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    ysnt07

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    ysnt07

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    御剣がくれたお土産のマグネットをきっかけに、なるほどくんが色々考えたり考えなかったりする話。のつもりで書き始めたのですが、途中で放置してしまいました。いきなり終わります。

    🗽 あっという間に日が沈むようになり、風もぐんと冷え、かさむエアコン代で懐まで寒くなっていたところに、御剣が海外出張から帰ってきた。
     ドアを開けるとまず目に飛び込んできたのは、なんだか久しい友人の顔と、彼の腰くらいまである大きなスーツケースだった。再会の挨拶もそこそこに事務所内に招き入れる。少し疲れて見える御剣の頬は寒さのせいでうっすらと赤く染まっていた。ぼくは彼の脱いだ黒い厚手のコートを受け取り、来客用のハンガーラックに掛けながら、「アメリカよりも日本の方が寒いの?」と聞いた。「あちらの方が雪が多いが、まあ、寒さは同じくらいだな」と御剣は答えた。

    「それにしても、でかいスーツケースだなあ」

     言いながらソファを勧め、ふと思いついて「子どもなら、ひとりくらい中に入れるんじゃないかな」と呟くと、彼は「まさか」と少し笑った。

     熱いお茶を淹れてやろうと思っていたのに、長居しないからと断られて、手持ち無沙汰な気分で彼の対面に腰掛ける。せっかく久しぶりの緑茶なのにいいのか、と意地悪な顔で確認すると、帰りの飛行機で飲んだのだと言う。ああ、そう。そういえば飛行機ってサービスいいもんな。大げさにうらやむと「私は遊びに行ったわけではないんだぞ」と睨まれた。

     こうやって話しているうちに、やっと、御剣が帰ってきたのだという実感が湧いてきた。……我ながら、ちょっと遅い。

     わざわざぼくに断ってからスーツケースを開け、きれいに詰め込まれた中身を取り出している姿を眺める。彼は海外出張が多いから荷造りには手慣れているのだろうけど、きっと生来の几帳面さも関係しているのだとぼくは思う。

     振り返ってみると小学生の頃も、御剣の机はいつも整頓されていた気がする。ああ、そうだ、それに比べて矢張の机はある種のブラックホールで、こっそり置きっぱなしにしていた教科書はもちろん、提出期限の過ぎているプリントや、いつのものかわからない給食のパンなんかも入っていたっけ。

     思い出しながら懐かしんでいると、テーブルの上に大きな箱がコトンと置かれた。英語まみれの包装紙には自由の女神像が大きく描かれていて、いかにもアメリカ土産という感じがする。見ると、御剣はパズルのようにきっちり収まっている荷物から、何やら目当てのものを探しているらしかった。おそらく、この箱はそのために一旦取り出しただけなのだろうな、とは、なんとなくわかった。
     出来心でひょいと箱を持ち上げ、「えっ、これぼくの? うわー悪いなぁ、ありがとう」と大げさな声を上げてみた。けれど御剣はチラリとこちらに目を向けて「そんなわけないだろう」とだけ冷静に返してきた。ううん、ブレないなあ。ぼくは箱をテーブルに戻した。

    「それは局の人間に配る用だ」
    「へえ……意外とマメなんだな」
    「おい。意外と、とはなんだ」

     不服そうな声を上げた御剣だったが、まだ冷たそうな白い手を動かし続け、ようやく目当てに辿り着いたらしい。次にテーブルに乗せられたのは、甘そうなチョコレートが数種類描かれたきれいな袋と、もうひとつ。小さな茶色い紙袋だった。

    「こっちが君たちの分だから、真宵くんと一緒に食べるといい」

     言いながらさっさと職場用の箱を回収している御剣に、声には出さないけれど「おまえは本当にマメなやつだよ」と思う。彼は海外出張から帰るたびに、こうして土産を持ってうちの事務所を訪れる。ぼくは彼のスケジュールなんて知らないけれど、いつも帰国前に予定伺いのメールをくれるから、アイツまた出張だったのかと後から知ることになる。

     チョコレートの袋に手を伸ばしながら「なんか、アメリカの味がしそう」と感想を述べてみたら、思い切り怪訝な顔をされた。その少しだけ懐かしい眉間のヒビに気付いて「……って、たぶん、真宵ちゃんなら言うんじゃないかな」と誤魔化そうとしたけれど、御剣はふっと笑って「そうかもな」とこちらを見た。ぼくの感性と語彙力はとっくに見透かされている。

     けれど、土産がふたつ出されたのは、今回が初めてだった。

    「これは?」

     小さい紙袋を指差すと、スーツケースを元通りに閉めていた御剣が顔を上げて、「それは、まあ、取っておきたまえ」と素っ気なく言った。それからすぐに手元に顔を戻してしまったので、表情はよく見えなかった。
     ふうん、と返してみたけれど、やっぱり中身が気になった。こちらを見ない御剣のことは放っておいて、手に取ると、何やら固いものが入っているようだ。そのまま無遠慮にひっくり返して手のひらの上に出してみる。
     すると現れたのは、国旗や有名な建物が立体的に凝縮された、手のひらサイズのカラフルなマグネットだった。
     ぼくはまだ何も言っていないのに、音で紙袋の中身を出したのがわかったらしい御剣が、スーツケースに鍵をかけながら「空港のショップで見かけて、なんとなく気に入ったから買っただけだ」とぼそぼそ呟いた。今から訊こうと思っていたのに先に答えられてしまったぼくとしては、言うことがなくなり、ちょっと困った挙げ句に「へえ……そう」とだけ声に出した。いつも土産は食べ物なのに、珍しいなあ、と思った。

