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    a_la_do

    荒堂です。
    pkmn擬人化と創作の民。
    現在、まほやくフィーバー期。
    みんなだいすき。若干、西師弟贔屓。

    twitter:@a_la_do(ほや:@ALD0x0
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    a_la_do

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    GRATE×GREED×CHOCOLATE
    リュリュのはなし




    一日ひとつ、浮世の楽しみを形にしよう。

    心がきらめくような喜びを、
    遠く夢みた憧れを。

    小さき命の愛らしさを、
    垣根の下に咲いた日陰の花のいじらしさを。


    ──なあ、悪魔よ。
    我はまだ「人」のフリをして、最期まで足掻きたいのだよ。
    ──────────────────────────────────────────────

    ##うちよそ
    ##2021_Vt.day

    GRATE×GREED×CHOCOLATE

    「やはり、一日ひとつが限界かの」
    生まれたばかりの小さな星型のチョコレートを手のひらに転がし、リュリュは深く溜息をついた。錬成に集中したせいか、頭の深部が銀色の靄でもかかったかのように、重く、鈍く、痛む。眉間に寄った皺を親指でぐいぐいと伸ばす。それから、その小さな体躯の隅々まで行き渡らせるかのように、ゆっくり、大きく息を吸い込んだ。

    リュリュには、かつて大魔術師と呼ばれた時代があった。

    この界隈でいう魔術師の強さとは、必ずしも物理的な破壊力や影響力を指さない。襲い掛かる敵を薙ぎ払ったり、巨大な建物を倒壊させたりすることができたとしても、それはただ、発動した術のおこした結果にすぎない。ここの……菩提樹の術者と呼ばれる連中は、どちらかといえばそれらを起こすプロセスの方に強く注目し、評価した。リュリュが得意とする術式は、感情、記憶、因果……そういった目に見えぬものの理を解き、変質させ、事象を引き起こす。そういう類のものだった。
    悪意を呪いに。願望を幻覚に。物質に思いを結びつけ、別のカタチに。
    柔軟かつ汎用性のきく術式、発動した事象の影響力、それから……自己の利益とならないものは容赦なく切り捨てる、リュリュ本人の冷淡さと狡猾さ。周囲はその全てを畏れ、あるいは皮肉を込めて呼んだのだ。大魔術師、と。

    「それが今や、菓子ひとつ、ろくに生み出せんとは」

    小さな媒介……たとえば花びら思いを込め、砂糖菓子を錬成する。若い魔術師が鍛錬の1つとして行う祝福の術だ。式典の際、神殿に集まった民に施したりもする。いわば初級の初級の簡単な技。リュリュが今生み出したチョコレートは、それの応用だった。
    最盛期のリュリュにとって、庭園に咲く花をのこらずすべて色とりどりの菓子に変えることですら、居眠りしながらでもできるほど造作もないことだった。
    しかし今の……力を奪われたこの体では、このような子供だましの芸当にも、多大な時間と集中力が必要になる。それも、本来であれば不可能なところを、周囲の環境を整え強化して無理矢理行っているのだ。まったく落ちぶれたものだと、リュリュは自嘲気味に笑った。

    「お師さま」

    生垣がカサカサと揺れて、あどけない顔がひょっこりこちらを覗く。幼い声を不安げに揺らしてこちらの気配を探っているようだった。

    「ここにおるぞ、エリュシオン」
    「その呼び方は……ちょっと」

    エリュシオン、と呼ばれた彼は不服そうに頬を膨らませた。目元を布で覆っているせいなのか、はたまた華奢な身体のつくりのせいなのか、少女とも少年とも判然としない若者だった。

    「良い名ではないか、リュス」
    「からかうのはおやめください」

    エリュシオン……リュスの膨らんだ頬をひっぱり、そのまま隣に引き寄せる。リュスは目が見えない。それでなくてもそそっかしい彼を立ったままにさせておくのは落ち着かないため、リュリュはベンチの端を空け、自分の隣に彼を座らせた。

    陽の射す暖かな庭園。
    甘い香りの花の咲く垣根と、二人が座るベンチを囲む色とりどりの花壇。けっして広いとは言えないが、豊かな種類の草木がのびのびと枝を伸ばし、手入れもよく行き届いている。
    この庭は、リュスが管理するものだった。美しい景観に加え、癒しと加護の術式に護られたこの領域には、穏やかな空気が端々までいきわたっていた。小さな楽園といっても過言ではない。

