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    natuka_bl

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    natuka_bl

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    # 336オン飲み にて当日限定公開させていただいた
    猫又サと寺子屋教師ロの江戸時代パロのささろの
    冒頭のみのケツ叩きを恒久的に公開させていただいきます

    キャラの死亡描写
    キャラの妖怪化
    モブ沢山
    流血シーン
    完成形は成人向け
    n番煎じ

    イベ参加予定はないですが完成させたい中編故
    モチベが落ちてきたので……

    ───に、げろッ……! 逃げるんや……!

    視界が鮮やかな紅に染まっていく。降り続く雨に流されたそれは、地面いっぱいに広がって。
    そのくせ、その躑躅色はその鮮やかさを失い青く染まりつつあった。
    鋭い銀色が、またその躑躅色に突き立てられて。阻止したくても、その小さい体は周りの男達によって投げ飛ばされてしまう。

    ───だい、じょうぶ、や……お前ならっ……
    ───俺がいなくてもっ……俺、なんかが……

    違う。違う、違う。そう言いたいのに、口から出るのは場違いな甲高い泣き声だった。

    ───さ、さら……! はよう、逃げ

    絞り出すようなその声は。泣きそうに揺らぐその瞳は。無慈悲に振り下ろされた刃によって消えた。
    なんで、どうして。彼の名前を呼ぶその声は、やはり人ではないか弱い獣の声で。
    紅、青、銀。視界の中で様々な色が入り混じる中、しかしその色失せた躑躅色だけが嫌に鮮やかに映る。駆け寄るが、動かなくなったその色は既に事切れ冷たくなっていた。何度も何度も名前を呼ぶが、いつもその鳴き声に返してくれたはずの笑顔はそこになく、苦しそうに瞼を閉じた顔のまま動かない。できなかった、何も。もらった恩すらも返せず、ただ守られてばかりで。
    げらげらと笑う下衆共の声が、酷く耳障りだった。
    許すものか。許してなるものか。恨み辛み、憎しみ。負の感情が、そのか弱い獣を支配する。でも、なにかができるわけもない。
    この身体がいけないのだ、全部。自分が、小さくか弱い獣でなければ。もっと、強い存在だったとしたら彼を守れただろうか。彼を喪うことなんて、なかったのだろうか。
    願って、祈って、後悔して。全身の血が沸騰するように熱くなって、眩暈がする。

