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    慣坂🍎

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    慣坂🍎

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    ミルグラムのミコトくんの小説です。二重人格説前提0909の話。カプ要素は薄すぎる。

    【mグラムのミコト】路線図の友人 景色が目まぐるしく過ぎるのを眺めていた。ガラス窓と景色の間ほどにある宙の一点を見つめ、つり革に指を引っかけたまま揺れに身を任せた。車両に押し込められた乗客達も自らと同じように揺れ、その度に窮屈さが押し寄せた。彼らはその殆どが手元のスマートフォンを見つめて暇を潰していたが、わざわざ身を捩ってまでそうする必要があるとも思えなかったので、僕は変わらず宙を見つめ続けた。
     不意に列車が大きく揺れた。拍子にバランスを崩し、隣に立っていた妙齢の女性に肘が当たった。すみません、とすかさず謝り顔を上げると、今度はつり革に額をぶつけた。痛みと共に眉を顰め、仕事さえ無ければと考える。仕事さえなければ、女性が目も合わせずに頭を下げるところだとか、額が滲むように痛むことだとか、そういった不快さを記憶の箱にし舞い込まずに済んだ。記憶の収納箱には限りがあるのだから、なるべく嫌な記憶は仕舞いたくなかった。その為に、好きな事だけを選びとって、棚に飾りつけるようにして記憶を反芻していた。いつでも見返せるようにしたかった。
     小さい頃からそれは変わらず、度々大切なものを内に秘めては抱えるという事をした。運動場のグラウンドの隅に咲く黄色い花をひとつ見つけたとき、クラスメイトの誰にも言わなかった。言わないまま、時折横目でその花を見つめた。僕の横ではしゃぎ回るクラスメイト達が気付かない、白く咲く見事な百合の花があることは伝えても、道端に咲いたその黄色い一輪だけは何故か話題にあげようとすら思わなかった。
     母はそんな子どもの僕と今の僕との共通点を見つけ出しては、「変わっていない」と喜んだ。それがいい事なのか悪い事なのかは未だに分からないが、とりあえず笑うことにした。誤魔化す為に笑う癖が自らにあるとの自覚はあったが、母にとって不変が些細な喜びであるように、自分にとってはその行いが些細な最善だった。
     母が今の僕と比較する年齢の頃、僕には友人がいた。友人は僕の頭の中にいる少年で、僕以外の誰とも遊ぶことが出来なかった。僕しか知らない、瓶詰めの底にあるようなひっそりとした空気に彼はいた。木陰の端っこだとか、シャープペンシルの先だとか、ガラス窓の内側に彼を見つけては、こっそりお喋りをした。彼は少し乱暴だったので、怒らせないように気をつける必要があった。その為に慎重に、豆を菜箸で摘むように言葉を選び、ひそひそと会話を楽しんだ。
     僕の友人は僕と同じ姿をしていた。
     イマジナリーフレンド、と言うとあまりに安っぽいものだから、それは違うと僕は思った。彼はもっと自律的で、僕の想像を超えてずっと自由だ。例えば僕が悲しんでいると僕の手を使ってすらすらと文字を書き励ましてくれるし、僕が気が付かなければ視界の端に猫がいる事を教えてくれた。それらは全て僕の予想の範疇を超えていた。
     「疲れてるだろ」
     あるとき彼はそう言った。陽が真っ赤に溶けるような夕方の事だった。放課後の子どもたちは鉄棒やボールで思い思いに校庭で遊び、僕は母の迎えを一人で待っていた。彼は禿げた木のベンチの隅っこに座り、僕を見つめていた。
     あははと笑い、そうかもねと僕は俯いた。足の間に挟まった黒いランドセルからリコーダーの袋が覗いていた。そのままだらりと足を垂らし、校庭の子どもたちをぼんやりと眺めたり、ランドセルを挟んでリコーダーを足で押し回したりした。友人は時折足元の蟻を潰して遊んでいた。ベンチの周りだけが、まるで学校の中でひとつぽっかりと鋏で切り取られたように孤立していた。
     「おい僕」と彼が言った。
     「今からどっか行かないか」
     「行くって、何処に?」
     彼が少し黙り込み、何処かだよ、と答えた。僕は彼の住むベンチの隅を静かに見つめ続けた。
     「でも、お母さんに怒られるに決まってるよ。妹の迎えに行く日は毎回ここで待っていなさいって言われるの、君も知っているでしょ」
     「知ってる。だから行くんだよ。ここは窮屈だろう、外に出よう。俺が連れていくから」
     彼は僕だから、僕の手足を動かせるのだ。僕は躊躇して校舎の脇に並ぶ植木達の方へ目を逸らした。カラスが鳴いた。彼が僕を見つめている。
     「行くぞ」
     僕は頷いた。
     坂を降りた先にある駄菓子屋を抜けて、銀杏並木の大通りへ出た。彼が僕の手足を操り、僕はそれに抵抗しなかった。まるで人形師のようだ。僕は僕と同じ姿をした人形師に、ピアノ線で手足を吊られ操られる人形だった。その手足は僕が動かすのと遜色なく、指先まで見事に細かく動かされる。僕は彼のただ一人の観客で、彼の芸術的な舞台に感動する唯一の存在だ。
     銀杏の葉を踏みしめながら大通りを抜け、駅まで行った。足は疲れて傷んだが、お金なんかは全然持っていなかったから、駅前のショーウィンドウの前を歩き回って楽しんだ。細い足に限界が来た頃、デパートの中にあるソファに二人で座った。
     足を休めていたら、不意に「君のせいだよ」という言葉が口をついてでた。
     「ああ、そうだな」
     彼は僕を少し見つめた後、相変わらずの仏頂面でそう答えた。
     「俺のせいだ」
     僕も共犯だったというのに、彼はそう答えた。彼はデパートで着飾られながらポーズを取るマネキンたちを眺めながら、「そっちの方がいい」と呟いた。どういうことか分からなかったから、理由を訊ねた。彼は返事もせず、やはりマネキンを見ていた。同じ瞳をしていても、彼のは僕と違って、ずっと海の奥深くにあるように思えた。しかしそこには生命がいない。ただ小さく細かい水の泡だけが彼の目に映るのだ。
     電車がゆっくりとスピードを落とし、停止した。人の塊はそのとき少しだけその身を揺らし、扉が開くと同時に溢れ出した。風船の水が破裂して零れるようだった。僕は電車の端っこに移動して、今度は人が乗り込んでくるのを待った。見上げると扉の上に路線図が表示されていた。
     あの後、僕は警察に補導された。デパートの外に出たとき、お巡りさんの制服を着た大人たちが僕の前に立ちはだかった。彼らは僕よりずっと大きく、僕は思わず立ち竦んだ。彼らが何か言う前に、沢山の恐ろしい叱責が頭の中を勢いよく過ぎ去っていった。結局それは懸念に過ぎず、彼らはいくつか質問した後に交番へ僕を連れていき、母に連絡を入れた。母は僕を心配していたが、その分痛い程僕を叱りつけた。母に抱かれていた妹が泣き出すと説教はすぐに終わった。僕は母の説教の間、ずっと俺を探していたが、何処にも姿は見当たらなかった。あれ以降、友人として話をすることはなくなった。
     車掌が会社の最寄り駅を読み上げた。僕はただそれを聞くだけだった。この停車駅を無視して終点まで行ってしまう、俺のような思い切りの良さは僕には無かった。そうでなければ、僕はあのとき俺のせいにはしなかっただろうし、俺もそんな僕の事を分かっていたからその言葉に頷いた。
     電車が停止した。人々は雪崩るように駅のホームへと降りていった。自らもそれに続いた。大通りの銀杏並木ではなく灰色のコンクリートを踏みしめ、電光掲示板の案内に従って外に出た。今はまだそのときではないと考えながら会社のビルまで足を進め、いつもの僕がやるように、俺は社員証を読み込んだ。
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    慣坂🍎

