アストライアのおとめ達へ我が愛しき人間、アストライア達よ。
この星に仕える巫女としてこの身の声に答えなさい。
ここに新たな長を迎えよう。巫女アストラフィリア、お前は皇帝となり帝国を繁栄させよ。
お前は今日からこの処女の国の皇帝となる。これは神からの命でもあるが、人間からの要請でもある。
名を…いや、お前に名は必要ない…ただお前の役割で呼ぼう。
処女の皇帝(emperor of celibate) ……エオク(EoC)よ。
決して私は人間の衰退を望んではいない。むしろ人間のためにお前たちを創造したのだ。私の声を聞き、人間を導け。それだけが人間を救う、私にできる最大限のことである。
アストラフィリアは友人のミセプリアユノの髪を結っていた。艶のある金糸は細い指で三つ編みに編まれていき、中央でまとめられた。少しだけ後毛を引っ張り出しアストラフィリアは最後にその髪の全体を整える。
ふいに、ミセプリアユノの両肩に手が置かれた。
「あ、もしかして終わったのかしら」
ミセプリアユノが気付くと、アストラフィリアは右手で2回、軽く肩を叩き答える。
「いつもありがとう、アストラフィリア。今日もきっと素敵になっているのだろうね」
アストラフィリアはその場で軽く飛び跳ね、床に足音が響いた。
「嬉しいな」
そう言って微笑みを見せた時、急にアストラフィリアがミセプリアユノの手を掴んで前方に引っ張りだした。
「何?どうしたの?」
アストラフィリアはミセプリアユノの手を掴んだまま先程より高く飛び跳ね、繋いだままの手がブンブンと上下する。
コツンコツンと新たな足音が遠くから響いた後、聴き慣れた声が聞こえた。
「おはよう、2人とも」
「ああ!ヒュメサテュロスが来ていたのか、おはよう」
ミセプリアユノは状況を理解し、挨拶を返す。
アストラフィリアは笑顔で来訪者に手を振った。
「ユノ、フィリア。もう準備はできているか?」
「うん、バッチリだよ。」
フィリアはサテュロスに向かって大きく頷いた。
今日は、待ちに待った祝祭の日なのだ。ここ、アストライアで生活する者たちが特技や舞を披露したり、美味しい食事を振る舞ったりする。
3人は祝祭会場に向かって歩き始める。
ユノはサテュロスの腕を掴みながらゆっくりと歩みを進めるが、自由奔放なフィリアは祝祭の雰囲気に興奮し、あちこちを覗いては動き回っていた。
「フィリア、ちゃんと前を向いて歩け」
「また暴れてるの?フィリアらしい」
ユノはクスクスと笑い、サテュロスは心配そうにフィリアを見つめている。ふいにフィリアは立ち止まり、ある店に指を指す。
「それは、アイスクリーム屋か?」
「フィリア、これから2人で舞台でしょ?」
フィリアは不満そうに唇を尖らし地面を軽く片足で蹴飛ばす仕草を見せた。
「後でこよう、だから拗ねるな」
「後で一緒に食べようね」
フィリアはサテュロスに向かって小指を立てて差し出す。
「分かったって。約束な」
サテュロスと小指で約束した後、フィリアはそのままユノに小指を差し出しユノの手を自身の小指に触れさせる。
「そうそう、終わったら来よう」
ユノは手にフィリアの指を感じると、同じく小指を差し出してフィリアと指切りをした。
「では、星祭の儀式を執り行う。今宵我が星のため舞うのは星託の巫女アストラフィリア、そしてハープは星伝の神凪ミセプリアユノ」
儀式の合図と共にユノがハープを弾き、あたりに優しい音色が広がる。
それに合わせて舞踏用の衣装に着替えたフィリアは身軽で美しい妖精のように可憐に舞う。アストライア伝統の星の舞だ。フィリアが舞うたびにヒラヒラと、所々透けた衣装の一部が優しくそよぐ。アストライアは星の巫女であり、星の一部である。その名に相応しい優美さであった。舞うたびに揺蕩う髪は宇宙のごとき漆黒。青白き素肌を覆う星の帯は全てを隠すことなく時折その肌を露わにする。見た者は思わず息を呑み呼吸が止まった。周りの静けさとフィリア、そして彼のアストライアの巫女に纏う風はまるで宇宙空間と、そこに輝く一つの星のようだった。