    ───盧笙……ごめんなぁ……

    次の瞬間、耳に入ってきた自分の言葉は、声は、視界に入った自分の体は。自分の愛した男と同じ、人の形をしていた。




    「盧笙先生見て見て! この前言われた漢字の練習、頑張ってやったんやで!」
    「ずーるーいー! 俺のも見て! 算盤、頑張ってきたんよ!」
    戸を開け放した途端なだれ込み嬉しそうな顔でそれぞれ話し出す子供達を前に、盧笙は顔を綻ばせて彼等を寺子屋内へと招き入れる。
    「わかったから、順番な。俺は聖徳太子じゃないんだから」
    寺子屋を開き始めた時、どの地方から来た子供達にも平等に接することができるようにと無理矢理なくそうとした、しかしまだ訛りが残る言葉に、はーい! と元気な返事をした彼等がぱたぱたと入ってきた。わらじを全員が脱いでそれぞれの文机に向かったのを見届けて、盧笙も自分の机に向かう。
    「それじゃあ、前回から今日までに各々の家でやってきた課題から……持ってきてくれたら、合間合間に見とくから」
    そう言えば、また元気そうな返事が聞こえてきた。
    の生徒数の少ない寺子屋ではあるけれど、こうなることが夢ではあったから十分に幸せではあったのだ。住居とは別に長屋の一室を借りて、裕福でない農民や商人の子供等を相手に読み書きや算盤を教える。この子らも、家の仕事を手伝わなければならないから頻繁に来れるわけではなく、久しぶりに見た顔もあった。運が悪い時は一人も来ず、騒がしい日は六畳ほどの一室が子で埋まる。家業の人手を減らしてしまうのは気が引けたが、たまの息抜き、子供達の教養の底上げ等彼らの親からは感謝されることも多かった。
    「あ、そうや! 盧笙先生、これおとっちゃんから! うちの畑で採れた野菜!」
    「あ、ああ……気にせんでいいのに……いつも悪いな。ありがとう、て伝えておいてくれるか?」
    こういう風に、土産物を貰うことも珍しくはない。裕福でない農家や商家相手だから、ほんの少しの授業料をとっているだけでそれほど収入があるわけではないけれど。それでも生活に困らないのは、それで支えられている面もあるからだ。気にしなくていいと伝えても、「困った時はお互い様や」と返ってくるばかりで。お陰で、嫁のいない独り身男の癖して、料理できる品数が増えたのも事実だった。
    「じゃあ、今日はここ迄やな。次来てくれた時に、今日できひんかったところを復習してきてくれたら、また見てやるから」
    朝に子供達が集まり、日が高いうちに帰っていく。それが、数年前から毎日毎日繰り返されてきた日常だった。
    貰った野菜を背負い籠に入れ、戸締りをして長屋を出る。田圃や畑の畦道を通り、雑木林を抜けて、小高い丘の上にぽつりと一軒だけ建っている自分の家へと帰った。土間と、中央に小さな囲炉裏がある十畳の板の間が一つ、そしてその奥に同じ大きさの畳張りの部屋が一つ。箪笥等を置いてしまえば手狭な気もするが、男一人が暮らす分には十分な広さだった。
    土間に、貰った野菜達を広げる。大根、人参、白菜等々。ついこの間貰い使い切れなかったものを合わせると、結構な量になる。
    (漬物、か……それやったら、多少長持ちするやろ……)
    食べきれなければ、近所にお裾分けか、八つ時に子供達にあげればいい。
    「おお~、結構な量やなぁ! 塩漬けとかでもええけど、大根は沢庵にしてもよさそうやな」
    「沢庵なぁ……せやけど、あれ結構面倒臭いねん」
    「それやったら、俺が作っといたるから大丈夫やで! 干しとる時も、盗られへんように見張っといたるから安心してええぞ!」
    「毎度のことながら、頼れる番猫(ばんひょう)やなぁ……って───」
    さも当然のように肩に乗りかかったその重さと声に、盧笙の方も当たり前に返答をしてしまったけれど。しかし、我に返り肩に乗るその小さな猫を振り払う。一瞬宙を舞ったその猫は、器用に体を反転させて土間へと着地した。大袈裟に聞こえた「のわっ!?」という声は、猫の体から発せられたとは思えない成人男性のもので。
    「簓ぁ!! 自分まーた勝手に上がり込みよって!」
    盧笙の怒号をものともしないその猫……簓は、大袈裟に痛がる振りをする。左右に揺れる尻尾は、二股に分かれていて。
    一人暮し、のはずなのだ。多分。しかしこの猫又は、毎日のように家に上がり込んでは寝食を共にする同居人も同然となっていた。
    「痛ったぁ……! 何するんや、盧笙……数十年前やったら島流しか切腹やでぇ……」
    「残念やったなぁ。生類憐みの令も徳川綱吉将軍ももうこの世にありゃせんわ」
    そもそも自分動物とちゃうやろ、と盧笙に睨み付けられたその猫はひょいと土間から座敷に上がると、寝転び腹を出してみせる。
    「何言うてん! こんな愛らしい猫ちゃんが、動物やないわけないやろ!」
    「自分のその尻尾見てから言いや」
