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    角煮マン

    とろとろの角煮

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    角煮マン

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    8月に参加したホラー企画の小説です。
    私が幼少期に発言した言葉とその他実話を元に書かせて頂きました。
    モールス信号はただの気まぐれなんですけど良ければ変換して遊んでみてください👀

    「ごめんね一郎くん、こんな忙しい時間に…」
    「いえいえ、午後は丁度暇してたんで全然大丈夫っスよ」
    土砂降りの雨の中、車のワイパーが忙しなく動く。
    今日の天気は曇りのち晴れと予報されていたが昼を過ぎた辺りから雲行きが怪しくなり、暫くしてバケツをひっくり返したような雨が降り始めた。
    さらに午後の依頼にキャンセルが入り、俄然暇になった俺は事務所の椅子に凭れ天井を見上げる。人間は退屈を苦痛と感じる生き物だと言われているが本当にその通りだ。
    そして、いても立ってもいられず気分転換に出かけようと車を走らせた道中、子供と共に辺りを何度も見渡す萬屋の常連客であるシングルマザーの名田さんと遭遇した。道路脇に車を停めて話をすれば、娘の来美亜(らみあ)ちゃんと共に実家へ行くためのタクシーを待っているが、なかなか来なくて困っているとのことだ。よかったら送っていきましょうか?と声を掛けて今に至る。
    「それにしても結構遠いっすね」
    「そうなの〜…お母さんもこんな山の中じゃなくてもっと近場に引っ越してほしいわ…」
    ため息混じりでそう言い、隣りに座る来美亜ちゃんに同意を求める名田さんをバックミラー越しに見て頬が緩んだ。

    やっぱり外に出て正解だったな。


    ・-・・・ ・・-・ ・-・- 


    名田さんの実家に到着して二時間が経過した午後四時。
    雨は止んだもののまだ分厚い雨雲が空に停滞し生温い風が全身に纏わりつき、湿気た土と深緑の香りが体に染みていく。
    「すんません、昼飯までご馳走してもらって…」
    「いいのよ〜娘をここまで送ってきてもらったお礼よぉ」
    「それじゃあお母さん、また来月来るから体調崩さないように気をつけてね」
    「はいはい、あんたも体壊さないよう気をつけなさい」
    玄関の引き戸を開くと長靴を履いた来美亜ちゃんが俺の隣を颯爽と走り抜けていった。
    水溜まりを踏む度に跳ね返る飛沫が辺りに飛び散り名田さんは頭を抱えていた。泥汚れは落とすの大変なんだよな…。
    何度か頭を下げ車に乗り込み、シートベルトの金具を嵌めようと右上に手を伸ばしたところで変な視線を感じた。
    きっと名田さんだろうと思い助手席の窓に目をやるが、そこには────。



    泥に塗れた黒髪の女が窓に張り付き、こちらを凝視していた。



    「──っ」
    ヒュッと声が引き攣り俺は咄嗟に目を逸らした。
    得体の知れない恐怖に心臓がバクバクと跳ね、手汗が滲む。
    「え、どうしたの?大丈夫?」
    後部座席に座る名田さんがそんな俺の様子を見て不安げに声をかけてきたところでハッとする。
    視線はもう感じない。
    「あ、だ、大丈夫っス…ちょっとしゃっくりが出ちゃって…」
    若干吃り気味になりながら必死で誤魔化し、へらへらと笑ってみせたが本当に笑えているのか自分では分からなかった。
    恐らく名田さんには見えていない、得体の知れない恐怖が体にのしかかり何とか紛らわそうとラジオを付け、アクセルを踏んだ。

    ・-・・・ ・・-・ ・-・- 

    名田さんと他愛無い雑談を交しながら山を下りて数分後、だんだんさっきまでの恐怖心が薄れ、冷静さが戻ってきた。
    思い返せば助手席側をブロック塀に寄せて駐車していて、そのブロック塀のシミが人に見えたのかもしれない。それに、見たのはほんの一瞬だったからそれで間違いないだろう。
    それより今一番気になっていることがある。
    来美亜ちゃんがバックミラー越しにじっと俺を見つめているのだ。
    それも先程までのハツラツとした笑顔は消え、人形のような虚ろな瞳がこちらを見つめている。
    流石に居た堪れなくなり、話しかけようとしたところで来美亜ちゃんがゆっくりと口を開いた。
    「…ここ」
    「……ここ、おててがないひとがいる」

