オメガバのヒビシルこの秘密だけは守ろうと生きてきた。俺はオメガに生まれ、発情期の期間は抑制剤を飲んで過ごさないといけないということ。そして世間にベータはオレがベータとして偽って生きていくこと。それが俺が幼い頃に立てた誓いである。
この世界には男女の他に3種類の性がある。アルファ、ベータ、オメガ。
アルファやオメガは貴重な存在で一般的にはベータの割合が圧倒的に多い。アルファは生まれながらにして勝ち組であり、その優秀さからトップに立つものが多い。一方、オメガは社会的地位は最下位であり、蔑視されることが多い。
最近差別は無くなってきたものの、やはり世間の目は厳しい。特に上級階級ではよく見られ、政治絡みや金目当ての為に自らの性を使い、権力を奪う奴らもいる。
オメガは発情期と呼ばれるものでアルファやベータを性欲を誘発することができる。それに悩まされる者も多ければ利用する者も多い。
オヤジがオレを見捨てたのもそんな理由だろうか、当時のオレには自分自身がアルファだと信じて疑わなかった。
しかし、蓋を開けてみればオメガだったのだから。
オレがオメガだということはオヤジは知っていた。通常は第二次成長期の時に判断がつくのだが、ロケット団の最先端の技術により幼少期でも分かるようになっていた。そして物心ついたころから、オメガとしての反応が薄くなるように薬を飲み、幹部以外は誰一人としてこの事実を知ることはなかった。理由は簡単で、単純に取引の道具にされるからである。この世界でオメガは最下層の生物であり、オークションや闇取引で使用される。ましてやサカキの一人息子がオメガだと世に知れ渡ればあっという間に誘拐されるであろう。ただでさえ危険なこのロケット団の世界で生き残るには、この性を隠して生きていくしかなかった。
そうしてオヤジと離れた今でも薬だけはポケモンセンターの宅配から定期的に受け取り、また抑制剤も飲んでいる。その努力のかいもあってか一度も発情期はきたことがない。また、修行して強くなった今、誰もオメガだと疑う人なんていない。薬の存在さえなければ、オメガだということなんてとうに忘れていただろう。
「最近活躍しているヒビキくんって子、アルファらしいよ!」
「この間、リーグ突破した子だよね!」
そんな噂が囁かれたのはヒビキがチャンピオンであるワタルに勝った時からである。まあ、あそこまでの活躍はアルファであると確信を持っていたし、彼の姿や振る舞いで分かっていた。アルファは稀である。そのため、検査結果でアルファだとわかるとすぐに噂が飛び交うようになる。
そんな巷で話題の有名人にいきなりバトルを吹っかけられるのはオレくらいだろう。そうして今日もいつもと同じように負かされる。ここまではテンプレートのように普段通りである。
「ねえ、シルバーはもう第二性検査を受けた?」
「おまえはアルファだったって聞いたぜ。ふん、だからなんだ?」
「シルバーの結果も知りたくって、シルバーは強いし、良い匂いもするから同じアルファなのかなって考えちゃってさ。」
「オレはただのベータだ。だが、おまえには負けたくない。」
「僕はシルバーとのバトルが好きだからいつでも大歓迎だよ!でもやっぱアルファとかオメガってなかなかいないんだね。グリーンさんや、ワタルさんはアルファだって言ってたから。」
キラキラした瞳で見つめられ、先程の偽りろ言葉を取り消したくなる。本当はオメガだって言ったらどうなるのか。アルファは能力がもとより高い。実際にオレのオヤジも優秀なアルファであるからこそあの地位を築いたのであろう。なぜ自分は負け組のオメガに生まれてしまったのか、無性に腹が立ち涙がでてくる。
「少し用事を思い出した、ふんっ、次こそは勝ってやるからな。」
「分かった、いつでも待ってるからね!」
ムカつくくらいに、ニコニコとした笑顔で手を振るヒビキをオレは逃げるようにその場から離れた。
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それから何年かの時が過ぎ、ジョウト地方からパシオという人工島で暮らすようになった。此処には各地から強いトレーナーが集まってくる。最強を目指すには最適な場所だった。
きっかけはヒビキとロケット団で共闘したときだった。戦いを終え、家に帰り一息ついていたときだった。たまたまカバンを整理していると見知らぬスカーフが出てきた。それはマジコスのヒビキが着用している見覚えがある白いスカーフ。
