人の噂は 風の噂は言う。
お屋敷の若い主人は猿を飼っている。四六時中離さず、常にそばに置いて可愛がっていると。
けれどもう一つの噂がある。その猿というのは実は異国の少女で、彼女を本当は妻として迎えたいのに周囲が認めないから、他に妻を娶らないどころかずっとその娘を可愛がる。だから屋敷の誰かが疎ましく思って、娘の事を猿だと影で言っているのだと。
――仮にも屋敷の若主、それくらいのことで疎むかね。
――それが屋敷の旦那はやり手で美丈夫だろう? あの娘さえいなければ、って女は多いらしいよ。
――なら、正妻じゃなくても認めちゃえばいいじゃないか。いくら異国とはいえ、人だろう?
――もしかして。
こうして、人の噂には尾ひれぜびれがつくのであります。
ついには、屋敷の若い主人は獣人を愛妾にする妖しげな男、という噂が完成して旅人にまで紹介されてしまうこととなりました、とさ。
「とさ、で済む話じゃないよね?」
「言わせておけばいいのですよ。噂話は噂話として流行るものですから」
渦中の人である若い主人、アルジュナは全く気にしない様子で少女が用意した菓子に手をつけた。
「それでも不名誉じゃない? わたしもまさか獣人扱いされるとは」
「えぇ、そこは不服ですが訂正して回れば逆に面白がられるもの。次の噂になるまでは知らぬ存ぜぬでいようと。あぁ、このケーキは新作ですか? 美味しいですね」
「ありがとう、気に入ってもらえたならよかった。わたしもいただきます」
なんだか腑に落ちないけれど、と少女は愚痴の代わりにケーキを口にした。フルーツの入ったそれは甘く、彼が淹れてくれた紅茶を相手にすれば噂話のことはだんだんと気にならなくなっていく。
「猿を飼っていることは正しい、異国の少女がいることも正しい。けれど家族公認で結婚していることは伝わらなかった、と」
「そう考えると、噂話を流したのは誰か、大体予想がつきますね」
「なるほど……」
少女、立香は結婚が決まったときのことを思い出す。
幸いなことに多くの人が、国の違いなど気にせず歓迎してはくれたのだけど、彼のことを本気で狙っていた女性達も多くいたのだ。恨みを買って彼女を危険に晒すくらいなら、という彼の配慮で、親族だけで――それはそれですごく豪華で盛り上がったのだけど、結婚式をして、夫婦になったことは仕事相手でも、必要があれば伝える程度だった。
そのせいで変な噂がたってしまったのは、残念というよりもどこかつかみどころのない感覚で。
「マンガで見た展開な気がする……」
「それはそれで面白いのでは?」
当事者としては、平凡な普通の夫婦なのだけど。
そう考えながらも、噂通りの自分たちを想像すればなんだか背徳的で。彼女はそれを、かつて調べ物の途中で見掛けたレディース向けのマンガの広告のせいにした。