    ・-・・・ ・・-・ ・-・- 

    「お兄ちゃん、しんじゃうよ」

    ・-・・・ ・・-・ ・-・- 

    「……は?」
    理解が追いつかず、思わずバックミラーに視線を移した瞬間。

    「一郎くん!!!前!!!!」
    「えっ」

    名田さんの叫び声が車内に響き慌ててブレーキを踏み込んだ。
    衝撃でガクンと体が揺れてトランクに積んである仕事道具が重い音をたてる。
    「はっ…はぁっ……す、すみません…」
    U字のヘアピンカーブの腐食したガードレールにバンパーが僅かに接触してしまい、ガードレールはガシャンと音をたてながら崩れ落ちていった。
    「ちょっと一郎くんほんとに大丈夫…?」
    「大丈夫っす、ほんとすみません…来美亜ちゃんは…」
    「大丈夫よ、まったく────」


    「こんな状況でもぐっすり眠れるなんて羨ましいわぁ」

    ────え?

    「寝てた……?いつからっすか……?」
    「え?うーん…お母さんの家出てすぐだったかな、ずっと一郎くんに遊んでもらってたし疲れちゃったみたいで」

    ずっと寝てた…?
    じゃあ俺を見つめて声をかけてきたのは……。

    誰だったんだ…?


    -・-・- ・・ ・-・-・ --・- ・-・-・  


    「ってことがあってよ」
    夕飯の後片付けを終えてリビングで弟たちに昨日の出来事を話した。
    「あ、兄貴…それ作り話とかじゃ…」
    「いや大マジ」
    「うわー…怖ぇ……」
    怖さを紛らわすためかクッションに顔を埋め小さく横揺れする二郎の首元に冷えたグラスをくっつける。するとビャッと悲鳴を上げソファから転がり落ちてった。
    「〜〜っ!あ〜に〜きぃ〜ッ!」
    「ん、ふふっ、ごめ、ごめん…くく」
    予想以上の反応に笑いをかみ殺す、兄弟間での価値観が変わったことで俺も二郎もお互いふざけることが増えた気がする。兄として、親として嬉しくもありちょっと寂しいと思ってしまう。

    「あの…いち兄、さっきの話本当なんですか…?」
    風呂から上がった三郎が神妙な顔をして濡れた髪を軽く拭きながらリビングに出てきた。
    「ああ、それがどうかしたか?」
    「………今日、夕方のネットニュースでいち兄が行った山で」

    「女性の遺体が発見されたらしいです」

    「─────。」
    「被害者の写真も公開されてます…この方なんですけど…」
    三郎がスマートフォンの画面を差し出しネットニュースの動画が再生される。
    嫌な予感。
    見てはいけない。
    しかし俺は食い入るように画面を見つめた。
    そして、後悔した。

    『今日未明、トウキョウ、■■■の■■山で一部白骨化した遺体が発見され、鑑定の結果から、遺体の身元は■■に住む九條真彩さん(32)で6月頃から行方が分からなくなっていました。警察は真彩さんの夫である九條真也容疑者を死体遺棄の疑いで───────。』

    表示された被害者の女性。
    黒の長髪、闇を封じ込めたような黒い瞳。
    それは昨日助手席に張り付いていた“なにか”と酷似していた。
    あれが死人だったと確信すると同時に腹の底から異物がせりあがってきて、トイレに駆け込んだ。


    吐き出したものは─────

    人間の黒い毛髪だった。



    ぶつん

    ぶつッ、ぷつ…

    ぶつッ!


    そこで俺の意識は途切れてしまった。


    -・ ---・- -・-- ・-・-- ・・・- -・ ・・ -・-・- ・-
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