恋とはなにか普段のヒビキは犬みたいだ。一緒に何処か行こうって誘ってくる時やご飯を食べる時、ブンブンと犬みたいにしっぽを振っているのが見える。そしてどこか子供っぽい。未だに残るあどけなさは一体どこから来るのか、逆に知りたいほどである。
でもそんなやつが恋人なのだ。でもあくまでも形式上に過ぎない。恋人らしいデートも、キスも、一度もしたことがない。あの時付き合ったのはあくまでもノリと勢いであって、それこそ中学生の恋愛のようなものだろうと考えていた。
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ヒビキから告白された時は何事かと思った。ヒビキとはジョウト地方で出会い、共に旅をし、終生のライバルのような存在だと思っていた。
ある日、バトル後にヒビキに誘われ2人で山に登っていた。
「山でとっても景色の良い場所を見つけたんだ!シルバーと一緒に行きたいんだ。」
どうやら、趣味のキャンプをしていた時にオススメの場所を見つけたらしい。その日は丁度暇をしていたので仕方なく着いていった。
「ほら、ここだよシルバー」
そこは少し高台になっており、パシオ全体を、そして遥遠い海の向こうまで見渡すことが出来る場所だった。パシオに来てから随分と長い時間が経ち、地形もそれなりに分かってきたがまだそんな場所があったのかと感心した。
「……こんなもののためにわざわざ呼んだのか?」
「もう、そんなこと言わないでもうちょっとだけ待ってみて。」
暫く待ってみると夕日が地平線に沈みかける。空が不思議な色合いになり、昼でも夜でもない時間が訪れる。
「綺麗でしょ、シルバー」
「まあ……」
「でしょ!ここは僕だけの場所だったんだ。でもシルバーにだけは見せてあげたくてさ。ね、とってもいい場所でしょ?」
そこでは時間が永遠と思えるようにゆっくりと流れているように感じる。夕日が2人を照らし、ヒビキは純粋な笑みでこちらを見ていた。
「ねえ、シルバー」
「どうした?」
「僕ね、シルバーのことが好きなんだ。」
最初は単純に友情としての好意を指していると思った。しかし、どうやらヒビキの目を見つめると違うらしい。
「……ずっと言いたかったんだ。本当はこの関係を壊したくなかったから言わないでおこうと思ったんだけど。なんかね、1回言うと止まらなくて。でもやっぱりシルバーにはこの気持ち知って欲しいんだ。」
「そうか。」
お互い、気持ちが通じている間柄だからこそこの関係はより特別なもののように思えた。
「...…オレは恋心というものが分からない。でもお前のことは別に嫌いではない。」
「それっていいってことだよね?」
「好きにしろ。オレはそんなものには興味無い。」
「やった!これからもよろしくねシルバー!」
「なっ、だからと言って……」
「やった!早速お祝い山で見つけた美味しいキノコを食べようかな」
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こうして今に至る。それから特に変わったことはなく、今まで通り俺は修行に励んでいるし、特別恋人のようなことをしていることもない。本当に関係が変わったのか、と疑うくらいには今まで通りである。こうなると、勝手に意識しているだけなのは自分だけなのかと思い悔しくなってくる。かといって自分には経験がないため、何もできない。これがバトルのようにいくらでも修行を積むことができるのなら、オレは何時間でも修行をしていただろう。しかし、恋愛の修行とは何か。
試しに、シルバーは書店に行き「ヤドンでもわかる、恋愛のいろは」という本を読んでみたがちっともわからなかった。本当にヤドンでもわかるのだろうか。例えば、最初の付き合い立ての3か月は盛り上がるとか、恋人同氏の記念日は大事にしろとか、難しいことばかりが書いてあった。よくパシオのカフェで女が「最近デートに誘っても乗り気じゃなくて」「スキンシップの回数が減って」とか喋っているがオレにはちっとも分からなかった。
そんなことも分からず、気が付けば1年が経っていた。ここまで何もないとやっぱりあれは嘘だったのではないかと思う。それとも幻覚を見せるポケモンがいたのかもしれない。そう思い、日々を過ごしていた。二人でバトルや美味しい飲食店にいっても、ヒビキは「シルバー最近ヒンバスが釣れたんだよ」や、「キャンプで食べたら美味しいものランキング」等たわいもない話ばかりである。やっぱりまだまだ子供であり、付き合うということに関しては好きだから付き合う、くらいの軽い関係だと思うことにした。実際、その方がオレにとっても都合がよく、また今まで通り集中して修行に励むことができた。
