お題【歯形 ・ 煽る】 それは種族故の特徴だろうか?それともこの男に限った事なのだろうか?
目の前で新聞に目を通している白い男を眺めながら、水木は思考する。白い髪に白い肌。いつも通りではあるが、いつもとは異なる点が一つ。
なあ…ソレって…そう呼びかけようとして、男と目が合って言葉を飲み込んだ。
「なんじゃ、そんなにジッと見つめられては穴が空いてしまうかもしれんのう」
困ったのうとゲゲ郎が口の端を上げてそんなことを言う。
「ハッ、少し自意識過剰なんじゃないか?」
気が付けばそんな言葉が口から漏れていた。
「そうかのう…それで?おぬしは一体何を見ておったのじゃ?」
「ああ、お前のソレ…痛くはないのか?」
ゲゲ郎は、ああ、これか?と首筋にあるその場所を片手でそっと撫でるように隠した。
「………おぬし」
そこで言葉を切ったゲゲ郎はジッとこちらをも見つめていた。なんだか物言いたげでは合ったが何を言いたいか全く検討が付かなかった。
「な、なんだよ」
「忘れてしもうたか、はあ…」
水木は、は?と首を傾げた。何だかその言い方だとその跡と自分は関係があるようではないか。
「どう言う意味だよ」
そう尋ねたところでゲゲ郎はふふっと笑っただけだった。酷く嬉しそうに笑う姿が、どうしてだか面白くなくて密かにグッと拳を握り込む。
「これはのう、昨日可愛い猫にやられたんじゃ」
「猫〜⁈」
素っ頓狂な声が漏れた。
「そうじゃ。普段は甘えぬ猫が昨日は珍しく寄って来たもんじゃから可愛がってやろうと手を伸ばしたらこの有様じゃ」
困ったのうっと笑うゲゲ郎は、やはりちっとも困った様子ではなかった。寧ろ本当に嬉しそうで、やっぱり面白くなかった。
ゲゲ郎は己の首筋に手を当て思い出す。
夕食を終えて、片付けも風呂も終わり、後は眠るだけとなった頃の話だ。久しぶりにいい酒を分けて貰ったのでと水木と一緒に酒を飲んでいた。
程よく酔いが回ったせいもあるのかもしれない。珍しく彼がこちらに近寄ってきた。
素面ではあり得ない行動で、あり得ない距離だった。ぴたりと肩に預けられた頭の重さと体温が心地よい。
「なんじゃ…眠いならもうお開きにしようかのう」
彼の手から酒を取り上げながらそう言えば、水木は顔を上げて首を左右に振ってそれからもう一度こちらに身を預けてきた。甘えられているようで愛らしい。胸は早鐘を打っていた。
これは期待をして良いものだろうかと考える。このまま手を伸ばしても許されるだろうかと水木の顎を掬い上げながら思考する。首に回される腕に、縮まる距離に息を呑んだ次の瞬間、ガブリッと大きく開いた口に襲われた。
「痛っ」
痛みと驚きで水木を見れば、何だか勝ち誇った笑顔を向けて、そのままぐらりと崩れ落ちた。その身体を受け止めてゲゲ郎は苦笑する。
「これはやられたのう…」
やり逃げと言えば響きが悪いが、やり逃げされてしまった。それでも嫌な気分にならないのは相手が彼だからだろう。
仕方がないのうと呟くと水木の体を抱き上げる。
気分が良いので、寝床まで運んでやることにした。
布団を敷いて、そこへ水木を寝かせる。
ゲゲ郎はもう一度噛まれた跡をそっと撫でた。何だか自分が彼のものになったようで、擽ったい。そこで小さな独占欲が湧いて、眠っている彼を再度抱いた。自分も彼に印を刻みたくなったのだ。けれど同じようにすればきっと後で怒られるだろう。悩んでそっと項に口付ける。
柔らかな肌を吸って、放す。時間にして数秒のことだった。眠る水木は身動ぎ一つすらすることはない。大人しくされるがままだった。
色付いたそこを眺めて、ゲゲ郎は口角を上げる。痛みを伴わないその跡に水木は気付かないだろうと確信を持って己の首筋を摩る。
小さな傷が与える痛みを感じながら、湧き上がる独占欲を噛み締めた。
お題【歯形 ・ 煽る】 了