おちおちデートも出来やしない 拝啓 母上様。
梅雨も間近に迫る蒸し暑い今日この頃、いかがお過ごしでしょうか。
お風邪など召されていませんでしょうか。
あなたの不肖の息子は今
マフィアにお姫様抱っこされながら銃弾の雨をくぐり抜けています。
「何がどうしてこうなったーーーー!!!!!」
「喋るなダーリン、舌噛むぞ!」
俺を抱えこむドンが振り向きざまに発砲する。サイレンサーもへったくれもない銃声に、ここが平和ボケ日本のごく普通の路地裏だということを忘れてしまいそうだ。お巡りさんなにやってんの!俺は仕事帰りのごくごく一般的な社畜なんです!たまの早上がり(19:30)に偶然会社の近くでこの風変わりな友達に会ったから、久しぶりに呑みにいこうとしてただけなんです!鉄砲で狙われる覚えなんてある訳ない!
「や、多分これ僕絡みだからね。アンタ巻き添えくったんだよ可哀想に」
あと、あんたの僕のことトモダチだと思ってるの。抱えた俺をビールケースの上に下ろしてドンがキヒっと笑った。口の端を引きつらせたような笑顔が怖い。相変わらず笑うのが下手な奴。
「え、俺たち友達じゃなかったのか」
「僕はトモダチ相手にアモーレだのティアーモだの言わないけど」
「そうか、俺が勝手に思ってただけか。友達じゃなかったのか…」
ちょっと本気で落ち込みそうだ。会社帰りに怪我をした彼を拾って介抱してからというもの、お礼だなんだと付きまとわれて、お互い仕事が忙しくてなかなか会えないけど、こうして会えば呑みに行くようになって、俺はすっかり仲良くなったもんだと思っていたんだが。そうだよな、俺こいつの名前知らないし。ドンというのはあだ名とか、役職みたいなものだって言ってたし。なんかやたら白スーツばっかり着てるって事しかしらないや。そっか、友達ですらなかったかー………。
下を向いた俺の頭にぽすっと何かが乗せられた。少し煤けたドンの帽子だ。
「…もういいよ、今はトモダチで」
それ、無いよりマシだからかぶってて。あと、耳塞いで目瞑って出来るだけ小さくなってて。
ドンは苦虫を噛み潰したような顔でそっぽを向いている。だから、お前がそういう顔をすると凶悪で怖いんだって。いや慣れてくると逆に愛嬌あるかも……無いかなあ。
ところでドン、その両手で抱えてるイカした銃器、どこから出したの?なんか昔映画で薬師○ひろ子がぶっ放してた奴に良く似てるんだけど。
(暫し鳴り響く破裂音)
「もう早く帰りたい、お腹空いた、布団で寝たい、明日も仕事なんだよぉ」
白い帽子をぎゅっと押さえて、俺は身体を縮こませた。ドンは銃弾を吐き出し終えた銃器を投げ捨てて、懐から更に鉄砲を出した。もうやだお前はドラ○もんの親戚なのかよ。油断無くあたりを伺いながら、それでもドンは俺の相手をしてくれる。
「休めば良いのに」
「そう簡単に休めるか!日本の労働基準法のユルさ舐めんな」
「そんな会社辞めれば良いのに」
「そ、そんな簡単に辞めるわけにはいかないだろ、責任あるし、給料貰わなきゃ、食べるのも住むところにも困るのに」
「とっとと僕に養われたら良いのに」
「やめろー!社畜から社畜というアイデンティティーを奪おうとするなよ!鬼!悪魔!」
「むつかしいにほんごをつかうなよgattinamia」
ドンが腕を大きく振りかぶる仕草をしたかと思うと、通りの向こうから轟く爆発音。もう何が来ても驚かないぞ。お前が懐から何を出して何を投げたかなんて知らないぞ!
お巡りさーーーん!!!
俺の必死の叫びも虚しく、正義の公僕はちらとも顔を見せることは無かった。どうなってんの法治国家。ドンの腕の中でため息をつく。俺は相変わらずドンにお姫様抱っこをされている。いや、好きでされている訳じゃない。腰が抜けて立てなかっただけだ。
どうやら追跡者を撃退したらしいドンは、上機嫌で夜の道を歩く。お高そうな白スーツがまだらに汚れてしまった以外は傷一つ無い。良かったなあ。
「ハニー、腹が減っただろ、飯食いに行こう。巻き込んだお詫びに奢ってやる」
「いや、それよかもう帰りたい…」
俺は謹んでお断りした。所詮社畜。命ある限り、明日も明後日も仕事が待っている。時刻は22:00を回っていた。もうシャワー浴びて寝たい。
「安心しなよ、アンタの職場は少なくとも明日は休みだから」
俺達の横にすっと車が止まる。今更お巡りさんかと思ったが、やたらとでかくて長い車はやはり音もなく後部座席のドアを開けた。ドンは俺を車内に放り込み、あの凶悪に愛嬌のある笑みでもって、社畜のアイデンティティーを潰しにかかった。
「さっきドサクサに紛れてアンタの会社のビルに手榴弾投げ込んだから。2,3日は立入禁止になるんじゃない?」
これに懲りたら、さっさと社畜から専業主夫に転職することをオススメするね。