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    壱 軸

    @fullkawauso
    わんぱくなカワウソです。

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    壱 軸

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    「お駒の龍の目」
    エミロビとヴラロビ
    行き場を無くした愛情は怒りに似る

    お駒の龍の目

    【恋】
    衛宮といやぁちょいと知れた御武家様で御座います。先代とは養子の間柄ながら父息子揃って武に優れ気質に優れと評判で御座いました。
    そんな御人が私なんぞ町火消しを目に掛けたのは背中の彫り物と目が合ったから、等とおっしゃるので思わず吹き出しちまいました。
    眉間にくっきりと刻まれた皺をなぞり、
    おやここにも龍がいらっしゃる
    と笑いかけるとがばりと抱き寄せられましてそのままゴロン。
    まぁ涼しげな声や目元に似合わずお熱い方ですよ。
    私の背中の龍もこの御人を好いてくれりゃあいいのですが。

    【骨】
    火消しの男は周りにお駒と呼ばれていたが、本名はロビンという。

    「俺ぁあんたが行ったことのない海の遠く遠くからやって来たのさ。船に乗って…ああ、あん時は連れ合いが病でな…命がけさ。」
    と言いながら細めた目は緑色。
    髪は火消しの場でも輝く橙。
    そして背中には龍の彫り物。

    異国の刀を咥えた龍は、褥にてロビンの白い背中で揺蕩いながら時折私を凝視しているような気がして、私は背中を撫でるふりでその目を手のひらで隠した。

    「最近は火が上がらなくて暇で仕方がねえや。
    飯にありつけるのはお侍様のおかげっすわ。」
    何回か屋敷に呼びつけるうちに、ロビンは飯時になると私の屋敷を訪ねるようになった。
    女中も雇う金も無い私は自ら台所に立つ。
    そんな私をロビンは、他の者のように男児たるもの等と野次することもなく、傍に立ち支度を手伝うようになった。
    屈託無く笑うようになった彼を素直に愛おしく思う頃に耳打ちされたのだ。

    「あの彫り物はお駒の昔の情夫が彫ったものだ」

    だから何だ、と歯牙にもかけなかったのはその時だけ、それからずっと私は喉に小骨が刺さったような気持ちに付きまとわれた。

    【火】
    その夜、町に火の手が上がった。
    家屋が一棟焼けた程度で済んだが駆り出された町人火消しの中にはロビンがいた。
    同心に呼びつけられた衛宮が駆けつけた時、ロビンは落ちた木材を肩に受け、治療に運び出された後だった。
    衛宮は同心から焚き火が風で舞い上がったとか、火付けの可能性はないとか、そんな話を聞かされたが頭に残るのは焼け跡で働く他の火消しの会話ばかり。

    ーお駒の奴、無理な避け方しやがったなぁ
    ー背中に受けるのが嫌なのさ、あの彫り物はイロの形見なんだろ
    ーおいらは行方知れずだって聞いたぜ?
    ーあんな風体の男が他所に移ったぐれぇで身を隠せるかよ、ぬぅーと背がでかい色男だったけどよぉまるで幽霊みてぇな…おっと

    きき耳につられて視線も向けていた衛宮に気づき火消しは慌てて口を噤んだ。
    衛宮は無意識にゴクリと生唾を飲み込むと胸がずきりと痛んだ。
    喉に刺さった小骨が心の臓に至ったのだろう。

    【愛】
    一つの領地を統べる王がいた。
    冷徹ではあったが領民と生まれ育った領地を愛する王であった。
    が、ある日王は王ではなく血を啜る怪物となった。
    呪いか自ら望んだのか、定かではない。
    領民は彼を敬っていたが、信仰する神の教えは彼を赦すべきではないとしていた。
    火や石や恐怖の声を受けながら王であった男は森に逃げ込み、ひとりの子どもに匿われた。
    子どもは森に追いやった異教徒の子であった。

