子育て編
「じゃあ、20時には帰ってくからね。パパとお留守番しててね」
三歳になった息子の頬をつつく悟だが、ぷいっとそっぽを向かれてしまった。
一緒に行けないと、駄々をこねて大泣きした息子の目は赤く腫れている。
「○○。今日はパパと遊ぼう!」
傑が息子を抱き上げて背中を優しくさする。
「きょうは、ママとパパといっしょに、こうえんいくの!それで、はんばーばーたべるの!」
今日は、悟の後輩の結婚式なのだ。
初めは、「仕事に疲れている傑に、悪いよ」と欠席しようとしていたのだ。
だが、仕事と子育に追われるのはお互い様なんだから。と、二の足を踏んでいた悟の、背中を押したのだ。
「○○の好きなアイス、買ってくるから。ねっ?」
「パパとママもいっしょ?」
「うん。三人で食べよう。約束する」
悟は息子の頬にキスをした。
――天使が二人いる。
なんて、ホクホクしながら愛するパートナーと我が子を見つめる。
「あっ、悟。時間が……」
「ほんとだ。じゃあ、行ってくるね」
傑と息子。それぞれにキスをした悟は見蕩れてしまいしうな、光沢を帯びるスーツ姿で出発した。
「さっ、今日は何して遊ぶ?公園がいい?」
「パパ」
腕の中の我が子は、傑の頬を両手で包んだ。小さくて温かい手は、食べてしまいたいほど愛おしい。
「なんだい?」
じっ、と見つめる我が子は突然「ママみたくちゅーする」と言ってキスをしてくれた。
――ヤバい。かわいいすぎる。
ぎゅっ、と抱きしめて高い高いをして傑も息子にキスをした。
リビングへ戻りソファーに息子を下ろしてから、お散歩に行った時に食べる息子のおにぎりを作りにキッチンへ向かった。
しかし、小さい歩幅で傑の後を追いかけてきた息子が足にしがみつく。
「んっ、どうしたの?」
「パパも、すわって。ぼくと、いっしょにあそぼ」
悟と同じ美し宝石みたいな蒼の瞳が、上目遣いで見つめてくる。先程泣いていたのもあり、余計に庇護心を擽られた。
「じゃあ、パパと一緒におにぎり作ろうか。それ持って公園行こう」
「おにぎに?」
しゃがんで息子と目の高さを合わせる。
「そう。いつもママが作ってくれるだろ?きょうは、おにぎりと○○が好きな、たこさんウィンナー、あと、卵焼きも作って公園行こう」
「たこしゃん!」
「そう。パパと一緒に作ってくるかい?」
息子は胸の前で両手を握ると「つくる!」と足踏みをして目をキラキラさせる。
「ありがとう。じゃあ、まず手を洗おう。エプロンもしようね」
家政婦さんもいるが、できる限り自分たちでやろうと悟の決めたのだ。
なので、食事の支度や、家事は各々時間を見つけて疲れない程度にこなしているが、息子とキッチンに立つことはなかった。
台座を用意してキッチンで作業出来るようにして、息子と並んでお弁当の準備を始める。
「よし、じゃあ……。パパがこの三角の型にご飯を入れるからね」
ラップを敷いたおにぎりの型にワカメと鮭の混ぜこみごはんを入れて蓋をする。
「この蓋をぎゅっ、て押してくれるかい?」
「わかった!」
幾つかあるおにぎりの型に、しらすとおかか。そぼろを混ぜたご飯をセットした。
「パパ!できたよ!」
「凄いね!○○はおにぎりも作れちゃうね」
腰を落として頬にキスをすると、「ぼくすごい!!」と喜んでいる。
「よし。じゃあ、残りのおにぎりもつくろうか」
「つくりゅ!」
鼻息荒く、他のおにぎりの型にも蓋をしてくれた。それを型から抜いてラップで包み、保冷剤入のバックに詰める。
「凄いね!○○のおかげで、もうできちゃったよ」
「パパ、たこしゃんは?」
