セクハラ事件(カムラ式) 盟友ゴコクが連れてきた里のハンター候補を一瞥し、フゲンは思い知った。
これが報いか。若くして長にと担がれ、風通しの良い高みから足元の汚泥に気付けなかった、報いなのか。
痩せて薄汚れたかんばせは淀んだ目だけが金色にぎらぎらと光り、しかしそれでは誤魔化しきれない彼の人のおもかげよ。
狩場で単独で動き回り、必要とあらば小型のモンスターにすら果敢に挑んでいたという子供。流れのハンターが偶然見つけ、直接ギルドに通報されたのだという。そうなれば、もう子供を里の闇に隠しては置けまい。このまま放っておけばギルドの査察が入るからだ。
「この子はこのままハンターにして、ギルドの保護下に置こう」
お前一人では護りきれまい。そう口に出さない盟友の優しさが有り難かった。
「あの阿呆がとっとと猛き炎を襲えば万事解決とは思わんか」
集会場、御三家特別予約席でのフゲンの第一声である。その手には桃色のラベルの一升瓶。一合でリオレイアを不貞に走らせたと専らの噂の媚…いやいや酒である。
「阿呆はお前だ。娘の合意もなしにコトに及んでどうする。女の都合を考えろ」
「フン、さすが妻帯者は言うことが違う」
「そう羨むな。そも、百竜夜行も近いこの時期に武器を扱えるハンターを失うのは痛い。モンスターに対抗できる人間は一人でも多い方が良いだろう」
「何も孕ませろとまでは言ってはおらん!既成事実をだな…」
「とりあえずミノトがランス抱えて吶喊する前にその危険物を仕舞うでゲコ」
あとフゲンは声がでかい。
ゴコクは湯呑にほうと息を吹き掛けた。あ、茶柱。
件の阿呆が半ベソかいて屋敷を辞した後、仲良し三人組は密談の場所を集会場に移した。
隠れ里の小さな集会場、今は半ば里付きのハンター猛き炎の専用施設になっている此処は、部外者や一般里民が入り込めばとても目立つ。故に時には密談の場に選ばれる訳だが、それでも若い娘もチラホラいるわけで、あの子らの前で襲うだの孕ませるだの口に出すのはジイジが許しません。
フゲンが不承不承と一升瓶を仕舞う。あのときゴコクが連れ帰った子供を、終ぞ迎えることも出来なかった神輿の里長は、今でも自らを悔いている。あの子に何か遺してやりたい。望みがあるなら叶えてやりたい。すっかり親の心地だが、当のウツシには伝わっておらずやや引かれている為世話はない。なんとも不器用な男である。
だがまあ、古い友ではあるし。家庭をもつハモンも、同じような境遇の娘を引き取り見守ったゴコクも、気持ちは痛いほど分かるので手は貸しているが、たま〜に落ち着けと後頭部を引っ叩いてやりたくなるのだ。
カムラは禍群れる隠れ里。過去にゴコクが予見した百竜夜行の再来も近く、それでなくともいつなんどき命を落とすか分からない。疾病、負傷、モンスター。危険の種だけは星の数ほど。
そんな環境だからこそ、日夜里のために頑張る可愛い我が子(仮)らに一刻も早く本懐を遂げさせてやりたいそんな親心。しかしそれにはまさかの高い壁が立ちはだかる。
「あの阿呆の自尊心の低さはいったい誰に似たのだ…!何がかわいそう、だ。里一番のツワモノ、しかもあれ程の色男に嫁げて喜ばんおなごはおらんだろうが!!」
「親バカめ。少なくともお前には似とらんな」
ハモンは湯呑で口を湿らす。まだ昼日中、仕事が残っているこちらの中身は白湯である。
生まれたときから里の最底辺、誰かに対する腹いせのように、権力者に足蹴にされて来た子供。三つ子の魂百までとはよく言ったもので、長じた今でも男は当たり前にその身を削る。己の価値はこれだけだとでもいうように。
アレの寄る辺はただ、ギルドに認められたハンターであること、弟子を持つ師であること。
里のハンター、猛き炎の、教官であること。
「もういっそこの酒、猛き炎に…」
「息子(仮)可愛さにうちの孫(義)に妙なものを盛るならそれなりの覚悟をしてもらうよ」
ゴコク殿目怖ッとフゲンは首を竦めた。