アフターpm4:00 年に数度あるファンフィクションを集めた祭典。コミックマーケット。
私は何故か社会人になってからこの祭典に、個人スペースの手伝い、つまり売り子と呼ばれる者として毎回学生の頃の先輩である五条悟に呼ばれている。
漫画は読むし同人誌も嗜む。
だが自らサークル側としての参加は、学生のうちだけで辞めた。辞めた理由は「推しが死んだ」からだ。
のめり込んで作る同人誌にかける熱量は自身の人生を左右した。数ヶ月喪に服した。
そのまま足を洗うつもりでいたが、先輩の五条さんが「お前さ、手伝ってよ」という声に、ジャンルの現在がどうなっているのかも気になった私は了承した。
すると推しは死んだが、「もしも」の世界や推しを救おうとするファンフィクションに溢れた作品の数々が広がっていた。目が覚める思いがした。
そうだ。私が、私たちが忘れない限り推しは死なないのだ。
会場の雰囲気。キラキラした顔で本を求める人々の幸せそうな顔。
私はまた売り子として、サークル活動に戻った。
「次アンソロのノベルティが会場搬入だからスタートまでの間にグッズセット作らなくちゃならないんだよね〜」
五条さんからの次のイベントに関するメッセージを受信した深夜。
「それ何セット作るんですか? あとセット内容は?」
「500セット。内容はTシャツ、靴下、ポストカードとあと肝心の本をノベルティのバッグに突っ込むよーん」
よーん、じゃない。
500。
500……?
何故そんなに作った。
サークル入場は8時。開始は10は時半。
時間通り入場して、開始10分前には設置とノベルティセットの完了をせねばならない。
「500セットですね。分かりました。本の頒布数は?」
「600。そこから500セット作って、100は本のみの頒布。セットも余ったら通頒に会場から直接ぶっこむ」
言うのは簡単だがやる方はたまったもんじゃない。
「だーいじょーぶ! 僕最強だから家に届いた在庫はちゃんと数えたし、頒布額も五百円単位にしたから〜」
「実際に500確実にあるのか数えなくはならないでしょう。そして取り置き分もあるのでは?」
「さっすが七海〜。当日サークル参加するやつら限定で昨日までの取置き170来ちゃってさぁ」
「は?」
「正確には174」
「嘘でしょう?」
「だからもう締め切った!」
数えるものが増えれば、こちらも効率を考えなくては、ままならない。
「ま! 当日あとはよろしく!」
そう言って五条さんはメッセージを切り上げた。
多分あれは今回とは違うが締切が近い原稿が終わっていないのだ。
いくらショートスリーパーで三時間で睡眠が足りようと、今回のアンソロだって寄稿はないのだ。
そう、五条悟一人アンソロジー、364ページである。最強の同人屋はイカれている。
私は当日までの間、シミュレーションをした。
ポスタースタンドのレンタル場所、搬入経路の想定、在庫の発送。あらゆる緊急事態。列整理と最後尾札、列途中札をお願いする並び数。
そして売り子として必要なもののリスト確認する。
サークルチケット、財布、スマホ、スマホ充電バッテリー、飲み物、本(サークル側の場合/あれば)、おつり(サークル側の場合)、あの布、ゴミ袋、ガムテ(養生テープ)、マスキングテープ、ボールペン、油性マジック、ハサミ、カッター、中綴じ用ステープラー、スケブ、エコバック、差し入れ、アルコール消毒、金銭やり取りトレイ
当日はこれらを建築関係者が腰に付ける腰袋に全て入れ対応する。
あとは睡眠をよく取り戦いに挑むのみ。
前日になって五条さんからもう一度メッセージを着信した。
「当日、僕が最近見つけた面白い相互くんが一緒に入場するから、まぁもう一人いるってこと覚えておいて」
彼はジャンル内に相互を作らないのが主義だったはずだが。
「わかりました」
迎えた当日。
件の会場の駅を出てすぐ、ひときわ身長が高く、銀髪にサングラスの人間を発見する。五条さんだ。
その横に五条さんより頭ひとつ低い桃色の短髪の青年が登山用と思われる大きなリュックを背負いソワソワしているのが見えた。
「あ、なーなみ〜!」
