灯篭 急ぐ 夢 稀に夢を夢と認識できる時がある。
あまりにも現実離れして、奇々怪々で、あり得ない出来事をぶつけられると、冷静になって意識がはっきりするのかもしれない。
例えば、眠ったはずの場所とは全く違う見知らぬ景色の中に居たり、身に覚えのない恰好をしていたり、この世で最も大好きな兄に冷たい目で見下されたりだ。
意識の始まりは、耳に響いた鈴の音からだった。シャンと鳴り渡った高い音に、目を開ける。延々と続くかと思われる石畳の道と、沿うように立ち並ぶ石燈篭。空は真っ暗であるにも関わらず、無数にも思われる石燈篭の明かりのせいか昼間のように明るい。
ふと手元を見れば、白い着物の袖が目に入る。時折寝間着に使用している簡易な物とは全然違う。どこか神職を思わせる格式の高そうな格好だ。普段の自分ならあまり着ない、むしろ兄が常日頃身に纏っている物に近い印象を受ける。
そうしてはたと思い至る。自分の視界に兄の姿が見受けられないことに。
ぎゅっと胸を締め付けられるような感覚に、自分が今不安を抱いたことを実感する。別に、見知らぬ場所に対して恐怖したわけではない。四六時中一緒に居るから傍に居ないことが異常というわけでもない。ただ、言いようのない嫌な予感が、冷や汗となって流れて行った。
そうして次郎太刀は歩みを進めることにする。何処に続くかも、終わりがあるかも分からない道を、この方向で正しいのかも定かでないまま急ぎ、駆け抜けていく。
進めど進めど景色は変わらず、ただただ石畳と石燈篭が同じように並んでいるばかり。本当に進んでいるかも分からないまま、疲労だけは溜まっていく。
そして、一度立ち止まってしまおうかと思いかけたその瞬間、道の先に一つの影を見つけた。後ろ姿しか見えないその影の格好は、次郎太刀が今来ている装束によく似ていた。
次郎太刀は、それが兄だと確信をもって手を伸ばす。あともう少しで手が届く寸での瞬間に、その影はゆっくりと振り返る。見えた顔は思っていた通りの兄の物。けれど、その目は無機物のように冷え切っていて、そこでようやく次郎太刀は『ああ、これは夢なんだ』と、疑う隙もなく理解した。