「ちっ、間違えて持って帰ってきてしまったか。」
共闘した時に紛れこんだのであろう。どうせヒビキとはこれからも何度も会う仲ではある。次に会った時にきちんと返そうと思っていたその時。
「......」
身体が急に熱を帯び始めたのだった。こんな身体が熱くなるのを知らなかった。おかしい、薬は今まで通りちゃんと飲んでいたはずだったのに。原因は分かっている、このスカーフである。パシオはアルファの人間が多いが、アルファのフェロモンにここまでやられることはなかった。ましてやヒビキの匂いになんて。
ニューラやホウオウが心配そうに顔をのぞき込む。
「大丈夫っ......だ...っ」
そのままベッドに横たわる。スカーフを汚すことを申し訳ないと思いながらも、生まれて初めて解放した本能を止めることはできなかった。
その後、初めて訪れたヒートは一週間シルバーを苦しめることになった。
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あれから暫くたち、オレは薬があまり効かなくなっていた。あの1件以来、アルファは警戒すべき人となっている。誰であっても、だ。
「シルバー!ここに居たんだ、修行お疲れ様!」
いつもの場所で修行をしていると、空の上からヒビキが現れる。
「ああヒビキか。ちっ、相変わらずどこにでも現れる。」
「まあまあ、落ち着いてよ。情報を手に入れたんだ!最近ロケット団とブレイク団がまた怪しい実験をしてるとかどうとか。シルバーなら何か見てないかなって思って。」
「ブレイク団とロケット団の密会…?オレは知らないが、そんなのはとっとと叩き潰してやる。」
また現れたのか。あの後一度体制を立て直すとオヤジは言っていたが、もう力を付け始めたのか。悪い芽は早いうちに摘んでおく方がいい。
ホウオウを呼び寄せ、背中に跨る。
「あっ、まって」
「おまえもちんたらしてたら被害が拡大するぞ」
そのまま現れたという場所まで一直線に向かう。この時、ヒビキの忠告をちゃんと聞いておけば、と後悔した。
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早く最強の男にならないと、ロケット団が動き始めてからオレ自身は焦るようになったのかもしれない。
そして未だにオレは強くなれていない。ヒビキにも、ワタルにも勝てていない。それが自分自身の焦りの原因でもあった。
目撃情報のある場所に向かうと確かにそれらしき痕跡があった。
しかし不思議なのは辺りが以上に静かなこと、だからこそ気が付かなかった。
「ナゾノクサ、しびれごな!」
急に身体が痺れて動かなくなる。ホウオウもニューラも痺れて暫く動けない様子だった。
「あら、オメガが罠にかかったわ。この薬品と同じ成分の匂いがするもの。都合がいいわ、この薬もばら撒かなきゃ。」
主犯と思われるブレイク団の女がこちらを見下ろし、何か薬品を投げ捨てる。
「これはっ…!?」
「発情期を強制的に来させるのよ」
辺りには薬品の匂いが立ち込めているが、ただ1つ分かるのはこれは全てアルファをおびき寄せる罠だということだ。
「こんなことをして何になる!」
「だって、このパシオには強いアルファが沢山いるからまとめて消した方が早いじゃない?だからちょっとした実験をしてたの。うちのアルファたちを宜しくね。」
そう言って女は高らかに笑った。嫌な笑い方である。
「ま、せいぜい足掻きなさい。」
そう言ってピジョットに飛び乗り女は消えていった。目の前には3人の屈強なブレイク団がいる。その目は獣のように飢えていた。
「ん……ッ!」
フェロモンにあてられ、身体が熱くなっていく。早く逃げなければ。だが、身体は動かず声も出ない。なんとか痺れを押さえ込み、男3人に殴り込もうとするが3対1ではやはり力差は埋まらない。数で押さえつけようとするなんて、1番気に食わないことだった。
「やだっ、やめろ……お前らこんなことして許されると思ってるのかよ」
くそっ、思ったより力が入らねぇ。
オレは傍から見れば干からびた池にいるコイキングのような存在だろう。
「ルギアっ、エアロブラスト!」
男3人がが一瞬で吹き飛ばされていく。
「はぁっ、はぁっ、なんとか間に合った。」
目の前に現れたのは先程のヒビキだった。
「くるなっ、…オレは1人でなんとかっ」
「ダメ!もっと僕を頼ってよ、シルバー。いつも1人で問題を解決しようとするんだから。」
「ふんっ、おまえはいつも大事な時に…っ」
