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    旅に出たワスと旅を追うランの既に育っていたクソデカ感情が一線をうろうろしていた話

    Build Over 魔法局は兎にも角にも忙しい。早速神覚者代理として職に就いたランスを「ちょっと見てきて」の一言で国境沿いに送り飛ばすと「ついでにどうぞ」とドットを寄越した。いらない。近場の街に宿をとり、早速目的の為に「見回る」。奥の森で不安定な魔力が蠢いているのは分かった。
     
     「もう夜になるけどどーする?」
     「行くぞ」

     目立った魔力は三つ。街の傍にある一つだけでも見ておきたい。ランスは迷わないよう魔法で木の幹に印を付けながら道を進んだ。
     
     そうして見えてきたのはとても几帳面な円錐だ。泥と干し草の混じった壁は均されて立派な土壁として立つ。土が多く木の少ない場所でよく見られる遺跡にはこういった物もあったかもしれない。ランスはそこで妙に引っ掛かった。思わず眉を寄せる。さて、自分はそれをどこで知ったのか。誰とその写真を見たものか。
     
     「あ、犬」
     「…」
     
     ドットは目を輝かせると地面にひざをついて腕を大きく広げる。いつでも抱けますの構えである。確かに犬はそれほどの大きさだった。黒茶色の小型犬はぷりぷり歩いてドットに近付く。くんくんと匂いを嗅いで、ぴたりと止まった。
     
     「え、なに、オレ臭い?」
     「臭い」
     「スカシピアスオメェ」
     
     犬はまたもぷりぷり歩く。ランスに近付くと同じようにくんくんと匂いを嗅いでゆっくり背を向けた。仁王立ちしているランスの足にその尻をぴったりつける。そうして立派にオスワリすると親指ほどしかない尻尾をぴるぴると振るのだ。
     
     「えーっなにそれかわいいーっ」
     「フン」
     
     懐かれて悪い気はしない。ランスはもう一度フンと鼻を鳴らす。犬にしてはひんやりと心地よく溶ける温度がそれも泥だと告げているのだから。

     円錐の内側から激しく軋む音がする。ドンッドンッと押し開ける音がして、円錐の一部がひび割れた。そこから見える埋もれていた扉は随分小さく、潜り出てきた男は曲がった背のまま二人に、いや、犬に話しかけた。

     「おいおいおい、不審者には鳴けって言っただろォがよォ」

     一拍遅れたドットが絶叫する。暗く成りかけの森でその声はよく通った。

     「で、何をしている。ワース・マドル」
     「黙秘する。テメェらこそなんだァ。あァ、言わなくてイイ。その姿から察するに神覚者サマの任務だろ。ピンポイントでここいらならコボルトとゴブリンが対立してんぞ」
     「え!マジすか!」
     「奥の鉱床を取り合ってたなァ。…聞いてるかァ?神覚者代理?」
     「いいや」

     そう、ランスは足元の犬を抱きあげながら全く別の物を見ていた。それはワースが出てきた円錐の土壁で出来た建物であり、ランスはようやく引っ掛かっていたものを思い出した。
     たまに資料を探しに行く図書館でワース・マドルを見かけたあの日。頁を擦るワースがその手を止めた写真。「簡素的だな」と言えば「ローコストで使いやすい」と返したあの日。
     ランスは視線をワースへと滑らす。口を三角にし、犬のようにぐぅと唸るワースにランスは口をへの字に曲げた。

     「野宿か」
     「だとしたら何だ。文句あるかァ?」
     「フン」

     ランスはワースの家へと足を向ける。慌てたワースが立ちはだかっても見かねたドットが騒ごうとランスはその足を止めることはなかった。なんせ、魔法局からは「見てきて」としか言われてなかったのだから。

    ***
     そうしてコボルトとゴブリンの小競り合いと旅人ワース・マドルについて報告を上げるとランスの予想通り、更に任務はやってきた。前回からひと月ほど経った日のことである。またも国境沿いに飛ばされ「ちょっと詳しく聞いてきて」と雑な言葉を寄越される。
     この国の国境線は山である。立派な国境山脈は国外と国内を明確に分けた。山間に安全であれと作られた我が国、であれば国外は邪なものの詰め合わせ。実際、山頂に立って耳をすませば魔物達の雄たけびで地が震えていた。全く敵だらけだ。こんなところに好んで来るのもどうなのか。ランスはゆっくり国内側へと振り返る。
     