    「何をしておられたのですか」
    「魔術の練習じゃよ」
    「ああ、祝福のお菓子ですね」

    リュスの細く小さな手のひらに、先ほど作った星型のチョコレートをころがす。
    いただきます、と口に頬張ろうとするリュスの腕を、リュリュはあわてて引っ張った。

    「これ、勝手に食うでない」
    「ええっ、私にくれたのではないのですか」
    「見せただけじゃよ。貴重な菓子だ、やすやすくれてなるものか」

    リュリュはリュスの指からチョコレートを奪い取ると、かわりにそばの垣根から白い蕾を毟って握らせる。

    「代わりに、それでも食むがよい」
    「今、ブチって酷い音がしましたよ⁉ お師さま……このお庭のお花を大事にしてくださいね」
    「はいはい、ごめんなさいよ」

    リュスは握らされた蕾を手のひらに包むと、祈るように胸元に引き寄せた。そこに暖かな光が次々と集まり、指の間に吸い込まれていく。次に彼が手を広げた時、そこにあるのは花びら……ではなく、その形を模した手のひらいっぱいの砂糖菓子だった。

    「……上達したな、リュス」
    「私もここの魔術師ですから……これくらい、当然です。それとも、お師さまの中の私は、まだ習いたての子供のままですか」
    「なに、実際その頃とさして変わらぬ」

    リュスは手厳しい、と微かに微笑んだ。そして、真っ白なシルクのハンカチを取り出すと、そこに作りたての砂糖菓子をひろげ、リュリュに勧める。どうぞ、と差し出されたそれを、口に含む。と、その瞬間に舌の上で形を失い、すうと溶けた。繊細でこまやかな食感と甘みは、どこかリュス本人を思わせる。

    「でも、まあ……感謝しておるよ。おかげですこぶる調子も良いしな」

    ここに在るリュリュの肉体はかりそめのものだ。本体は別所にある。これは、通常なら成し得ない、例外的な奇術だ。健常時であればいざ知らず、力の衰えた今のリュリュには肉体の再現と意識の連結、それが限界である。消耗も激しく、そう遠くいない未来にはそれさえも難しくなるだろう。しかし、安定した器を維持し、ささやかとはいえ錬成まで行えるのは……花園に満ちているエリュシオンの癒しの術式が効いているからにほかならなかった。そして、常時この庭にそんな仕掛けが施してあるのも、こうしてリュリュの様子を見に来たのも、リュスが暇を持て余しているからではなく、彼なりに師であった者を心配してのことである。

    例え、彼が大罪を犯した非難されるべき罪人であったとしても。

    リュス本人も、リュリュにはひどい目に遭わされている。両目の視力を失ったのも彼のせいだ。しかし……馬鹿弟子のお人よしは痛い目に合ってもなお、治らなかったらしい。
    こんな非情で浅はかな師など捨て置けばいいというのに、まったく、愚かさの度合いだけは師匠譲りの弟子である。反面、この愚直さに救われるところがないといえば噓になる。
    もう先の短い命だ。謝辞ぐらい、言えるうちに述べておくのも悪くはないだろう。

    リュスはきょとんとリュリュのほうに顔を向けると、白い花弁の砂糖菓子をあわてて口につめながらありがとうございます、と小さく答えた。

    「そういえば、なにゆえに祝福の菓子作りなど?」

    照れ隠しなのか、ほんのり赤い頬を抑えてリュスが尋ねる。

    「知らぬか。異国では、鬼の姿をした恐ろしき厄災に豆を投げつけ追い払う儀式があっての」
    「なんですか、それ……」
    「まあ、我もな。この庭に侵入者があった時のために投げつけるものを沢山備えておこうかと」
    「はぁ」

    困惑を浮かべながら、リュスは言いにくそうに疑問を口にする。

    「豆……お豆を投げつけるのですか? それならもう少し武器らしいものの方が……」
    「馬鹿者。今の我が武器など作れるものか。作れないから見逃されておるのだぞ」
    「それは……そうですね。それを言ったら錬成行為そのものがすでにまずいと思いますが……では、何故、お豆ではなくお菓子なのです? 」
    「この我が手にして投げつけるのであれば、豆より菓子の方が絵になるであろう? ほら、我、かわいいし」
    「そうですね???? 」

    リュスは腑に落ちない様子ながらも一応、頷く。リュリュは満足気にそれを眺め、空に先ほど自分が錬成したチョコレートを空に翳した。

    「祝福の砂糖菓子とは異なる、我の好きな、我のための菓子。祈りではなく、我の願望と欲望がふんだんにこめてられておる」
    「……菩提樹の魔術師たちが聞いたら、怒りで卒倒しそうですよ……」
    「安心せい。呪いではないし、食ったところで害はない。何が錬成の核になってるかというだけのちがいじゃよ。いたずら心は大事じゃろ。」

