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    ろい。

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    ろい。

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    30歳過ぎて急にくっつくキスブラ

     タワーに帰り着くと、最低限の照明だけが灯りフロアはどこも静まり返っていた。
     夜間パトロール中に運悪く新種のサブスタンスに遭遇し、難なく回収できたものの周囲への影響を調査するという研究部の作業に付き合わされていた。早くソファに身体を投げ出してビールを飲みたいと急く気持ちとは裏腹に足は重い。三十歳を過ぎると疲れが出やすいという嘆きは諸先輩方から幾度となく聞いて来たが、自分もその域に達してしまったのだろうか。
     いやいや歩がゆっくりなのはオトナの余裕ってやつだ、と目を背けたい事実を頭から振り払いながら談話室の前を通りかかるとそこからだけ明々と光が漏れていた。ちらと中を覗くとブラッドが椅子に掛けて本を読んでいる。他に人は居らず、ページを捲る指先だけが微かに音を立てる。声を掛けそうになったが言葉を発する直前で思い直す。今のところ思い当たる節は無いがどんな小言を言われるかわからない。ただでさえ残業で疲れているのだ。無視して通り過ぎるのが良いだろう。
    「キースか。」
     逡巡している間に見つかってしまった。さすがに名前を呼ばれて無視するわけにはいかない。
    「おー。」
    「司令から話は聞いた。今日はご苦労だった。」
     小言を警戒していたが逆に労われたので驚きつつ、警戒を解いて歩み寄り、ブラッドの隣のテーブルから椅子を引き出してどかりと座る。
    「マジでくたくただわ。」
     大きくため息を吐いてみたがそれ以上労いの言葉をくれる気は無いらしい。
     そういえば数日前までブラッドは普段以上に仕事に追われていたようで、こうしてゆっくり会話するのは久しぶりだ。
    「お前もご苦労さん。色々けりが付いたみたいで良かったな。」
     長年抱えていた問題が先日ようやく解決に向けて動き出したらしい。直接力になってやる事はできなかったが、人づてに経過を知りディノと二人で胸を撫で下ろしたのだった。
    「ああ。お陰でこうして久しぶりに読書もできている。」
     そう言いつつも制服を着たままでこんな時間にコーヒーを飲んでいるということは、この休息を追えたら仕事を再開するつもりなのだろう。
    「お前ほんっと…早死にするぞ。二十代のときとは体力違ぇんだから。」
    「そういえば、今日ジェイにも三十歳を過ぎると回復が遅くなる、などと言われたな。トレーニングも栄養管理もしているので問題無いと思うが…」
     恩師の助言に耳を傾けつつも、自信家で意地っ張りな性格が少し不服そうな表情をつくる。そういうところは二十代、いや十代の頃から変わらないらしい。
    「そうだよ先人の教えは聞いとけ~。」
     そんなおっさんくさい会話をしていてふと思い出した。
    「あ、そうだこれ見ろよ。こないだディノが掘り起こしてきたんだ。」
     スマホを取り出して画像フォルダを開く。滅多に写真を撮らないので目的の画像は一番上に有るままだ。サブメニューを開き、画像をブラッドのアドレスへ送信するとすぐにブラッドのスマホが振動した。
    「…随分と懐かしいものを見つけたな。」
     画面にはアカデミーの制服を着た青年が三人が並んでいる。
     真ん中で腰を屈めてダブルピースをする笑顔のディノ。ディノの右肩に左手を添え真顔でカメラへ目線を向けるブラッド。そっぽを向いている俺。これはあの時撮った写真だな、その直後にあんなハプニングが有った、いやそれは前の年だろ、ならあの出来事は?と写真とは関係の無い記憶までもを二人がかりで手繰り寄せる。
    「歳取っても案外変わらねえと思ってたけどさ、こう見ると明らかに…お前老けたよな。」
    「人の事を言えないだろう。」
    「まあな。」
     互いに写真と目の前の実物を見比べて自嘲し合う。アカデミーに入学した頃には、カタブツとこんな風に寛いで無駄話をするなんて想像もしていなかった。
    「歳はとりたくねえな。酒は量控えても翌日に残りやすくなったし。」
    「歳を重ねるのは悪いことではないだろう。三十而立と言って、今まで学んできたことを元に己を確立し、ようやく自立できるのが三十歳だ-という教えもある。」
     それも日本のコトワザとかいうやつなのかと尋ねればこれは中国の偉人の言葉だと、日本文化は中国と密接に結び付いているから自然と中国のことも学ぶ機会が有るのだと言う。またひとつ、俺の頭に日本の知識が増えた。
    「立派な心掛けだねえ。」
    「俺達もまだこれからという事だ。お前も気を緩めるなよ。」
     やっぱり小言が出た、と言い返そうとしたのに口が止まってしまった。言葉は厳しいがブラッドのまとう空気は柔らかいことに気が付いたからだ。
     思わず、飽きる程見てきたはずの顔をただ眺める。
     なぜだか心が凪いで行く。