    あなたはよきおうです、われらをもりにおいやったが、おいかけてぶちはしなかった。

    膝を折っても身の半分もない小さな子どもに男は救われた。
    子どもが狩った獣の血肉で喉を潤し腹を満たすことができたが、数日後には森に人々が踏み入ってきた。
    男は小さな手に引かれ森のさらに奥へ逃げ、そこを抜けると運河を小舟で逃げ、港に着いた。
    追い詰められた男と子どもは行き先もわからぬまま船に忍び込み、何日も揺られながら息を潜めた。
    流れる水を渡るたびに、日差しを受けるたびに男は疲弊し、目の前の小さな首筋を噛みちぎりたい衝動に駆られ慟哭した。
    やがて辿り着いた地は遥か東の国であった。
    男は自らわけもわからぬまま霧になる力を使い、船から抜け出したが、そこで力尽きた。
    えんえんと傍で泣く子どもの声を聞きつけて町人がわらわらと集まってくる。
    ここで打ち殺されようと悔いはない、だがこの子どもは救ってほしいと願ったが、意外なことに町人達は異人の2人を受け入れた。

    ー港が外へ開かられてからここは色んな人が住むようになったのさ、働きさえすりゃ何も問題ないよ

    ああ、助かったのだ、漸く助かったのだ、

    少なくともこの子はここで生きていけるだろう。

    どんなに血を欲する衝動に耐えられようと、余はもう人ではない。

    子どもが少年になり青年になり、町人火消しに誘われた事を知ると、男はその背に龍の刺青を彫った。
    何日も締め切った部屋で、体温の低い男の額にも汗が浮かび、青年は呻き声を噛み殺せなくなった口から涎を落とした。
    それを手ぬぐいで拭いてやりながら「休むか?」と声をかけると「平気、早いとこ済まして、稼ぎに出させておくれよ」と痛みで震えながら青年は気丈に返事をした。
    素直に愛おしく思った。
    余を導いてくれたお前が、ここで働き老いてやがて息を引き取るところを見守りたいとも思う。
    だが、これは、こうなる運命だった。
    ゆえに流れる川を渡り、荒れる波を超え、薄紙から差し込む日の光に耐え生き延びたのだ。
    「さて」
    ではな、ロビン。
    施術に力尽きた青年を残し、男は朝日の中へ文字通り消えた。

    【昔】
    ひとりの王が呪いで怪物となった。
    王であった男は森に逃げ、異教徒の子どもに助けられた。
    2人は追われるうちに森を抜け、川を下り、ついには海を渡った。
    食事をとれず疲弊しきった男のために、まだ幼い子どもは辿り着いた異国の地で働き、狩りをした。
    子どもが少年になり、青年へ差し掛かった頃、男は青年の背中に龍の刺青を彫った。
    青年が一人でも働き生きていけるようにとの祈りだった。
    祈りを終えると男は朝日の中へ姿を消した。


    そう、それは確かに愛であり祈りだった。
    だがな、それは呪いにもなっちまうって、
    あんたは知ってたはずじゃねえか。

    【橙】
    ロビンが目を覚ますと夕暮れであった。
    ぶつけた肩は痛むが動かせるようだ。
    起き上がりると障子の向こうから差し込む夕日で部屋はほのかに赤く照らされている。
    あの人がいた頃は古着で日を遮っていたなぁとふと思い出し、振り払う。
    狭い部屋を二歩歩いた先の土間には近所の女房がおり、声をかけると安堵したように笑った。
    「びっくりしたよう、駒鳥は長いこと怪我も病気もしないから」
    甕から救った水を受け取りながら溜息をつく。
    「その駒鳥って呼び方やめておくれよ、童の頃の名前じゃねえか」
    流れ着いたロビンを幼い頃から面倒を見ていた女房はケラケラ笑う。
    「駒鳥ってのはお前さん達がいた国にいる鳥なんだろ?お前さんの髪の色と同じ色した鳥だって旦那から…」と続けたところで女房は口籠るが、
    「旦那がつけてくれた良い通り名じゃないか」と零した。
    「そう続けられちゃ何にも言えねえ、おうとも良い名だ。」
    そうロビンが笑いかけると女房も笑い返し、何かあったら呼びなよと出て行った。

    気の良い人ばかりの町にたどり着いた。
    俺たち、否、俺は幸福だ。
    これで満足だろ?何も問題はないよな?
    何で、俺一人だけ不満で胸が裂けそうなんだよ。
    衛宮、あの男に会いたい。

