きみとおはようおやすみ ∞(暦ラン) 目が覚めてすぐ、家の中で好きな人がたてる物音と気配を感じる。
一緒に暮らすようになって数ヵ月たつけれど、オレはこんな朝、毎回新鮮に感動してしまう。
「れき、おはよう」
「おー、おはよ。朝メシさんきゅ。オマエ休みなのに悪いな」
寝室から出てリビングに足を踏み入れると、ランガがキッチンで朝食を作っている。こんな光景にも少しずつ慣れてきつつ、まだまだくすぐったい。
「ランガ、今日完全オフだっけ?」
「うん。天気いいから布団干そうかな」
「あ、じゃあオレが出かける前に干してくる」
「そう? ありがとう」
顔を洗って軽く身支度したあと、寝具を干すべく寝室に戻る。そこまで広くない2LDKの寝室にはちょっと似つかわしくないデカいダブルベッドは、二人で暮らすことを決めたときに買ったものだ。
ランガと二人で暮らすにあたって、決めたことがふたつあった。
そのうちのひとつが、毎日同じベッドでねむること。例えどんなにケンカしても夜は必ず同じベッドでくっついて寝る。それが約束だ。
正直なところ、ランガが新居の家具をスマホで調べながら「このくらいの大きさならオレたち二人で寝られると思うんだけど」ってダブルベッドの写真を見せてきたとき、オレはビビってしまった。
だけど「えっいや、実家とおんなじようなシングルベッドでよくね? ほらオレ寝相悪いし、たぶんおまえのこと蹴とばしちゃうことあるし、毎日一緒だとお互い安眠できねーんじゃ…」とちょっとしどろもどろに言ったら、ランガが「え?」と目を見開いたあと、それはそれは悲しそうな顔をしたのだ。
その顔にあまりに胸が痛んで、とっさに「…と思ったけど、やっぱダブルベッドもいいかもな! 広くて思いっきりゴロゴロできそうだし! ダブルにするか!」そう口走っていた。オレはどうしようもないほどこいつの悲しげな顔に弱いのだ。
それは高校時代、自分の葛藤のために不条理にランガを避けてしまった数日間の記憶に起因するのかもしれない。
オレがそう言うとランガは打って変わってものすごく嬉しそうな顔で「うん」と笑ったので、心底ほっとしたのだけれど。
数日後、部屋にどでかいダブルベッドが届いたときは「早まったかもしれない」と冷や汗をかいたのも事実だ。
ともあれそのとき、オレは自分とランガの覚悟の差を思い知った。
オレはどこかでまだ、体裁上は友達同士の同居みたいな、そんな感じにしておきたい感じが無意識にあったように思う。
ランガは違った。二人で一緒に暮らすことはパートナーになることで、日本じゃ籍は入れられないまでも、オレと結婚する、って気持ちでいたんだ。
それに気づいたとき、どうしようもなくランガに申し訳ない気持ちになった。
オレだって。オレだっておまえと一生一緒にいたいんだ。ランガ以外なんて考えられない。
世界中の人に自慢したいくらい最高の相手だとも思ってる。
だけどオレは十分にその気持ちを伝えられているだろうか。
そう思ったとき、ちゃんとプロポーズしようと決めた。
どうせプロポーズするならロマンチックなサプライズをしたい。そう思ったオレはジョーに相談することにした。得意ジャンルな気がしたし、レストランではお客さんのサプライズ演出の手伝いすることだってあるだろうし。
ジョーは「サプライズプロポーズは失敗したら地獄だぞぉ」とイヤな警告してきたものの「まあ、おまえらなら失敗することはないな」と相談にのってくれた。
場所はいつも通ったパークとか、Sの鉱山とかも考えたけど人目もあるしなってことで、ジョーが定休日に貸し切りにしてくれることになった。
さすがに休みの日に悪いなとは思ったのだが、
「若者たちのキューピットになれるなんて、こんな楽しいことないからいいんだよ」
って笑ってくれて、師匠、一生ついていきます! って思わずハグしてしまった。イヤがられた。
ランガには新メニューの試食会って伝えることにして、ケーキのプレートに書いてもらう文字や花束の手順も考えてヨッシャ完璧だ! ってジョーの店でガッツポーズしてたら、いきなり入口から愛抱夢が入ってきたときはなんの悪夢かと思った。
