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    ばったもん

    ワヒロと浅桐さんと戸浅が好きです。

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    ばったもん

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    【始まりの春】第三話
    (2021.05.16)

    #ワヒロ##戸浅##始まりの春

     崖縁工業名物の大量宿題と格闘していた宗一郎は、ペンを置いて大きく伸びをした。
     時計を見ると、あと一時間と少しで今日という日が終わろうとしている。そろそろ寝ようと参考書やプリントを片付けていると、着信を知らせるメロディが控えめに流れ始めた。
     手に取って相手を確認すると父だった。学校が始まってから、一度電話が有って様子を聞かれたが、そのときからまだ半月も経っていない。宗一郎は何かあったのかと少し緊張して通話ボタンを押した。
    「はい。宗一郎です」
     電話の向こうではTVの音らしき雑音が聞こえていた。

    『……ねぇ、慶二郎さん。これ、どうしたらいいの?? え? どのボタン? 受話器のマークが二つあるの』
    『ん? もう通話ボタンは押してあるよ? 呼び出し音が鳴ってるはずだが……』
    『え? そうなの? …… やだ。……ねぇ。何も聞こえないわよ?』
    『見せてごらん。……ん? もう繋がっているな』

     そんなやりとりが遠くに聞こえて口元が緩む。宗一郎の母は携帯電話を所持していない。本人は専業主婦なので家の固定電話だけで不自由は無いと言うが、この手のガジェットにはめっぽう弱いというのも一因だと宗一郎は知っている。
    「母さん。もう繋がっているよ」
     声をかけてみると、向こうで慌てた気配がした。
    『宗一郎? 聞こえてるの??』
    「あぁ。聞こえてる」
    『あなた、ご飯ちゃんといただいてる? 叔母さんが心配してたのよ。高校生の男の子ってどのくらいご飯食べるのかしらって、遠慮して無い?』
     矢継ぎ早な母の声が少し懐かしい。
    「あぁ。大丈夫だ。叔母さんがいつも沢山用意してくれてる。美味しいから遠慮したくても出来なくて食べてしまうよ。こっちで少し重くなったくらいだ」
     叔母は宗一郎の為にアスリートも満足する様なバランスの良い食事を作ってくれる。それは味も量も申し分無く、宗一郎の体重はここへ来て少し増えたが、体型は緩むどころか締まってきているので筋肉量が増えたのだろう。
    『そうなのね。良かった……』
     ほっとした母の声はその表情さえも宗一郎に伝えてくる。その後は、学校で友達は出来たか、衣服は足りているか等のたわいない質問攻めに遭ったが、宗一郎は母の質問に一つずつ丁寧に答えた。
     しばらくそんなやりとりを続けていたが、質問のネタも切れたのだろう。母の言葉に少しだけ空白が生まれた。
    『……叔母さんのお手伝いをしてあげてね。じゃあね。お父さんに代わるからね』
     そして、少しの押し問答が遠くに聞こえ、父の声が近くなる。
    『……宗一郎』
    「あぁ」
    『あまり夜更かしをしない様にな…… おやすみ』
     父の言葉は、寝ようと用意していた時間帯にそちらから電話を掛かけてきたはずなのだがと少し可笑しくなったが、宗一郎は素直に頷いた。
    「もう寝るよ。おやすみなさい」
     通話終了のボタンを押し、部屋の電気を消してベッドへ入る。
     目を閉じればすぐに睡魔がやってきて意識が揺らぐ。こんな時間に掛けてきた母からの電話が、それほど緊急な用事では無かったなということや、前回の電話の時も今も、宗一郎のヒーロー活動について父母からは何も聞かれなかったなと心に浮かぶ。
     宗一郎に白星第一付属で候補生になるよう勧めたのは父だった。