     前回と同じく土色の建築だった。山の傾斜に作られた半円の要塞は三階建ての建物に繋がり平らな屋根で閉じられる。これも写真で見たことがあった。砂漠と木の無い山を有する土地で広まった建築様式。たった一か所しかない門には厚いレンガ壁が組まれていた。立派、満点。
     ランスはその壁に指を滑らす。途端に外側からやってきたのは犬である。随分大型でランスの腰に頭を押し付けるとにへっと笑う。ひんやりとしたそいつはやっぱりランスの足を狙い尻を下ろすと巨体に似合うふさふさの尻尾を景気よく振った。

     「ったく、番犬にならねェなア」

     声が聞こえてきたのはそんな時。二階から顔を出した男は、呆れたように自身の首を撫でて杖を振った。扉が開いてランスを迎え入れる。犬はランスを先導するとワースが作った泥の要塞を案内した。
     同じように作られた机と椅子に座り、ランスは本題と口を開く。ワースは難しそうに顔を歪めると「なンも」と言った。

     「ピンポイントに此処で『詳しく聞いてこい』だ。この場所について、もしくは貴様がここ最近見たものについて、あるいは貴様自体について。どうだ」
     「そう言われてもねェ。『聞いてこい』に該当することがねェわ。音で言うなら変化はなし。特に何かが向かってくるような音も怪しげな武器の音もナシ。オレが最近見聞きしたものは黄金のスカラベと若い太陽の伝説だな。国内砂漠側にある伝説でスカラベの半身を手に入れたが」

     ワースがローブのポケットに手を入れる。途端にランスが杖を取り出し絞り出したカスのような声でヤメロと続けた。呆気に取られたワースだったが空気が抜けるように笑い、そのうちくつくつ喉で哂った。わざとらしくゆっくり取り出したのは黄金で出来たスカラベの像、それも半身である。
     ランスは思わず殴った。うっかり手が出た。それでもワースが愉快気に笑うから杖を握ろうとして、足元に来た温度に視線を外したのだった。
     
     泥の犬は邪気なくニヘッと笑う。そのまま足元に顎をのせ、機嫌良く尻尾を振った。小さく聞こえた舌打ちはワースからで、ランスがもう一度視線を向けたがワースは此方を見ていなかった。頬杖をついて斜め下に瞳を逃がす。

     「ホント、どこまでもテメェらはオレだよなァ」

     犬はゆったり尻尾を振る。ランスが視線で説明を求めると肩を竦めるだけで何も言いやしなかった。


    「他に『聞いてこい』に該当するものはあるか、ワース・マドル」
    「しいて言うならソレかァ」
    ワースは行儀悪くランスを指さした。
     『わ・あ・す・ま・ど・る』と一音一音に指先を振ると掻き消すように大きく指を横へ引く。
     それはミスをした答案用紙に引かれた赤ペンのように大きく付けられた×マークだった。


    「オレはもうマドルじゃねェ」


    ***
     言うまでもなく報告書は荒れた。ランスはお前が知りたかったのはこれだろうと貴族籍を抜かれた男の足取りを聞いた限り書いてやったのだ。国境沿いを進む根無し草はその道筋を旅と言った。

     「資金は鉱床掘ってまとめて手に入れて、国境沿いの様子やら伝承やらを観て、地図通りに進んでるだけってなア」
     
     その言葉通りに書き加えてやればカルドは目の前でうぅんと唸っていた。

     「ランス・クラウン。僕らの地図には何故国境外が書いてないんだと思う?」
     「…言われてみれば」
     
     確かに可笑しな話である。ランスはワースを追って国境の、山の頂上に立って視た。その先に確かに地上は続き、恐ろしい魔物が群れを成す。国外が危ないからであればそれを書き記したほうが良いだろう。
     しかし、それは。ランスはワースの指先を思い出した。彼が描いた大きな×マークを。

     「…記すと目指す者が現れる」
     「そうさ。僕らの力の及ばない場所で悪へと目指す者が現れる。目的はそれぞれなんだろうけど」
     「…」
     「今のところ『ワース』は要観察かな。正直、彼を国境外に行かせたくないんだ。アチラ側は知能が弱いせいで身体を素材として見ているところがあるからね。潤沢な土の魔力なんて彼らには分の過ぎたご馳走だ」
     「…アイツの旅は」
     「言っただろう、要観察だよ」

