知らない顔 嫌われるより、無関心でいられる方が余程つらい。
千寿郎は兄の背が見えなくなるとはぁ、と重たい溜息を吐いた。冬の気配が色濃くなった駒澤は吐き出した二酸化炭素を白に染める。今年の年末には会えるだろうかと、瞼を閉じ兄の笑顔を思い出していた。
千寿郎は兄である杏寿郎が好きだった。兄弟愛であった筈のそれはいつしか恋慕となり、同時に決して明かしてはならない絶対の秘密となった。吐露できぬ苦しさはゆっくりと、しかし確実に千寿郎を蝕み、諦観を与えていた。
兄に好かれているという自覚はあった。猫可愛がりされ、一等大事だと、そう語る双眸に嘘はない。しかし、それはあくまで己が『弟』であるからと理解していた。
弟でなければ見向きもされない。与えられるものが兄弟愛を超えることはない。いっそ嫌われてしまえばと、そう思うが兄の性格を思うと他者を嫌うことはないだろう。ならば無関心か。いや、それの方が余程つらい。兄弟愛だとしても、微笑みを向けていてくれていた方がいいのだろうか。
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