動けないオレをそのまま抱えあげ、ルギアの背中に乗る。ヒビキの香りが近くに来たことにより、オメガとしての本能がヒビキの身体を求める。
「…っ早く移動するよ、これでも僕も精一杯なんだから」
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駆け込むようにヒビキの家へとたどり着くと、そのまま寝室に運ばれる。寝かしつけられた布団からはヒビキ自身の香りが溢れており、その匂いにやられてなのか更に身体が疼く。ヒビキにもそれが伝わったらしい。
「……ねえ、シルバー。やっぱり僕ももうダメかもしれない。さっきからシルバーが欲しくて堪らないんだ。だから、嫌だったらバクフーンに頼んで、僕を置いて逃げていいよ。」
必死そうな表情のヒビキ。オメガのフェロモンを充分に受けてなお、理性で耐えているのは酷なことだろう。
かく言うオレも限界だった。目の前に自分の求めているアルファが居るのだから。
「……っ」
覚悟は決まっていた。どうせこの運命には逆らえないのなら、それはずっと気を許したヒビキがいい。
「……シルバー、はやく逃げてっ」
懇願するような目でヒビキは見つめる。しかし、頭の中は本能で支配され何も考えることができなかった。
「そのままの意味だ……」
「シルバーっ、ごめん」
ヒビキはもう答えが分かっていたかのように、そのままシルバーを押し倒した。そして、お互い本能のままに溶け合った。
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太陽の朝日が心地よく夢から現実へと目覚めさせる。隣には同じく気持ちよさそうに眠っているヒビキがいる。
昨日、記憶は途切れ途切れだが自分がとんでもない事をしたのだけはよく覚えていた。静かに起きようと思ったが、察しが良いのか隣で寝ていたヒビキも目を覚ます。
「おはよう、シルバー。その、身体の調子はどう?どこも痛くない?今、朝ごはんを作ってあげるからね。」
何事もなかったように振る舞うヒビキ。けれども、お互いに生まれたままの姿で昨日の記憶は鮮明に覚えている。あられもない姿を見せてしまい、悔しさで涙が浮かんでくる。
「......っ」
「どうしたの!?シルバー、やっぱり昨日、そのまま......」
「いや、あの場所にいてたら襲われていたかもしれない。オレを止めてくれたのは紛れもなくヒビキだ。」
「シルバー......」
自分自身の弱さ、そして結局人に頼らざるを得ないことを痛感する。自分一人では弱すぎるのだ。いつまで経ってもオメガはオメガでしかないのかもしれない。
「軽蔑したか?今までベータだって嘘をついていたオレを、あんな姿になったオレを......」
「そんなことないよ。」
本当はヒビキだけには知られたくなかった。ライバルとして対等に生きていたかった。アルファは絶対的上の存在、それでもせめてヒビキとだけはどんな努力をしてでも隣にいたかったのだ。
ヒビキが近くに寄ってくる。
「見るっ...な......」
思わず顔を背けるがヒビキは後ろから抱きしめてくるだけだった。
「僕知っていたよ、シルバーが最初からオメガだってこと。だってこんなにもいい匂いがするんだもん。」
そのまま項のある場所をスンスンと鼻を近付けて擦り寄る。
「……オレは嫌なんだ、おまえらアルファに頼らなくても俺1人で強くなれる。」
「でも、また昨日のようなことが起こるかもしれない。もしかしたら弱みを握られたかもしれない。ねえ、僕が番になるのじゃダメなの?僕はシルバーの傍に居たいんだ。ライバルとして、これからも。」
「…番か。」
オレの中でも薄々と気が付いていた。番となるべき人物を、本能が求めている人物を。
「勿論、シルバーが嫌なら嫌って言ってもいいよ。なんたって、番なんてものがなくても僕たちは永遠のライバルだからね!」
「……」
「シルバーの力になりたいんだ。シルバーが苦しんでいるなら、僕はシルバーを助けたい。」
ヒビキは真剣な眼差しでこちらを見る。その前を向いて輝く瞳は昔から腹が立っていた。いつもオレをその瞳で見つめる。一生この瞳から逃げ出すことができないのかと思うと、うんざりである。でも、今はその瞳が救いであるような気がした。
「......ヒビキ、オレの番になるからには足を引っ張ったら許さないからな。」
「わかってる。愛してるよ、シルバー」
ヒビキはこくりと頷くと、そのまま押し倒され二人でもう一度ベッドに沈み込んだ。