    ころころと自慢げにチョコレートの星を転がすリュリュに、リュスは穏やかだった表情を歪めた。リュスにはリュリュの姿が見えてはいない。けれど、とても見てはいられない、と言わんばかりに、目を背け、俯く。

    「……どうして、そんな複雑な錬成を、わざわざ。だって、ただでさえお師さまの魔力は……」

    喉の奥、重く詰まった塊を押し出すかのように呟き、リュスは唇を噛む。覆った布のせいで目元の表情は読めない。が、胸の奥の苦々しさが、線の細い白い頬を小刻みに震えさせていた。

    「えー、だって、お砂糖は味が単調で飽きるんじゃもん」

    リュリュはベンチから細い脚を投げだし、大げさに地面を蹴る。まるで子どもの地団駄だ。じたじたと大きく足を振るリュリュに、リュスは身を竦めた。

    「しかし」
    「煩いぞ、エリュシオン」

    低く鋭いリュリュの声音が、二人の間に閃く。
    鼓膜を切り付けるような、研ぎ澄まされた強い意志の振動。
    風が凪ぎ、草花のささやきも静まる。
    束の間の沈黙。
    空白の圧を振り切るように、リュスは消え入りそうな声を震わせ、出過ぎたことを申しました、と、俯いたまま謝罪した。

    「で、その鬼とやらはいつ来るのですか?……本当にくるものなのですか?」
    「ふふ、どうじゃろな。鬼かもしれんし別の何かかもしれん。来るかもしれんし来んかもしれんし。備えあれば嬉しいな、じゃよ」
    「……ツッコんだほうが良いですか? 憂いなし、ですよ」
    「ほほ、どっちも変わらんて」

    この庭を気まぐれに訪れる者の存在を、リュスはまだ知らないようだった。護身用と言いながら張った結界を何度も侵されているのに……悠長なものだと、リュリュは内心で溜息をつく。

    「貴様が呑気な弟子で助かったわ」
    「え?」
    「……いや、なんでもない。気にしないでくれ」

    本当はリュスのせいではなく、来訪者が異端であるが故に起こったイレギュラーなのかもしれないが。本当のところを探るすべはない。興味もない。

    ある日、唐突に現れた、幼き出で立ちの黒い悪魔。

    その姿を思い浮かべ、リュリュは思わず噴き出した。その様子を不審そうに眺めていたリュスだったが、穏やかなリュリュの笑い声につられて微笑む。

    「よかった。お師さまが元気で」
    「我はいつでも元気じゃが? 」
    「ふふ。そうでしたね。……また、来ます」

    ぺこり、と軽く頭を下げ、リュスは再び垣根の向こうに姿を消した。その背を見送ると、リュリュは広くなったベンチにごろんとその身を横たえた。

    誰もいなくなった庭園に、再び静けさが戻る。
    深く深呼吸をし、ゆっくりと目を閉じる。
    ゆるやかな風が、そっと瞼を撫で付け、通り過ぎていく。

    あの奇妙な客人。
    あれは、次、いつ現れるだろうか。

    自分と同じように、幼く、あどけない姿をかたどった、どこまでも無邪気に悪意を誘う小さな厄災。それは悪い冗談のような、あるいは黒塗りにされた鏡の破片のような、眩しく、危険で、魅惑的で、投げ捨てたくなるような、この清く美しい楽園に似つかわしくない最悪の娯楽だった。
    自分を取り囲む壊れた縁のなか、気まぐれに芽生えた一枝。
    おそらく、常世でつなぐ最後の手のひらの形を、リュリュは瞼の奥で思いだす。

    「厄払いをしてやろう。我の欲望から生まれた恐ろしき菓子の礫を食らわせてやるぞ」

    最後の夢を、最後の望みを、すべてすべて星屑に変えて、貴様にぶつけて泣かせてやろう。
    カラフルで騒々しく、チープでばかばかしい、甘くてとろけるような、最低で最高の八つ当たり。我の抱えた妬みも嫉みも、美味いものが好きな貴様なら笑って楽しんでくれるだろう?

    出会い頭の奇襲に豆鉄砲を食らったような顔をするあの悪魔の姿を瞼の奥に描き、リュリュは不敵に微笑んだ。ふざけた妄想とともに眠気が重い体を包み込む。思考が白くかすむにまかせ、リュリュはそのままゆっくりと意識を手放した。





    ──この器が動くうちに来いよ、悪魔。我と最後の戯れを、
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