    「まだどこのヒーローになりたりという目標が無いなら、白星はどうかな」
     そんな風に聞かれた時、宗一郎にはヒーローになりたいという思いは有っても、学校による特色の違いなどは理解していなかった。何故白星なのかと問う宗一郎に、父は少し悪戯っぽい表情を作ってそっと教えてくれた。
    「あそこはヒーローの名門高なんだ。『息子が白星でヒーローしてます』って言うと仕事でも都合がよさそうだろう」
     大人の仕事に、自分の選ぶ学校がどのくらい影響するのかは幼い宗一郎には推し量れなかったが、せっかくなら父が自慢出来る様に頑張ろうと思って白星で候補生になった。
     だが今は、白星を出て崖縁に居る。
     崖縁へ進学したいと申し出た時、父は「そうか」といつもの様に笑ってくれた。
     自宅よりも通学に便利だと、叔父に頼んで下宿させて貰える様に計らってくれたのも父だった。母は家を出なくてもと寂しそうだったが、それでも宗一郎の為に用意をしてくれた。
     懐かしく思い出してふと気付く、候補生の頃は毎日の様に父母から様子を聞かれていたのだが、宗一郎が崖縁への進学を決めたくらいから両親は宗一郎のヒーロー活動について触れなくなった。
     やはり、両親は宗一郎に白星でヒーローになって欲しかったのだろうか……
     そのことを深く考えるより先に睡魔に引き込まれ、宗一郎は深い眠りの淵へと落ちていった。


     ◇ ◇ ◇


     桜の緑が爽やかな風に揺れる。
     時折少々強く吹く風に砂が舞うグラウンドで、宗一郎は小さな影を追い回していた。
     浅桐が制作したウサギ型のロボットは、訓練用のグラウンドをぴょんぴょんと縦横無尽に跳ね回る。
     ウサギロボが逃げるパターンはそう多くは無い。まっすぐに追えば右に、右から追えば前へ、左から追えば上へ、跳ねた所へ手を伸ばせば左へ、イレギュラーはあるが概ね逃げる方向は決まっている。宗一郎は詰め将棋の様にウサギロボを追い詰めていった。
     最終的にウサギロボは逃げ場を失えば反撃してくる。その反撃が何度も宗一郎をひるませていた。いや、反撃そのものの攻撃力は高くは無いのだが、なんというか…… 精神的ダメージが大きい。
     追い詰められたウサギロボの両目が輝きを増し、宗一郎は気を引き締める。その両目にはホログラフを投影する機能が仕込まれていて、追い詰め様とする宗一郎の目の前に、子猫や子犬なのどの小動物や子供や老人の姿を写し、おびえた様子で宗一郎を見るのだ。うるうるとした瞳に見つめられると非常に捕まえ辛い。流石に、宗一郎が花壇で栽培していたパクチーが現れた時は驚きを通り越してずっこけてしまった。
     ホログラフといえども、どうにも手を出し辛いが映像が映し出されるまでの時間はこれまでの経験で掴んでいた。今度こそ映像を映し出す前に捕まえる。
    (何が来ようと獲る!)
     ウサギロボのカメラアイに光が満ちる。心中に身構え、素早く手を伸ばした宗一郎の目の前に……
     ふくよかな胸の谷間を強調する姿勢でキス待ち顔の美少女が現れ、宗一郎が伸ばした手は彼女の胸元に突っ込むような形になってしまった。
    「ぅわっっ!? す、すまな……」
     あまりの出来事にホログラフということも忘れて、謝りかけた宗一郎の顔面にウサギロボの蹴りが見事にヒットした。

     強烈なダメージに宗一郎はすぐには回復出来なかった。蹴られた顔面を手で押さえているのは、痛みよりも、心理攻撃に赤くなってしまった顔を隠すためだ。自分でも奥手だという自覚はあるが、グラビアなどには積極的に興味を示さない宗一郎といえど、いきなり目の前に女体の神秘を突きつけられれば、ひるんでしまう程度には思春期なのだ。
    「っぷ ……くくっ」
     控えめな笑い声が聞こえ、宗一郎は振り返った。
     いつからそこに居たのだろうか、グラウンドの端に宗一郎でさえ見上げる程の大男が立っていた。宗一郎と同じように口元に手を当てているのはどうやら笑うのをこらえてくれているらしい。
     目が合うと、男は申し訳なさそうに息を整えた。
    「……貴男は?」
    「笑ってすまない。僕は今年の卒業生だ。勅使河原蒼生(てしがわらあおい)ヒーローをやっていた」

