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    壱 軸

    @fullkawauso
    わんぱくなカワウソです。

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    POIPOI 27

    壱 軸

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    「白波の果て」
    何度転生しても必ず巡り会い愛し合うこともあるけど必ずアキレウスがヘクトールを殺害する終わりを迎える話

    「うそだろ」
    蹲った体の下の赤い水たまりがどんどん大きくなっていく
    「こんなんで死んじまうのかよ」

    忘れてた、人間は脆い
    ごめんな、ほんとうに忘れてた

    「ヘクトール」

    毎日が楽しくて

    とりあえず床拭くか
    と、思いつつ何故かシャワーを浴びた
    随分長いこと浴びた

    頭を拭きながらおっさんを見に行くと、赤い水たまりはでかくなるのをやめたようだが端から乾いたり変色しはじめていた

    そうか、あんた腐るのか
    何だか今更さびしくなった
    さて、
    180センチ82キロ
    どうやってかくそうか

    いつもより重い体をひっくり返すため、足で押すと水たまりから僅かに糸を引きながら転がった
    さぞかし苦悶の表情に歪んだ死に顔だろうとおそるおそる顔を見る
    あれ?
    最後に見た顔、
    喉元を抑えながらこっち見た顔が苦しそうで、
    とても悲しそうで、
    すごく怒ってるようで、
    初めてあんたのこと怖いって思ったけど、なんだよ死んじまうと随分穏やかな顔になるんだな

    おっさんが一仕事終えて、あーやれやれ終わった終わったーあとよろしくーとか言いながらソファに倒れ大きく息を吸って吐いたら即寝落ちしちまった時のことを思い出して思わず笑ってしまった

    そして俺は、この男を初めて殺した時を思い出す

    死に瀕してもどこかで一矢報いる瞬間を探していたな

    自分は死体になっても家に帰れないと悟った瞬間
    執念が溶け落ち、
    深い緑色の目は蒼天の色を映しこむだけになった

    こわい くやしい にくい

    お前の一番弱い瞬間を見るのが俺でよかった

    狂乱のままに死体を傷つけ引きずり回しながら
    整理しきれない混沌とした感情の底でそう思った

    そうだそうだ思い出した
    それから何回も生まれ変わり巡り合っては俺はあんたを殺したんだった
    殺して、それからいつもどうしてたんだろう
    肝心な事が思い出せない

    確かある時は大きな戦争が起きた時、俺は小さな村の女の子であんたは敵兵だった
    逃げ遅れた母や妹達と床下に隠れていた俺たちを見つけたあんたはぐっと息を飲んだ後、近づいて来ようとする仲間に「ここには何もない、」と声をかけながら立ち去ろうとした
    それが許せなかったのか引き止めたかったのか
    あの時の感情はわからないが、俺は立ち去ろうとするあんたを追いかけ背中に包丁を突き立てた

    「アキレウス」

    倒れこみながらそう確かにあんたは呟いた
    そこからは覚えてない
    多分俺も家族もすぐさま殺された

    とにかく、そんな調子のことが何回も起きた
    生まれて死ぬ過程で
    俺はあんたを仕留める
    あんたは俺から逃げる
    それが人生の予定表に書かれてんだ
    何回も何回も魂を使いまわしてもずっと

    そして今生での俺たちは、学生と通っている大学の教授だった
    専攻は考古学だったような気がする
    新任の挨拶をする彼を一目見て、
    あ、ヘクトールだ
    と確信した
    だがいつもいつも見つけた瞬間に湧き上がる殺意、
    いや、殺意ではないな、
    とにかく殺したいという気持ちがなく、
    少し安心した

    ある日差しが強い日のことだ
    研究室を覗くと、ヘクトールは書類を整理しながら空いた片手で何かの破片をいじっていた
    午後の現地調査から帰ってきたところだろう、首やこめかみから汗が流れている

    「先生おつかれさまです」

    声をかけると柔らかいようなだらしないようなフニャっとした笑顔が返された
    「君の労いの言葉って心こもってないよね」
    柔らかい微笑みと真逆の棘のある言葉

    「あんた挨拶のたびにいちいち心こめんのか?」
    「こめてますよぉ人柄にゃ定評があるんだぜおじさんは」
    「いいのはかぶってる猫の皮だけだろ」

    歯に絹着せぬやり取りは教授と学生というより年の離れた友人のようだと密かに自惚れていた

    「言葉はともかく差し入れしてやるんだから百点満点だろ?」
    買ってきた炭酸水を見せるとヘクトールは嬉しそうに笑った
    「いやぁすまないね、御礼に注いでくるよ、レモンあるから絞ろうか」