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ある日のことだった。その日は夕立の予報だったため、修行することはなくポケモンのブラッシングをしたり、バトルのドキュメンタリーテレビをみたりと一日中パシオの仮住まいの家にいた。日も暮れ、明日の朝に備え早めに寝ようかと考えていた時。
ピンポーン
玄関からチャイムの音がなる。こんな時間に音が鳴るなんて珍しい。宅配も頼んだ覚えもない、また今日は誰かと約束した訳でもない。誰だろう、これでも自分の出自を考えると刺客かもしれない。そう思い、モンスターボールに手をあてながら扉を開ける。
「どちらさ......」
「シルバー、開けてくれて有難う!雨がいきなり降ってきちゃって。家が近いから来ちゃった。」
外はバケツをひっくり返したような雨が降っていた。確かにこのような状況の中では帰るのは難しいだろう。
「天気予報を見ていなかったのか。トレーナーとして一体どうなんだ。早く入れ、ポケモンも疲れているだろう。」
ヒビキは今までも何度も家に来たことがある。しかし、恋人になってからは来たことがなかった。全身濡れているヒビキをお風呂にいれ、その間に軽い料理を作る。シャワーの音を聞きながら、誰かが家にいるなんて久しぶりだなともの思いにふける。
「シルバー服まで貸してくれるんだ有難う。」
「たまたま服が余っていただけだ。気にすることはない。」
オレの服を着ているヒビキは少し窮屈そうにしている。昔は背丈はオレの方が少し大きいくらいだったが、この頃ヒビキのほうが少し大きくなってきている気がする。なんだか悔しい。
「これシルバーが作ったの?とっても美味しいよ!毎日食べに来てもいい?」
「毎日は邪魔だから来るな、この部屋では狭すぎる。」
自炊はポケモンの修行のため、栄養バランスの良い献立を考えているうちに上手くなっていた。また元々ジョウトで旅をしていたときも、あまりお金がなかったため極力生活費を浮かすため自炊を心がけていた。
「シルバーっていつも食べる量少ないよね、もっと食べないの?」
「おまえが食べすぎなんじゃないのか?」
「ええー僕ってそんなに大食いかな?」
誰かと一緒に食べるご飯は嫌いじゃないなと思いつつ、歯を磨きお互いに寝る準備をする。
小さなソファに簡単な毛布を準備する。
「床でいいのに」
「ここはキャンプじゃないんだから辞めておけ」
そういいつつ電気を消し、真っ暗な部屋になる。外はまだ大雨が降っているのか、風が辺りの木々を騒がしくしている。
クシュンとリビングから小さなくしゃみの音が聞こえた。こんな大雨の日にソファと毛布では流石に寒いか、と思い
「寒いならこっちに来るか?」
シングルのベッドで少々狭いが、自身が細身の為もう一人増えたところで寝ることは十分に可能だろう。
「いいの?」
「風邪をひいて移されるよりはマシだ。」
「へへ、じゃあお邪魔させてもらおっと。」
ヒビキは上機嫌で潜り込んでくる。
「蹴ったらすぐにソファに行ってもらうからな」
「大丈夫だよ。シルバーを蹴るなんてことなんかしないよ!」
布団の中でお互いの体温を感じる。ヒビキはヒノアラシなのかと思うくらいに温かい。ずっと一緒に布団を被っていると汗をかいてきそうだ。
「シルバーは冷たいよね」
「お前が熱すぎるだけだろ。」
そのままたわいも無い会話をし、眠気に任せて瞼を閉じていた。
「ねえ、シルバー?シルバーは僕とこういうことするの嫌?」
訳が分からないという表情をする俺に、ヒビキは真っ直ぐ真剣な目で見つめる。
「シルバーももう子どもじゃないんだから、知っているよね?」
オレは今からヒビキが何をしようとしているのか、分からないほど馬鹿ではない。お互いにもうそれなりの歳だ、やり方なんていくらでも知っている。
「オレは……嫌じゃない。」
そのまま上体を少し起こし、ヒビキの唇に優しく口付ける。ヒビキの瞳が大きくなり、期待に満ち溢れた目になる。そのままそれが合図かのように口を重ね、お互いの身体を貪る。
ああ、オレはやっぱりこいつには勝てない。そう、思いながら情欲に身体を任せた。