    二股に分かれている尻尾を振って細い目をきゅるんと輝かせる簓を、盧笙はそう溜息を吐きながら冷めた目で見下ろした。
    「猫又かて、元は猫やし」
    べえ、と下を突き出した簓は、それよりも、と一旦部屋の奥へ引っ込むとその体よりも一回りほど大きい魚籠を引き摺りながら出てくる。
    「見て見て盧笙! 今朝、川まで行って捕ってきたんや! 大量やで、大量!」
    「ああ?」
    褒めて褒めてと、二つに割れた尻尾を振る簓から魚籠を受け取ると、鮎や岩魚、山女魚等の川魚が九匹程入っていた。これは、簓と一緒に消費しても一日では到底無理な量だろう。
    (乾物屋兼業するか……真面目に……)
    目の前の野菜と、魚を前に盧笙はそんなことを考えた。
    盧笙がこの猫又の簓と出会ったのは、元服してから数年が経った頃のことである。
    名高い町奉行の親に反発して家を飛び出し、隣町の小さな芝居小屋で住み込みとして働いていた時だった。子供の頃から患っている、切っ掛けのわからないあがり症で舞台にも立てず、裏方として花形役者に憧れを抱く日々が続く中で、唐突にこの猫又は目の前に現れた。初めこそはその存在に驚愕したけれど、どういうわけだか懐かれ引っ付かれ、気付けば一緒にいる時間が長くなりいつの間にやら自分の生活に溶け込んでいて。芝居小屋生活に見切りをつけ、寺子屋の教師として働くとなった時一度別れを告げたはずなのだが、新居となったこの家に着いた時何故か先に到着していた。離れたくないと駄々を捏ねたこの猫又は、そういう経緯があってか今もこの家に居座っている。盧笙としてはまだ一人暮らしのつもりだから、〝勝手に上がり込んでいる〟認識なのだけれど。
    とりあえず、と。川魚を今晩食べる分を残して捌き、塩水に暫く漬けてから大根と共に軒先に吊るした。他の野菜も、下拵えの後で味噌や塩に漬ける。食べきれない分は、八つ刻にでも寺子屋に来た子供達に振る舞えばいい。実際、「盧笙先生の作る漬物は美味しい」と評判が中々にいいのだ。
    「んー! うんまぁ!」
    ぼりぼりと音を立てながら、小皿に切り分けた胡瓜の糠漬けを頬張る猫又を見ながら、盧笙も串を打って好みの量の塩を振った鮎を、囲炉裏に刺して焼く。やはり、川魚は塩焼きが一番美味い。しっかりと、一人と一匹分。塩分の摂りすぎは猫の体によくないのでは、と食事をやり始めた頃に気を配ってはいたけれど。味の薄い食事に耐えられず、猫とはいえ物の怪の身だからそういうのは気にしなくて大丈夫と言い始めたのは簓の方だった。それから数年間、盧笙と同じ食事をとっていても今のところは健康に変化はないようだし、本当に大丈夫なのだろう。
    囲炉裏に下げていた鍋で出汁をとっていた中に貰った大根を切り、刻んだ葉の部分と共に入れて。丁度よく火が通ったところで、白味噌を溶かし入れる。
    予め炊いていた雑穀飯と、味噌汁と、鮎の塩焼きと付け合せの糠漬け。質素ではあるけれど、それが一番の御馳走だ。
    保存食用の野菜や魚の下拵えや夕餉を作っていれば、知らないうちにとっぷりと日が暮れていて。
    「まだちょっと早いけど、晩飯にするか。食って暫くしたら、風呂屋行きたいねん」
    「ん、りょーかい。ちゃあんと留守番しといたるから、ゆっくりしてきてもええよー」
    なんてのんびりした声で返事をした簓は、並べられた夕餉を前にひとつ伸びをするとみるみるその姿を変えていく。もふもふとした毛むくじゃらの体は滑らかな人の肌へと変わり、その手足も段々と人間のものへと形を変えた。その体も、小さな猫だったものが大きくなり、遂には盧笙よりも一回り程小さいだけの身長へと変わって。
    「食ってもええ?」
    なんて箸を手に首を傾げる、その茶色い千鳥柄の着物を着た緑色で糸目の男には、頭に生える猫の耳と尾てい骨辺りから伸びる二股に分かれた尻尾以外に、猫であった面影はない。
    盧笙も、最初こそその変わり様に驚いたが、今ではもう慣れたものだ。
    「あかん言うても食うんやろ? たんと食べ」
    盧笙もそんな人間の形となった簓の、囲炉裏を挟んで向かい側に敷いた座布団へ座り、並ぶ食事を前に「いただきます」と手を合わせる。
    漬物も、味噌汁も、塩焼きも、我ながら上出来だ。
    味噌汁を啜りながら、目の前で美味い美味いと器用に箸を使う猫又を見る。彼が猫又となってどのくらいかは知らないが、その姿で器用にものを使えるのだから結構な年月は経っているのだろう。事実、盧笙が寺子屋へと行っている間に繕いものをしていた時もあったし、朝起きたら簓が朝餉の準備をしていた時もある。
    猫又になった理由や、何故盧笙の元に転がり込んだか、その間簓がどこで何をしていたか。一度だけ聞こうとして、ひょろりと誤魔化されてしまって以来聞いてはいない。深く踏み込まれたくないのであれば、無理に聞くつもりもないのだけれど。
    しかし、盧笙が理由不明なこの人ならざる同居人を追い出すことが出来ないのは、心のどこかでこの空間の居心地が良いと思っているからだった。

