月まで連れてって美しい海だった。浸かった足の爪の色まではっきりと見えて、小さい砂が波で舞う。青い空の高いところに手のひらより大きな月が白く霞んでいて、あなたはそこにいると言う。
大きな背中の白いシャツに、いつ帰ってくるのかと聞くと、振り返った瞳は見たことのない微笑みで、あなたがもう還らないことを強く教えた。どおりで、どれだけ波を蹴ってもあなたに辿り着かない。
三十八万と四千四百の空白がここにあるとして、休むことなく歩いてもあなたの白いシャツに指が届くまで少なくとも十年は必要で、首を振ると笑ったあなたが休み休み来いと言う。ゆっくりでいいと言う。
その微笑みの目尻に触れたかった。傷痕の皺のかたさを、あなたのあたたかさを一度でいいから指先で知りたかった。そう、思ってやっと、あなたに抱きしめて欲しかったのだと気づく。
途方もない距離と時間に殴られ俯く、風にさらわれた涙の粒は波に掬われて、最初から何もなかったように溶け込んでいく。
波が高さを増す。美しい涙の海。あなたは遠い。声と面影だけが近く、それがあなたの最後のやさしさだと知る。
名前を呼ぶ。何度も何度も、波を縫って砂を蹴って、いつまでも遠いあなたに手を伸ばす。悲しい微笑みは絶えず向けられ、いつかその腕の中で眠る日を夢見させる。あなたはずっと月にいる。