    いや、だめだ、あいつは最近俺の背中を見ようとしない。気づいている、この背中に込められたものが何か。

    「どうしてこんなものを残して行ったんだよ…」

    この刺青が無ければ耐えきれなかった、だがこんなに苦しい思いを抱えずに済んだ。

    矛盾の中で項垂れていたロビンの頭上、戸板を挟んだ外から聞き慣れた若武者の声がした。
    「御免。」

    「ぁ…は、い、只今。」

    【声】
    「おやこれはこれは、暗くなるってのに御足労頂きましてどうも。狭い家ですが上がりますかい?それとも今から御宅に…うーん邪魔してもいいが、生憎今夜はお相手できませんのでねえ。」
    コロコロとロビンの口から溢れる話し声は胡散臭いほどに明るく軽薄だ。
    対して衛宮の声は重い。
    「いや、今夜は話をしに来た。」
    日頃より小さく短く発しても威厳を感じる声であったが、より重いそれにロビンは背にぞわりとした悪寒を感じた。
    「あいよ、上がってくんな。」
    肩を庇うようにのそのそと動きながらロビンは行燈に火を灯す。
    「寒いなぁ、陽が落ちるのが早いわけだね。」
    返事はない。
    やれやれとロビンは火鉢の前を陣取った。
    「俺の彫り物の話ですか?」
    切り出すと衛宮は視線上げた。

    「それを彫ったのは貴様の昔の男と聞いた。」

    衛宮が言葉を発すると途端にロビンは吹き出し、ゲラゲラと笑いだした。
    「おいおい御武家様がイロ相手に悋気たぁ情けねえなぁ!余所の男の匂いは何でもかんでも気に入らねえってか!?男一人を通いにしたぐれえでよお!殿様気分は座敷に俺以外に何人も囲ってからにしやがれ!」
    火事場の喧嘩に慣れたロビンの啖呵はおそらく外にも聞こえているだろう。

    構うものか。掴みかかって来やがれ。
    恥かくのはてめぇだ。

    だが飛んで来たのは拳ではなく、凛とした声。
    「余所の男の匂いとやらにしがみついてるのは貴様だろうが。」

    「何だと、」

    「貴様の思い出の上塗りに私を使わないでくれ。」

    短い沈黙の中でシュンという、火鉢に涙が零れ落ちる音がした。

    【目】
    ロビンはきっと殴りかかってくるだろうが構わない、殴らせて終わるのならそれまでだと身構えた衛宮の前で、ロビンは見開いた目からポタポタと涙を零した。
    衛宮の胸のあたりの痛みが増した。
    ロビンの中に残る彫り師の存在の強さを目の当たりにしたからだ。

    ポタポタと涙を零しながらロビンは口を開く。
    「俺の昔の男のこと、どんな風に話を聞いたんです?」
    「背が高く暗い雰囲気の男だったと聞いた、一緒に暮らしていたが突然姿を消したらしいな。」
    ふふっとロビンが小さく笑う。
    「そんな風に思われてたんですねぇ、あの人は。」
    愛しげに呟く様に衛宮の手に知らずに力がこめられた。

    「イロなんかじゃねえ、あの人と俺は一緒に逃げて来て、ここで家族みてえに暮らしてたんだ。
    父子って感じじゃねえから勘繰られることも多かったですけどね。
    俺が働けるようになった時にあの人は俺に刺青を入れてすぐ、多分死んでます。」
    「多分と、いうのは?」
    「ちょいとね、あの人は普通の生き物とは違ったんだ…ほっときゃ殺されるって連れて逃げまわったせいでだいぶ無理させちまった…」

    今でも思い出す、
    自分よりも遥かに大きな手を握って森を駆け抜ける。
    後ろから聞こえる「もうよい、ひとりでゆけ」という声。

    異教の祈りを捧げたからと吊るされた自分の父を思い出す。
    森から出て野盗に殺された隣人を思い出す。

    走りながらいやだいやだと泣いた。
    にげましょうはやくにげましょうと泣いた。
    握られた手に力が込められたのを今でも鮮明に思い出す。

    「そんで、あんたは、俺の背中の龍が憎らしいんですか?」
    不意に緑の視線に射抜かれて衛宮は息をのむ。
    「俺をどうしたいんですか?」
    そもそも自分は何を話しに来たんだろうか。
    ロビン、怪我の具合、噂話、背中の龍、彫り師の男。
    いや、一番聞きたいのは、
    「お前こそ、俺をどう思ってる。」
    突然の問いかけにロビンは少し驚いたが迷うことなく答えた。
    「好きですよ、でもあんたが訪ねて来た時はこれで仕舞いになると覚悟していた。」
    言い終わると火鉢に手をかけた。

