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    トリ。

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    ワンドロ『髪』で書いた小噺です。

    たからもの ひらり、ふわり。
     それは賑やかな璃月港をゆったりと歩くときだったり、旅人に請われて出かけた先で槍を振るう時だったり。彼が動くたびに舞うように数多の動きを見せるのは、毛先にいくほど元素の黄金が溶けこんだ色に変化する絹糸のような髪。
     ゆらり、ぱさり。
     常に結われていて一本の尾のように舞う昼間とは違う動きを見せるのは秘めた夜で、幾筋もの波をシーツに描くのを見られるのは俺だけの特権だ。そのことに俺がとてつもない高揚感と優越感に満たされているのを知ってか知らずか、彼は髪飾りを外し髪を解く役目を俺に委ねるようになった。
     彼とともに過ごすようになり、いつしか隣にいないときにも時折ひらりと動くものにふと目をやることが多くなったのを自覚していた。

     そんなある日、相棒の依頼で彼と二人で内部の調査に訪れた秘境での思わぬ乱戦の中、そのひらりと踊るうつくしい尾を乱暴に掴む武骨な手が視界に入った。持ち前の優れた体幹があっても死角からの強引すぎる暴力には咄嗟に対処できなかったのだろう、後ろに引かれる力に逆らえずに体勢を崩して顔を顰めた彼は――迷うことなく槍を振るってその尾をざくりと断ち切った。
    「……っ!?」
     決して大きくはないはずのその音がやけに大きく脳に響いた。
     切られてはらはらと舞い散る極上の糸は元素の色に輝き霧散してゆく。
     それはきっと傍から見れば美しい光景なんだと思う。けれど心を占めていくのは純然たる怒りで、視界が紅く染まった気がした。纏う水元素が荒波となり、生成されたいつもより刺々しさの増した双剣を構えると俺は彼の髪を掴んでいた巨大なヒルチャールに猛然と斬りかかった。



    「公子殿」
     いや、ごめん。ちょっとやりすぎたとは思ってるよ。
    「すまない、不覚を取ったのは俺だから……だから、その……」
     違うよ、先生が悪いんじゃないからそんな顔して謝らないでよ。

     静寂を取り戻した秘境の出口が光を放っているが、俺はさっきから鍾離先生に背後から抱きついたまま動けないでいた。石珀の髪飾りから伸びる黒檀のしなやかな尾がざっくりと途切れているさまは思っていた以上に胸が痛んだ。心臓が軋むような音がした気がして思わずギュッと目を瞑れば、握りしめたままの手にそっとあたたかな手が添えられた。
    「ごめんね。先生のしたことは正しい。戦況を鑑みたら最善の対処だ。それはちゃんとわかってるんだ……でも……」
     戦うものである以上、こういう事態に陥ることがあるのは知っているし、彼の対処も適切だった。それでも、あのしなやかな髪を乱暴に引っ掴むものを認識した瞬間、血が燃え滾るように騒いだのだ。
     それは、その髪は――

    「……俺の、たからもの……なのに」 

    「ありがとう、公子殿」
     痛いほど握りしめていた俺の手を取り指を一つ一つ開かせて、爪痕の残る掌を丁寧にさすってから指をゆっくりと絡ませる。いわゆる恋人繋ぎになったその手を胸元に当てて、こちらを振り返った彼の瞳はゆるりと細められ、とろりと溶けた蜂蜜のようだった。
    「この身体は人のそれと同じではないから切っても何ということもないだろうと思っていたが……ふふ、嬉しいものだな。公子殿の気持ちにここがとても、温かくなったのを感じる」
     彼の心から嬉しそうに細められた瞳に一片の嘘はない。けれど、だからこそ、落ち着きを取り戻すにつれ気まずさがどんどん湧き上がる。
    「あー……あのさ、鍾離先生? その、自分で言うのも何だけど……こういうの、引かないの?」
     いきすぎた酷い執着と独占欲が爆発したことに自分でも正直引いてるっていうのに。元神様はこんなドン引きされかねないような激情にまで寛大だというのか。
     きょとんとした表情をした後、彼は少し緩んだ俺の腕を解くことなく体をこちら向けて空いているほうの手で俺の頬に添え目元あたりに指を滑らせると、それを徐にぺろりと舐めた。
    「公子殿に激情の荒波があるのは解っているし、素直にそれを表現してくれるところを俺は好いているからな」
     その仕草に目を瞠った途端、目の前の彼が文字通り輝きを放った。
     その眩さに反射的に目を瞑り、そして開けると煌めく糸がふわりと翻るのが見えた。半端な長さで無惨に断たれていたはずの髪が伸び、見慣れぬ『青』に染まって光る。やがて水色の結晶がぱりんと弾けると、何事もなかったかのように指通りの良さそうな見慣れた長さの綺麗なしっぽ髪に戻っていた。
    「え、何がどうなって!? ……え?」
    「公子殿もよくご存知のとおり俺は『似非凡人』なのでな、目の前の上質な元素をつい拝借してしまった。ふむ……やはり水元素はよく馴染む。応急処置ではあるが『特殊な視覚』で探られない限りはわからないだろう?」
     特殊な視覚……というのは俺たち神の目を持つものだけのアレだろうか。確かめずにはいられなくて元素視覚を展開すれば、岩元素の色を宿している彼の毛先に『水色』がじわりと滲んでいるのがしっかりと視えた。
    「ちょ、これっ!」
     混乱のあまり飛びだしそうになった言葉は長い指がそっと唇に触れたことでぴたりと止まる。眉尻を下げほんの少しだけ上目遣いになった彼は、悪戯がバレた子どものような笑みを浮かべた。
    「このことは内緒にしてもらえるだろうか、公子殿?」

     やわい指一本で止められたもののまだ頭の中を暴れているこのなんと言い表したらいいのか分からない気持ちの奔流の中思考する。つまり、彼の言葉をそのまま解釈するならば、今、俺のたからものの毛先を形づくっているそれは、俺の――
    「うわぁぁ! も、わかった、わかったからさぁ! ほんっと、そういうとこ!」
     やっぱりこの人には敵いそうにない。俺は素直に白旗を上げるしかなかった。
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