     風が無人のグラウンドに砂埃を舞わせる。
     グラウンドの隅にある日除け付きベンチで、汗を拭いてスポーツドリンクを飲む宗一郎の隣で、勅使河原はウサギ型ロボットを興味深そうに細部まで見ていた。
    「ずいぶん面白い訓練をしていたが、何の訓練なんだ?」
     先ほどの様子を思い出したのか、勅使河原はまた口元を抑えて笑いをこらえている。落ち着いた雰囲気の男だが、案外笑い上戸なのかもしれない。
    「俺の強化部位を使う為の訓練です」
     宗一郎の返答に、勅使河原は少しだけ目を丸くする。先ほどの訓練がどの強化部位を使う為のものなのか想像出来なかったのだろう。
    「あの訓練で何を鍛えてるんだ?」
     そう聞かれ、宗一郎は考え込む。浅桐は訓練クリアの条件しか言わなかった。あとは自分で考えろということなのだろうと受け止め、答えは訓練の中で見つけようとそう思っていたのだが、いつの間にか半ば忘れかけていた。
    「俺の…… メンタル。ですかね」
    「ぶふっ!」
     宗一郎の言葉に勅使河原はまた吹き出して、慌てて口元を抑えた。息を殺して小刻みに肩を揺らしている。
    「我慢せず笑ってください」
     大男が笑いをこらえて苦しそうにしている姿が気の毒で宗一郎がそう促すと、勅使河原は首を振って大きく息を吸い込んだ。何度か深呼吸して無理矢理笑いの発作を押さえ込む。
    「はぁ……すまない。僕はどうも笑いのツボが浅いらしい。相棒にも良く揶揄われる」
     勅使河原が何気なく言った『相棒』という言葉が、宗一郎の口元を綻ばせる。
    「羨ましいですね。……俺はまだ浅桐の隣にも立てていないんです。俺はまだ崖縁のヒーローになれていない」
    「何故だ? 崖縁でヒーローをすれば崖縁のヒーローじゃないか?」
     不思議そうに勅使河原に聞かれ、宗一郎は初出動の日に浅桐に言われたことを話した。お世辞にも話が上手い訳では無い宗一郎の言葉を、勅使河原は根気よく丁寧に聞いてくれた。
    「なるほど…… そういう話か。浅桐らしい拘りだな」
    「浅桐を知っているんですか?」
     驚く宗一郎に勅使河原は軽く頷いた。
    「別に不思議は無いだろう? 浅桐は去年から崖縁の登録技師だ。僕達も世話になった。……それにしても、崖縁のヒーロー…… か」
     崖縁のヒーロー。そう言った時、勅使河原の目は遠くを見ていた。それは今目の前を見ているのではなく、彼が肌で知っている崖縁のヒーロー達を思い出していたのだろう。
    「そうだな、僕も多くの先輩達を見た訳じゃ無いから、あくまでも僕個人の感想だが…… 崖縁でヒーローをする人達は皆、良くも悪くも『技術屋』なんだと思う」
    「技術屋…… ですか」
     その言葉を具現化した様な人物を宗一郎は一人知っている。
    「君が誰を思い浮かべいるかは解る。彼は天才で技術屋だ。だが、技術屋は皆、彼の様な天才でなければならないというわけじゃない。僕が言う技術屋という人達は……」
    「最善を疑う者」
     不意に現れた第三者の声に、宗一郎は驚き、勅使河原は親しげに笑いかけた。
    「メンテは終わったのか? 恭平」
    「あぁ。流石、真大のメンテはサイコーだ」
     グルグルと左腕を回して見せながら、恭平と呼ばれた青年は人なつこそうに笑って宗一郎の隣へどっかりと腰を下ろした。
    「春邦恭平(はるくにきょうへい)だ。そっちのデカイヤツの相棒」
    「戸上宗一郎です。よろしくお願いします。春邦さんは強化利用者なんですか?」
    「よろしくな。宗一郎。そ、こ~んな小っせぇ頃にイーターに襲われて左腕がほとんど動かねぇの」
     宗一郎の質問に、恭平は満面の笑顔と共に親指と人差し指で五センチ程の幅を作った。流石にそのサイズではまだ生まれて無いだろうから、彼流の冗談なのだろう。
    「んで、技術屋がなんだって?」
     勅使河原が今までの話の流れを簡単に伝えると恭平は面白そうに笑った。