    「喧嘩別れでもしてりゃ上等さ。
    何にも言わねえで黙って消えたら真意なんてわかりゃしねえ。
    わかんねえからこんなもん後生大事に背中に残しちまう。
    無病息災の験も担ぎ疲れちまった。」

    ロビンは火箸の刺さった火鉢を衛宮の前へ押し出した。

    「あんたこの残り香が我慢ならねぇってぇなら、せめてこの龍の目ん玉だけでもさ焼いちまってくれよ、未練がましいぞと焼いちまってくれよ。」

    なんてことを言うのだろうか。
    衛宮は紅く火を灯す灰に埋まる火箸を見つめながらその熱さを想像する。
    これを押し当てるなど折檻でも有り得ない。
    それをロビンはしろと言う。

    ロビンの背中で睨みをきかせる龍の目を潰せという。

    「そんな事はできない…それ龍じゃない、お前の背中だ。お前の背中を焼くなど俺にはできない。」
    火鉢を避けながら畳の上をズリズリと、ロビンの元へ近づく。
    「お前が彫り師の男のことを好いているのなら、と思うと、俺は腑が腐り落ちるような気がした。
    俺のことを今お前が好いてくれているなら、何もいらん。」
    ロビンを抱きよせようと腕を上げる、が肩の怪我を気遣ったのだろう腕を下げロビンの手を両手で握り込む。
    自分の火傷だらけの手を大切そうに包み込む衛宮の両手に愛しさを覚えながら、ロビンの脳裏には先程の火箸を見つめていた衛宮の目が焼き付いていた。


    あれは飢え渇きに限界まで追い詰められたあの人が、自分の首筋を見つめていた時と同じ目だ。


    【渦】
    どんなに祈りを込めてもそれが祈る本人から離れたら形はいくらでも変わる。
    呪い、殺戮、火
    あの人が残したこれはどんな祈りをこめたのだろう。今はもうわからない。
    思えば祈りの恐ろしさから逃げ回る半生だった。
    祈る神が違うからと追い立てられて、神が定めたものではないと殺されかけて、逃げて逃げて、
    あの人が消えて背中に龍だけが残った。
    空いたこの手であいつの手を取ってもいいだろ?
    問いかけると背中の龍の口に火炎が篭る。
    誰にも渡さない、誰にも渡さないと、
    龍も、あの人も、あいつも、同じ目で俺を見る。
    なあ頼むからもう選ばせてくれ。
    灰は灰に、龍は天に、俺は俺の行きたいところへ
    もう行くんだ。
    あんたが望んだようによく働き誰かと手を繋ぎ老いて死ぬんだ。
    それがあんたの祈りだったんだって俺は思うことにしたんだ。そうしないと歪んじまう。
    それでいいんだろ?
    どうしてそんな目で見るんだ。
    「ヴラドさん」
    龍の口から火が放たれた。

    ああ、
    祈りが

    熱で



    ゆが





    火が爆ぜる音
    お駒お駒と呼ぶ声に混じり聞こえる。
    ロビン
    ロビン
    ロビン

    焼け落ちた家屋の側で衛宮は座り込みロビンの手を両手で握りしめていた。
    俯く様は祈りを捧げているかのようだ。

    ロビンは火消しの最中、残った家人を助け出そうとして燃えた梁の下敷きになったのだという。
    重い梁と火は背中の龍を焼き潰した。
    「…ぇ…」
    かすかに聞こえたロビンの声に衛宮は気づいた。
    「あんた…きらいな…りゅ…も…いないよ…」
    龍はもういない。
    いや、
    「違う、龍は、お前の中に押し込まれてしまった。」

    傷つくのを怖れて引き剥がそうとしなかった。
    それはお前の一部だと、認めさせてしまったせいでロビンを蝕む後悔は龍の最後の一筆となってしまった。
    龍の目はあの時に開いたのだ。

    「俺のせいだ。すまん、俺があの時焼いていれば。」

    龍はお前を諦めて天にかえったのだ。


    その日、未明に起きた火事で火元と思わしき家屋より両側五軒、後方三軒が焼け落ちた。
    小火が複数箇所で起きた事が打ち壊しの遅れた主な原因とされる。
    密集した町中には熱をはらんだ煙が満ち、町民は山頂付近の神社に避難し町を見下ろした。町は火に照らされ、家屋の間を這う煙はまるで龍のようであったという。
    その煙は朝日が昇り始めると徐々に薄れ、やがて消えた。
    詳しい原因と火元は未だに不明である。

    【終】
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