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    タル鍾webオンリー「冬に至る逍遥」書き下ろし新作小噺です。

    心結び、夢渡る。 第二の故郷とも思えるようになったにぎやかな港が遠ざかり、また新たな任務地に向かう船の甲板に立つ。璃月の海から突き出ている岩槍の山を横目に見ながら行く先ではなく後方に思いを馳せるタルタリヤのジャケットが翻り、ベルトから下げた小さな立方体のかたちをした装飾が海風を受けて揺れている。

     璃月を発つ前夜。最高の夕餉を食べて、さらに極上の恋人をいつもより長くたくさん愛でてから、熱を分け合いながら余韻を楽しむ穏やかな時間。とろりと蕩け落ちてしまいそうな濃い蜂蜜のような色を湛えた瞳のまま腕の中でその身を委ねてくれている可愛いひとの耳元で、タルタリヤは初めてこれまでしっかりと引いていた一線を踏み越える頼みごとをした。
    「お願いがあるんだ。今回はさ、その……鍾離先生の『心』を一緒に連れて行きたいんだ」
     フットワークが比較的軽く、どの国に行くとしてもルートが確保しやすい璃月を臨時拠点としている執行官の末席のタルタリヤには、とにかく移動命令が多い。璃月の国の命運を左右したあの大仕事以降、特に大したことない些細な調査まで回ってくるようになった気がする。
     任務の大小にかかわらず、どこに行くのか、どれくらいかかるのか、また璃月に戻ってこられるかは基本的に未定であるし機密事項にあたるから、恋仲になった鍾離にもここを発つときはいつも発つ日だけを伝えることしかしなかったし、そこは暗黙のボーダーラインとなっていた。
     だからきっと彼も驚いたのだろう、ゆるりと潤んでいた瞳孔がきゅっと小さくなった。
    「それ、は……珍しいな……だが、うん……いいだろう」
     瞳と口角がゆっくりと弧を描いてゆく。彼はタルタリヤがいっとう好きな微笑で応えた。
    「ぜひ、連れて行ってやってくれ」



     道中いくつかの細々としたお使いレベルの要件を済ませたため直接向かうよりかなり遠回りで到着した新たな任務地――フォンテーヌでの日々はそれはもう、怒濤のように過ぎていった。
     フォンテーヌ廷周辺で動いていた期間はともかく、神の目を手放し、水の下に放り込まれてからは次第に様々な感覚が薄れていき、それでもどうにか探り当てて巡り合った鯨と死闘を繰り広げ始めた後はもはやどれだけの時間が経って今がいつなのかも完全にわからなくなっていた。途中で解放した魔王武装を纏ったことで体力気力を削られつつも、武器を振るう手は決して止めないでいられたのは、武装の内側で輝く暗闇を照らす小さくも決して消えない灯りがあったからかもしれない。

    「あー……会いたいなぁ……」

     身体は手当ては受けたもののまだボロボロ、結局あの夜から手紙の一通も書けてない音沙汰なし状態となっている。秋の色が滲んだような黄緑がかった樹の色や、あの人の瞳の色をした晶蝶がひらひらと舞う小高い丘、星螺を探し歩いた穏やかな浅瀬の広がる浜辺が妙に恋しく思えてくる。
     弟妹たち以外の家族とは線引きをしていて仕事でもいつもどこかを飛び回っているから、いわゆるホームシックとは縁がないと思っていたが、体力気力を限界まで痛めつけたからか、少し弱気になっているのかもしれない。
     初めての願いに応えて嬉しそうに取り出したきらきらと特別な輝きをした立方体の石を、邪魔にならないようにと小さな装飾に設えて渡してくれたものをそのままベルトに下げた。頑丈だから多少手荒に扱ってもいいとは言われたが、丁度ジャケットに隠れる位置につけたそれは決して傷つくことはなく、また結果としてあの死闘の中のよすがになっていた。
     小さな装飾をベルトから外してまだ少し痛みの残る腕を持ち上げ、石珀よりもっと濃密な輝石をまっすぐに見つめる。
    「ねぇ、鍾離先生……今なにしてるのかな?」
     今日もいつものように璃月の港を歩いて、人々に声を掛けられているだろうか。それとも彼をも振り回す年下の上司に奇妙なお使いでも頼まれてどこかに出かけてるだろうか。
     駐留しているときも、長短問わず任務を終えて戻れた時も、いつも変わらない表情で出迎えてくれる盤石の心の持ち主だとは知っているけれど。

     それとも……少しは俺のこと思い出してくれてる?

