微睡みを乞う微睡みを乞う
不意に目が覚める。
ゆっくりと瞬きをして、しばらく貞宗は鈍色に包まれた部屋をぼうと眺める。それから覚醒しきれていない頭で考えた。
いつも起きている時間よりも部屋へ差し込む光が明るいような気がする。
目覚ましは――ああ、今日は休日だからタイマーはセットしていなかったのだ。
身体が気怠い。
そこから自然と己の横で寝ている市河に視線を移す。
静かな寝息を立てているのを思わずじっと見つめた。普段はよく口が回るこの男が、柔い表情で寝ているのをみるのははじめてのような気がした。
そういえば、と貞宗は「かつて」の共寝を思い出す。
(寝顔をついぞみたことがなかったな)
夜の色が濃いうちに部屋を去る市河は、朝までとはいわないがひとときの安息でも常に自分より先に起きていた。
いや、そもそもずっと起きていたのかもしれない。
貞宗が微睡みから覚めるとそれを見計らうように小袖に腕を通し始める。寝顔をみているのだろうか。目を合わせると滑るように視線を避けるので言及をしたことはない。単に己の鼾に辟易しているだけかもしれないが。
なんとはなしに身支度をする男のほうへ気怠い身体を寄せて乱れた髪を払うと、細い目をさらに細くさせる。払い除けた髪と手の下から、ようやく目がかち合う。
それから、安堵したような息を小さくはいて、音もなくそっと笑うのだ。
「あんまり、そのようなお顔をみせないでくだされ」
一度だけ、そんなことを言われた。
ふたりとも青い若者ではないのだ。会う度に褥を共にしていたわけでもない。
互いにどこかで線を引いている節はあった。「かつて」を考えるとそれが正しいのだろう。ただ節くれだった己の手ばかりが、行き場を失い市河の髪を梳いていた。
欠伸をひとつ。
なんだかいろいろと思い出してしまった。腹にぐるぐると昨晩の熱さとは違う重たさを感じる。それを振り払うように貞宗は凝り固まった肩を回した。
――朝食の準備をするか。
静かにベッドから降りようとすると、くいと腕を掴まれた。人肌のあたたかさを持った手だったが、熱を持ったかのような錯覚を起こし、貞宗は思わずびくりと肩を揺らした。
もしや今もずっと前から起きていたのだろうか。
すまん、起こしたか。と心中を気取られぬよう発した自分の声は、ひどく掠れていた。市河はゆっくりと目を薄く開ける。
何やら言葉と言えない言葉を口元でむにゃむにゃさせている。むず痒いように眉間に皺を寄せる様子をみるに、狸寝入りをしていたわけではないようだ。
そのような顔もするのだな、と思わず口元を緩める。
それを市河は眠たそうな眼差しのままでみつめ、貞宗の手を掴んだまま、
「まだ寝ていてもいいじゃないですか」
それに、と再び目を閉じる。
「昔じゃないんだから……」
眠気に抗えずに言葉尻が萎んでいく。
だが、貞宗の手を離すことはなかった。
それも、そうだな。
その一言に、胸中の思いは霧散する。
はだけた布団を被り直すと、朝の冷えた空気が入り込む。すると市河が猫のように貞宗に身体を寄せた。
少し、躊躇いながらも離れない手を撫でる。
記憶にある豆だらけの手よりもずっときれいなものであった。自分もそうである――昔でないのだから、当然か。
この男ほど聴こえるわけではないが、確かに感じる鼓動はあたたかかった。
目を閉じる。
妙に心地よい休日だった。