(愛抱夢の背後には当然のようにいつぞやオレをラブホに連れ込んだあの秘書も控えていた。)
「ランガくんにプロポーズするそうじゃないか!」
「なっ、なんでそれを…」
思わずジョーの方を見ると「言ってねえよ!」と慌てたように首を振った。
「ボクのランガくんについての情報収集能力を舐めないでくれるかな? 話は聞いていたけどなんて地味なプロポーズなんだ。まっっったくランガくんにふさわしくない」
「わっ、悪いかよ…」
「そもそもキミがランガくんの相手だということからして気に入らないが、彼が望むならそれは仕方がない。しかしこんな鄙びた店でのショボいプロポーズなんてまったくいただけないよ」
「鄙びた店で悪かったな! ていうかおまえらの情報網どうなってんだよ本当に怖えな!」
ジョーが怒鳴ってたけど、結局そのままジョーの店を使わせてもらうことにはなって、愛抱夢も立ち会って当日の照明やBGMの演出をやってくれることになった。全然頼んでねえけど。
当初はジョー以外は二人きりで、の予定だったけど、愛抱夢が立ち会うなら他のメンバーも呼んでしまえ、ってチェリーもシャドウもミヤも呼んで盛大な会になってしまった。
ランガだけが趣旨を知らされていない、やたらムーディーな照明と音楽が流れる「試食会」で、食後のデザートを待つタイミングでなかなか言い出せずにモゴモゴして、ミヤに「相っ変わらずスライムだね…早く言いなよ」と隣のテーブルから小声で囁かれつつもなんとか言葉を絞り出した。
「ラ、ランガ、あのさ」
「うん」
「オレと一生一緒にいてほしい」
「え? うん」
何をいまさら? みたいな当然の顔で小首をかしげてるランガにあれっ、と思ったけどたたみかけた。
「絶対ずっと幸せにするからさ」
「? うん、もう幸せだよ」
にこにこ笑ってるランガは可愛いけど、通じてるのかこれは? と不安になったタイミングで斜め向かいの席に座っていたシャドウが口パクで「言え!」って促されて、ぐっと拳をにぎりしめて叫んだ。
「ランガ、オレと、結婚してください!」
語尾は裏返ったしかっこ悪かったけど、ランガは大きくブルーグリーンの瞳を見開いて、それから思い切り花咲くような笑顔になって「うんっ!」て元気よく返事してくれた。
それから先のことは正直よく覚えてない。
みんなにもみくちゃにされて、さんざん飲まされて、帰るときはフラフラだった気がするし、ランガはご機嫌でジョーが作った三段ケーキをほとんど一人で食べていた気がする。
でもミヤがあとから送ってくれた写真を見ると、オレは真っ赤な顔で満面の笑顔だし、ランガもめちゃくちゃ嬉しそうな顔で写ってるし、いま思ってもサイコーの一日だった、ように思う。
ランガの作ったオムレツとトーストを食べながら、しみじみと思い出に浸る。
「どうしたんだよ、ぼーっとして」
「いや別に。なあ、次、休みが合ったらどっか行くか?」
「じゃあちょっと遠くのパーク行ってみたい」
「いいけどさ。オレもオマエも仕事もスケートなのに、休みの日もそればっかりじゃ変わり映えしないな」
「べつにいいよ。楽しいし」
「だなー! でもさ、そのうちまとまった休み取れたら遠く行こうぜ。海外とかも行ってみたいんだよ。海外のパークとかでも滑ってみたいし」
さりげなく言ったつもりだけど、トーストを齧っていたランガはぱっと顔を上げた。
「なあ暦。それってさ、ハネムーン?」
「ああ」
「新婚旅行?」
「日本語で言い換えなくていいから」
「行く。絶対行く」
「おー」
出掛けに玄関でランガが「ん」と合図して、ちゅっと唇をあわせる。
ふたつめの取り決めはこれ。
毎日必ず、いってらっしゃいのキスをすること。
オレは一応日本男児だし、最初はどうしようもなく照れてしまってむずがゆかったし、なんならまだちょっと照れくさい。だけどランガがこの上なく幸せそうな顔をするので、まあいいかと思う。
オレたちは時間がある限り一緒に滑りたいし、じーさんになっても毎晩一緒に眠って、朝はいってらっしゃいのキスをして。
そんな毎日が、オレたちが無限に積み重ねる「サイコー」なんだと思う。
【おしまい】