    ~*~*~*~

    夕餉を終え暫し休息をとっていた盧笙は、「いってらっしゃい」と簓に見送られて村へと下りる。数日に一回、村の大衆浴場へと足を運ぶのが盧笙の習慣だった。
    番頭に料金を渡し、中に入る。小さな村の小さな大衆浴場だけあって、人もまばらだ。
    着物を解いた盧笙は隅の方で、鬢付け油で整えた髷のない総髪を解してゆく。以前は長い時間をかけて解していたけれど、サボンを手に入れてからは格段にその時間が短縮された。糠袋や布海苔で体や髪を洗うよりも、綺麗に汚れも取れる……ような気がする。
    サボンと言えば大名しか使えない、超がつく程の高級品だと盧笙は知っている。では何故、小さな村に住んでいる一介の寺子屋教師が持っているかといえば、とある男から詫びの品の一つとして貰ったのだ。
    ここに来てからの盧笙には、色々あり過ぎた。そう、色々。
    「いよーう、先生。やっぱりここにいたか」
    背後からかけられた言葉に、盧笙ははぁ、と一つ大きな溜息をする。
    盧笙に断りもせず隣に座った、瞳の色が左右で違う顔や体中に傷のある大男も、その色々な出来事の中で出会った人物だ。
    「またここに来たんかい、零」
    零と初対面の時に名乗ったその人物こそ、盧笙に詫びの品としてサボンやら砂糖やら、普段生活している上では手の出せないほどの高級品を渡してきた男である。何故〝詫びの品〟かは、ここで話すには長くなるので省略するけれど。
    「ちょっと野暮用があってね。数日間、またこの村に居座ることになったんだわ」
    この地方特有の訛りがない言葉から、恐らく東の方から来た男というのは間違いないのだけれど。しかし、それ以外は一切不明なのだ。日の本の各地を股に掛ける行商人であると零本人は言っていたけれど、それすらも怪しい。そんなこの男を盧笙は完全に信用出来ないでいた……のだけれど。
    「つーわけだ。また暫く、先生の家に泊めさせてくんねぇか?」
    どういうわけだかこの男は、出会って以降この村に滞在する際の拠点を盧笙の家としていた。
    「断る。泊まれる宿屋、ないわけやないやろ」
    今回こそは断ろう、と毎度毎度思ってはいるけれど。
    「そりゃ残念……折角、九州で有名な一級品の酒を持ってきたんだけどなァ」
    「……………………っ、板の間までやぞ」
    結局は、そんな言葉で落ちてしまう。仕方がないのだ。彼が毎度手土産に持ってくる酒は、どれも一級品で美味い。
    だがしかし、酒に釣られたわけではない。こんな怪しい男が村をほっつき歩いていたら、村人達が怖がる。寺子屋に通う子供達も。だから、自分の家に泊めさせて大人しくさせているのであって、決して酒に釣られたわけではない。決して。決して。
    体の汚れを落とし、湯船に浸かり日々の疲れを癒し風呂屋を出た盧笙は、見るからに怪しい大男を引き連れて家へと帰る。
    「おお、お帰りろしょ……あぁ?」
    板の間でごろりと草双紙を読んでいた簓は、盧笙の後ろに立っていた零の姿を認めると訝しげな顔をした。
    「自分、まーた来たんかい……」
    むすと、簓は唇を尖らせながら体を起こす。そんな彼を零はどこか面白そうに見下げて、手に持った風呂敷を少し捲る。
    「んな顔すんなって。ほら、手土産だ」
    風呂敷から覗く、九州で名のある酒の名前が書かれた徳利を見て、彼はぐっと言葉を詰まらせた。
