線香花火「線香花火って人の一生を表してるんだってさ」
稲妻で買った「線香花火」とやらをやろうと公子殿が俺の元を訪れたのは四半刻ほど前だ。いつもの晩酌の誘いかと思えば随分と可愛らしい誘いに頷き、浜辺まで来た。
砂の上に立てた一本の蝋燭に火を灯し、線香花火とやらの先を寄せればパチパチと静かで儚い火花が舞う。なるほどこれは風流かもしれないと感心しているときに聞こえてきたのが冒頭の公子殿の言葉だった。
「人の一生?」
「そ。最初の静かな火花は人の誕生から幼少期、1番激しく力強いところは青年期、そして徐々に落ち着いて行って、最後は静かに火が消える……つまり眠りについていく。」
「なるほど……、ではちょうど公子殿の線香花火は公子殿くらいの年頃か?」
「え?あぁ、はは!確かに!ちょっと勢い良すぎるかもだけど……って、あ。」
「……」
公子殿が笑ったことによる振動のせいか、火花の中心がぽとりと落ちてしまった。あまりに呆気なく終わってしまったそれに、何故か公子殿の姿が重なる。
「人の一生……言い得て妙だな。」
「ん?」
「緩やかに穏やかに、最後まで命を全うする者もいれば、先程の公子殿の花火のようになんの前触れもなく突然消える命もある。」
「……」
「持つ手の振動か、はたまた風か。原因は様々であろうが、ちょっとしたことで途絶えてしまう火花は……確かに人の儚さに似ている」
話しているうちに自分の持つ線香花火は落ちることなく最後まで燃え尽きていた。そこから顔を上げれば、こちらを見つめる公子殿と目が合った。
「公子殿は……自分から風に吹かれに行くタイプだろう」
「分かってるねぇ。だって死を恐れて静かに生きるなんてつまらないに決まって、」
「そしていつか、突然火が消えてしまうのだろうか」
「!」
「もしも俺の見えない所で、その火が落ちたとしたら、俺は自分の火を保つことが出来るだろうか」
俺の言葉に目を瞠る公子殿を見て、らしく無いことを言ってしまったなと苦笑する。ふとした時に感傷に浸ってしまうのは良くない癖だと話題を変えようとして、頬へと伸びてきた手に止められる。
「———先生はさ、線香花火っていうか、焚き火だよね」
「……は、?」
「だってそうだろ?何が起きても揺らぎすらしなさそうだし、そうなると最早花火の域は越えてるし。そこに一つあるだけで明かりにも火種にもなる。新しい火を生み出してくとことか、元神の先生っぽい。」
「生み出す……」
「そんな先生がそばにいるのに、俺の火が簡単に落ちるわけないだろう?それに、」
「っ!」
ぐに、といきなり頬が掴まれた。
「その言い方は俺がその辺のやつに負けて死ぬって言ってるみたいでちょーっと面白くないかなぁ」
にっこり笑う公子殿の顔を見て、ようやく自分の失言に気づいたがもう遅い。片方だけだけだった手は両手に増えて、両頬を思いっきりつねられる。
「っ、ほ、ほうひどの、」
「あっはっはっ!先生すごい顔!どんな綺麗な顔も流石に両頬つねると面白くなるんだね?ふふ、」
散々遊ばれてから解放された頬はヒリヒリとしていておそらく赤くなっているに違いない。そんな頬を摩りながらジト目で公子殿を見れば思いのほか優しい目でこちらを見ていて驚く。
「……先生が恐れる気持ちも理解はできるけどさ、そればっかりはどうしようもないよ。俺はどうあっても闘うことからは離れられないし、闘わなくたって寿命はあるし。」
再び頬へと伸びてきた手にまさかまたつねられるのかと思いきや、その手は優しく頬を撫でる。
「俺が目の前にいるのに、俺がいなくなった時のこと考えるなんてもったいないと思わない?そんなこと考えるくらいなら、もっと俺を堪能しなよ」
そして降ってきた唇が俺のものと重なる。しっとりと優しく重なる温もりに心がほっとするような気持ちになった。頬にある手に自分の手を縋るように重ねれば、応えるように舌が侵入し絡み合う。
触れ合う温もりは儚いものだと分かりつつ縋ってしまう俺も随分と「凡人」らしくなってきたものだと思うがそんな自分も悪くない。
公子殿の言う通り、遠くない未来を嘆くよりは今を楽しむ方が余程いい。
「———ん、堪能させてくれると言うからには、これで終わりでは無いだろう?」
「……ふふ、当然。煽ったからには覚悟してよね?」
足元の蝋燭を消してしまえば広がる闇。
目の前の存在だけが感じられる中で身体を這う熱を受け入れるようにそっと瞳を閉じた。
fin