    DONEミルグラムのミコトくんの小説です。二重人格説前提0909の話。カプ要素は薄すぎる。
    【mグラムのミコト】路線図の友人 景色が目まぐるしく過ぎるのを眺めていた。ガラス窓と景色の間ほどにある宙の一点を見つめ、つり革に指を引っかけたまま揺れに身を任せた。車両に押し込められた乗客達も自らと同じように揺れ、その度に窮屈さが押し寄せた。彼らはその殆どが手元のスマートフォンを見つめて暇を潰していたが、わざわざ身を捩ってまでそうする必要があるとも思えなかったので、僕は変わらず宙を見つめ続けた。
     不意に列車が大きく揺れた。拍子にバランスを崩し、隣に立っていた妙齢の女性に肘が当たった。すみません、とすかさず謝り顔を上げると、今度はつり革に額をぶつけた。痛みと共に眉を顰め、仕事さえ無ければと考える。仕事さえなければ、女性が目も合わせずに頭を下げるところだとか、額が滲むように痛むことだとか、そういった不快さを記憶の箱にし舞い込まずに済んだ。記憶の収納箱には限りがあるのだから、なるべく嫌な記憶は仕舞いたくなかった。その為に、好きな事だけを選びとって、棚に飾りつけるようにして記憶を反芻していた。いつでも見返せるようにしたかった。
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