シャツを引っ張る息子は、まだやる気満々だ。しかし、流石に火傷させてしまったら大変なので、息子の肩を掴んで真面目な顔をした。
「タコさんは、悪いヤツだからパパが戦ってウインナーにするんだよ。○○は邪魔が入らないようにパパを守ってね」
「タコさんわるいやつなの?」
「そうだよ。だからパパが戦ってウインナーにしてるんだ」
「わ、わかった!○○、パパをまもる」
可愛い勇者は、広告で作ったヘニャヘニャの棒で傑の周りを「へい!やっ!」と、見えない敵相手に戦ってくれた。
パチパチとウインナーが焼ける音がキッチンへ響く。
「パパ!ぼくがいるから、だいしょうぶ」
「大丈夫だよ。○○のおかげだ。ほらタコさん出来たよ」
屈んで息子にお弁当へ詰めたタコウインナーを見せる。するとヤッター!と、両手を上げで抱きついてきた。
そんな遊びながら卵焼きも作って、傑はすぐ近くにある都立の公園へ向かった。
車は入って来ないので安心だし、芝生が生えた広場やアスレチック。ドックランやテニスコートなどもある比較的大きな公園だ。
手を繋ぎながら、息子の歩幅に合わせて歩く。
「パパ!」
突然、しゃがんだ息子に腕を引っ張られた。
「おっ、なに?」
「どんぐに!あるよ」
一粒見つけたら、何かスイッチが入ったのだろう。手を離して走り出した。
「あっ、待って」
「ママに、あげるの」
「ママに?」
息子はしゃがんで紅葉みたいな可愛いらしい手に、どんぐりを集めだした。抱えきれずに、ぽろほろと落ちてしまっている。
――かわいいな。
早産で生まれて、初めの一年は楽しいけれど、心配な年だった。
寝ている間に何度か鳴ったベビーアラームに『呼吸してないのでは』と、悟と二人生きた心地はしなかった。
低月齢のせいか胃腸の機能が未熟で、よく吐き戻してしまったこともあった。
それでも悟と二人。
二人三脚で育てた息子は、同じ歳の子供よりも身長が高く活溌な天使に育ってくれている。
「パパ!」
「うん?なんだい」
「パパには、まつぼっくりあげる」
「ありがとう」
差し出された松ぼっくりを受け取り、頭を優しく撫でた。よく見ると、上着のポケットがたんまり膨らんでいる。
「○○。ポッケに何が入ってるの?」
「ママへのぷ、ぷねぜんと!」
プレゼント。なんて言葉、社内併設の保育園で、覚えてきたのだろうか。
悟に、サプライズプレゼントをしたいようだ。
「そっか、ママ喜ぶよ」
息子の真っ赤なほっぺを撫でて、再び手を繋いで芝生が広がる方へ歩き出した。
持ってきた中くらいのシートへお弁当と、飲み物を並べる。
「ほら、○○が作ったおにぎりだよ」
ラップを剥いて手に握らせると、息子は立ち上がって傑の口元へおにぎりを近づけた。
「あーんしてパパ」
小さめに一口含んだ。いつものおにぎりだが、息子と作ったと思うと何十倍も、何万倍も美味しい。
「美味しよ。○○」
「へへっ、こんどママにもつくる」
向かい合って座った息子は、おにぎりを咥えて傑の膝の上に座り直した。
「パパがやっつけた、タコさんたべる」
あの時は、場の雰囲気でとんでもない設定をしてしまったな。と、思いながら傑はホォークに刺したウインナーを渡した。
「ほら、パパが駆逐したタコさんだ。美味しい?」
「うん!」
息子は両手で頬をパンパンと叩きながら、笑っている。これも保育園で覚えたのだろう、我が子の成長に嬉しくなった。
昼食を済ませてからアスレチックに向かう。同じ歳の子供に混じり、楽しそうに滑り台へ並ぶ息子を見つめた。
「パパー!いくよー」
微笑んで手を上げると、息子は「見てて!」と滑り台を滑り、もう一度と並び始めた。
爽やかな秋の風が、悟そっくりの白髪を揺らしている。