    「し、しゃーないな……板の間までやからな!」
    「お前はここの家主とちゃうやろ!!」
    大概にせぇ、と居候である猫又に突っ込みを入れながらも、壺から味噌漬けにされた野菜を三人分刻んで小皿に盛る。
    それが、零が訪れてきた時のお決まりの流れだった。
    猪口を三つと、酒のあてを三つ。それで囲炉裏を囲む時間が、零と出会ってから増えた気がする。
    「んで、零。今回は何しにここに来たんや?」
    盧笙は、彼がここに来る度に投げかける質問を、味噌漬けを口に含みながら今回も投げかけた。
    「言っただろ? ちょっとした野暮用だよ」
    毎回のようにはぐらかされてしまうが、今回もそうだった。まあ、まともな答えなんて期待していなかったけれど。
    「どうせ、しょうもない用やろ?」
    零の持ってきた酒を飲みながら味噌漬けを頬張る簓も、特別興味はなさそうで。盧笙も、彼が何か悪いことをしない限り、必要以上に干渉しないことを決めていた。零も、そんな二人の様子を特に気にすることはない。
    「ま、そんなところだ」
    どこか楽しそうにそう返して、猪口に口を付ける。
    三人が揃う時の話題は、もっぱら零が訪れた街や村の情勢やら、流行りもののはなしだった。簓はあまり興味がなさそうだったけれど、盧笙の方は目を輝かせて聞いている。寺子屋に来る子供達はこの村から出たことがないから、零から聞いた話を聞かせてやると喜ぶ……のも、あるけれど。盧笙も盧笙で箱入り息子だったが故、聞いたことも見たこともない場所の話を聞くのが楽しいようで。時々、嘘の情報に騙されることはあるけれど。
    今回も、そんな零の土産話を聞いていた時だった。
    「そういやぁ、よ。ここに来る前に行った近くの村で聞いたんだが」
    思い出したように、猪口から口を離した零が呟いた。
    「最近ここ周辺で、行方知れずになった数日後に遺体で見付かる事件が増えてるんだとよ」
    怖いねぇ、なんて。零は味噌漬けを口に入れる。
    「なんやそれ、山賊か何かか?」
    治安は良くなっているものの、管理の行き届いていない山奥では稀にあることだった。しかし、いや、と零は首を横に振る。
    「どうも、その死に様が異様だって話だぜ。人間業じゃねぇ、ってな」
    「異様……?」
    「傷や痕跡一つ見当たらない、綺麗な死体らしい。刀傷も、首を絞められた痕も、毒殺された形跡も見当たらない。かと言って、溺れ死んだわけでもねぇ。その体には、何の異常も見られないんだと」
    くく、と零はどこか楽しそうに喉を鳴らした。全く、面白い話ではない。
    「それだけでも奇妙な話だが、発見場所が全て川の近くときた。器用な人間の仕業かもしれねぇが」
    「物の怪の仕業、か……」
    初めて、簓が零の話に興味を示した。その顔は、やはりちっとも面白そうではないけれど。
    「だろうよ。人間には理解できない事象は、大抵奴らの仕業だ」
    「……くだらんわ」
    吐き捨てながら、簓は鼻を鳴らす。
    物の怪の仕業。本来なら、そんな馬鹿なと笑うところなのだろうけれど。しかし、同じ室内にいる猫又の存在もあるから、一概的に出鱈目とは言えない。
    「気ぃ付けとくわ。生徒達に、なんかあったら困るしな」
    零の話が出鱈目だったとしても、用心するに越したことはないのだ。