      * * * * *

     心を連れていきたい。
     最低限の荷を手に自由に世界を駆けまわる彼にそんなことを言われるとは思わなかった。
     仕事相手から友人へ、そして恋人という関係になってもなお互いの立場が大きな隔たりが変わることはない。それを承知で同じ思いを抱えつつ、互いの歩む道が交わったときだけは隣にいたい、自分たちはそれでいいと思っていたから。
     辞したとはいえ己の根本は魔神であるし、人間である彼は眩い流星。美しく輝くそのひとときを可能な範囲で共有できればそれで充分だと思っていた。
     けれど真摯な瞳であちらから一歩を踏み込んでくるなんて。

     肉体は人間を模して拵えた器であるし、神の心はもう譲渡したから所持していない。それを知っていながら所望された『心』とは正真正銘、己の一部だった。己を形づくる元素を純度100のまま結晶化させた、今この世界で出回っているモラよりも濃密な、分身のような小さな欠片。生まれたばかりのこれ自体はただの石で特に加護などがついているわけでもないぞと言えば、それがいいんだと笑ってくれたから。
     本当に、嬉しかったんだ。


     今回は随分と長い期間便りがないから、きっといつもより忙しくしているのだろう。仕事柄危険はつきものであるがどうか健やかであってくれと思いながら、鍾離はいつもと同じ日常を過ごしていたし、今夜もそのはずだった。
    「……?」
     ふと、胸元に小さな熱を感じた。
     手を止めて、茶器をそっと卓に置くと、もう一度じんわりと温かさが染みるような感覚。
    「これ、は……」

     会 い た い 

     小さく囁くような声が聴こえた。
     今は夜、港の賑わいの声の届かない静かな邸宅に、他に人の気配もなく実際に音声が発されたわけでもなく、聴力で聞き取ったわけではない。脳裏で受信してしまったという感覚のこれは、『心』からの伝播……『心』を預けた彼の声だと思ってしまっていいのだろうか。

     卓上の暦に目を移せば、時計の針が天辺までまわれば迎える七月二十日に、自分で書き込んだ印がついている。
     今年は彼の隣でこの日を迎えて祝えそうにないから、次に会えた時に一緒に開けようと彼好みの酒を買ってきたばかりだった。
     この胸に宿った温かさが気のせいでもなく夢でも願望ではなく、本当にそうなのだとしたら。

    「ああ、俺も会いたいよ、公子殿……だから、今宵ほんのひとときだけ……我が儘を許してもらえるだろうか」

      * * * * *

     その夜、やけにいい香りのする場所で、温かい何かに包まれるような夢を見た。
     聞き心地の良い低音が何かを囁いていて、自分より少し低い温度の柔らかな何かに優しく撫でられている。

     いや、待て。ここはそんな場所ではないはず……そう思いながらタルタリヤは重い瞼を押し上げた。
    「……え?」
     視界に映ったのは眠る前に『心』を見つめて会いたいと囁いた、今も遠い璃月の地で変わらぬ日常を過ごしているはずの鍾離で、驚くべきことに自分は膝枕をされているではないか。
    「鍾離、先生?」
     思わず呼びかけながら身体を起こそうとすると、治りきっていない身体がずきりと痛み、顔をしかめた。彼はそっとタルタリヤの肩を押して再び膝の上に戻してからしなやかな指を唇に当ててきたので思わずぺろりと舐めてしまった。
    「んむ、柔らかいし温かい……いい匂いする……けど、これ、さすがに夢だよね?」
    『……ああ、ほんの少しの時を借り、簡易的に夢を繋げて、想いを渡した……驚かせてしまったのなら、すまないと思う』
     指を舐められたはずの目の前の彼が驚いたり口を開いて声を発することはなかったが、応えるようにこの空間に響いてきたのはずっと聴きたかった声だった。
    『だが……心を預けたからだろうか、その、お前の想いを先刻、感じ取ってしまって……ついこんな勝手をしてしまった……』
     いつもなら、ああもうやっぱり神様抜けきってない似非凡人なんだからって揶揄っていたかもしれないが、会いたかった気持ちと、盤石だと思っていた彼のやけに人間くさい葛藤が声音から伝わってきてしまって思わず破顔してしまった。
    『温かい想いが伝わってきて、嬉しいと思った。だから、ありがとうと言いたくて。それからもう一つ――もう日付は変わっただろうか。誕生日おめでとう、公子殿』
     誕生日……そういえば、そうなのか。
     彼に言われて気づいた今日の日付。そういえばずっと、今日寝る前にさえそんなこと一切考えもしなかった。一年前は確か一緒に過ごしていたこの日を、今年はこんなに離れた場所で迎えているのか。璃月を発ってから過ぎた日数の長さを改めて実感してしまった。
    『ふふっ、この日だったのは偶然か必然かはわからないが、伝えられてよかった……』
     響く声が少しずつ小さくなってゆく。夢の繋がりが切れてしまうということだろうか。待ってくれ、まだ言えてないことはたくさんあるのに。しかし時間がないなら簡潔に言うしかない。
    「鍾離先生、動けるようになったらちゃんと会いに行くから! だから待っててよ」
     膝枕をしてくれてた姿も同じように薄らいでいくのが見えて、ずっと頭を撫でてくれていた手を慌てて引き寄せて指先に口づけた。

     ぱちり。
     無臭で薄暗い、簡素な療養部屋の天井が目に映った。
    「あー……抱きしめたかったなぁ……」
     一番に出たのはそんな言葉だった。知ったぬくもりに触れられたし、言葉も彼はたくさん伝えてくれていたけど、会話ではなかったからこちらからの呼びかけとか、最後の言葉もちゃんと伝わったかは分からない。
     サイドテーブルに手を伸ばして、丁寧に置いた彼の『心』をもう一度手に取った。
    「伝わってきたっていうのがよくわからなかったけど……多分、寝る前のアレ、だよな……だったら」

     今すぐ帰って抱きたいくらい愛おしいと暴れる気持ちごと全部伝われと願いながら、もう一度『心』にキスをした。
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