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    ysnt07

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    ysnt07

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    驚くほど書きかけですが声変わりのエモさに打ち震えて書いたやつです。りゅうちゃん。放置して長いので多分続かないですが……供養してもいいですか?😢

    ✉️ 行き先はすでに、決まっていた。
     家の机じゃ落ち着かない。あちこちにうず高く積まれた参考書が邪魔で便箋を広げられない。そして何より、ひとりきりで黙ってボールペンを握っていると、自分でも何を書きたいのか、書くべきなのか、いや、書いて良いものなのか。ぐるぐるとこんがらかってしまって、上手く、わからない。
     だからぼくは便箋とペンと財布だけを持って家を出る。
     最寄り駅の、すぐ隣にあるコーヒーショップ。セルフサービスのチェーン店で、ブレンドコーヒーなら一杯三百円ほどで飲めるから、複数人で勉強している学生や、ちょっとした休憩を取る若い社会人の姿が多い。かく言うぼくも普通の大学生のひとりなので、一番安いコーヒーを注文する。それからトレイを受け取って、向かうのは……ああ、よかった、今日も空いている。なんとなく気に入っている、大きなガラス窓に面したカウンター席の、端っこ。
     窓の向こうに見える、改札を行き交う様々な格好の人たち。店内に満ちるコーヒーの香りと、静かなジャズピアノ。それにざわざわと混じる、客たちのおしゃべりが心地よい。しかも木目風のテーブルはつるつるとしているから、便箋の上を走るペン先に迷う隙を与えてくれない。だから、この場所は、書きものを仕上げてしまうには打って付けなのだ。
     古い友人に宛てた手紙を綴るとき、ぼくはいつも、この席に座る。

     三通目を送ったあたりから薄々気付いてはいたのだが、どうやらこの手紙は一方通行であるらしかった。
     最初は懐古と、素直に思うところを。しかし返事が来ないので、次は多忙を気遣う旨を。それでも反応が無いので、仕方なく自分の近況を。書きながら、これは日記と何が違うのだろうと思いつつ。それでもペンを動かした、あの日は、たしか梅雨入り直後で、冷たい雨が細く降っていた。
     雨の日の店内はいつもより混雑する。濡れた傘を持ったビジネスマン、制服が湿気っていても楽しそうな高校生たち、雨宿りの女性グループ。レジカウンターにほど近く、しかし常に背中を向けているこの席からは、そんな彼らの声だけがよく聞こえてくる。もちろん聞き耳なんかは立てていないのだけど、はしゃいだ話し声がちょうど良い雑音として届いてきたり、期間限定ドリンクの注文が入るたびに勝手に季節を感じたり。
     あとは、不思議と通って聞こえる、特別な声に出会ったりもする。
     ちょうど行き詰まっていたところだった。普段日記をつける習慣のないぼくとしては、かなり頑張った方だと思うけれど。便箋の半分ほどまで書いたあと、突然ぴたりと、ペンが止まってしまったのだ。
     今日の天気については書いた。先週読んだ雑誌についても書いた。最近ニュースで持ちきりの、パンダの赤ちゃんのことまで書いたのに、それでようやく半分だ。せめて一枚は書きたいので、ネタを求めて頭を悩ませ、唸っては冷めかけのコーヒーを啜る。その繰り返し。

    「アイスティーを持ち帰り用に。ああ、氷は入れないでくれたまえ」

     凛とした声だった。
     急に聴覚が研ぎ澄まされて、ゆるやかな雑音の中に投げ出されたその響きだけが、真っ直ぐに耳まで届いた。滑らかな低音が鼓膜を揺らす、振動が。一息に身体の芯を、鐘のように打ち鳴らした。
     思わず顔を上げる。目の前のガラス窓に張り付く、いくつもの冷たい水滴が目に入る。
     奇妙な感覚が頭を支配していた。今にも何かが繋がろうとしている。複雑な回線を駆け巡る直感が、鳥肌を引き連れて加速していく。なのに、結ばれない。終着点は、見当たらない。そうして行き場のない思考が仕方なくブレーキをかけて、出された結論は、ただのひとつ。
     ぼくは、その声を知らなかった。
     我ながらなんて簡潔で、間違いのない、的外れの帰着だろう!
     やっとの思いで恐る恐る振り向いた頃には、声の主はいなくなっていた。けれど、妙な胸騒ぎが。不自然な高揚が。ぼくの中の何かに火をつけて、ちっとも落ち着いてくれない。耳の奥で鐘の音の残響が尾を引き、短い台詞を燻るように繰り返している。
     そして、ようやく理解した。ぼくはその、低く馴染む声音を、すっかり好きになってしまっていたのだ。
     店内のざわめきに引き戻されながら、窓ガラスの水滴に映る小さな景色に焦点を合わせて。瞬きをする。そうしてぼんやりとしている間にも、頭の奥にくっきりと残っているあの穏やかな低音が、湿度にしっとりと包まれながらも火照り、ぼくの耳輪のふちをゆるやかに撫でている。
     それから、ふと、気付いた。そのまま慌ててボールペンを握り直す。
     唐突な閑話休題、パンダから一転して始まる、梅雨のとある出会いの話。初めて聞いたその声に、思わず胸が震えて、じん、とした、それだけの内容だけれど。いつになく快調に滑るペン先が、すらすらと文字列を生んでいく。きっと便箋の上にはこのふわふわした気持ちまで乗っているし、インクの中には今も駆ける鼓動が混ざり込んでいる。そしてそんな確信と、喜びが、ぼくの口元を綻ばせている。
     この気持ちが直接届けばいいのにと、それだけを思って。そしたらきっと、彼も、あの温もりを思い出してくれるはずだから。
     火のついた勢いは幸いにも冷めることなく、その三通目の手紙は夕刻の帰宅ラッシュまでには完成した。駅が俄かに混み出すと、店内も益々活気付いてくる。だから急いで冷たいコーヒーを飲み干して店を出た、そのままの足でいそいそとポストへ投函した。
     ……まあ、それも結局、例に漏れず梨の礫だったわけだけれど。懲りずに続けている、ぼくは、相当諦めが悪くてしつこいのだと学んだ。でもそれってつまり、根気があって我慢強いということだろ。

     だから今日も、ぼくはいつものテーブルで便箋を広げている。もう七通目になる手紙の、罫線の上に差し込む光は気付けばすっかりと秋の色だ。
     改札を通り過ぎる人々の格好は様々で、見ているだけで面白い。まだ半袖にハーフパンツの人、薄手のコートを羽織っている人、おや、マフラーを巻いている人もいる。手紙という名の日記に慣れてしまったぼくは、いつの間にやらそういった、小さな発見を見逃さずに取っておくことが得意になっていた。そうして溜めておいた出来事を、月に一度、この席で手紙にまとめてしまうのだ。
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