    ~*~*~*~

    さて。寺子屋の盧笙と言えば、『飲めば御機嫌になる類の酒乱』と密かに村人達の間で有名であった。普段は真面目な性格であるが、飲めば一度人が変わる。飲んでいて楽しい、とよく村人達の酒宴に呼ばれることが多かった。
    そしてもうひとつ。盧笙は、酒が入るとすぐに寝てしまう。酒宴に呼ばれ、酔い、寝てしまい、人の姿となり耳と尻尾を隠して村まで迎えに来た簓に回収される、なんてことも多々あった。
    今回も。零の持ってきた酒は、以外にも早く彼の眠気を誘った。暫く御機嫌に話していた盧笙の目は段々とろりと溶け始め、遂にはこくりこくりと船を漕ぎ始めて。それを見兼ねた簓は、彼の隣に座りその頭を優しく自分の膝の上へと倒した。膝の上から、むにゃむにゃと気持ち良さそうな寝息が聞こえてきたのは、そのすぐ後のことだ。
    洗い立てでまだ少ししっとりとしている、鬢付け油が落ちた髪を梳く。
    「んで、零。さっきの話の続きやけど……狙われとるんは、子供とちゃうやろ?」
    囲炉裏に薪をくべる零に、簓は顔を上げずに声をかけた。
    「へぇ……どうしてそう思う?」
    零も零で驚いている風ではあるけれど、簓が何を言いたいのか見透かしているようで。腹に何か抱え、探り合いが得意なのはお互い様だ。
    「河童に尻子玉抜かれた可能性がないわけやないけど、お前の持ってきた酒……九州のやろ? 九州に、川の近くにある精気抜かれた死体に……言うたら、あの男好きの嬢ちゃんしかおらんやろ」
    川姫と、言っただろうか。
    「子供だけに注意せなあかんのなら、風呂屋で会うた時盧笙だけに言えばええ話やろし。わざわざここで言うたんは、俺にも聞かせる為か?」
    せやろと顔を上げれば、また零の喉がくくりと鳴る。
    「何か言っとかねぇと、盧笙に何かあった時にお前さんに恨まれそうだからなぁ」
    返ってきたのは、簓の問いに対する遠回しな肯定だった。彼は、簓が盧笙に向ける全ての感情に気が付いている。
    「……地元の男漁りに飽きて、色男を求めて移動してるんだとよ」
    「九州からァ? しくじったんか、烏天狗とあろうもんが?」
    そう。力のない盧笙にはわからないだろうけれど、猫又の簓にははっきりと彼の妖気が感じ取れる。零もまた、人ならざる物の怪……烏天狗だった。
    日の本各地を渡り歩く行商人というのも嘘ではないけれど。しかし、彼がどこからかの命を受けて、厄介な物の怪達を狩っているであろうことも簓は知っている。まあ、それがどこの誰の命か、何の為か……等は知らない、聞く気もない。知る必要も、今はないと思っているからだ。盧笙に害を及ぼさないのであれば、盧笙にとって有益な存在になるのであれば、零がどこの誰だろうと関係はない。
    「しくじったのは俺じゃねぇよ。俺は、そのしくじった奴の尻拭いってやつだ。この酒は、所謂前払い分って奴だな」
    「ほーん……」
    正直、欲しい情報だけ受け取ったから、そこから先はどうでもいい。簓は再び、膝の上に頭を乗せて眠る盧笙の方へと視線を下げた。
    彼に何も無ければ、正直簓はそれ以外の人間達のことはどうでもいい。
    髪を撫でていれば、盧笙の寝顔が気持ちよさそうに緩む。
    この色をもう二度と、喪わないと決めたのだ。
    今度こそは護ってみせると、決めたのだ。
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