     ランスが静かに息を吐く。ゆっくり瞼を閉じると脳の奥底から穏やかな記憶は巡るもの。
     
     あの写真集は歴史に関する物だった。神話から始まり村が街へ、要塞へと変わる。場所に寄って様々ではあるがどれも最初は土からであり、形を作るのは泥からだった。
     
     「泥ってのは昔から色んな材料にされてきた。家屋、家具、皿や壺。」
     「その前からもあるだろう。神話にも泥が多くでる」
     「そっちは過大解釈だがなア。泥は山にも、岩にも、人にも成るらしい。流石に万能すぎンだろ」
    「魔法として応用し甲斐があるだろう」
    「…言ったろォ過大解釈。無茶言うなっての」

     ワースが挿絵を撫でる。神に作られた泥人形は優しい息吹を受けて立ち上がり元気よく歩き出す。それは人類が神から受けた愛なのだと挿絵の下に記されていた。

     「人は誰しも愛される存在なのです」
     確かに記されたそれをワースは人差し指で撫でていた。

    ***
     そして特大のSOSは急に現れた。魔法局をドンと揺らした信号はたったの一度。それと共にランスの耳元で聞いたこともない犬の鳴き声がした。微かで遠いが確かに聞いた。
     ランスがカルドの部屋に行くと既にオーター・マドルがそこに居て、カルドがその肩を抑えていた。どうどう。
     
     「カルドさん」
     「ああ、場所の特定は終わってる。信号を飛ばしたのはワースでは無いんだ。ただ、信号を抑制する魔法が在った。それは間違いなくワースからだ」
     「場所を言え」
     「行かせる。行かせるから落ち着いてくれ、オーター」
     
     カルドはランスに向き直る。
     
     「場所が場所だから『回収』で頼むよ」
     「分かりました」
     「可哀相だけど旅は中断だ。さ、じゃあよろしくね」

     振り上げられた魔法道具がパリンと割れる。魔石の光を浴びた二人の神覚者の影がぐらりと揺らぎ、次の瞬間には上空に飛ばされていた。

    ***
     白い岩の峡谷だった。流れの速く狭い川は遠慮なく岩を削り深く深く峡谷を刻み込む。近くの岩に着地するとランスは上を向く。なるほど、国境線はこの上に続く山頂。つまり此処はギリギリで国外である。

     「空気が違う」
     「魔力の巡りを確認しておけ、この土地は理が違う」
     「通りで探知魔法が伸びない」
     「地面を使うな。指標を人に絞れ」
     「はい」

     オーターは目を凝らす。とある一点を見つめると宙に足場を作ってさらさらと進んでいく。ランスが再度人に向けて探知を始める。それはオーターが歩いて行ったほうに反応を示した。
     辿り着いたのは岩の裂け目。その隙間を埋めるように建てられた塔はしっかり組まれた日干し煉瓦だ。隙間から覗けば中は迷路のように壁が広がる。ランスは眉を寄せた。おそらく、実在していない。
     
     「トラップ?」
     「常套手段だろう」
     「そうですが」

     何か頭を掠めるものがある。これまでワースの作り上げた建物との違和、土地のせいとも言えるがそれだけじゃない。
     内側にある迷路、外を隠すような塔。そのどれもが向かう先は岩の中だ。

     「突破する」
     「いや、ちょっと待って…っ」

     遠吠えが聞こえた。
     遥か遠くから聞こえる犬の呼び声は酷く揺れて近付いてくる。下から上へ、反響が抜けて、それは塔の頂上から。ようやく姿を見せた犬は愛嬌のあるものではなかった。厳格な顔つきの狼がランスに向かって飛び上がる。
     ランスは腕を広げた。あの小さな泥犬を抱きあげたときのようにそれをするのが当然だと思ったのだ。

     狼は大きくその足を振り上げ、そして、届かなかった。空中でその姿が解れて泥に戻る。ランスの目の前で形を無くした泥は最後に残った尾を振ってみせた。
     バシャ。泥の音がする。それは足元に土色を残し、ランスの足元に落ちた。

     「これは」
     「ワースの魔法です。魔法だった」

     ランスは震える瞳で先を見た。ワースの魔法は犬だけではない。いつだってそれもワースの魔法で作られていて、ランスは酷く興味をそそられたのだ。
     
     岩を埋めた煉瓦が形を失くす。塔は上からどろりと溶けだし下へ下へと流れ落ちる。一番手前の城壁が落ちる。その先、蠢いていた幻覚も一瞬にして消えた。
     
     そして、聞こえたのは足音だ。バタバタと慌ただしい足音が二人。神覚者は杖を構えた。岩の間を反響して飛び出してきたのは子供が二人。転がるようにワースの作り上げたものから出ると彼らの目の前に居たオーター・マドルに縋りついた。