「おはようございます。五条さん」
「おっはよー。今日もよろしくー。悠仁、紹介するね、1級売り子の七海くんでーす」
そう言って私の肩に手をかけ横の青年に、先に何者かを諭した。
いやまず1級売り子とは。
「ただの年季の入った売り子なだけですよ。七海です。本日はよろしくお願いします」
私の訂正に桃色の短髪の彼は目を輝かせている。何故。
彼も自己紹介をする。
「はじめまして! 虎杖悠仁です! 五条先生から色々聞いて、今日は手伝い兼勉強させてもらいまーすっ! よろしく七海先生!」
「私は何も出展していませんし先生でもありません」
「じゃぁナナミンで良い⁉︎」
この名付けた人間を引っ叩きたくなるような名前は私のハンドルネームだ。
「……そちらでお願いします」
「よろしく!」
私のふざけたハンドルネームは、自分から離れたイメージを持つほうがSNSの場では似合っていたからで、深い意味はないが、ナナミンさん、と呼ばれることはあれど呼び捨てなのは多少距離感として戸惑う。
が、
表情には出さない。
入場時間ぴったりに会場入りすると設置ホールのポスタースタンドのレンタルを五条さんに促し、先に割り振られたスペースへ移動する。
共についてきた虎杖君は「え」と声をあげた。
分かる。
私も初期には五条さんの壁サークルを舐めていた。フォークリフトがいるのではないかと思う巨大段ボールの山。ざっと見て20箱ほどだ。
「これ……これ全部今から……やんの?」
虎杖君は息をのんでいた。
私は荷物を置き、その中から売り子の腰袋を出しベルトを装着する。
「そうです。私は毎回これを全て倒してきました」
腰袋からカッター(大)を取り出し握る。
「既に8時8分。10時20分には終わらせます。気張っていきましょう」
「おっおう‼︎」
全てのノベルティの納品数の確認をし終わったのが8時46分。そこからTシャツ、靴下、本、ポストカードの順番にバッグに詰める。横で見ていた虎杖君はこの流れ作業に大変なやる気を出し、且つ手際が良かった。
詰めながら聞けば亡くなった祖父の内職を手伝っていたのだという。
10時を回ったところで五条さんが加わり、取置きの174セットを空いた段ボールに規則的に詰め、壁に押しやる。
開場前作業は10時20分に終了。予定通りだ。既にサークル参加組が頒布開始を待つように列を作り出していた。
「虎杖君。頒布の列は」
「2列もしくは3列で10組並んだら途中札」
「よろしい」
途中札と最後尾札を持った虎杖君はスペースから出て列整理を始めた。通る声と、とんでもない人懐こさによってトラブルなく列を捌いている。良い子だな。
……は?
「良い子だろ? 悠仁」
隣に並ぶ五条さんがサングラスを少し下げてわざと私に顔を覗き込む。
「そうですね。伝えたことは効率も考えつつ動いていますし。……あなた、何故相互なんですか?」
「悠仁はさ、全然何も描かないの。小説とかも一切書かない。けどどの人の作品にも読んだら感想をツイートするんだよ。それに救われてるカキテは多い。良いところを見つけるのって中々難しいだろ? どんなクソみたいな話にも良いって言ってくれる。でもたまにそんなつもりで書いたんじゃないって噛み付くヤツがいてね」
「……大体察しました。作品は作り手から離れ世に出た時点で、受け取る側のものになる。感想は自由ですから。五条さんは虎杖君と相互になることで他を牽制した。ジャンルの圧倒的存在の立場を使って」
「ま、そういうこと」
孤高で唯一のジャンル内相互フォロワーが彼だけならより一層それは効いてくるだろう。
当の本人は列整理を終えてスペースに戻ってきた。
「めっちゃ並んでたー! やっぱ先生スゲーなぁ」
「悠仁、サンキュー!」
「あ、あとナナミン! 途中札追加で作ってくれて助かった! 2枚じゃ足りなかったから。ありがとう!」
「いえ、君も列整理お疲れ様でした」
横で五条さんがニヤつく気配がする。馬に蹴られたら良い。
「さ! スタートするよー! 百円玉の中に五十円が混ざってないか、五〇〇円玉がウォンじゃないかに気をつけて」
「応!」
