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    溺れる前に手を振って

    @machida_sumitai

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    POIPOI 15

    思井智考先輩
    ハレノ放送局:第5回 ヌマオトのシチュエーション(木暮さんが読んでくださったのは私がお送りしたシチュエーションです。)

    「ふぁあ〜……」
    大きく伸びをしながら時計に目をやると既に20時を回っていた。
    残業、残業、残業の日々のデスクワークに私の目と肩は悲鳴を上げている。
    押し付けられた仕事を断れない私も悪いんだけどもうちょっとバランス考えて欲しいよね……なんて軽くぼやくとコツコツコツと足音がした。私以外誰もいないはずのオフィスで物音。幽霊か!と身構えたが、思井智考先輩が重そうな足取りでこちらに近づいてくる。
    「お疲れ様です……」
    「お疲れ様。まだやっているのか。」
    「うっ……。終わらなくて……」
    思井先輩は何でも手際よくこなし大抵定時で退社しその仕事ぶりは完璧そのもの。それでいて眉目秀麗とあり、社内からの評価は絶大だった。色んな意味で。
    そんな思井先輩がこんな時間に社内にいるなんて思いもしなかった。
    「先輩はどうされたんですか?」
    「忘れ物を取りに来た。」
    それと、持ち帰り忘れた明日の資料に再度目を通したくて、と続けた。
    やっぱり向上心の塊で、手際が良くて顔が良い、憧れの先輩だ。
    先輩は自分のデスクから何やら紫色のお守りを手に取りポケットにしまうと、デスクの上の資料にパラパラと目を通し問題ないな、と独りごちてからこちらのデスクに寄り、PC画面とデスクに目を向けた。
    「まだ終わりそうになさそうだな。」
    「はい……。もう勘弁して欲しいです〜」
    肩が凝りますとでも言いたげに肩を回しながら茶化すと、思井先輩ははぁ、と短くため息をついて私から背を向けオフィスから出ていってしまった。呆れられたのかな……と思っている と、再びコツコツと足音が近づいてくる。
    「あつっ……こんな熱いんだ……高くなってんな。あっつ……あちち……はぁ。……はい、これ。」
    差し出されたのはホットの甘いコーヒーだった。
    すぐそこの自動販売機で買ってきてくれたのだろう。それは私がよく飲んでいるものだった。あまり声はかけずとも思井先輩はきちんと私を見てくれているという事実を噛み締め、思わず口元が綻ぶ。
    「ありがとうございます!お金お返しします」
    「いやいいよ。……都合良く救いの手があるとは限らないが、誰かが必ず、お前を見ている。」
    普段の思井先輩とは少し違う優しい声音でそう言われ、心拍が早くなる。
    「ありがとう、ございます……!」
    「いや、たまたま!たまたま数字が7 4つ揃ったんだ。それで出てきたから、だから別に2つ買おうなんて思ってない。だからそれはあげる。それだけ。……それだけ。」
    思井先輩にきちんとしたお礼を伝える間もなく早口でそれだけ言い残して、足速に去っていった。
    また今度何かお礼をしなければ。
    疲れた心に思井先輩の不器用な気遣いがとてもつもなく嬉しかった。
    カシュッとプルタブを開け、口に含むとあたたかく、甘やかで優しい味がした。
    「よし!」
    髪を結び直す。
    残りの仕事も頑張ろう。
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