    「なるほど、なるほど。崖縁のヒーローは技術屋か。面白い見解だ。確かにいろんな人が居たよ。武器のカスタマイズに命を賭けてる人や、イーターの研究がしたいからと消えちまう前に肉片を採取しようと特攻していく人。強化した人体の可能性を追求する人……」
     その人を思い出しているのか、恭平も勅使河原も懐かしそうに笑う。
    「俺が思う技術屋ってのはさ。今現在、最善って言われているコトを常に疑ってる連中なわけよ。技術屋が今の技術や結果に満足して疑問を持たなければ、技術の進歩が止まっちまうからな。どいつもこいつも自分が得意とする分野で、常により良い結果を探求せずにはいられないって奴らだよ。よりよい未来の為にね。校歌にもあるだろ『技術が未来を作り、工業が理想を創る』ってさ」
    「それが、崖縁のヒーロー……」
     自分はそんな風に最善な何かを追求した事があっただろうかと考え込む宗一郎を先輩二人が好意的に見てこっそり目を見交わせた。
    「……ところで、これを使って訓練するという戸上の強化部位はどこなんだ?」
     勅使河原がウサギロボットを片手に問いかけると、恭平が目を輝かせてウサギロボットを勅使河原の手から取り上げた。
    「心臓です」
    「心臓」
     二人が異口同音に驚きの声を上げる。恭平はせっかく奪い取ったウサギロボットを落としそうになって慌てて受け止め、先輩達は顔を見合わせた。
    「難しい部位だな」
     勅使河原が驚きと感心が混ざる声で呟いた。
    「……難しいんですか?」
     驚く宗一郎を見て、先輩二人はまた顔を見合わせる。口を開いたのは恭平だった。
    「宗一郎は人体強化についてどのくらい詳しい?」
    「まだ、授業程度です」
    「んじゃ、まだまだ入門編ってとこか。心臓の強化って実は結構歴史有る技術って知ってる?」
    「浅桐から聞きました」
     それじゃぁ、と恭平はその辺にあった棒を使って地面に人の身体らしきラインを描いた。人体だと推測出来るのだから少なくとも宗一郎よりは絵心が有りそうだ。
    「俺の強化部位は左腕。勅使河原は腰だった。んで、真大は脚。三人の強化部位の共通点は? 宗一郎の強化部位との違いでも良い」
     カリカリと地面を掻いて書き加えながら、恭平が宗一郎に質問する。宗一郎は恭平の描いた人体図らしきもの見て考え込んだ。腕に腰に脚、それぞれに役割が違う部位に共通していて、宗一郎の強化部位である心臓との違いは……
    「……自分の意思で動かせる」
    「正解」
     できの良い後輩に恭平がにんまりと笑った。
    「心臓ってのは自分の意思で動いてる訳じゃ無いだろ。だから、民間で使用されてる心臓の強化は、弱った心臓の機能を強化する為に利用者の意思に関係なく常に稼働してる。ここまではOK?」
     宗一郎が頷くと、恭平は腕を組んだ。数秒ほど難しい顔で考えていたが「おそらく……」と再び口を開いた。
    「……宗一郎の強化部位は普段は動いてないのが正常なんじゃねぇかな。……元気な心臓をさらに強化した場合、常時動かしても血圧が高くなるだけでこれといったメリットは無いと思うぜ。……動く為の条件設定、トリガーみたいなもんが有るのかもな。真大の事だから条件設定は単純じゃないだろうしな。で、これはタブンだけどその条件のヒントが宗一郎が『崖縁のヒーロー』になること。なんじゃねぇの?」
     宗一郎は無意識にトレーニングウェアの胸元を掴んだ。今だって宗一郎は形式的には崖縁のヒーローのはずだ。ここ数日トレーニング用と渡されたウサギ型ロボットを追い回してみたが、どうすれば浅桐の言う『崖縁のヒーロー』になれるのか、まだ見当も付かない。
    「……それにしても、心臓か…… 戸上はずいぶんと浅桐に……」
     感心した様に呟く勅使河原の声が遠い。
    「見込まれているんだな」
    「見込まれてんなぁ」
     重なる二人の声に、宗一郎は驚いて顔を上げた。