     「うっうわぁあああん」
     「出れた!出れたんだあ!」

     オーターが杖を構えたまま止まる。引きながらも腰に回る手を見ていると子供たちは勝手に喋り出した。

     「変な男にいきなり魔法で監禁されてえ!」
     「アイツが!アイツが弟を連れ去ったんだ!ずっと出れなくて!オレたち死ぬんだって」
     二人が合わせて声を上げて泣く。ランスは膝をついて彼らと目線を合わせると、それでも性急に問うた。

     「男が居るんだな?」
     「そうだよ!極悪人だ!悪魔だ!いきなり引き摺り込まれて!助けてって暴れたらすげぇ怒鳴って杖も取られて!」
     「気味悪いやつで!ずっと笑ってブツブツ言ってぇ!なんとか出る為にアイツが寝るの待ってたのに全然寝もしないんだ」
     
     「寝る?お前たちが此処に来てから何時間経っている」
     オーターは眼鏡を直し聞く。そもそも信号が届いて直ぐに向かったはずだ。寝る時間なんてあるはずがない。しかし少年はその小さな指を一生懸命折り込んでく。
    「1日目がお菓子で、2日目が干し肉で、3日目が蛇食わされそうになったんだから…4だ!4日目!」
    「いや、フルーツの日があったから5日目!」
    「オレらそんなに此処にいてッ」

     うわああん、と兄弟が泣く。その時だった。此処は渓谷だ。白い岩の渓谷だ。酷い地響きがした。立っていられないくらいの揺れと両側からバリバリと剥がれる音。そして小さな岩は川へと落ち、荒れ狂う水を舞わせる。
     
     オーターは思わず兄弟を背に庇い前に出た。ランスは殊更ゆっくり立ち上がり両手で杖を持つ。手が震えていた。杖を落としそうなくらいに揺れ続けた。

     白い渓谷の両側からストーンジャイアントが生まれていく。不自然に背を反らした彼らは必死に藻掻いて何かを振り払う。彼らの背に付着する茶色。苔のようにびっしりとついたそれらは岩から離れまいとストーンジャイアントにこびりつきなんとか渓谷に留めようと手を伸ばす。
     しかし、それも形が保てずに溶け出すのだ。どろどろと溶け出す泥たちにストーンジャイアントは自由を得る。そして、一番手前に居たストーンジャイアントが人間たちを見つけた。
     
     ストーンジャイアントよりも遥かに小さく、それなのに妙に力の溢れた生き物。彼らは本能で理解している。これは恵みだ。取り込めば力になる、神の恵み。ストーンジャイアントの顔に笑みが浮かんだ。固くて重い身体を立て直し、ちっぽけな生き物の遥か高みから笑ってやる。
     
     はずだった。ちっぽけな生き物はいつの間にか自分たちより遥か高くに居た。その生き物よりもっと小さい木の棒で地面を差して妙に膨れ上がった力を振り下ろす。渓谷一帯に降りかかった重力はストーンジャイアントたちの重い頭を崩し、それらは転がって彼らの足元に落ちる。それぞれ互いに自分の頭を掴もうと動けば全員が絡まるもので、一人が倒れれば全員が倒れていくのだ。出来上がった岩山は僅かに蠢き、そのうちに諦め静まった。
     
     ちゃぷちゃぷと水の音が聞こえる。ランスとオーターが目を合わせたのはたったの一瞬、それぞれ空中に飛び上がるとランスは叫んだ。

     「鉄砲水が来ます。オーターさんは二人と上へ」
     「…カルドは敢えて言葉にしなかったが私は言うぞ」 
     
     オーターが長く息を吐く。眼鏡を直した仕草でその瞳こそ見えなかったがランスにはそれが懇願だということは良く分かっていた。

     「『生きて回収しろ』」
     「勿論」

     ランスがひとつ頷いた。オーターは上へと向かい、ランスは重力を蹴り上げ岩の裂け目へと一直線に落ちていく。十分に加速度をつけた落下は水よりも早く岩の奥地へと辿り着く。
     