白皙の肌と蒼い瞳。花のように綻ぶ笑顔は、本当に天使のようだ。
壮絶な出産。心配と不安に押しつぶされそうな初めの一年。
悟がいなければ乗り越えられなかったし、悟がいてくれたから『何があっても』と強くなれた。
そんな我が子は、目に入れても痛くない程愛おしい。
こんな幸せ、悟がいなければ知らなかった。
「ほんと、こんな……私に」
政略結婚という時点で、愛情なんて生まれない。と、初対面で酷い言葉を悟に幾つ吐いただろうか。今、思い出しても自分を殴り殺したくなるくらいに腹が立つ。
見返りを求めない悟の深い愛と、慈しみに気がついた時には恋に落ちていた。
だが、その頃には悟は『嘘だ』と受け入れてくれなくて――。
自業自得だと思ったが、想いが届かない、伝わらない虚しさと悲しさを初めて味わったのだ。
――だから悟を……、悟と我が子を必ず幸せにするんだ。
押しつけではない。
悟が私にしてくれたように、幸せだと感じる毎日を、未来を守りたいと強く思うのだ。
「パパ!」
滑り台から走ってきて、足に抱きついてきた我が子を抱きしめる。
「どうした?あきちゃた?」
「ちがうよ! パパもいっしょがいい」
「ありがとう。でもね、アレはパパが乗ると壊れちゃうんだ」
息子は眉を八の字にして「そうなの?」と首を傾げた。
「うん。ごめんね」
「パパといっしょがいい!」
ごめんね、と頭を撫でて抱き上げる。
うんうんと唸り始めた。
手が温かいので、そろそろお昼寝の時間かな。と、抱きかえたまま自宅へ戻った。
リビングの隣にある和室に布団を敷いた。
上着を脱がせて、寝てしまった我が子をゆっくり下ろし離れようとした。
だが、傑の上着をキツく握りしめていて、手を解いたら起こしてしまいそうだ。
――折角だし、私もお昼寝しようかな。
息子を腕枕したまま横になって、タオルケットをかける。
すると、傑の胸元へ顔を埋めるようにして更にくっついてきた。口元をむにゃむにゃと動かして、微笑んでいる。
どんな夢をみているのやら、そっと額にキスをして抱き寄せた。
「パパ……、ママ。おにぎに」
本当は悟と3人で公園に行きたかった息子は、夢の中で悟にもおにぎりをあーんをしているのだろう。
「今度は、悟と3人で行こうね」
息子の頭を優しく撫でてた。愛しい寝顔を見つめていると、傑も眠たくなってきた。
綿に包まれているような心地よさの中、目を覚ますと愛しい人の笑顔が視界に広がる。
「えっ、さと……」
「二次会行かなかないで帰って来ちゃった」
自分一人に任せてしまっては、と気を遣わせてしまったのだろうか。
申し訳なくなり、唇を噛むと悟は「二人に会いたくてさ」と傑の頬にキスをした。
「会いたくて?」
「幸せそうな後輩達見ていたら、なんか無償に傑に抱きしめて欲しくて、○○を抱きしめたくてさ」
頬を微かに染めた悟は、へへっと、後頭部を掻いて微笑んだ。
「ふふっ、○○も寝言でママって言ってたよ」
「マジか……もう、可愛すぎるだろ」
帰宅して着替えを済ましいた悟は、息子を挟むように傑と向かい合って、布団の端で横になる。
「私も、やっぱり悟がいないと寂しいよ」
息子も愛しいが、悟への想いは一緒にいる時間に比例して大きく深くなる。
悟の頬を撫でて、唇をなぞった。
「キスしたいの?すぐる」
蠱惑的に微笑む悟に、我慢などできない。
返事の代わりに唇を指先軽く差し込むと、悟は応えるように、傑の指先を甘く噛んだ。
「さとる。愛してる」
息子を起こさないように、少しだけ上半身を起こして悟に唇を近づける。すると、悟も嬉しそうに躰を起こして唇を重ねてくれた。