    立ち上がったヘクトールと入れ替わりに生徒用の椅子に座る
    机の上には薄緑色のガラス片が数個、

    シーグラスだ

    波に揉まれ海を流れ、尖りを無くし、すりガラスのような淡い質感になったガラス片だ

    「現地調査、海の近くでしたっけ、どうでした?」
    「あーダメダメ何も出ないっつうか荒らされてて」

    研究室に備えてあるコップに氷が落ちるカラカラという音に混じってヘクトールの声が響く
    続いて炭酸が注がれる音

    氷にあたり気泡が舞い上がる音が心地よい
    風通りが良い研究室はどこよりも夏を感じる

    「発掘品だっつうから行ったのにありゃ誰かが捨ててった安ーい壺か花瓶だわ
    悪戯かゴミ捨てか知らねぇけど」
    声がだんだん近づいてシーグラスを置く手元にグラスが置かれる
    「お陰で本日の収穫は浜辺で拾ったそれだけさ」
    言葉が途切れてシュワシュワと炭酸が跳ねる音だけが響く
    もっと言葉を繋げたくて適当な問いかけをした
    「これガラスの破片なんですよね?何年ぐらいかけたらこうなるんですかね」
    「さぁ、調査してる人がいないからわからないとか早ければ半年とか…海岸の性質とかでも変わってくるんだろうね」
    「へぇ…なんか何十年もかけてるイメージがあるけどなぁ」

    鋭利な破片が波に揉まれ砂の中で削れ丸みを帯びる
    この魂に刻まれた殺意、運命の予定表に書かれた予定が長い年月、魂を使い回すうちに薄れるのかもしれない

    現に俺は、今目の前に座る男が愛おしい
    伏せられた目元のシワも飲み物を嚥下するたびに動く喉笛も砂つぶが入ったままの爪もとても美しく見える

    「いる?それ、シーグラス」
    目線に気づいたのか、投げかけられる低く甘い声
    「いや、いらねえ」
    いつのまにか強く握りこんでいた緑色のシーグラスを机に置き直す

    「あんたが持っててくれよ、あんたの目の色だし」
    深い緑色の目が少し見開いて、
    細められ、
    逸らされて
    「顔が良い奴が言うセリフはいちいち威力高えなオイ、おじさん相手に無駄撃ちすんなってーの」

    悪態を吐くヘクトールの頬が少し赤く染まったような気がして、
    俺の感情のキャパシティーが一気に溢れた

    コップを両手で持って膝のあたりに乗せてるヘクトールの前にひざまずき
    「え?待ってなになに」
    コップごとヘクトールの手を握りこむ
    冷たくて心地いい
    「あんたが好きだ」
    「おぉーっとどうしたの君?熱中症?」
    「本気だよ、あんたが好きだ多分はじめてあった時から好きだ」
    ヘクトールの冷たい指先がジワジワと温まっていく
    俺の言葉に掻き乱されているんだろ?
    俺の体温が伝わっているんだろ?
    「顔真っ赤だ、かわいいな」
    ひっという小さい悲鳴のあと
    「き、きみだって…」
    とか細い声が聞こえて、俺は今までにないほど頬が熱くなっていたのに気がついた
    爽やかな風が通る部屋であの日、俺たちの心は重なったんだ

    「好きだったのになぁ、ほんとに好きだったのに」

    想いを伝えてから3回目の夏、
    何故かこうなった

    何でだっけ?
    あーそうだそうだ、
    いつも通り俺が仕事から帰って部屋に入るとヘクトールがキョロキョロしててさ、
    目が覚めたら知らない場所にいてビックリしてる猫みてぇだなぁ
    なんて思ってたら、
    振り向いて、俺を見て、目をひん剥いて

    「アキレウス、何故貴様が」

    ヘクトールは俺を睨みつけたまま、
    手探りで包丁を手に取った

    その時のヘクトールの喉元に、
    昨日の晩に噛み付いて怒られたあたりに、
    昨日までなかった傷痕があった
    知らないわけではない、一番最初にあんたを殺した時に俺が刺した痕だ
    覚えてる、覚えてるさ、忘れられなかった
    あんたみたいに何もかも忘れたかった
    いつもいつもいつも忘れたと思っても思い出しちまう
    あんたを見た瞬間に思い出しちまう
    もういやだ、やめてくれ、そんな目で見ないでくれ
    何も知らなければあんたはあんなに優しくて温かくて可愛くて
    なのに俺を思い出したらそうなるのかよ
    俺が悪いのかよやめろ見るな見るな見るな見るな殺したくない見るな見るな殺したくなる見るな殺してやる殺してやる殺してやる殺してやるヘクトール親友の仇だ思い知れ死ね愛してる

