ドラゴン×ハイエース そのドラゴンはハイエースの広い荷台(せなか)で育った。
飼育放棄されたのか、人間に討伐されてしまったのか、物心ついた時には親ドラゴンの姿はそばにはなかった。代わりに、山奥に放棄された野良ハイエースがいた。
ハイエースは室内スペースが広いことが特徴の車で、既に超大型犬のような大きさの幼ドラゴンでも丸まって眠ることができ、雨も風もそこで凌いだ。クラクションを鳴らせばプウプウと鳴き、ドラゴンの鳴き声とは少し違うものの天涯孤独なドラゴンの寂しさを癒した。車内で身体を揺すれば、ハイエースもボヨンボヨンとサスペンションでドラゴンをあやした。
ハイエースはその幼ドラゴンにとって巣(いえ)であり、親代わりであり、友達だった。
ドラゴンは習性としてきらきらしたものが好きだから、ハイエースのミラーやヘッドライトも、雨に濡れるガラス窓もお気に入りであった。小さかな獣を狩って食べた後に河原の小石の中からきらきらしたものを探して歩くのがドラゴンの楽しみで、綺麗な小石だとか、人間が捨てていった空き瓶だとか、拾ってきたものをハイエースに乗せて自分の巣を飾りつけたりもした。もし叶うのならハイエースと一緒に河原を歩いて、あのきらきらとせせらぐ川面を見せてやりたいと思うこともあった。
その日もドラゴンは河原で綺麗な小石を拾って、ハイエースの元に帰る。今日の石は縞模様がついていて面白い見た目だから、あいつにも早く見せてやりたい。足取り軽くぴょんぴょんと跳ねるように歩くドラゴンの行き着く先に、しかしてハイエースはなかった。忽然と、ドラゴンの宝物と一緒に消えてしまっていた。
ドラゴンは知る由もないが、ハイエースは中古車としては下取り価格が高く、非常に優れた耐久性から、盗難被害に非常に遭いやすい車種なのだ。
それから何年も経った。
ハイエースは、流れに流れて、異国の戦場にいた。
故障しにくく、燃費良く、丈夫と言われる日本車ブランドの中でも耐久性に優れ、貨物車としても優秀なハイエースは戦地では重宝されるのだ。
しかし、いくら耐久性に優れるとはいえ森の奥に放置され、それから何年も乗り回されハイエースはボロボロだった。盗まれた時から、車内にはドラゴンがじゃれついた爪の跡が幾筋も残っていたので、「キズモノ」と呼ばれた。
今はもう荷物運びさえさせられず、いつ壊れてもおかしくない前線を走らされている。
ハイエースに乗った人間が身を乗り出して銃を撃つ。
地雷を踏んだハイエースの足元からボカンと大きな音がして、前輪の片方が明後日の方へ飛んでいき、横転する。
砂埃にまみれたガラス窓が割れ、外装も焦げて大きく歪んだ。
人間たちは這々の体で壊れたハイエースから脱出して、血を流したまま武器を掲げてそのまま敵の方へ向かって雄叫びをあげながら走っていく。その後ろ姿が割れたガラス窓にいくつも写る。
びゅう、と風が吹いて、人間が何やらさっきとは違うことを叫ぶ声が聞こえた。
「竜だ!」
敵も味方も、人間は皆散り散りに逃げていく。ドラゴンはボロボロになったハイエースの横にゆっくりと降り立って、世界中探し回ってようやく見つけた懐かしの古巣に鼻先を擦り付けた。
ハイエースの横に腰を下ろし、まるで疲れた親友を慰めるように首を擦り寄せた。
しばらくはそうしていたが、人間のうっとおしいざわめきが遠くからまた聞こえてくるようになると、ドラゴンは立ち上がり、すっかりハイエースよりも大きくなった巨体の丸太のように太い脚で車体ががっしり掴んで、翼を大きく広げ、ふわりと飛びたった。
それからドラゴンはハイエースを抱えたままきらきらした海の上を飛んで、夜にはきらきらした星を共に見て、気の済むまで一緒に空と海を楽しんだ。それから人間のいない高い山の森の中に降り立った。
ドラゴンは洞窟の中にある今の巣の中にやっと見つけた旧知の車を押し入れて、それを包み込むように丸まって寝転がった。長い尻尾をぱたぱたさせて再会を喜んだ。
すっかりハイエースはくたびれた様子だったが、ドラゴンには関係なかった。きらきらした窓や、ライトや、ホイールも割れて煤けてしまったが、また綺麗なものを拾ってきて飾り立ててやればいいのだ。
日が昇ったらこれに似合う綺麗で素敵なものを探しに行こう。ドラゴンがハイエースを抱き直すと、くたくたになった車体からプウとクラクションが鳴った。
ドラゴンは楽しい明日のことを考えながら、ハイエースを抱きしめて眠りについた。
おわり