「久しぶりにエッチしたいな」
「三人で寝てるうちは、厳しいだろ」
「なら、もう一回キスして悟」
空いている方の手で、悟の頬を撫でる。
「ふふっ、仕方ないパパだな」
悟はゆっくり躰をたおして、傑へ口付けをした。先程よりも深いキスが気持ちよくて、舌を絡めて吸い上げる。
「っ、んっ………すぐっ」
「さとる。さと……っ」
もっと悟とのキスを味わいたくて、口付けを深くした瞬間。
「パパばっかりずるい!」
ギョッとして、悟と二人固まってしまう。
唇を離して視線を下へ向けると「ぼくも!」と、マシュマロのようなほっぺを膨らませている。
キス止まりでよかったな。と、冷や汗が背中をつたった。
「ママ!ぼくも」
「ごめん、ごめん。○○もお留守番ありがとね」
悟は息子の額と頬にキスをして、抱きしめた。我が子は、満足そうに悟のシャツを握りしめて笑っている。
「あっ!ぼく、ママにぷれねんとあるんだよ!」
寝かせる時に脱がせた上着を手に、悟の前に座った我が子は、ポケットからどんぐりを差し出した。
「おぉー!凄いな。こんに取れたんだ。ありがとう」
「パパには、まつぼっくにあげたんだよ!あ、あとね!パパといっしょに、おにぎにつくったの!」
息子は悟のシャツを引っ張り、キッチンへ連れて行っておにぎりの型を指して何か話している。
「ほんと、かわいいな……もう」
心の声が漏れてしまう。
帰ってから置きっぱなしにしてしまったお弁当や水筒を手に、傑もキッチンへ向かった。
悟が帰って来たのか嬉しいのか、風呂を一緒に入った後も、リビングソファーで息子は悟の膝に座りひっつき虫のようだ。
「寂しかったか?○○」
「さ、さみしくないもん!」
でも、膝から降りようとしない息子が可愛いらしい。
「傑。冷凍庫からアイス取ってきてくれる?」
「うん。悟も食べるかい?」
「うん!傑もよかったら」
「私はウイスキーにするよ」
もともと甘いものは得意ではないので、息子と悟に、悟がお土産で買ってきたサーティワンのアイスを適当に持っていき、隣に腰を下ろした。
「パパは?」
「パパはお酒がいいんだって」
「パパ、アイスきらい?」
「嫌いじゃないよ」
悟の膝の上でアイスにスプーンを突き立てる息子と、スプーンの持ち方を直す悟を見つめる。
「○○。スプーンはこう持つんだよ」
「ん?こう?」
いつの間にか、悟の直した握り方から棒を握るのような持ち方に戻っている。
「まぁ、おいおいだね」
「おいおい?」
「そのうちってことだよ。ほら溶けちゃうから食べな」
悟がアイスを一口掬い息子へ食べさせた。すると我が子は、荒っぽい握り方のスプーンでアイスを一口掬うと傑の口元へ近づけた。
「えっ……」
「パパもたべよ!」
たまに恐竜みたくなる我が子だが、やっぱり愛しくて可愛らしい。
スプーンから一口もらって、息子の頬を撫でた。
「ありがとう。○○からもらったアイスだと美味しよ」
「やった!ママもあーん」
息子は嬉しくなって、悟にも自分のアイスを一口掬って差し出した。
悟もありがとう、と食べて我が子にキスをした。
――あぁ……、幸せだな。
ウイスキーのグラスを置いて、二人を抱きしめる。
「悟、○○。いつもありがとう。大好きだよ」
「ぼくも、パパとママすき!」
悟の腕が背中に周り、ぎゅぅ、と抱きしめてくれた。
「僕も、傑がいて○○がいて幸せだよ」
心の底までじんわりと温かくなる。こんな幸せが続くと、逆に怖いくらいだ。
でも――。
「悟。○○、ふたりのおかげで私は世界一幸せ者だよ」
「そのまんま返すよ。ありがとな傑」
春の優しい日差しが注いでいるみたいな、穏やかな気持ちになった。
終