「焦らず、確実に頒布して下さい。列は終わりが来ます」
間もなく開場です──
スタートの拍手と共に本当の戦いが始まった。
途中三千円を全て百円玉で支払う猛者に二回一緒に数えてもらうことや、差し入れを今すぐ渡したい盲目的ファンに対応しつつも、午後に入る前にはほぼ列は捌ききり、頒布物も残りを三分の一ほど過ぎた頃。
五条さんが逆CPの大手である夏油さん(この人も先輩だ。そしてこの人も対抗するように分厚い本を毎回出す)に挨拶に(冷やかしに)行くというので店番を虎杖君とする。
「虎杖君は買い物に行かなくていいんですか?」
私は頒布が落ち着いたため、売上の確認をタブレットでしつつ、横で本の積み上げを整えている虎杖君に尋ねた。
「あー、俺欲しいのは通頒にしてんだ。だから……あとで雰囲気だけ、見て来れたらいいかな、って」
虎杖君は私を少し上目遣いで、伺っていた。
なぜ。
何故顔を少し赤らめる。
「遠慮せず行きたいときは言って下さい。本の出会いは一期一会ですから」
私がそういうと「あ、あの、さ!」と彼が続ける。
「俺、ナナミンと、買い物、行きたいんだけど……いやかな?」
なんて?
「……なぜ私と?」
「俺、あのさ。……あーーはずい!やっぱいいや!ごめん!」
「そこでやめられたら気になります。なんですか。理由があるんでしょう」
彼は顔を覆いながら、先程元気に頒布していたと思えないくらい小さな声で
「ナナミンのファンです……だからずっと浮かれてる。そんで、欲出た……ゴメン」
ファン?
「な、え、は?」
「俺、ナナミンのこと別アカでフォローしてて、ナナミン色んな本読んでその感想を別サイトにまとめてるでしょ。それ俺全部読んでて。ナナミンの感想がスゴイ面白くて、それで色んな本を読むようになったんだけど、英語版しかないやつとかネット辞書で調べて読んで、あの、それを同人誌でも何冊か感想してるの見て、俺もこうしてカキテさんに感想伝えたいなって思って、そんで、今日だったらナナミンが直接買う本と同じもの買って感想を話したりできるよなって思ってたんだけど、初めて会ったナナミンめっっっっちゃくちゃカッコイイから俺朝から脇汗がヤバイ。手汗じゃなくて良かった。本がよれるーっ」
オタク特有の早口で全てを説明するあれを目の前で食らってしまった。
しかもとても恥ずかしいのは私も同じなことを虎杖君は気づいていない。
そこに「あのー、新刊一冊お願いします」の声がして、スペースキャット空間から帰還した。
そのあと続けて六人に頒布すると、またスペース内で私たちだけになり、虎杖君はうつむいている。
可愛い。
は?
私は今、何を。
「……五条さんが戻ったら、行きますか? 買い物」
「えっ」
「一緒に」
そう私が言うと、彼の顔は本当に効果音がついているかのようにパァっと明るくなった。
「いいの⁉︎」
「ええ。撤収後、アフターもありますし。そこは個室ですから、そこで話しましょう」
「ありがとう! ナナミン!」
そう言って真横から抱きつかれて私の心臓がおかしな音を立てた気がした。
だが悔いはない。
数分後両手で本抱えた五条さんが戻ってきた。冷やかしながら、こっからここまで下さいをしてきたことが分かる。
「あ。七海も悠仁も買い物行く? いいよ行ってきな〜」
「やったー! 行こう! ナナミン」
「なになに〜? 君らそんな仲良くなっちゃったの?」
少し寂しそうにする五条さんに、私はいつものお返しに鼻で笑ってみせる。
「なっおい! 七海! お前! なにその顔!」
「では五条さん」
あとは頼みます。
アフターの二次会までの支払いも頼みます。
それから、あなたが壁サー最強オタクで良かった。
次のイベントには、虎杖君が居るなら厭わず1級の売り子姿をまた見せようと決意した。
了
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アフターPM4:00
作 トボオ
発行 2022年4月16日
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