# 甘さ控えめの果実なら◆出てくる人
◇フェイス・俺はそこまで重傷じゃなかったなんて言うけどディノが「かわいそうに…こんなにボロボロになって…」的なこと言ったくらいにはボロボロだったよね・ビームス
◇ブラッド・弟に対する愛情で人生のほとんどが培われていたのだから兄自身の人格形成に多大な影響があるはずなのでナイプ後はじわじわ滲み出てくるよろし・ビームス
◇オスカー・ご兄弟仲良し尊いリトルフェイスさんは天使で小悪魔尊い我永遠御二方見守隊隊長・ベイル
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「病室近くの自販機には、気に入りのココアがない」とフェイスが話したのは、適当な口実――――というわけではなく。ラインナップがやたらと充実している談話室の自販機も、そこそこに触り心地が良いソファーも、それに腰掛けて携帯端末をいじったりただぼんやりと過ごす時間もひっくるめて、実際のところそれなりに気に入っていた。
ただ今回に限っては、あのまま目の前で繰り広げられるであろうレオナルド家の麗しき兄弟愛劇を回避するため、という理由も大いにあったわけだが。
「……本当に大丈夫なんですか、フェイスさん」
そんな心情など、露知らず。再度の問いかけに、普段よりもゆったりとした足取りで通路を歩いていたフェイスは、緩慢な動作で振り返る。
「言ったでしょ。俺はそこまで重症でもないし、…………このあいだは本当に、食欲がなかっただけだって」
フェイスとて、何も好きで頑なな態度を取りたいわけではない。ないけれども実際、このやり取りはもう複数回繰り返されており、その上でオスカーはフェイスに対して過保護にも庇護欲にも似た節介を焼こうとするのだから、ため息の一つや二つは許されたい。
数日前のフェイスは確かに、蓄積された肉体的・精神的ダメージが回復しきっていない状態だった。空腹を感じていなかったというのが最大の理由ではあるが、顛末を間近で見ていたオスカーにとってフェイスは、『果物すら口にするのもままならなかった』状態で固定されてしまっているのだろう。
しかしオスカーがどう受け取っているにせよ、あの状況で勧められるがまま見舞いの果実を消化できたかもしれない 'もしも' は、どうしたってフェイスには想像できないのだけれど。
- A few days ago - 数日前
ブラッドがフェイスの元を見舞い――――と言うより、被害状況の把握を目的とした事情聴取、が重たる目的だったのだろうとフェイスは受け取った――――に訪れた際、同行のオスカーが腕に抱えていたのが、くだんの果物が詰まったフルーツバスケットだった。
持ち手部分に巻かれたサテンのリボンに入った意匠は、実家でよく目にしていた贈答品と同じ、老舗のフルーツパーラーのもので。丁寧に編まれた籠の中で輝く、いろとりどりの瑞々しいフルーツは、多忙を極めるメンターリーダーが従者に手配させたのだろうか。上司不在の状況で奮闘したルーキーへの、功労賞といったところか。受け渡しの際に何も言われなかったこともあり、フェイスは考えうる中で無難な線を着地点とした。
事情聴取にせよ何にせよ、ブラッド本人が病室を訪ねてくるとは想像もしていなかったので少々戸惑いはしたが、その後に投げかけられた問いには過不足なく答え、起こった事実とそこから推測されるいくつかの問題点を挙げつつ極めて当たり障りのない会話をした――――筈だ。少なくとも、フェイスはそう認識している。
両者とも、以前ほど険のある物言いはしなくなった。代わりに生まれたのは、手探りのぎこちなさと、事務的なやり取りを終えてしまえばあっという間に訪れてしまう、静寂。
そんな様子を見守っていたオスカーの、固唾を飲む音でも聞こえてきそうな静けさを破ったのは、(フェイスにとって)意外にもブラッドのほうからだった。