    愛してるよ


    そこからちょっと覚えてない
    例えるならヘクトールは寝起きだったけど、
    俺はずっと起きてたんだ
    俺の方が早く動けた

    一緒に暮らし始めた時にヘクトールが選んで買ってきた包丁で、
    適当にヘクトールの腹を刺し、
    倒れかけたから支えてやりながら喉元を刺し、
    血が溢れる口がはくはく動いて、
    何か言おうとしたので心臓を狙って胸を刺した

    そして考えのまとまらないまま床を拭こうと思いつつ風呂に入ったり、ヘクトールを移動させようと少し動かしてボンヤリ思い出に浸るなどして今に至る
    ちゃんと動こう
    キッチンペーパーをつかみ出し血だまりの上に落とすとみるみる血を吸って赤く染まる
    とりあえずあるだけペーパーを上に撒く

    在庫はないかキッチンを探してると、切りかけのレモンがあるのに気づいた
    レモンといくつかの柑橘類と白ワイン

    「ヘクトール、サングリアか?」

    返答はない

    「俺これ好きだよ」

    ありったけのペーパーに血を吸わせてベシャベシャと袋に詰め込む
    久しぶりにこんな血を見た
    一番最初のあの頃、トロイア戦争の時のほうがいちいち倒れた敵なんか見なかったから血の印象が薄い気がする
    だから、去年釣ってきた魚を捌く時に思ったよりもキッチンを汚してしまって掃除に苦労したことの方が鮮明だ
    「洗っても手が生臭い」とぼやくヘクトールが思い起こされる

    「ああ切ないなぁ、さびしいよヘクトール」
    とりあえず赤い水たまりを片付けたら次はヘクトールを綺麗にすることにした
    服を脱がして風呂に運ぶ
    いつもはもっと丁寧に脱がすんだけどな
    昨日の夜まではボタン一つ外すのさえ愛しくて楽しかったのに

    「さっきいっしょに入っちまえばよかったな」
    風呂場にヘクトールを寝かせてシャワーをかけた
    血が流れ排水口に赤い渦巻きができる
    あれだけ流れ出たのにまだ血が出るのか
    驚きながらさっさと体を洗ってやり、タオルで傷口押さえる
    「あー救急箱どこだっけか」
    だめだ、やる事がまとまらない
    二度手間ばかりだ
    「ちょっと待ってな」
    ヘクトールの濡れた柔らかい髪を撫でると頭が真横にガクンと倒れた
    俺はまたさびしくなった

    救急箱からガーゼとか絆創膏とか取り出してヘクトールの傷を覆う
    胸の傷はまだジワジワと血が出て来るのでタオルをあて、上からパジャマを着せてやる

    横抱きにしてベットに運ぶ
    疲れてるからもう動きたくないと玄関でぼやいてる時に、こうやって運んでやったら「恥ずかしいよ」と照れながら笑ってたよな

    ヘクトールをベッドの上にそっと下ろした
    起こさないように気を使うように
    もう目覚めることなんてないのになぁ

    「ちょっと水飲んで来る、とりあえず今日は寝ちまおうぜ」
    疲労感が凄まじい
    キッチンをペタペタと歩いてると足の裏に固い感触

    足を上げて見ると

    「あ」

    緑色のシーグラスが落ちている

    血だまりに落ちたのだろうか、大部分は赤褐色に染まっていた

    背中がザッと冷たくなる
    拾い上げ、バタバタと流しに向かう
    流水で流しても石鹸で擦っても赤みが取れない
    優しいグリーンに浴びせかけられた血が取れない
    「なんでだよ」
    砕けて
    撒かれ
    波に揉まれ
    砂に削られ
    丸みを帯びて
    優しい色になって

    行き着く先がコレなのか?

    薄れて薄れて消えると思ってたのは俺だけかよ

    俺の運命の予定表にはずっと最愛の殺害予定が書き込まれている

    ボロボロと涙こぼれ落ちる、今さら

    シーグラスを握りしめ、ガキのようにしゃくりあげながらベッドに向かう
    「ヘクトール」
    寝転がって動かない体にすがりつく
    ヘクトールの匂いがしねぇ、石鹸の匂いだけだ
    朝になれば死臭が漂い出してるだろう
    よく知ってる何回もやってんだ
    こんな事を

    明日からどうしよう
    どうしたらいいんだよヘクトール

    涙に濡れた頬がふいに冷たさを感じた
    風が吹いている
    脳裏によぎる夏の日、風がよく通る部屋
    「ヘクトール」
    そうだ、とりあえず海に行こう
    炭酸水持って
    シーグラスでも探しにさ

    波に揉まれて砂に削られて長い年月をかけて

    いつか俺たちお互いを忘れられるのかな

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