     その時、急に御剣が立ち上がった。驚いてマグネットから目を上げると、急いでいるからもう帰ると言う。もう少しゆっくりしていくとばかり思っていたので、面食らって「え。でも、もう少しで真宵ちゃん帰ってくるけど」と途中まで言いかけた。けれど結局飲み込んで、「……そっか、気をつけてな」なんてありきたりな声を掛けた。
     彼が忙しいことは充分すぎるほどわかっているし、単純に、ぼくに彼を引き留める権限はないと思った。

     もらった土産をテーブルに置いて、のっそりと見送りに行く。ドアの前で再びコートを着て、スーツケースの取手を伸ばしている姿を眺めながら「御剣」と名前を呼ぶと、振り返った彼とまっすぐ目が合った。

    「ありがとな」
    「……」

     ただ少しだけ目を細め、そっと微笑んだあとに「真宵くんによろしく」と言い残して、御剣は帰っていった。
     
     事務所にはまたぼくだけになって、彼が来る前の状況に戻っただけなのに、なぜだか少し静かすぎるような気がした。振り返ってソファに戻ってみると、微かに御剣の香水の匂いが残っていた。
     マグネットを持ち上げて、じっと眺める。手のひらにちょうどよく収まるサイズで、軽すぎず重すぎず、よく馴染む。何より色が派手で、良い。とても海外土産という感じがする。くるくると回しながら手触りを確かめて、ひとりで頷く。どうやらぼくは、これをかなり気に入っているらしい。
     そのまままっすぐ給湯室に向かう。やっぱりマグネットの定位置はここだろう、と思って、冷蔵庫のドアにビタリとくっつけた。一歩離れて眺め、なかなか良い感じじゃないかともう一度頷く。ピカピカ光る、アメリカ生まれのそいつを見ながら……でも、どうして急にマグネットなんて買ってきたのだろうとぼんやりと考えた。それから、ふと、そういえばアイツ少し痩せたかもな、と今更ながら思った。





     マフラーでぐるぐる巻きになって帰ってきた真宵ちゃんは、御剣と入れ違いになったことを知って残念がったけれど、テーブルに残されたアメリカ土産を見るなりきらきらと瞳を輝かせた。「ね。ね。はやく食べよう!」とはしゃぎながらマフラーをほどき、あっという間にいつもの装束姿に戻っている。もう少し厚着した方がいいんじゃないかと言ってみたことがあるけれど、そうもいかないらしい。修行中の霊媒師も大変だなあと思いながら、エアコンの設定温度を少しだけ上げた。
     整理していた書類をデスクに置き、伸びをしていると、給湯室へ駆けて行った真宵ちゃんが「あーっ!」と上げた大きな声が、離れたぼくのところまで飛び込んできた。

    「なるほどくん、ねえ、これ!」

     給湯室から「これ、どうしたの? カワイイ!」と楽しそうな声だけが聞こえてくる。冷蔵庫に貼ってあるマグネットを見つけたのだろう。きっとすぐに気が付いて騒ぐだろうなあと思っていたので、予想が的中してひとりで少し笑った。
     やがてお盆に茶器を乗せて戻ってきた真宵ちゃんに「御剣からもらったんだよ」と話すと、彼女はへえーっと声を上げてから「なんか意外だね!」と目を丸くした。ソファに腰掛け、急須を傾けて緑茶を注ぎながら「御剣検事って、カワイイもの、好きなんだねえ」と言うので、ぼくは少し考えてしまった。それでチョコレートの袋に手を掛けながら「そういうワケではないと思うけど……」と控えめに反論してみると、真宵ちゃんはキョトンと顔を上げてから、「じゃ、なるほどくんが好きそう、って思ったんじゃない?」とさらりと言った。

    「へ?」
    「だってあれって、なるほどくんへのお土産でしょ」

     真宵ちゃんはポカンとしているぼくを不思議そうに見ている。なんだか言葉が出てこなくて、ようやく「え。そ、そうなの?」と間の抜けた声を漏らすと、面白そうに笑いながら「絶対そうだよー」と頷いた。

    「御剣検事となるほどくんって、なんだかんだ仲良いよねえ」

     なんでもないことのように放たれたこの一言が、しばらく頭の中でぐわんぐわんと響いた。
     それから真宵ちゃんに指摘されるまで、袋に掛けていた自分の手が完全に止まっていたことに気付きもしなかった。慌てて我に返る。

    「……アイツはべつに、ぼくへのお土産だとは言ってなかったけど」

     袋を開けながらぼそぼそ呟くと、ぼくの方に湯呑みを置きながら、真宵ちゃんはクスッと笑ったようだった。けれどぼくが顔を上げた時には、すでに彼女の頭の中はチョコレートでいっぱいになっていて、マグネットの話は終わっていた。
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