(……寝てる…)
ケイトが魔法薬学の本を片手にいつもの特等席に向かうと珍しい先客がいた。
大きな図書室の片隅、集中するのに最適な小さな一人用机。ここの机だけ他から離れており、ケイトは一人になりたい時よく活用していた。
他の生徒に使われていることも珍しくないのだが、そこにいた人物と、腕を枕に寝ている姿にちょっと目を見開いた。
図書室で調べごとなど拙者には不要、とイデアが自分のダブレットを指差して言ったのはいつの事だっただろうか。事実、彼には端末に加えて優秀な弟がいるため、図書室に来ることはあまりなく、ましてや寝に来る…なんてことも考えられなかった。(そもそも生身がいるのも珍しいことなのだが)
起こさないよう近付いて様子を見る。
彼の感情に合わせて忙しなく燃える髪の毛も、今は小さな寝息に合わせて静かに揺らめいていた。
(そういやオルトちゃん大型アップデートがあるって言ってたような…)
そばに弟がいない理由をなんとなく思い出す。作業に熱中して徹夜したのだろう。
彼にとって徹夜は日常茶飯事のことだが、今回、手元の課題をやり切るにはちょっと体力が足りなかったようだ。
そばにある持ち出し禁止のラベルが貼られている本を見るに、どうやら端末に載っていない情報を調べるため、しぶしぶここにやって来てそのまま寝落ちしてしまったのだろう。
ケイトも同じく課題を進めるために来たのだが、思わぬレアキャラとの遭遇に、課題そっちのけで観察を始めてしまった。
白い肌、切れ長の目、青い唇、不思議な青い炎の髪。いつもなら速攻逃げられる距離だが、寝ているのをいい事にジッと見つめる。
健康的な見た目とはほど遠く、陰のある近寄りがたい雰囲気。けど彼を見つけるとつい目で追ってしまう。初めて見た時からなんとなく目を離せなかった。
「………ホント美人さんだな…」
ぼそっと、思わず思っていたことを呟く。
普段は吃るか、もしくは独特な口調で捲し立ててくる強烈なキャラなのだが、今静かに眠る彼はただただ色白の美形である。
以前、本人にも伝えたことはあるが、冗談と捉えられたのか怪訝そうな顔をされた。本心から言った言葉だったため、今でもそんな顔されたことには若干納得がいっていない。
そばに誰もいないとはいえ、流石にそろそろクラスメイトの顔をガン見しているのは怪しすぎる…と近づけていた顔をあげる。
イデアにも声をかけようと思ったが、お疲れの彼を起こすのも少し忍びなかった。
しかしやりかけていた課題は明日提出のもの。30分ほど経ったらまた様子を見にこようと決めて、ケイトは空いている席に向かうことにした。
イデアに背を向けて歩き出した後、身じろぎした彼の髪が少し大きく揺らいだことに、ケイトが気付くことはなかった。