「…………食べられそうなものはあるか?」
指し示しているのは、食べる宝石と評しても過言ではない、フルーツの山。幼少期から食べ物の好き嫌いはしかし時刻は、午後の1時過ぎ。消化には良いが極端に味気ない病院食を胃に流し込でから、そう時間が経っていない。
豪奢なフルーツバスケットをちらりと一瞥して、「……今はちょっと無理かな」と、事実を端的に答える。
それを受け取ったブラッドの、形の良い眉がぴくりと動いたことに内心首を傾げつつ、フェイスはふいと隣のベッドを見やった。
体力回復とばかりに睡眠を最優先としているジュニアが起きたら、声をかけてみようか。そんな風にぼんやりと働いていた思考を遮ったのは、
「____フェイス」
眼前にすいと差し出された、すらりと長い、筋張った男の指と。
「…………………………なに?」
その指先で輝く、房からひと粒もがれた、丸い果実。
「何とは……マスカットだが」
「…………うん。………………で?」
「……少しでも、何か食べたほうがいい」
突然の挙動に訝しむフェイスを置いてけぼりにして、白い指の持ち主は指先で摘まんだ果実を唇に押し当てまでしてくる。
( いや、いやいやいや、まって、ちょっと待って。おかしいでしょ。なにこれ、どういう罰ゲーム? )
戸惑いと呆れと困惑が混ぜこぜになって、回転木馬のようにぐるぐると頭の中を巡る。それによって生じる目眩にも似た感覚で顔を顰めたフェイスに、何を思ったのかブラッドの眉間の皺が更に深く刻まれた。
「……果物を食べるのも、ままならないか……?」
「いや、いやそうじゃなくて……」
そうじゃない。全然、まったく、そうじゃない。
齟齬。誤解。勘違い。ただ単に、極めてシンプルに、空腹を感じていない、ただそれだけのことだ。そんな、まるでフェイスのことを心配でもしているかのような、神妙な面持ちをしないで欲しい。
混乱と動揺で頭が痛い。水分不足だろうか。それなら目の前の果実を口に含んだ方が合理的だろうか? もはや合理的とは。
( ああもう、なんなの、本当に……っ、 )
自身が置かれた状況についていけず、かと言っていつまでも硬直しているわけにもいかず。いっそのこと思考を放棄したいフェイスは、妙な緊張感と居た堪れなさでもって、ぎこちなく口を開く。
「……」
「…………」
咀嚼音が、やけに大きく響いている。気がする。ついでに言えば、まるで宗教画でも拝んでいるかのような成人男性の声にならない感嘆まで聞こえてくるような、そんな気配をありありと感じて、フェイスは思考どころか意識も手放したい心境だった。
値段相応に美味なのだろう果実の味は、微塵もわからない。ただただ糖度の高い何かを味わっている気分だった。味合わされている、が正しいか。
「…………もう一粒、」
「いい、大丈夫。…………お腹、いっぱいだから」
「……そうか」
心なしか残念そうに聞こえるのは、気のせいだと思いたい。即答で断ってしまったが、本当に色々な意味で、キャパオーバーである。
どうしたって処理しきれない空気と沈黙に耐えかねたフェイスを救ったのは、ブラッドの所持する携帯端末から発生した呼び出し音だった。
およそ30分にも満たない滞在時間だったが、フェイスにとっては予告なしのハリケーンが吹き荒れたに近い騒動の記憶である。主に、心臓負担的な意味で。
( 子供の頃ならまだしも……風邪をひいたときとか、食事の介助みたいなものだし、覚えがないわけじゃない、けど…… )
懐かしむ穏やかさも、なんてことない顔で受け入れる余裕も、まだ持ち合わせていない。だというのに、ブラッドが突拍子もない行動に出たものだから、不覚にも気が動転してしまったのだ。フェイスは僅かばかり温度が上がった気がする頬に手の甲を押し当てて、嚥下しきれない感情と共に息を吐く。
嗚呼せめて、
# 甘さ控えめの果実なら