     空気は冷え、光は届かず、地面は土とは程遠く固い。どこかで水の落ちる音がした。綺麗な音だった。

     「ワース」

     声が反響する。灯りをつけようと杖を握りなおすとその足元に覚えのある温度があった。ワースの犬たちはランスを見ると尻をつけて座り込む。おかげで足の甲が奴らの温度を覚えてしまったのだ。冷たいようでその奥はどこか温い。泥の心地よさよ。
     
     ランスの足を撫でたそれは誘うように進み始める。視界はすぐに取り戻した。ぽっかりと空いた岩肌はそこがストーンジャイアントの真下だということをランスに教えた。泥が岩を這い、一点に集約する。
     行き止まりで背中を預けたワースは紐で杖を手に括り付けていた。真っ赤に滲んだ紐は傷口さえ見えず酷く腫れあがっている。ワースは焦点の合わない目で上を見上げていた。
     
     「…チビは、無事かア?」
     「無事だ。オーターさんと居る」
     「そっかア」
     
     ランスがワースの腕を取る。ワースは同じ言葉を繰り返した。そっかあ。

     「じゃあ、安心だわ」
     「安心するのが早いんだ。オレたちの姿を見た途端に緩みやがって。犬を抱いてからでもいいだろ」
     「あ?あア…」
     
     ランスがワースの身体に腕を回す。くったりと身体を預けたワースがひとつ息を吐いて、耐えきれずに胸を震わせた。

     「お前、アイツらのこと好きだよなァ」
     「お前がオレのことを好きなんだ」

     ワースの目頭からぼろりと水が零れた。反響した音はやはり綺麗な音だった。

     ***

     「つまり、渓谷に入る兄弟の姿が見えたから国境を越えたと?」
     「既にストーンジャイアントが目覚める体勢だったので一刻を争うかと思って越えました。で、捕まえて籠城しました。」
     「救助信号は兄弟が?」
     「ええ。兄の方が二本線だったので。ただ制御が下手クソでストーンジャイアント自体も叩き起こしたので止めました」
     「なるほどね」

     先に子供たちから話を聞いたカルドはうんうんと頷いた。なんせ子供のなかではワースは誘拐犯で監禁犯で蛇を食べさせようとした極悪人である。もう二度とワースと会う事はないだろう、が、誤解は誰かが解いてやればいい。トラウマになると良くない。
     
     うん、とまとめたカルドはちゃっかりワースの隣に座る神覚者を見た。ランス・クラウンは未だ皮膚の戻らない右手を見ては器用に魔力を捏ね繰り回している。治癒魔法は得意じゃないくせに治そうと必死なのだ。
     カルドの後ろに居たオーターもその姿をじっと見続けている。

     「何をしている」
     「杖を握っても痛まない程度に治そうと」
     「まぁ、そりゃ杖が握れないのは一大事だから分かるけども」
     「いや、犬が」
     「ん?」

     ランスの真意に気付いたワースがくつくつ笑う。柔らかくなった室内の雰囲気に一歩踏み出したのはオーター・マドルだった。
     ワースの目の前に座り、固く握った自身の手元を見る。どこから、何から。言葉の無かった兄弟の沈黙は続く。オーターはそれを理解していたから書類を作ってきた。養子縁組の書類を机に出し、深く息を吐く。
     またも重い空気を纏った部屋のなかでランスだけがワースの手を捏ね繰り回していた。
     
     ワースの左手が懐かしい文字を辿る。「ま・ど・る」と一文字ずつ叩いて、やっぱり喉奥で笑ってみせた。何も言えない兄にワースは言う。
     親が授けた泥は親が授けた教育のもとワースを守り切った。一線を越えた先でもそれは変わらない。
     何も伝わらなくても構わない。旅の終着がこれならばワースも終止符を打とうと思っただけ。
     
     

    「『ワース・マドル』は人として其れなりに愛されていた。」






     隣の空色はその言葉を聞いてワースの手をぎゅっと握った。友愛のソレからしっかり指を絡めたソレに。そして繋いだ手をじっと見つめて納得したように言葉を言う。

    「それは『ワース』でも変わらない。」

    ワースがランスを見ている中、ランスはオーターが僅かに頷いたのを確かに見た。
    だから、ランスは名にこだわらないことにしたのだ。マドルに戻っても、そのままでも、必要なら『クラウン』を用意してもいい。
    ランスの中の境はとっくに越している。この兄弟のように言葉にしていないだけだった。



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