     ◇ ◇ ◇

     日はずいぶんと長くなり、グランドを使える時間は長くなった。
     あの後、先輩達が知っている崖縁の歴代ヒーローの話を聞かせて貰った。先輩達が帰った後も、宗一郎はウサギロボを追い回したが、結局、今日も成果は出せず、宗一郎は電池切れで活動停止したウサギロボを抱えてラボへ向かって歩いている。
    「見込まれている…… か」
     宗一郎はそっと胸元に触れた。この中にある強化パーツはこうして触れても宗一郎には解らないが、ここに残る手術痕と同じように確かに有る。どういう条件で動くのか、それはまだ宗一郎には解らないが、宗一郎なら動かせると見込まれてたのだと先輩達は言ったが、それが本当なら、宗一郎はずっと浅桐の期待を裏切っている事になる。
     ラボが近づくにつれ、宗一郎の足取りは重くなっていく。
     何故か昨夜の電話を思い出した。父母はやはり自分に白星でヒーローになって欲しかったのだろうか……
     今、崖縁に居る自分は誰の期待にも応えられていな……

     ガンッ!

     勢いよく開いたドアの直撃を受け、宗一郎はそのまま真後ろへ倒れた。

     乾いた風が心地よく頬を撫で、宗一郎の意識は水底から引き上げられる様に戻ってきた。チャイムの音が遠くに聞こえる。
     起き上がると、額から氷嚢が落ち、膝の上でまだ氷の残る水っぽい音を立てた。
    「や~っとお目覚めか? ぼ~っと扉の前に突っ立って何考えてた」
     聞き覚えの有る声に視線を向けると、浅桐が自分専用の作業机から宗一郎を見ていた。いつも通りの笑顔がひょいと立ち上がり、数歩で宗一郎が寝ていた施術台の傍らに立つ。浅桐の肩越しに窓の外を見ると、もうとっくに日は落ちてしまったらしい。
    「……あぁ。その…… いろいろ、な」
     すっと浅桐の手が宗一郎の額に触れた。同時に後頭部にも浅桐の手が添えられる。少し驚いたが浅桐の少し冷たい手が心地良かった。
    「……後ろ、コブになってんなぁ。冷やしとけよ」
     アイシングシートを手渡され、離れていく手を少しだけ残念な気分で後頭部を押さえる。
    「浅桐……」
    「ん~?」
     少し上の空で応えた浅桐は宗一郎の怪我の状態を観察しているようだ。
    「……俺は、お前の期待を…… っ!」
     言いかけた宗一郎の口元を浅桐の細く長い指が塞ぐ。
    「ま、焦んじゃねぇよ。お前はオレと違って天才じゃねぇんだ。凡夫が焦って出した答えなんざ、だいたいはクソだ」
    「そ…… そうか。そう、だな」
    「ほら、こっち向け」
     顎を捕まれて顔の向きを変えられる。こめかみのあたりに傷が有ったらしく、液体傷薬を吹きかけられた。
    「……浅桐」
    「あ~ん?」
     脱脂綿で丁寧に傷口を拭い、ぺたりと絆創膏を貼ってくれる。
    「浅桐のご両親は、ヒーロー活動についてお前に聞く事はあるか?」
     そう聞いてみると、ほんの一瞬、浅桐の動きが止まった様な気がしたが、気のせいかもしれない。
    「……うちの連中は、今更オレがやることにどうこう言いやしねぇよ」
     いつもの調子でそういうと、浅桐は立ち上がって自分の作業台へと移動した。宗一郎からは浅桐の白衣の背中しか見えない。作業台のPCを操作しながら、今度は浅桐が聞いてきた。
    「宗一郎。ウサギの訓練はどうよ」
    「……追い詰める所までは行くんだが、まだクリア出来ていない」
     あまり聞かれたくは無かったが、聞かれてしまった以上は正直に言うしかない。
    「ふ~ん…… どう捕まえようとした?」
     宗一郎はウサギロボが逃げるパターンを逆手に追い込んでいった事、最後は心理攻撃にひるんで返り討ちに会う事を話した。話す内容も自分の説明下手にも情けなくなってくる。だが、嘘をついては浅桐の分析を邪魔してしまうだろう。それはきっと宗一郎にとっても良い事では無い。
    「おいおい。まさか、真っ向から体力勝負してんのか? ……ま、それもアリっちゃアリだが……」
     楽しそうに笑った浅桐の指先がトントンっと作業台を叩く。
    「よ~し! まずは一つずつ片付けるとすっか。宗一郎。明日の課題だが……」
     くるりと振り向いた浅桐は、先の尖った歯を見せてニヤリと笑った。

    《つづく》
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