痛いんだ。」
無表情だった紅雪の顔がふと笑顔になる。
「・・・・・・・・・・・・あぁ、これが、恋だったのか」
「僕は。母さんへの愛だって思ってたのに。桜葉、君に恋をしていたんだ。」
「はは、これが、失恋か。桜葉。辛いね。桜葉もさっきまでこんな気持ちだったのかな。」
「・・・・あぁ・・・・・・・・・・・」
深い溜め息をついて紅雪は自分を嗤いながら顔を上げた。
「次は、桜葉。君にしよう。僕は、君を作ることにするよ。愛してあげるから。待っててね」
こうしちゃいられないね。と立ち上がった紅雪の膝からずる、と桜葉の亡骸が床に落ちた。