     長年抱えていた問題が解決したからだろうか、今までに見たことが無いような穏やかな表情をしている。見知らぬ穏やかさに当てられ、一旦は心が凪いだ筈なのに喉の奥が温かい何かに締め付けられて苦しい。

     無性に…泣きたくなった。

     過去のことや未来ことを俺に語り聞かせる声も視線も、そんな風に俺に向かい合う姿は初めて見た。いや、見ていたのに気づかなかっただけだろうか。
     俺には分からない重圧や苦悩を抱えてそれでも強く在ろうと生きて来た男。
     互いの信念から反発し合い不様な姿を晒し合って、それでも俺の隣に立ち続けた男。
     もう人生の半分をこいつの隣で過ごしてきた。
     -あ。
     カチリ、何かが心の中でぴたりとハマった気がした。同時に柔らかな衝動が四肢を満たし、その赴くままにブラッドへ体を寄せる。相変わらず清潔な石鹸の香りだ。俺は…酒は飲んでいないが加齢臭…は流石にまだ大丈夫だろう。大丈夫だと信じたい。ブラッドは訝しむ様子も無く俺の様子を見守っている。
     唇を一瞥して顔を近付けると当然のようにブラッドは瞼を閉じて俺の唇を受け容れた。なんで受け容れてんだよ?と思ったがそもそも俺の行動がなんでだか自分でも分からない。だがそうすることが自然なことだと感じた。
     ゆっくりと唇を押し当てる。初めてなのになぜか落ち着く感触に、心の中でピースがはまった感覚は間違いじゃなかったんだと感じる。一秒、二秒。触れただけで唇を離し、ブラッドの肩に頭からもたれ掛かる。重いだろうか。
    「しっくり来た…変な感じだ。」
     喉に詰まっていたものが下りようやく言葉を出せた。
    「文章が破綻しているぞ。」
    「うん。」

     だって欠けているのが当たり前だと思っていたんだ、俺の人生。フレームの中はピースがまばらで埋まることは無いのだと。大事なものを作っては失うことを繰り返した。
    ブラッドとの関係も、クラスメイト、チームメイト、同僚、腐れ縁とも言ったか。色んな名前を付けては色んな形を作ってそして時には崩してきた。
     せめて今有るものだけは失わないようにしていてもパネルの上は穴だらけで、例え完成したたとしてもひっくり返してしまうことだってあるのだと。俺はもともとそちら側の人間だから。そういう物なのだと承知していたはずなのに。
     そうか、そこに在ったんだな。
     もたれ掛けさせていた体を起こし、よく知ったその顔をもう一度正面から見据える。
    「ブラッド…オレ、ずっとお前と居たい。」
     眉がぴくりと上がる。何事に反応するにもまず眉間に皺が寄るという癖がついてしまった原因の一端はきっと俺にある。
    「それはプロポーズと捉えていいのか?」
    「プ!?」
     思いもつかなかった単語の発現によって裏返った声が、夜の静寂に吸い込まれる。まさかキスをしたら結婚をするものだなんて今時ガキでも厳格な宗教徒でも多分考えちゃいない。突拍子も無い。分からない。一体どういうつもりでそんな解釈に至ったんだ。
    「今日の晩酌に付き合え、という意味であれば承諾できない。先ほども言った通り仕事に戻るからな。」
     選択肢が極端過ぎやしないかと仰け反りそうになるが、こういう態度に臆しているようではこいつの相手は務まらない。未だにこいつの言動は思考は分からないことが多いが、俺が今掴むべきで離してはいけない存在がブラッドなのだということは分かっている。
    「どっちなんだ」
    「そりゃあもちろん」
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